2話 ルナ Ⅱ
あれからどれだけの時間がたったのだろう。
具体的な時刻ならテーブルに置いた懐中時計を見ればすぐにでも分かる。時計の針は午前三時になろうとしている。外の夜闇が一番深く感じられる時間帯だ。
こんな時間になるまで自分は考え事をしていた。一度思考の海に浸かれば時間の流れ方は変調していく。一分が一時間になり、一時間が一分のように感じられてしまいどれだけの時間がたったのか曖昧になって分からなくなってしまう。
顔を上げて対面のソファを見やると、そこにいるジンは座席の上で丸くなっている。胸がゆっくり上下しているので置物ではないと分かるが、自分が物思いに耽っている間身動き一つしていなかった。寝ているのだろうか? だとしても起こすつもりは全く無い。
彼から目を横にズラして窓へ、外はまだまだ夜の暗闇に沈んでいる。
月詠人としての視力で見れば薄暗い森と点在する別荘がハッキリと見えるのだけど、どうしてだろう? こんなに見えるのに暗闇はもっと深く濃くなっている気がしてきた。
耳にはさっきから懐中時計が刻む秒針の音が聞こえている。普段は全く気にならないほど微かな音なのに、今だけは巨大な時計塔のように時間を刻む音が大音量で入ってくる。
カチコチ、カチコチ、秒針が文字盤を刻む。クルクル、クルクル、脱進器が回る。カキカキ、カキカキ、歯車が噛み合う。
本当にささいな音なのに、性能の良くなり過ぎた耳が音を拾い上げる。明かりを灯していない部屋の中で、懐中時計の音は鳴り止まない。
これは残り時間を刻み落として自分の決断を催促している音だ。
思考に耽る時間はまだ少しある。思い返す時間もまだ少し。時間は伸びたり縮んだりはしないはずだが、主観での時間はとても曖昧になる。
思い返すのはクリストフが現れた直後から。時間帯はまだ宵の口の出来事だ。
◆
自分のテリトリーに他人を迎え入れて接するのはこの世界に来て二度目、そしてこれまでの人生でも両手で数えられる回数の内の一回になる。
キッチンで淹れたコーヒーを二つ、銀の丸盆に載せてリビングに戻る。そこには既にソファに深く腰掛けてくつろいでいるクリストフと、すぐ傍に立って控えているエカテリーナさんがいた。
主人と従者、ここの本来の主を迎えた屋敷にあって二人の姿は一幅の絵画みたいだ。時と場合が許されるなら見とれる時間もあっただろうが、訪問の理由を聞かないと話は進まない。
ソーサーに乗せたカップを二人の前に出して、出来る限りの歓迎の姿勢を見せた。
「どうぞ」
「ありがとう。うん、良い香りだ。リーナも遠慮しないで」
「では、失礼して」
主の勧めもあって、エカテリーナさんもコーヒーに手を伸ばして主従そろってカップに口をつける。飲むだけだというのに二人の姿勢には気品を感じてしまう。おそらくは教育、育ちの差なのだと思う。自分ではこうはいかない。
上品にコーヒーを飲んでいる二人から少し目を離して部屋の隅を見やるとジンが伏せた姿勢のまま二人、特にエカテリーナさんを見ていた。
どうやら監視役のつもりらしい。さっきの手合わせじみた奇襲がジンには気に食わないようだ。この屋敷のオーナーで自分の後見人役を引き受けてくれたといっても、気を許すつもりは無いのだろう。
ジンと目が合った。すると『主、お気をつけて』と短く念会話が飛んできて、彼の視線は再び二人へ向いた。
このタイミングを計った訳でもないだろうが、直後にクリストフは口を開いた。始めはとても軽い調子に。
「コーヒーを淹れるのが上手いね、家の給仕達よりもずっと上等だ。なんなら店でも開く? 開店資金は出すよ」
「いえ結構。趣味と嗜好の結果ですから。それでお金を得るつもりは無い」
「そうか、ちょっと残念かな。君が店を開くなら足しげく通うつもりだったけど。……うん、それにしても美味しいコーヒーだ。酸味、苦味が良いバランスを取っている。個人的にはもう少し浅煎りにして欲しかったけど、これはこれで良いものだ」
「どうも」
どこまで本気なのか今一つ計りかねる外見だけ少年の人物だ。我ながらよく彼に身元の保証をお願いしたものだ。
コーヒーの感想が出たところで自分は、彼の対面の席に腰掛けて話を聞く姿勢をとる。
クリストフは先日の地区長就任で忙しい身分になったはずなのに、何故にこんな場所までわざわざ足を運んだのか。その真意を先程のエカテリーナさん奇襲も含めて聞きたかった。
自分が聞く体勢になったのを見計らったのか、「うまうま」と口に出してコーヒーを飲んでいたクリストフはカップをソーサーに戻して本題を口にしていく。
「ここには別荘の状態を確認するため、っていう名目で来ているんだ。あの樹海の影響が別荘にどこまで影響しているか僕自ら視察するってね。ついでに付き合いのある人の別荘も見ておく予定もある」
「名目」
「そう名目、周りへの言い訳だね。本題は君」
クリストフがそこまで話すと、手を後ろのエカテリーナさんへ向ける。従者は委細承知とばかりに足元に置いたブリーフケースから書類を取り出して差し出された手に乗せた。
受け取った彼はすぐにテーブルに広げた。規格だとB5サイズの紙に、細かな文字で色々と書き込まれているのが見える。何より目を引くのは書類の隅に赤いスタンプで『極秘』の文字が押されている点だ。
どうやら今から自分は本来見てはいけない物を見てしまうらしい。
「これを見て欲しい。あ、一応極秘書類だから目を通すだけにして。メモをとったり、写真に残したりはダメ」
「分かった」
昔は部外秘の書類を閲覧した経験もあるのでこの手の書類の扱いは問題ないはず。とりあえず他の人が読む事も考えて汚さない程度の配慮で手に取った。
文字を目で追い、内容を頭に読み込んで咀嚼する。書かれている内容は何時だったか以前にライアさんが口にしたジアトーの独立都市化を具体的な形にしたものだった。
この内容がクリストフから出てくるとなると、ライアさんとの同盟はかなり親密になっているようだ。こうも具体的に内容が詰まっているなら、あれから相当交流があったに違いない。
ジアトーへの強襲、奪還、行政の掌握、独立に至るまでの内容が書かれており、タイムスケジュールを見るとこれらはほぼ一日で完了する予定となっていた。
「強襲から独立までがわずか一日?」
「政治的な根回しは済んでいる。独立するまでの障害は実質帝国軍だけかな。ね、リーナ」
「はい。行政の掌握が終了した段階で本国と王国は独立を認める流れがすでに用意されております。非公式ですが帝国の一部にも承認の動きがあります」
「だから僕達がやることはジアトーに巣喰っている害虫を退治して、真っさらな独立都市としてあの街を再出発させる事だけ」
クリストフはさらりと口にしているが、その段階になるまでどれ程の政治的取り引きが行われたのか想像するに余る。しかもそれをこの短期間に纏めている。これが彼の手腕だとするならとんでもない辣腕だ。
しかもこれから行われるジアトー奪還も恐ろしいスピードで独立まで持っていくようだ。書類を見ればすでに準備政府も出来ており、ソフト面はもう出来上がっているとあった。
その準備政府の政治首班も書類には記載されている。確かに彼女ならこういう役割を引き受けてしまいそうだ。
「政治首班がライアさんか。独立したら首相? 首長国からしたら分離独立で領土が減るのに良く承認するものだ」
「そこはそれ、右巻きな人にはまだ独立は知られてないから。スピード勝負で独立して既成事実化するんだ。しかも、すでに有力どころは抑えている。ルナ、君のお陰でもあるよ」
「私の?」
「そうそ、前に夜会に招待した時があったけど、そこには首長国の有力者も結構な数来ていた。中でも月詠人の有力者は懐古主義者が多くてね。ルナの金眼はとても効き目があったんだ。途中でアクシデントはあったけど、むしろ日和見な連中には良い薬さ。お陰でここまでサクサクと事が進んだ」
「あれはそんな意味もあったのか」
このクリストフは一体どこまで事を仕込んでいるのか、底知れなさに顔が引きつりそうだ。
こういう人物と繋がりを持てたことに頼もしさと同時に不安も感じてしまい、複雑な気分が胸の辺りで渦を巻いている。果たしてこのままクリストフと交流を持って大丈夫なのだろうか。今後は見極める必要がある。
自分の内心はともかく、クリストフは機嫌の良さそうな表情のまま次の言葉を舌に乗せた。
「それでこの奪還作戦、ルナも参加したら盛り上がるかなって思った。だから今夜はそのお誘いに来たんだ」
「戦闘に自ら飛び込めと?」
「うん、そう言っている。西海岸の混乱を収束させる戦いだ。参戦する意義はあると思うけど、参加は自由だよ。無理矢理なんてとんでもない」
ようやく出てきた話の主旨に自分は一瞬だけ動きを止めた。
口の中に渇きを感じて自分用に淹れたコーヒーに口を付けたが、随分時間がたったらしく不快なくらいに冷めていた。
ジアトーを奪還するためには占領している帝国軍を退けて、居座っている暴徒化したプレイヤー達も無力化する。後で統治して独立都市にするなら武力の行使は必須条件だ。当然向こうだってやられてばかりではなく、猛烈な反撃が予測できて死傷者が多数出て街は戦場となるだろう。
戦場、か。この世界に来てから自分は本当に戦ってばかりだ。射撃や狩猟は好きだけど、戦闘は何回経験しても慣れきる事が出来ないな。
冷めて苦いだけになったコーヒーを飲み干して、自分の因果さ度合いを自嘲した。
「参戦するかは明日の朝までに決めて欲しい。ゲアゴジャの郊外に飛行船の発着場があるからそこで僕の名前を出せばいい」
「……」
「ふむ……ねぇルナ」
「っ!」
いつの間にか思考に耽っていた頭にクリストフの顔がアップで映るのはビックリだ。
身を乗り出してこちらを覗きこむ格好の彼は、今だけは外見相応の子供っぽさが前面に出ている。まるで親に物をねだるような姿勢で顔を近付けてきた。
端正な少年の顔が近くにあるのは普通の女子なら赤面ものだろう。でも自分の場合は内面は今だ男のつもりであり、同性愛の趣味嗜好も無い。びっくりの次に感じたのは忌避感だった。
どんな生き物にもあるパーソナル・スペース。その領域に踏み込まれた時に感じる不快感と忌避感、それが胸の裡を一瞬で覆う。とりわけ人慣れない自分のパーソナル・スペースは広い。少しでも人が近くにいると心から落ち着けないのだ。だというのにこの距離はお互いの息がかかるくらいに詰まっていた。
自分の反応がどう顔に出たのかクリストフはこちらの顔色をひとしきり見て、何やら納得したような顔をしてから元の席に戻った。
「君は人が怖いんだね。出来るなら人の顔を見ないで暮らしたい、でも生活する上では仕方ない。今の話の場合は参戦は出来るならしたくない、でも義理やら借りやらがあるから参戦した方が良い気がする。どう、当たっている?」
「……」
「正解ととるよ。確かに考えている事を他人に暴かれるのは不愉快だからね。何も言いたくないのは分かる。加えて人が怖いから恐怖も追加だ」
「貴方は、人から嫌な人と言われた事はないか?」
「お、否定しないんだ。そうだね、色々な人に言われたけど今更だよ。これが僕なんだし」
この月詠人は人の内心を読み取る能力でもあるのだろうか。ああ、経験と推測から由来する読み取りならあり得そうだ。
クリストフにジアトー奪還に対する考えを読まれた時の考えはこんなところだった。同時に自分の弱みも見抜かれて、とても気分が悪くなる。
そう、彼の読み通りに『僕』は他人というものが怖かった。
僕の人情の薄さ、交流の無さ、人への関心の無さ、その根本をクリストフに見抜かれていた。他人が怖いから近付きたくない。怖いからコミュニケーションしたくない。関わった人も怖いので早々に距離を置きたくなる。
僕は根っこが分かれば案外単純な人間だ。少なくとも自分ではそう認識している。
そんな自分の人物像を見抜いたクリストフは、元々機嫌の良さそうな表情をさらに一段上げてごきげんな様子だ。
「ホント君は人慣れない猫みたいだね。撫でようと手を出せばビクついて逃げ出す」
「用件は分かりました。返答は明日までに」
「うん。色よい返事を待っているよ。やっぱり来て良かった。電話で伝える方法もあったけど、味気ないよね」
「……」
「他者に恐怖を持っている君がどんな返事をくれるのか、待っているから」
そうしてクリストフは席を立った。「見送りはいいよ」と言い置いて、エカテリーナを従えて屋敷を出て行く。自分は彼にかける言葉も無く、ソファに座ったままだった。
二人の気配が別荘の外へ移って、しばらくすると遠くから微かに車のエンジン音が聞こえて遠ざかってく。その音も聞こえなくなると、元の静かな夜に戻っていた。
それまで自分はテーブルに置かれた三人分のカップを見詰めたままじっと動かない動けない。しばらくして時間を知りたくなり、懐中時計を取り出してテーブルに置いた。
そのまま時計の針だけが時の流れを知らせるようになっていた。
◆◆
秒針が刻む音は部屋に満ちていく。音はまるで質量みたいな物を持ち、時が刻まれていく度に息苦しさは増していく。
この音を消すには時計をしまえば済む話だ。でも時間が気になる自分にはしまう選択肢は始めからなかった。
クリストフ達が別荘を去って七時間以上の時間が経とうとしている。それでも自分はソファから動かず、持ち込まれた選択に思い悩む。
シンプルに言えば目の前にある問題は、決断を下すか下さないかの二択でしかない。だからこそどちらか一方を選ぶ意思に迷いが出ていた。
「――」
「……」
この空間を共有しているジンはクリストフと話している間から一言も言葉を発していない。感度の良い耳には彼の息づかいだけが聞こえる。
あの二人が来た時には灯していた明かりも今は消して、部屋の中は暗い闇のカーテンがかけられていた。月詠人の目にはこの程度の暗がりは暗がりになり得ないが、何かを静かに考える分には丁度いい。
七時間という時間は一瞬のように過ぎていた。その時間の中で懸案が残っていたのを思い出した。言い出す機会を逃し続けてこれまでずっと口に出していなかった事だ。
「ジン」
「なんだ、何か用か?」
返ってきた声は鈍い自分にも分かるくらいに優しげな声音。ずっと無言だったのを心配して気遣っているようだ。
誰かから気遣われてそれを素直に受け入れるなんて、この世界に来るまで無かった。これまでこの手の気遣いを心が拒んでいたからだけど、やはりジンには何かがあるのだろう。
だからこそこの際にキチンと聞かなければいけない。
「私は、君が知っている『ルナ』ではない。なのに何故ここまで従ってくれる?」
言葉に出して再確認した。本当に何故ジンは『ルナ・ルクス』ではない自分にここまで従い、ここまで尽くしてくれているのだろうか?
もしかすると、自分と『ルナ』を同一視したまま盲目的に従っているのかもしれない。だとするなら今からであっても間違いは訂正しなくてはならない。
たとえそれが使い魔との仲を悪くするものであり、さらには自己中心的な考えであってもだ。
果たして彼からどんな言葉が返ってくるのか。どんな言葉であっても受け入れようと思うし、運悪く自分の言っている意味が理解されなかったら説明をしようとも思う。
だが、返ってきた言葉はこちらの予想の上をいくものだった。
「いいや。貴女は間違いなくこの身の主、従うのは当然だ」
「いや、いやいやいやそれはないだろう。君だって気付いているはずだ。以前と今とでは違うだろう?」
「確かに。しかし、やはり本質は変わってはない。表層が多少変化しようが、この身が心変わりする理由にはならないな」
「何故そこまで……」
言いかけて、口を閉じる。何故も何も、創造主の主人がいなければ使い魔は存在する事さえ出来ないからだ。
主人と別れても元の座標に戻れば問題ない使役獣と違い、主人の手助けを念頭に一から創造された命のせいで使い魔は主からは離れられない。
たとえ主人が変貌しても主従関係が結ばれたままなら従わなければならないのだ。
「主、この身は確かに使い魔で主人の下から離れられない。だが、ただそれだけの理由で傅いている訳ではない。そこは心に留めてくれ」
「なら、何故?」
「色々あるが一言で言うなら、この身が付いていないと主は真に独りだからかな」
「それは、心配だからと」
「そうだ。親心ならぬ使い魔心だな、これが」
参った。何と言うことだ、向こうでは実年齢が三十を過ぎているのに親心めいたもので心配されるようになってしまうとは。
「この身が従う主は変わってはいない。だから、思うままに動けばいいだろう」
「……その上、励まされるとはな」
本当に参った。彼には自分が本当はどうしたいかもお見通しなのだから。
確かに人は怖い。だから人と距離を置きたがり、結果人付き合いも苦手。これから始まるだろうジアトーの戦いで見知らぬ他人が何人死のうと、それが同郷のプレイヤーであっても無関心のはずだ。
このままこの別荘で戦いが終了するのを待って、東の王国辺りにでも逃げ込めば身の安全は図れる。持っている財産にもまだまだ余裕はあるし、クリストフの援助がなくても充分やっていける。自分だけの安全を考えるならジアトーの奪還が成功しようが失敗しようが関係ないのだ。
でも、あの街にはライアさん、雪さん、マサヨシ君、水鈴さんといった顔見知りが居る。彼らは確実に戦いに参加するだろう。さらにはレイモンド、壱火の親子も参加する可能性がある。それらに背を向けて自己の保身に走って良いだろうか、とこれまで悩んでいた事だ。
これまでだったら自己の安全を第一にとり、他の一切は切り捨てるはずだ。元自衛官にあるまじき考え方だけど、それも昔の話と割り切ってしまえる。自己中心的なのが自分の根っこの部分だと自覚もある。でも人は大なり小なり自己中心的なのは当たり前だろう? そう嘯ける。
その考えが変わったのが彼らと接するようになってからか。きっかけはスタンを殺したせいなのか、それとももっと前マサヨシ君を助けたからのかまでは分からない。きっとここまでのそういった経験が自分の心に変節を起こしたのだ。
これまでの七時間はなんだったのか、自分の考えを再確認するだけですんなり決断が下せてしまえた。
「ジン、戦闘準備だ。友軍を助けに行く」
「承知」
ソファから立ち上がり、使い魔に一声かける。返ってくる言葉は短く、それでいて心強い。
一先ずは手持ちの武器を整備して、弾薬を弾倉に補充しつつ整理、アイテムや魔法の見直しなど、一度決断を下したらやることが洪水のように溢れてきた。
ジンには車のところに行ってもらい、点検とアイドリングを指示する。もはや『いつものように』という言葉がつくほど習慣化した短い返事を返して、ジンは部屋を出て行った。
彼が車のところに向っている間にこちらは隣の書斎にあった地図で移動経路を確認といこう。
テーブルに置いていた懐中時計を手に取る。時刻は午前三時十分。外はまだまだ暗いけど雲一つ無く、朝になれば快晴になるのは約束されている。行動を起こすには良い日よりだ。
人は色々言い訳を作る。しかし理由を掘り下げてみれば本音は案外単純だ。
一度は離れた仲間でも見殺しにだけは出来ない。そこに人付き合いの苦手さ、億劫さ、人への恐怖を押し退けるだけの原動力がある。
何より、これは自分自身の意思で決めた戦いだ。自衛官になった時、PMCになった時は生活のため、日々の糧のためだった。当時はそれ以外の飯の種がなかった。この世界に来てもここまでの戦いは生き残るための戦いだった。
それが今日、初めて自分の意思で銃を手に取る。止むに止まれずでも、選択を強要されたのでもない。ささいな事のはずなのに、これが奇妙に誇らしい。
「Let's play《さあ、やろう》」
後悔なんてそれこそ後でも出来る。自身を励ますつもりで調子のいい言葉を呟いた。
流される日々が当たり前だった自分が決断を下した。後はこのまま終わりまで走り抜けよう。結果は後から付いてくるのだから。