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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
Once Upon a Time in the West 邦題:ウエスタン
7/83

6話 対話




 見慣れない場所で目覚めるのはこれで二度目で、二日連続だった。

 目が覚めればあれは全部夢の出来事で何時ものように親に飯を作ってもらい、いつもの様に登校して隆士とだべりながら「昨日、なんかトンデモない夢を見ちまった」などと笑い飛ばせるものだと願っていた。

 それが叶わない願いなんだな~と、こうして目が覚めてみれば分かってしまう。

 オレの体はいまだ『マサヨシ』のゴリマッチョの体で、体のあちこちにアザとかが見えるのは……あんまり覚えていないけど、タチの悪い連中にボコボコにされたからだと思う。

 それに、ゴミのコンテナに隠れていたから結構クサイ事になっていたはずだけど今は臭わない。


 ああ、そうだ。タカやココットさんが目の前で気のふれたようなキチ○イに殺されて、必死に逃げて逃げた先でもキチ○イはいて街中が滅茶苦茶になっていく。隠れてやり過ごし、後はフラフラと街を歩いていて、何か昔の暴走族みたいな奴に絡まれて、逃げて、叩かれて――あとはどうなったんだっけ?

 あれは辺りがだいぶ暗くなった時のことだったと思う。今は明るい。窓から差し込む太陽の光がしっかりと見える。窓に目がいったついでに周囲の様子も見渡してみる。


 まるで廃業した町工場だった。高い天井に鉄骨の柱と梁、床はコンクリートの打ちっぱなし。そこに家財道具が詰め込まれて無理に居住空間に仕立てられている。オレが横になっていたのもその詰め込まれた家具一つだろうソファーだ。

 他に目立つ家具は流し場らしいシンクにテーブル、古臭い形のストーブに椅子と本棚、あとはすぐ傍にいるやたらとデカイ黒ヒョウ?

 ヒョウって家具じゃないよな。


「目が覚めたようだな。どこか痛む場所はあるか?」

「あー……あちこち痛むけど、とりわけ痛い場所とかはないな」

「それは重畳。せっかく主が助けたというのにポックリ死んでしまっては意味がないからな、色々と」


 何か黒ヒョウがナチュラルに話しかけて来たので、こっちもナチュラルに返してしまったよ。しかもやけにダンディな声を出しやがる。

 ここで今更に驚くのも悔しいので、このまま普通に話を続けることにした。


「で、だけど。月並みな聞き方で悪いんだが、ここはどこだ?」

「ふむ、その聞き方をするという事はこの場所を目指したのも単なる偶然か。いやなに、ここは貴様があのバカ共に追い立てられた先にある街外れの一軒家だ。見ての通り元は廃工場だったのだが、今は主が住みかとしている」


 うん、大体分かった。あの暴走族もどきの二人に金属パイプで叩かれながら逃げ回って、街外れに来た記憶はうっすらとだけどある。

 そう言えば、気になるワードがさっきから出ているな。


「主?」

「我が造物主で、仕えるべき主人だ。そら、そこにいる」


 黒ヒョウが視線で示した先、テーブルとセットになっている椅子に小柄な人影はあった。こちらに背を向けているが、体格からすると女の子っぽいのは分かる。

 起き上がって、顔を見ようとすると急に黒ヒョウが立ち上がって「グルル」などと唸りだした。


「不用意に近付くなよ。緊急時だったから助けたものの、貴様とて主を害する輩かもしれんのだ。指一本でも触れてみろ、その無駄にデカイ図体をミンチにしてやる」

「うげ」


 動物園でライオンとか猛獣を安心して見ていられるのって、頑丈な檻があるからだ。至近距離で何も隔てるものがない状態で猛獣と一緒なんてどんな恐怖体験なんだか。しかもこっちは武器ひとつない素手のままだ。武器なしでモンスターと戦闘なんて冗談みたいな状態、これも今更のように思い知らされる怖さだ。

 オレが下手なホラーハウスより背筋にゾクゾクくる体験している最中なのに、その『主』という人は何も言わずに背を向けて座ったまま。

 いや待て、妙に規則正しく聞こえる息づかいに緩やかに上下する肩。もしかして寝てる?


「主はついさっきまで貴様のケガを見ていた。本来のベッドはそのソファーだ」

「……起きるよオレ」

「そうしたまえ」


 追い立てられたオレは掛けられた毛布を丁寧に取って、ソファーから完全に立ち退いた。

 立ち上がったことで視界が高くなり、周囲の様子も良く見えるようになった。改めてみてもこの場所はやはり廃工場の印象しかない。こんな場所を住居にするとはこの黒ヒョウの『主』も変わり者なんだな。


 見れば黒ヒョウが自分のご主人さまに近づき、体からツタみたいなものを生やしだした!? 触手!?

 そんなアホな事に衝撃を受けるこっちにお構いなしで、黒ヒョウは生やした黒い触手らしいもので丁寧に『主』の体を抱き上げた。ああ、なるほど腕の代わりなんだなアレって。

 それと、ここに到ってようやくこの黒ヒョウの正体に思い当たった。コイツ使い魔だ。ゲームでは高レベルのプレイヤーが戦闘の補助とかアイテム製作の手伝い、素材調達とかをやらせてたスキルで製作できるお助けNPC。チームではリーダーのサイト―さんを始め上位の何人かぐらいしか使い魔を所有していない。

 そうなれば、この抱き上げられている『主』という子もプレイヤーの一人か。


「ん……あ、ジン」

「ぬ、起こしてしまったな。すまない」

「いや、いい。下ろして、起きているんでしょ」

「ああ、すぐそこにいる」

「分かった、下ろして」


 どうやら黒ヒョウが抱き上げた動きで目が覚めたようだ。聞こえる声は幼い、それでいてハスキーがかってどこやら色気がある音色。

 触手に支えられてしっかりと立ち上がるその娘の背丈は今のオレの背よりもはるかに低い。一五、六歳に見える女の子、黒いワンピースに黒のニーソ、髪も黒い。見詰めてくる瞳だけが金色をして、やたらと印象に残る。


「……」

「……」


 見つめ合ったままオレも相手も動かない。オレは何をどう言ったらいいのか分からないし、向こうは何か困ったような顔をしだした。

 ヤベ、気まずい。


「ああっと! その! 助けてくれてありがとう! オレの名前はマサヨシっていうんだ! あんたの名前は!?」


 耐えがたい沈黙から思わず声を張り上げてしまった。

 いきなりの大声に驚いた女の子は金色の目を大きく開いて身を反らしている。その隣ではあの黒ヒョウが今にも飛びかかって来そうな感じ。マズイ、さらに気まずい。しかも黒ヒョウがヤバイし。


「うん、マサヨシ君か。私はルナ、ルナ・ルクス。大声で驚いたけど善良そうな人で良かったよ」


 ぎこちなく笑顔の形に顔を動かして見上げるルナさん。何か落ち着いた雰囲気を持っているものでオレの中でいきなり『さん』付けが決定された。

 多分、ココットさんと同じで中の人が年上だったりするのだろう。目付きが悪いけれど気にならない位のキレイな女の子だ。今のオレ達の肉体は元の体の特徴も反映されるからこの人も元から結構な美人なんだろうな……

 ルナさんの顔を見てつらつらと湧き出る思考。動きを止めたオレに向こうから手が伸びて、はたと気付けばお互い息がかかる至近に距離が縮まっていた。


「うわぇっ!? る、ルナさん、一体どうしたんすか」

「ケガ。君はあちこち殴られている上に撃たれたんだ。手当てはしたけど様子は見ておきたい」

「撃たれた!?」


 女の子が至近距離にいることに驚けばいいのか、撃たれたことに驚けばいいのかもう分からない。ルナさんは驚きで身動きがとれないこっちにお構いなしで、オレのシャツをめくり上げて肌に触れてくる。

 見下ろせばすぐそこに黒い艶やかな髪、そこからふわりと漂う匂いは夜の空気みたいだ。ゴミの中にいたオレとは大違いで良い匂いがする。

 だからって鼻の下は伸ばせない。あの黒ヒョウ、もの凄く睨みつけてくる。下手にお触りしようものならアイツの朝食にされそうだ。

 ルナさんはルナさんで、恥ずかしいとか頓着とかはないようで医者みたいな手つきでオレのケガの様子を見ている。シャツも完全にまくり上げられて、ほとんど上半身裸だ。経験とかはないのだがこういうときの女の子ってもう少し戸惑うとかの反応があるような気がするんだけどな。


「9㎜パラベラムのホローポイント弾が当たった割には傷が浅く済んだな。やはり魔法は尋常ではない」


 肩に出来た引き攣れた肉の盛り上がりに手を当てるルナさん。すると彼女の掌がぽぅと光り、肩の傷らしい部分が目に見えて小さくなっていく。

 これはゲームでの回復呪紋でいいのか? ゲーム時代のオレは魔法のスキルはほとんど習得せずにいたものだから詳しくない。実体験で理解する魔法というものに体は固まる。動いちゃダメだよな。


「これでいいか。傷は問題ないようだし、弾も取り出してある。よければあげる」


 そっけない口調でそんなことを言って、オレの手にキノコみたいな形でつぶれた金属片を渡してきた。これが弾丸? なんか思っていたのと違う。てっきりドングリの形をしたものと思っていた。

 事が済んだらさっさとオレの体から離れて、シンクのある方向に足を向けるルナさん。漆黒のワンピースの裾を翻す様子はリアルなことなのに現実味が薄い。むしろ漫画的であり、つい最近読んだコミックの登場人物みたいだ。

 オレだけがドギマギしているのが酷く不公平な気になってくる。

 こっちの気を知っているとは思えない様子で台所につくと、こちらを振り返ってまたぎこちない笑みを向けてきた。


「マサヨシ君、朝食にしないか? 保存食中心のメニューで申し訳ないけど、腹は膨れる」


 缶詰を手にした彼女の言葉で、昨日からロクなものを食べていなかった事を思い出した。人間一食二食抜いても平気って本当だったんだ。空腹なんか感じず、お腹に違和感があるだけ。空腹を通り越して腹痛になりかけている。食べた方がいいよな。


「ゴチになります」



 ◆



 クラッカーを主食にして、インスタントの袋ラーメンがスープ代わり、缶詰のコンビーフと豆で調理した煮物料理がメインディッシュというのがルナさんから出された朝食だった。なんかミリメシな内容だ。別に美味しいから構わないけど、早くも米が恋しくなってきた。

 こんなもの『エバーエーアデ』の世界ではなかった代物だ。考えてみれば当たり前、アレはゲームの世界で娯楽。こっちは嫌になるぐらいに現実の世界だ。

 メシひとつとってもオレが置かれている“今”を理解させられる。


 朝食はルナさんとテーブルを挟んで食べた。

 食事中の彼女は終始言葉少なく、食器のすれる音が大きく聞こえるほどにもくもくと食べる人だ。

 ついでに例の黒ヒョウが黒猫にダウンサイズして食卓に参加していた。聞けば、戦闘体型と通常体型とで使い分けができる伸縮自在の体をしているのだとか。

 食事中に色々と話をしてみたが、ルナさんは無口な人のようで必要な事以外はあまり喋りたがらない。こっちから話しかければきちんと答えるけれど話を膨らまそうという気はないみたいで、結果としてオレがほとんど一方的に話しているような形になっていた。

 それでもルナさんの事情は理解できた。彼女は運が良く、そして慎重な人のようだ。


「それで、外に出ずに引き籠もって能力と装備の確認をしていたと」

「ああ」

「そして、オレが襲われているのを見て――」

「あの二人を射殺したよ」

「……」


 女の子の口から出る台詞とは思えないけど、彼女の太ももの拳銃やテーブルに立て掛けられたライフルを見ると冗談ではないと理解させられる。


「遺体は埋めてオートバイはこっちに持ってきている」


 指差す方向、部屋の隅に目をやれば二台のバイクが並んで置いてある。暗い時は分からなかったが、こうして見てみると型がかなり古臭い。大戦期を舞台とした戦争映画に出てくるバイクみたいだ。そのシート周辺は黒っぽいペイントがされているけど、あれは血が固まったものらしい。

 こんな娘がやったのか。などと思い、改めてテーブルで対面に座るルナさんに目を向けた。


 高校生をやっているオレよりも落ち着いた物腰やら雰囲気が見ていて伝わってくる。大学生、いや社会人なのかもしれない。だとすれば女の子とか少女とかの言い方は正しくないのだろうけど、見た目は元のオレよりも下にしか見えない。『マサヨシ』としての体をもっている今だとより顕著に体格差がハッキリしている。ココットさんみたいに明るいキャラ性は彼女にはないから余計に対応に困ってしまう。


 何も言えずにいるオレが見ている間に食事が終わったルナさんは、テーブルを立って使い終わった食器をシンクに入れ、そしてオレに背中を向けたまま話を続けた。


「怖がるのも軽蔑するのも構わない。それを食べ終わったら安全な場所を見繕って街を出ると良い。ジアトーの街はここから見る限りだけど、もうダメだろうし」

「や、いやいや! ルナさんの事は怖がってませんし軽蔑もしてませんっすよ、その、言うの遅れてしまいましたけど助けてくれてありがとうございました」


 テーブルから立ち上がって、ここまで言うのが遅れてしまった言葉を思い出して頭を下げる。

 彼女が振り向いてこちらを見ている気配を感じる。

 そうだった。こんな簡単な言葉さえ忘れていたんだオレは。タカが訳分からないうちに死んでしまいココットさんも死んで、多分銀月同盟のメンバーも。体も心も追い詰められたオレが、いざ誰かに助けられたとなるとどう振る舞ったらいいのか分からない。

 大声を出してしまったり、何やかやと一方的に話しかけてしまったりだ。

 それでも怒るといったこともなく、こんなことまで言っている。確かに人を殺してしまったというのは大変な事なんだけど、この人が動いてくれなければオレは死んでいた。軽蔑なんて出来るわけもない。


「え……と。どういたしまして?」

「主、この場面でその言葉は少し違うと思うのだが」

「自分でもそう思ったんだけど他に適当な言葉が出てこなかった。マサヨシ君頭上げて、私はそんなに礼を言われるような事はしていない」

「でも、助けてもらったのはホントっすから」

「あぁ、そうだけど……」


 顔を上げてみれば困った顔をするルナさん。小声で「困ったな」なんて言う言葉も耳に入る。

 その表情で彼女の大人びている雰囲気が一気に飛んで、見た目通りの年下の女子の様に見える。今感じたことだけど、ルナさんって対人スキルがとても低いんじゃないだろうか。ノリが悪いようにも見えるし、会話がぶつ切りだ。

 ネトゲしている人の数パーセントは引き籠もりか廃人って人がいると聞くが、もしかしたらこの人もその一人だったのかも。だからリアルでの会話に慣れていないとかが想像できてしまう。

 なら、オレが頑張って会話を引っ張った方がいいのか? 人の話を聞かないって人じゃないし、反応だって返してくれる。


「とにかく、礼は言わせて下さい」

「うん。分かった」

「え~……と」

「……」


 こんな状態で会話を続けるのはどんな無理ゲーだろうか。引っ張れそうにない会話はまた途切れてしまった。

 話が途切れたところでルナさんはシンクに出した食器を洗いだし、黒猫はソファーで丸まりだした。オレの周辺にはいなかったタイプの人だな。どう話をしていいのか分からないや。

 こちらがまごまごしていると、食器を洗い終わったルナさんはこちらに顔を向けて口を開いた。


「それで、これからどうするか考えているかい?」

「え、これから?」

「ああ、これから」


 黒猫の隣に座り、オレを見上げる彼女に目線を合わせるためこっちも椅子を引き寄せて座る。ぎしっと椅子が軋んだ。

 これからか、聞き方は唐突だが言われるまで考えてもなかった事だ。

 目が覚めて見ればゲームの世界で、体も自キャラのもの、街の様子はあっという間に戦場、深く考える暇なんてここまで一度もなかった。けれどこうして機会が与えられてみると、今すぐにでもやっておかなければいけない事が次々と頭に浮かんでくる。

 オレは浮かんでくる考えのままに口を開いていく。


「同じチームの仲間の顔が見たいですね。それに身を守るものが欲しいっす。街もあんな状態だからどっか他のところに行きたいところですね」

「でも君の話を実現するには、一度あの街に戻る必要がある」

「ですよね」


 着の身着のままでここまで来てしまったオレ、あの無法地帯になった街では身を守るためにはどうしても武器が欲しいところだ。『マサヨシ』がゲーム時代に使っていたものなら気兼ねなく使えるだろうが、生憎と銀月同盟の拠点の自室に置きっぱなしだ。

 同盟との連絡はテレパシーじみたチャットの力を使って安否を確かめられるかもしれないが、それよりも直接顔を合わせて話をしたい。拠点の状態も気がかりだ。

 さらにはこんな街に長居はしたくなく、出て行くにも相応の準備が必要になると思う。ここがゲームではないなら食料や水、移動のための足が必要になるだろう。

 総合してみると、ルナさんが言うように一度街に戻って物資を調達する必要がある。


 またあそこに戻るのかと思うと気が沈む。不思議と恐怖とか悲しみとかはないが、気分がとてつもなく盛り下がってくるのだ。

 下がったテンションを戻したく、考え事をしていて落ちていた顔を上げるとルナさんも何やら考え中だ。隣にいる黒猫を撫でながら彼女の金色の目は宙をさまよっている。撫でられている猫はノドなんか鳴らしていやがる。オレとの態度の差が激しいな。

 それほど待つこともなく、ルナさんの目は現実に焦点を結んでオレを見る。


「よし、君が街に戻るなら武装を整えるまでの間は私が護衛につこう」

「え」

「なんだと」


 割と凄いことを口にしてきたルナさん。黒猫の方は何か固まっているし、驚いているのか?


「主、あの惨状を見ただろう。街中にバカ共が蠢くのが今のジアトーだ。早々に街を離れるのが正解だというのに何を好き好んでこのデカ物に付き合う。やめておきたまえ」


 さり気にオレをこき下ろして反対意見を飛ばす黒猫。

 こいつにこき下ろされるのはムカつくが、オレもついてくるのはどうかと思う。あの街で一部でも惨劇を見た立場から言わせて貰うならば、近づかないのが一番賢い。

 オレの場合はそれでも銀月同盟の仲間のことは気になるし、実利の部分でも『マサヨシ』の装備は手に入れておきたい。そこにルナさんを付き合わせるのは気が引ける。

 なのに、彼女はさらりと主張する。


「ロクな装備もなく戻るのは自殺行為だ。なにより、一回助けてしまったからには一区切りつくまで面倒を見なければいけない気がするのだけど、どうだろうか」

「主、犬猫の話みたく聞こえるのは気のせいか?」

「ジンだって、せっかく助けた人が死んでしまうのは不義理すぎて夢見が悪くならない?」

「ふむ……寝つきが悪くなる程度には気になるな」

「なら安眠のために一働きしてもらえないかな」

「ふぅ、もとより使い魔の身。主に苦言は呈していも背くことはないさ。デカ物、感謝するんだな」


 主従であっさりと相談がまとまってしまい、最後は黒猫がオレに向かって偉そうに言葉を放ってくれる。ルナさん、黒猫相手なら喋るな。やっぱり使い魔だからか?

 それよりなにより、オレの意見がまったく挟まれていない事は問題ではないのだろうか?


「あの、オレの意見は?」

「おおまかな方針は任せるけど、来るなとかいう意見なら却下させてもらう。それと、街に入るなら夜がいいと思う」

「夜か、夜ね。分かった」


 護衛としてついて来る話はもう決定と。そう言いたいのかルナさん。

 でも何か、昨日で荒みだした気持ちが今は癒されているという気分になれる。

 そうしてこんな妙な会話からオレとルナさん、オマケの黒猫でジアトーの街に戻る事が押し切られるように決定してしまった。



 ◆◆



 ジアトーの街より北に一〇〇㎞。それぐらいの距離ですでに別の国に入った事になる。

 アードラーライヒ帝国――ハイマート大陸の北の大部分を版図に収める北の雄、帝政の巨大国家だ。

 そしてジアトーから一番手近にある帝国の街はヴィクトリア・ハーフェンという港町になる。人口五千にも満たない町は、町の住人よりも国境を警備する軍人の方が見かけやすい。

 すぐ南にはジアトーの街が所属している国家、デナリ首長国があり、そこからの犯罪者、亜人種の侵入と脱出を防ぐのがここに住んでいる軍人たちの主な仕事になる。


 ここ数日、この町の軍人達の任務に新しい項目が増えた。

 この五千未満の街で唯一の宿、そこを警備せよというものだ。誰が出入りしたかは口外無用、宿に近づく人間は追っ払え、ついでに任務が終わればこの事は墓穴まで持って行けという如何にも怪しさ溢れる内容だった。

 それでもアードラー軍人であることを誇りにして、愚直に任務をこなすのが彼らだった。大方中央の偉いさんが酔狂でここまでやって来ているのだろう、その程度に詮索を留めて彼らは勤めを果たすことに邁進していた。


「一人一人の兵卒にいたるまでキチンと統制が行き届いている。素晴らしいですねこの国の軍人は」

「ストライフ君といったかな」

「はい、家名はありませんので気軽に呼んでください」

「リー君からも先だって聞いたが、ジアトーを手軽に占領できるようにすると」

「ええ」


 ヴィクトリア・ハーフェン唯一の宿。そこの二階の角部屋で四人の男が顔を突き合わせていた。

 最初に話をしていた二人の内一人は、昨日までジアトーの市庁舎を制圧していた金髪の男性ストライフ。彼は部屋の窓から下を見下ろし、警備任務に就く軍人達の動きを観察していた。

 あれからストライフは精力的に動き回り、プレイヤー、非プレイヤーを問わず様々な人物と会談を持ち、この場所に非公式ながらも目的の人物と接触できるようになっていた。

 ストライフと言葉を交わすもう一人は、質素な部屋の椅子に座る彼こそが目的の人物だ。

 のりの利いた黒い軍服を身にまとう五〇代の男性。胸についた徽章、醸し出る威圧感からいかにも高級将校であることが分かる彼は、帝国の陸軍に所属する将官であった。


「少将、帝国が首長国の人種混在を苦々しく思っているのは分かります。その浄化のために戦争を仕掛けようとしているのも。リーは色々なところに顔が利くやつでしてね、あなた方が数日中にでも仕掛けようとしているのは察知していました」

「ふん。我が帝国の諜報部は何をやっているんだか」


 戦争を仕掛けようとしているのを一般人に悟られている。その事実に少将と呼ばれた男は機嫌悪そうに自分の後ろに控えている副官を見やった。その副官も同じ考えか、軽く頭を振って同意を示している。彼が見据えるのは窓際に立ったストライフの横に立つ赤毛の男性。そこらの庶民と変わりない服装をしている彼こそリーと呼ばれる男性で、両者の顔合わせに動いた人物である。

 副官の男性が見据えているのに彼は目を閉じたまま真意が窺えない表情でたたずんでいる。

 リーの無言の代わりのようにストライフが言葉を続ける。


「実際、あの街はもう無政府状態で混乱しております。ある程度は外と連絡はつくでしょうが、首長国が軍を動かすまでに時間はかなりかかるでしょう。なにせ要請を出す行政機関が丸ごと潰れてしまいましたから。街の住民の多少の抵抗はあるでしょう、しかし組織だった動きはもう出来ないようになっています」

「それで、軍がもたもたしている間にこちらが軍を進出させて制圧してしまえ、と」

「ええ、占領統治など面倒事はこちらにまかせていただければ帝国支配の橋頭保が簡単に手に入ります」

「……ふむぅ」


 人類至上主義を掲げるアードラーライヒ帝国は人間以外の種族を排斥することを国是として、人としての純血を保つことを第一義としている。

 それがすぐ南のデナリ首長国と相容れない原因である。この国は様々な種族が混在して、人間にはない特殊な能力をもって貴重な労働力としている国であるからだ。

 帝国の元首、皇帝は種族浄化を掲げ、大陸の純血化を進めている。分かりやすく言えば人間以外の虐殺である。国内での浄化はほぼ完了を見ており、次なる目標に首長国を見据えているのが今の帝国だった。


 その戦争前夜といえる時期に非常に美味しい提案をストライフは持ってきたことになる。

 労せずして首長国への足がかりが手に入る。街の支配権という餌をやっておけば、ストライフの配下が帝国軍のお世話をしてくれるそうだ。


「国境の警備隊も今は静かなものです。まさに据え膳ですが、少将は如何します?」

「乗せられている気分はあるが、いいだろう。一番槍は我らが取る」

「将軍、よろしいので?」

「ああ、裏はとってあるのだろう? ならば連中が動き出す前にこちらがあの街を抑える。やっている事はいつもの戦争と変わらんさ、今回は親切な協力者がいるというだけでな」

「それはどういたしまして」


 少将の皮肉げな言葉にもストライフはにこやかに言葉を返す。にこやかにもなる。彼の提案は受け入れられ彼の野望は一歩前進したのだから。

 この日のこの会談で一つの街の行く末が決定づけられた。そしてそれはこの世界に迷い込んだ多数のプレイヤー達にも言えることだった。




 11月29日 改訂


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