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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
Sniper 邦題:山猫は眠らない
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17話 絢爛舞踏 Ⅱ




 城館のパーティーは盛況を見せていた。政治色の強い宴ではあっても用意された食事は手の込んだもので、ホールに流れる音楽は華やいでいた。招待された人々も盛装に身を包み、料理の盛られた皿とワインの注がれたグラスを手に談笑を交す。

 宴の熱が上がってきた辺りで流れていた音楽の曲調が変わる。ホールを飾り立てる華やぐものから、聞く者を自然に誘うダンスミュージックへと。

 談笑していた何人かはパートナーと一緒にホールの中心へと向い、手を取りあって優雅に踊り始めた。残った人々も踊り手に注目して、隣人と一緒に批評し合ったりなどしていた。

 舞踏曲の流れるホールの中、観客達の注目を一番に集めている二人がホールの中心にいた。言わずもがな、ルナとクリストフの二人である。

 にこやかで穏やかな顔でパートナーの手を取る長身の青年に、努めて無表情に徹しているものの口元が引きつり気味の小柄な少女という取り合わせは観客の視点からはミスマッチに見えていて、それなのに不快感は全くなく微笑ましい光景に映っていた。


 音楽は流れる。今日という夜をより一層彩るために。この中にどんな思惑があっても、覆い隠してしまうほどに。



 ◆



 自分がこの場に立つためにどれだけの精神的労力を必要としているか、具体的に脳内で何を思っているかでお伝えしたい。

 はじめは寿限無をフルで三回リピート、その後は日本の都道府県を北から暗唱、次いでJR山手線の駅名を内回りで暗唱、さらに世界の銃器メーカーを国別に暗唱、そして今は世界の自動車メーカーをあいうえお順で考えているところだ。

 お分かりだろうか? 外界で起きていることを可能な限り内側に持ち込まないようにしているのだ。今のように誰に向って言っている訳でもないのに二人称を使っているのも現実逃避の一環である。


「やあ、注目の的だ。ルナ、もう少し笑顔笑顔」

「……無理」


 だというのに現実は非情だ。いや、そんな事はとっくの昔に分かり切っている。だけど一時の夢さえも許して貰えないのは切ない。

 溜息を吐くのは流石に失礼だと思えたので視線をクリスから切って自分の胸元に向ける。水鈴さんから貰った銀のネックレスがホールの照明を受けて光り、小さく自己主張していた。この手のパーティーに着けていくには質素と思われるが、自分から目立つつもりは無いので問題ないだろう。

 今も周囲の観客達の注目を集めている中でアクセサリの一つや二つ、あろうがなかろうが微々たる差にもならない。本当に問題にならない話である。


「時にダンスの経験とかは? ソシアルダンスに限らず、カジュアルなものでもさ」

「皆無」

「分かった。いいさ、ここは上手いところリードするから。一曲いってみようか」

「……煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「あははっ、面白い言い方をするね。でも、迂闊な発言は控えてくれよ」


 向かい合っていたクリスがここでいきなり接近、耳元に口を寄せてきた。首元に軽く吐息がかかって背筋に緊張が走る。


「今の君はとても魅力的だ。僕でさえ思わず牙を立てたくなる」

「――――――」


 なんてことだ。数秒間仮死状態になったかもしれない。言われた内容を脳が拒絶して理解できない。男性に女性として扱われ、あまつさえ迫られる。こんな世界がウルトラCの体操技みたいな状況、誰が理解出来るというのだ。

 こちらを硬直させた当人はというと、何食わぬ顔で元の姿勢に戻って自分の手を取ってリードし始めている。

 弦楽器と管楽器、ピアノからなる軽快なリズムに合わせてクリスの革靴がホールの床にステップを踏んでいる。それに遅れてどうにかこうにかダンスの体裁を繕っているのが自分の足元を飾っているパンプスだ。

 運動神経は自信のある方だけど、リズム感の自己評価は低い。音楽系のゲームには手を出していなかったし、リズム感が問われるような運動もしたことは無かった。その手のゲームやスポーツが複数人数でワイワイやるタイプが多かったのも原因だろう。独りの時間が長い自分にとっては縁の薄い分野だった。

 その縁の薄さがこんな形でツケとなって返ってくるのは予想もしなかったが。


「そうそう、ステップはそんな感じで。あと体はもっと僕に預けて」

「む、むぅ」


 クリスが腕を背中に回してきて、自分の体は彼の胸元へと引き寄せられる。本音を言えば人とのスキンシップも余り好きではない。他人の体温があると警戒感が湧いてくる。だけどまさか公衆の面前でクリスを突き飛ばす真似はできないので我慢するしかない。

 長身の好青年となったクリスの身体にとって、こちらの身体は腕の中にスッポリ収まるお手頃サイズだ。このサイズ差が普段全く意識していない劣等感をちびちびと刺激されているみたいで、見上げた先にあるクリスの澄んだ笑顔に対する自分の感情は色々と微妙で奇妙だ。

 さらに周囲の注目が集まっているとなれば、当然自分達に対する評価、感想も聞こえてくる。


「ほほう、フェーヤの当主殿と踊っているのが例の金眼の……初々しいですなぁ」

「ダンスは拙いようだが、うむ、鑑賞に値する器量だ。フェーヤも掘り出し物を見つけたものだ」

「へぇ、あんな子が貴種の金眼なんてね。ま、食指は動くくらい可愛いじゃない」


 という肯定的――不穏な空気はあっても――な内容のものから、


「クリストフめ、いい加減耄碌し始めたか? あんなガキを担ぎ出すとは」

「全くだな。だが、そうなればフェーヤの財を狙うなら今が好機か?」

「なーにアレ。クリストフ様にあんなに引っ付いて何様のつもりよ。いくら金眼とかいっても月詠人の間だけのステータスじゃないの」


 といった否定的――やはりこれも不穏な空気がある――な内容までこの耳に入ってくる。本人達にしてみればこっそり陰口を叩いた程度のつもりでも、自分の耳にはしっかり聞こえていた。まるでどこぞの悪魔の地獄耳だ。

 そして肯定でも否定でも向けられる視線には好奇の色がついている。対人関係は基本的にアウトな自分にとって、今置かれている環境はかなり辛い。

 おろし金かヤスリで精神を削られている心境の中、もう何度目かになる後悔を自分は噛みしめていた。


「やっぱり……招待に応じるんじゃなかったか……」

「ははっ、そんな無情なことは言わないでくれ。外野なんて無視して今夜は楽しんで欲しいな。それと……」

「それと?」

「やはり今夜は賑やかな夜になってしまうね。僕の部下にも警戒してもらっているけど、君も気をつけて」

「……」


 戦闘が予測される場所ににこやかに招待するなんてクリスは良い性格をしている。それとも月詠人という種族は戦闘すら遊興にしてしまうのだろうか。

 このままでは別の意味でも精神が削がれていくようだ。本当に彼は良い性格をしている。少し怒りすら覚える。


「狙いは僕だと分かっているから、囮役になって誘い出そうと思っているんだ。それで、猟師役に君と連れの壱火さんも参加してくれると嬉しいな」

「拒否権はこの場にいる以上、あってないようなものか。分かった」


 どういった思惑が彼の脳内で繰り広げられているのか、美丈夫な外見からは想像もできない。上手いこと巻き込んでくれたようで、見捨てるという選択肢も消されている。

 こちらの性格を見抜いた上で許容範囲内の『お願い』をあれこれしてきて、代わりに便宜や援助をする。自分とクリスはそんなギブアンドテイクな関係になろうとしていた。

 元から世話になっている手前、義理は果たすつもりだった。けど進んで鉄火場に飛び込むつもりなどない。このパーティーで適度に顔見せた後はさっさとホテルに帰る予定があった。それがこうも予定を狂わされるとは思ってもいなかったのだ。

 つたないステップを踏みながら、音楽が終わりへと向うのを聞く。黒いマニキュアで彩られた自分の手がクリスの手に包まれているのが目に入る。ホールに出された料理の匂いと招待客達が吹きかけている香水やコロンの臭いが鼻に入る。この中に剣呑さが潜んでいる。


 いいようにされている現状に憂鬱になってはいても踊りは終わりへ向う。踊りが終われば次は多分、鉄火場だ。



 ◆◆



「お疲れさん、ルナ。ほい、あんたの分も取っておいたぜ」

「ああ、ありがとう」


 ダンスが終わると自分は周囲の目から逃げるため、素早くホールの隅に避難した。するとこうして壱火がやってきて、料理が盛られた皿を手渡された。わざわざ料理を取ってきてくれたようだ。

 立食のバイキング形式はこういう所が便利だ。皿に盛られた料理は全て手で摘めるもので、場所を選ばず食べられる。

 夕食はまだ摂っていないので、壱火に礼を言って皿に手をつけた。あちこちのテーブルから見繕ったのか、皿の上の料理はかなり雑多な内容になっている。まずは一緒に添えられているフォークを手にとってローストビーフに突き刺した。

 ビーフを口に入れるとすぐに口に広がるソースと肉汁が調和した味。焼き加減も良く、噛めば噛むほど味に深みが出て舌が豊かになる。


「飲み物はワインぐらいしかなかったけど、いい?」

「ありがとう」


 赤ワインの入ったグラスを渡してきた壱火にまた礼を言って受け取る。酒精はこれから戦闘があるのを想定すれば好ましくないけど、ちょうど飲み物が欲しいところだった。

 グラスに口をつけて濃い赤い色の液体を口へと運ぶ。ワインの酸味と苦味、甘味がローストビーフの味と合わさりさらに調和の味を深めていく。

 別段グルメを気取るつもりなどないが、美味しい食事は荒れた心を静めて豊かにさせる効果がある。軍隊でも戦闘糧食の進歩ぶりを見ればいかに心と食事の関係について経験則を重ねているか分かるだろう。

 あのダンスで沈んだ気持ちが早くも持ち直す辺り我ながら現金なものだ。呆れながらも手は止まらない。次に白身魚のソテー、その次はトマトの上にチーズを乗せたサラダと次々に口にしていく。

 地球とは違う異世界ならではの料理は無かったけど、むしろ安心感があって心配なく食事が出来るメニューがありがたい。それに知っているし食べたこともある料理だけど、使われている素材や調理の腕の差か今まで食べた中では一番美味しく感じる。

 気が付けば、あれほど盛られていた皿の上が平らになっていた。


「食うね。そんなに腹減っていたのか?」

「料理が美味しかったからかな。おかわり貰ってくる。この料理どこに置いていたか教えて」


「良ければこちらの皿もいかがかな、師匠」


 おかわりを貰おうと壱火に料理の場所を聞いた時、横から若い男の声がかかった。

 声のする方向を見れば礼服姿の男性が一人、こんもりと料理が盛られた皿を右手にワインのボトルを左手に持ってすぐ近くにいた。お互いの距離は一m位、こんな距離になるまで接近に気付けなかったのにまず驚いた。そして今度は言われた言葉の内容にも驚く。

 彼の外見的な特徴と自分に向けられた『師匠』という呼び方。ゲーム時代と現実の差を考えに入れて修正しても、自分を師匠と呼ぶ人間は一人しか出てこない。


「もしかしてスタン・カイル?」

「正解だ。久しぶり師匠、どのくらい会っていなかったけ?」

「ゲームだと私が転移する直前までだったから一ヶ月近く、リアルだとゴールデンウィークの時だから二ヶ月か」

「まだその位だったか。こっちとしてはもう何年も会っていない気がしたんだけどな」

「全く」


 苦笑混じりでも明るく笑うスタンに自分も自然と笑い返していた。言った内容からも分かる通り、彼とはリアルでも顔を合せた仲だ。彼と自分の共通の趣味になるサバイバルゲームで知り合い、同じゲーム『エバーエーアデ』をプレイしていると知って仲を深めた流れになる。

 自分を師匠などと呼ぶのも、まだゲーム暦の浅かったスタンに色々と手ほどきした事から来ている。前にも後にも自分が教師役をした相手は彼一人だけで、何かと孤独が好きな自分にとって知り合い以上の仲と思っている人物だ。


「あー、ボクは邪魔みたいだからあっちで飯食ってくる」

「なに?」

「すまないな、気を遣わせて。後で何か埋め合わせしよう。君、名前は?」

「壱火だよ。んじゃ、ごゆっくり」


 場の空気を瞬時に察したのか、壱火が赤いドレスの裾を翻して素早くその場を離れていってしまった。もうすぐ戦闘が始まるかもしれない会場で離れるのは少しまずい。

 後ろ姿の壱火に念会話で注意を促すが、『おう、分かった。でもKYになりたくないし、楽しみなよ』と本当に危険を理解しているのか今一つ不安になる返事が返ってくるだけだった。

 大丈夫だろうか? レイモンドの娘(息子)だけに何事もなく今夜を過ごして欲しいと思っているものの、彼女の気質だと心配になってくる。

 そして心配しつつも自分はスタンから皿を受け取ってしっかりと食事に励んでいる。流石にコレはナイか。


「それにしてもスタン、君はどうしてここに?」

「それはお互い様だ。さっきなんかあんなキラキラ王子みたいな奴とダンスってたろ。あれか? パトロンとか愛人とか」

「スタン、私の元の性別を分かっていて言っているか」

「だけどさ、あれからそれなりの時間が経っている。フラフラーっとなってしまう事だって無くはないような」

「無い。彼には世話になった恩や義理はあるが、それ以上は無い」

「だよなぁ、BLに理解はあっても自害はしそうにないもんな師匠。後、女性も二次元嫁限定だし、そこだけ見るとまるっきりヒキオタだ」

「オタクではあるが、引き篭もってはいないのは君も知っているだろう。それと何で君がここにいるか答えていないぞ」

「うわちゃ、どうしても答えないと駄目か?」

「必須ではないが、気にはなる。私の場合はそのキラキラ王子のツテだが、君も誰か有力者のコネでだろうか」

「まあな。でも、転移からここに来るまで結構面白い事があってだな――」


 話す言葉が一気に砕けたものになった。顔見知りで付き合いが長い相手に今更畏まった言葉を使っても仕方無い。

 一度喋り始めるとお互い積もる話があってどんどんと会話が弾む。今までどう過ごしてきたか、こっちで遭遇した魔獣の話、猟師じみた生活の話、使っている銃の話、とりとめが無いのに尽きることも無い。時折、テーブルからお互いの料理を皿に盛りつけて、グラスにワインを注ぐ。

 付き合い以外では今まで人と食事や酒を共にした経験は自分には無かった。だからこうして旧知の仲の人間ととりとめの無い話をしつつする食事というのは未経験だ。これはレイモンド達や壱火らと一緒に食卓を囲んだ時とは違う、一種の気楽さを感じさせる。お互い知った仲という気安さが安心感に繋がり、口数も自然と多くなっていた。

 けれど自分の気のせいだろうか? スタンが話題を選んで話していると思えるのは。そういえばゲーム時代でもチームに入ったのは聞いていたが、どこに入ったかまでは聞いていない。お互いの身の上で詳しい事は口にしないというのが二人のルールだったが、こんな非常識な経験をした後では少し気になった。


 それでもこのままパーティーが終了すれば楽しい思い出として言う事はなかっただろう。現実は世界が変わっても常に非情というのが通例だというのに。


 会場に流れる音楽とは異質の一発の破裂音。聞き慣れた身としては音の正体が銃声だとすぐに気付いた。

 一発の銃声がすれば後に続いて何発もの銃声が連なって聞こえ、フルオートで掃射された音だと分かる。さらに近くの窓ガラスが銃弾で割れたところで女性の悲鳴が上がり、会場は一斉に騒乱の場へと変わった。

 鉄火場の始まり。それを認識すると自分は軽く息を吐いた。せっかくの楽しい時間が終わってしまった悲しさや、上手く巻き込んできたクリスに対する軽い怒りも成分としてある。それらを全て一時的にでも飲み込んで感情をフラットにする。そして戦闘用に気持ちを切り換えた。


 流れ弾を警戒して物影に移動しながら、腰の大きなリボンに隠したストックホルスターへ手を差し入れる。手に返ってくる感触はすでに馴染み深くなったカスタムモーゼルのブルームハンドルだ。

 銃を引き抜き、ボルトを引いて初弾を装填。二挺持って来なかったのは不測事態に備えて片手を空けておきたかったからだ。整備を欠かさない愛銃は何時も通り不備なく応えてくれる。

 ここでスタンの様子が気になり首を巡らしてみると、登場の時と同じく音もなくすぐ後ろで拳銃を手にしていた。そういえば彼はスキルの『無音行動』を好んで使っていた記憶がある。感覚が鋭くなった自分でも捉えられず、現実に目の当たりにすると驚異的な技だ。


「何だコレ、パーティーのイベントにしては物騒過ぎる」

「イベントじゃない。歴とした戦闘。スタン、それで自分の身を守っていて」

「ああ、そのつもりだが師匠は?」

「やることがある」


 彼なら『無音行動』で物影に潜むだけでこの騒動はやり過ごせるだろう。そう判断して自分は物影から飛び出し、クリスの居る方向へと駆けた。

 ホールには悲鳴と怒号が上がり、血の匂いが漂いだした。流れる音楽は絶えて、代わりに銃声のコーラス。あんなに煌びやかで華やかだったパーティー会場はものの一分で戦場へと変貌を遂げてしまった。

 逃げる人の波を避けて前へ。すぐ傍で銃声と一緒に血を噴いて倒れる人がいても構わず突き進む。そうして自分は戦闘の場の中心に辿り着いた。



 ◆◆◆



 城のような豪邸の中で始まる戦闘、その中心にボクは居合わせていた。ルナが知り合いと話し込みだして、お邪魔虫になる気がしたので退散するところから話をしよう。

 退散しつつ後ろを振り返って窺うと、楽しそうに笑っている彼女がいた。ルナとは知り合って日が浅いけど、これって珍しい光景かもしれない。

 ここまで彼女の表情は変化が少ないし、端正な顔立ちのクセに目つきが悪いので悪役じみたキャラに見えてしまう。それでもって話しかけても盛り上がりにくく途切れがちで無口だ。ここまで一緒に居る時間の中で、会話している時間より黙っている時間の方が長かった。

 これまでボクの周りにはいなかったタイプの人間で、少し戸惑っていたのがルナへの偽らざる感想だったりする。


 それが今はどうか? どう見ても楽しそうにしていて、周囲で二人を窺っている男性陣には羨ましいという感情が立ち昇っているのが見えそうだ。

 いつも変化の少ないルナの顔も知り合いとの話の中で大きく変わって、特にあの純粋そうな笑顔なんかは普段全然見せないものだから破壊力がある。

 ボクも男のままこっちに来たら見惚れるかもしれない。それを考えると、何で女性キャラを使おうなんて考えたのか過去の自分に罵声を浴びせたくなる。綺麗で可愛い女性キャラは鑑賞するもので、自身がなるものじゃあないのだ。


 ケモ耳完備の少女体になってしまったボク自身に少し気落ちして、食べ物をお腹に詰め込んで気を紛らわそうと思いついた。

 どうせダンスなんて出来ないのだから、今夜はタダ飯をありがたく頂戴しよう。料理用の取り皿はさっきルナにやってしまったので、手近なテーブルから皿を調達。その時近くにいた品の良さそうな老夫婦の二人がボクの雑な手付きに驚いた顔をしていた。これを笑って誤魔化し、いざ食道楽へ。

 今夜のタダ飯をくれたお金持ちに感謝を捧げつつ、フォークと皿を手に料理が待つテーブルへと思っていたら、そのお金持ちから声をかけられてしまった。


「壱火だったかな? ちょっと良いかい」

「な、なんですか、クリスさん。これから本格的にメシ食いに行くところだったんですけど」

「なに、一通り顔を通し終えたから時間が余ってね。ちょっとルナの連れに興味を覚えたのさ」


 金髪で紫色の目をした完璧イケメンが朗らかな顔で話しかけてきた。着ている礼服がむやみやたらと似合い、ホールの照明効果なのかキラキラしている。

 さぞかし女性からきゃーきゃー言われているんだろうなとか、昔だったらイケメン爆発しろと言っている、とかこの人と目があって数秒間で幾つもの考えが浮かんでは消えた。その中から消えずに残った考えが形を持って口から出ようとしている。

 でもボクが口を開く機先を制するみたいに、向こうの行動の方が早かった。


「代価という訳ではないけど、これで話に付き合ってくれるかい?」

「もうメシを用意されているとかって。貰うけど」


 差し出されたクリスの手には料理が盛られた皿が一つ。それも何故かボクが目を付けていて、これから取りに行こうとしていた物ばかり。前も思ったけどコイツってエスパー? でも料理に非はないので遠慮無く口に運ぶ。うん、予想通りに美味い。アクセントでトッピングされた黒いツブツブした魚卵もいける。

 多分相当にお高いだろう料理だけど、どうせタダ飯と割り切って遠慮無く食べる。黒くて香りが色々凄いキノコとか、味わいが濃厚な鳥のモツっぽいものがあったけど気にしない。気にしないったら気にしないのだ。決して世界の三大珍味とかが頭をよぎったりなどしてはいないのだ。


「それで話だけど、君とルナは長い付き合いなのか?」

「うんや、まだ会って三日ぐらいかな。でも、ボクの親父がルナと付き合いがあったのが分かってさ、面白そうなんで一緒している」

「親父……ああ、あのフェイスオフの選手のレイモンド・グレイか」

「そうだけど、よく知っているな」

「調べたのさ。ルナにまつわる周辺をね。そうしてみると、彼女はこの世にいきなり現れた。持っている土地や建物の権利、所有しているバイクの届け出書類なんかがルナの登場と同時に出現している。他の転移者も概ねそんな感じだ。

 僕はルナ本人にも興味はあるけど、彼女を通して転移者そのものに興味の目を向けているんだ。当然、君にもだ壱火」

「わぁお」


 ルナがこの人を苦手そうにしているのを見たけど、コレは納得。なんか変な圧力を感じるし、熱視線みたいな目も向けられるとあっては苦手になるよ。

 だからといって「うざいよアンタ」とは言えないし、ましてちょうど良い位置にあるアゴに向けてパチキなんてかませない。さっきの秘書っぽい人がすっ飛んで来てしまう。

 だから僕の出来る事といったら、視線を受け流しつつ食事の再開ぐらいだ。フォークを手に残る料理を口にしようとした時、


「この音は?」

「来たね、無粋な客が」


 この豪華なパーティー会場ではおよそ聞かない金属の擦れ合う音が耳に入った。この音はこの世界に来て以来耳慣れた音、銃の装填音だ。それも一つ二つじゃない。二十を超える数の装填音が会場のあちこちから聞こえた。

 クリスも聞こえているらしく、警戒している目で周りの様子を窺っている。でも命を狙われて怖がっている様には見えない。むしろかかってこいと挑発しているような顔だ。

 太もものタウルスと背中のCz、隠し持っている二種類四挺の銃に意識を向けて何時でも抜けるようにする。

 そういえば、ボクはまだ『人』を撃った経験が無かったな。今更のようにそれを思い出した。


「だけど、やらなきゃやられる」


 口の中でそう呟くとほぼ同時、視界の端からボク達の前に一人の黒スーツを着込んだ男が現れた。手にはいかにもギャングが持っていそうなマシンガン。そいつを両手で抱えて腰だめに銃口を向けてきた。瞬間的にボクの意識はこの黒スーツを敵と認識した。

 体もすでに戦闘態勢に移って火が入っている。ドレスの裾をはね上げて太ももに吊したタウルスを手に取った。初弾はすでに装填済みで、ハンマーを起こして銃口を敵へ向けた。

 この時、不思議と引き金は軽かった。


 火薬が爆ぜて、スライドが動いて空薬莢が飛び出て、手に反動が返る時には黒スーツから血が吹き出て後ろへ仰け反るように倒れる。

 倒れながらもマシンガンの引き金に指がかかっていて、銃口から弾を出しながら上へと火線が引かれた。床、壁、天井に銃弾で穴が開けられていって窓ガラスが割れる。

 銃弾が鼻先を通っていったのが分かる。ドレスの端にも穴が開いた。尻尾の毛が弾丸で何本か切れたのも感じた。でも何故か恐怖は無い。感覚がマヒしたんじゃない、当たる気がしなかっただけだ。だから無闇に恐れる必要はない。

 この様子を見た女性が悲鳴を上げる声がホールに響いて、それをきっかけに会場に来ていた客達も遅れて騒ぎ始める。それでも敵は現れた。


 今度は正反対の方向から二人、右横から一人、吹き抜けになった上階テラスから三人。揃いの制服のように黒スーツを着込んだ連中が銃を手にやって来る。

 捉えるのと行動するのは今のボクとしては同時だ。敵はまだ銃を構えようとしている段階でしかない。


「遅い、スロー過ぎてあくびが出る」


 クルリと一八〇度ターン。その途中で右横の敵に一発。さらに後ろから来る二人に二挺同時で二発ずつ銃弾をおみまいする。

 ここでテラスの三人から銃撃が来るが、これも当たる気がしない。当たらないなら恐れる事無く、落ち着いて二挺のタウラスを上に向けて三人を撃ち倒せばいいだけだ。

 まるでゲーセンのガンシューティングをやっている気分になってくる。あれはボクの得意分野だ。


 人殺しをしているはずなのに抵抗感は無い。むしろゲームでハイスコアを狙っている時のアガる感じになっている。

 さらにホールに現れる敵の影に気分は昂ぶってくる。上品で優雅なパーティーも悪くはなかったけど、正直に言って退屈だった。ソシアルダンスなんてチンプンカンプンだし、こんなところでもあるお堅いマナーの壁には辟易する。対してこの騒ぎのなんて下品で野卑でそそる事か。普通にパーティーが終わるよりよっぽど楽しくなってくる。

 前の世界で大人しくゲームマニア生活しているよりも刺激的なこの世界は何でもかんでも楽しい。

 皿から零れた料理をひとつまみ、骨付きチキンのローストはスパイスが利いてピリリと辛い。いいね、このシチュにはピッタリだ。気分がますます獰猛になってくるじゃあないか。


「さあて、一つダンスの相手をしてくんない? Shall We Dance?」


 銃を持った手でドレスの裾を軽く摘んで敵に気取った挨拶をする。返事は銃弾で結構、こっちも銃弾で応える。誰もが真っ青になるバレットダンスを魅せてあげましょう。

 噛みしめた口の中でチキンの骨が砕けて、切れ端が床に落ちていくのを目の端に捉える。それが床に着いたと同時、敵の銃撃は再開された。

 両手のタウルスPT92を握り直しボクは征く。楽しい世界をこの一瞬にでも謳歌するため。




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