15話 光彩陸離
それなりに日数が経ったことで『ルナ・ルクス』の身体を自分自身だと疑う事は無くなっていた。転移以降のジェットコースターのような日々のせいで疑う暇すら無かったのだが、違和感が薄くなったのは実感できている。さらにはあのアストーイアでの一件から、完全に自分の体として認識できるようになっていた。
そう、できるようになっていたのだが……現在の自分の姿を見ると認識を改めないといけない。
「素晴らしくお似合いですよ、ルナ様」
「おおぉ、凄いな。どっかの姫さんみたいだ」
エカテリーナさんと壱火が口々に今の自分の姿について感想を言ってくれるが、まるで実感が湧かず自分にかけられた言葉とは思えない。
振り返ってそこにある鏡を見ると映るのは『ルナ・ルクス』の姿、自分とは違うように見えて仕方ない。よく女は化けると聞くが、それがこの身体にも当てはまるとは思ってもみなかった。
有り体に言ってしまえば鏡に映っている『彼女』に『僕』は戸惑っている。自分のものだったはずなのに他人のものだと今更のように宣言された気分だ。
気鬱な空気が肺に溜まった感触があったので、軽く息を吐いてみたが気鬱さは無くならない。
「……参ったな、これは」
呟いた声はもう聞き慣れて自分のものになった女声、ハスキーがかった幼さの残った少女の声だ。無くなったはずの違和感はここにきて思い出したように胸の内から湧き始めている。
さて、何でこんな事になってしまったのだろうか? こちらに転移して以来、嘘のようにイベントが続いている。前の自分の人生では考えられないほどの密度で起こる出来事に対応が追いつかない。何でこんな事になっているのやらだ。
軽く頭を振って天を仰ぐつもりで視線を上げれば、瀟洒な飾りが付いた電灯の吊された天井が見えるだけだ。
◆
リー・クリーフとの不意の遭遇、アルトリーゼとの再対面といった出来事があった後、レイモンドの試合が行われた。
結果から言うと、二戦行われたレイモンドの試合は危うげ無く彼の勝利で終わった。彼のボクサー時代を知る身としては勝負の行方は予想のついたものだったが、それでも彼の勝利する姿を見るのは大変気分が良い。翌日の第三戦と準決勝も楽しみになってくる内容だった。
S・A・Sの二人との遭遇で胸の内で広がっていた不安を一掃してくれたレイモンドには、一方的だが心から感謝を言いたい。
スタジアム内の売店で買ったサンドイッチでランチは軽く済ませた。流石にあの貴賓席で食べる訳にいかず買ったその場で食べたのだが、同行してきたエカテリーナさんがこちらの行儀の悪さに顔をしかめていた。とは言え何だかんだ言いつつ一緒になってパンを食べていた姿は少し可笑しかったが。
フェイスオフの試合はまだ続いているけど、レイモンドの試合観戦が目的でクリスからの要請も果たした自分には長居するつもりはなかった。祭のせいでホテルを取るのも苦労しそうなので、クリスには一言挨拶して出て行くつもりだった。
でも彼にはまだ用があったみたいだ。
「ルナ、晩餐会に着ていくドレスだけどこの後君に予定が無ければ見繕いたい。リーナ、任せたいのだけど良いか」
「はい、お任せください」
この言葉で自分の午後の予定は決まった。
ドレスコードがある晩餐会に出席できるほどの服は当然だけど持っていない。クリスの要請を受けてこの街に来た以上は自分に断る選択は無い。早速街へと向うためVIP席をたってエカテリーナさんの案内を受けるつもりだった。
スタジアムの駐車場にパオを置いたままエカテリーナさんが用意した車で目的の店に向う矢先、選手用のスペースからレイモンドと壱火が現れた。試合が終わったレイモンドは明日に備えて宿に戻ろうとして、壱火と一緒にスタジアムを出るところだった。
晩餐会に同行者が欲しいと思っていたところなので、その話をしてみると食いついてきたのが壱火だった。本人曰く、「セレブのパーティなんてファンタジーなところ一度は言ってみたかったんだ」だそうだ。
対するレイモンドは子供がかなり乗り気なのに戸惑いつつ、明日の試合に疲れは残したくないようで丁寧に辞退してきた。いかがわしい集まりじゃないとエカテリーナさんから話を聞いて安心もあって、壱火だけでも参加したら良いと言ってきた。
さらに彼はパオを宿の駐車場に持っていってくれるそうで、「車の運転に慣れるリハビリさ」と言ってキーを預かってくれた。買って一週間も経っていないマイカーだけど、早くも愛着が湧き始めたパオをレイモンドは運転してホテルへ。
こうして壱火を同行者に加えた自分達はゲアゴジャの山の手にある高級地区へと向うこととなった。
目的地までの移動手段はエカテリーナさんの運転するいかにもな高級車だ。黒塗りで大きな車体、以前にもアストーイアで乗せて貰った記憶がある古い型式のリンカーンを思わせる車だ。
座った後部座席は当たり前のようにフカフカで沈み込むクッションを装備している。そのまま玉座にでもなりそうなリアシートはパオの固いシートとは雲泥の差がある。でも親しみやすさはパオの方が上と感じる自分は、立派に庶民感覚を備えているといえるのかもしれない。
隣でフカフカのシートにはしゃいでいる壱火の方が何倍も太い神経を持っている。なぜここまで図太い神経を持っているのか移動の間中ずっと不思議でならなかった。
そしてやって来た午後の目的地がここ、ノブヒルと言われるゲアゴジャ西岸地区にある高級商業地だった。
◆◆
ここに来るまでの出来事をざっと思い起こしてみた。そうしてみるとリーとの遭遇が四時間前の出来事で、ノブヒルにやって来たのが一時間前の出来事とは思えないほど変化が激しい。この世界に来てからというもの激動の変化は日常的に起こっており、もういい加減勘弁して欲しいと思い悩みそうだった。
分かっている。こうしているのも一種の現実逃避だというのも。自分の身も含めて今日は変化の激しい日だ。脳が息継ぎをしたくて思考があらぬ方向に飛んでしまったのも無理はないだろう。あるいは過去を振り返って上手く記憶を消化しようとしているのかもしれない。
こうなると何でも楽しむ要素にしてしまえる壱火の性格は本当に羨ましい。おそらく数いる転移者の中でもトップクラスの精神的タフネスじゃないだろうか。彼女の図太い神経の一割でも欲しいところだ。
本当に、何でこうなったのだろうか?
「良くお似合いです。それでいかがしましょう、服や用品はそのままお持ちになります?」
「え、え……と。エカテリーナさん、この場合はどうしたら?」
「そうですね、ルナ様は今日の宿は取っていますか?」
「ああ、そこはレイモンドが取ってくれると話がついている」
「でしたらそのホテルに送って貰いましょう。時間もありますし、そこで本格的に衣装を整えるという方向で行きます」
「畏まりました。ではそのように」
「お願いしますね」
エカテリーナさんが呼んでいた衣装コンシェルジュなる人のアドバイスで身に着けるものはどんどん決まっていった。衣装に限らず化粧、ヘアセット、アクセサリ、果ては下着に至るまでノブヒルに点在する複数の専門店をハシゴしていった結果が目の前にある。
肩に軽くかかった黒髪はスタイリストの手で丁寧にセットされ、艶やかさを増して輪がかかったように見える髪に。戦闘を視野に入れて動きやすさ重視のワンピースと革ジャンの衣服は、パーティでの見栄え重視の黒いイブニングドレスへ。顔には同じくスタイリストの手で薄くメイクが施され、特に瞳を印象的に見せるためマスカラやら付けまつげも追加されて心なしか目蓋が重い。さらにアクセントでシルバーのアクセサリで首と手首に銀色のラインが引かれた。
以上の工程の結果、鏡に映った『ルナ・ルクス』は非現実的なぐらいの美貌をその場に現わしていた。
少し鏡の前で手を上げ下げしてみると、鏡に映った美少女も上げ下げする。首を左右に傾けると鏡の中でも首を左右に。まるで鏡を初めて見た子供のような真似をしている自分だけど、言い訳をさせて貰えるなら非現実的な光景を前に頭が湧いたのだ。
細身の身体はドレスでより強調されて折れそうな印象を見る人に与え、慎ましやかな胸元はドレスに付属している大きなリボンで補われている。腕を覆う長手袋の指先はカットされており、黒いマニキュアに彩られた爪が現れている。
幼く見える顔も全体で見れば違和感なく調和していて、黒を主体にした装いが大人びた雰囲気を出している。少女と女の境目にいる『ルナ』。これが自分自身の姿でなければ時間を忘れて見詰めてしまいそうなものが鏡にはあったのだ。
「本当に、化けたものだ。我がことながら呆れてしまう」
車で待っているジンがコレを見たら何と言うだろう。褒めるか驚くか、自分の様に呆れる可能性もゼロではないな。
下着まで新調されて肌に触れる感触がむずがゆい。シルクの下着なんて人生初の着用だ。同じ店内にいる客や従業員の視線がこちらに集まっているように感じるのは、気恥ずかしさからくる自意識過剰だと思いたい。
鏡を前にあれやこれやと考え込むと、鏡の中でもドレスの少女が難しそうな顔をして形の良い眉を寄せている。そんな表情さえ魅力的に見えてしまうのだから恐ろしい。この姿が自分のもので良かったのか悪かったのか、判断はまだ保留にしておこう。
壱火の声がかかってきたのは、ようやく思考が現実に復帰した辺りからである。
「なあなあ、ボクもドレスとかメイクとかして貰ったんだけど、どうかな?」
「何と言おうか、ノリノリだな」
「うん、面白いよ。こっちに来るまで化粧や服なんて気にしてなかったし、むしろ何で女はそんな面倒なことしてんだろ? って思ってた。でも、こうして色々やってみると綺麗になってく感じが面白く感じるんだよなぁ。例えるなら『壱火』って身体を使ったアート作品を作っているような?」
「なるほど。少し分かる気がする」
同行者として会場に入る壱火にもドレスコードは適用される。元は勝又総司という『男性』だったのだから、スーツ姿にでもなっているかと内心思っていた。
けどこの予想は外れ、目の前で鏡を相手にポーズを決めてみせている壱火の姿は華やかなドレス姿になっている。
自分が黒を基調にしているなら、彼女は赤をパーソナルカラーにしていた。ネックホルダーのイブニングドレスはこちらよりも露出させる面積が広く、プリーツやレースで細かく縁取られているのが華やかな演出を助けている。この世界ならではの部分では、スカート部分にスリットがあって、そこから尻尾が出るような作りになっている。さらにその尻尾にはアクセサリなのか赤いシュシュが付けられていた。
メイクもヘアスタイルも決まり、活発な雰囲気を全方位に放っている。美麗な女の子、そう言う風に表現できる壱火がそこにいた。
「こうしてみると……女の子なんだよね、私達は」
「そういう言葉が出てくるってことは、ルナってボクと同じ?」
「それが『元・男性』を意味するならその通り」
「やっぱり。何となくそんな気がしたんだよね。ご同類の匂いがするとかそんな感じが」
一体どんな匂いなのやら。そんな言葉が脳裏を横切る。
再び鏡を見れば、自分と壱火が並んで映っている。赤と黒の二色で華やかに艶やかに色づいていた。これが元の世界では二人とも男だったとはとても思えない。
もう胸の内で渦巻く感情をどう表現するべきなのか見当もつかなくなっている。いままで正面から目を向ける機会に恵まれなかったが、男と女の違いについて真剣に考える時が来ているのかも知れない。
ただし、やはり性的な感情は湧かない辺り自分の業は案外根深いようだ。
「それでは、お二方の衣装が決まった様なので本格的なドレスアップはホテルでやりましょう。支払いですけど――」
「ええ、それは何時も通りにフェーヤの家に請求を回して下さい。支払い名義はクリストフ様で」
「畏まりました」
前もって費用はクリスが全額持ってくれると話はついている。お金を持つのはホストとして当然というのが彼の弁だ。本当に少年の姿からは想像もつかない経済力と包容力を持っている人物だ。
今後借りを作るのが怖くなりそうだけど、この世界では掛け替えのない人脈を形成する人物として付き合っていく必要がある相手だ。その人から「必要経費だ」と言われれば、受け入れなくてはいけないだろう。
時に、ふと気になったことが頭から湧いてきた。なので気になった相手、まだ鏡相手にあれこれポーズをとっている壱火に声をかけてみた。
「一つ聞いておきたいことが出来た」
「ん、なに? あ、壱火さんの身体上のスペックは身長172㎝、体重59㎏、スリーサイズは上から88、59、84になっているけど」
「ああ、道理で背が高く見えるわけだ。って、違う。そんな事を聞きたい訳じゃない。私が頼んだ手前言うのもなんだけど、レイモンドは随分あっさりと君と別行動をするものだな、と思って。転移からこちらずっと会わないでの再会なんだよな」
「……それか」
自分の質問に壱火は一瞬で明るい表情を曇らせてしまった。クリティカルに拙い質問をしてしまったようだ。
でも一度出た言葉はもう口に戻らない。そのまま黙って話の続きを促してみると、壱火はツーサイドアップからウルフヘアにセットへと変えた髪をかき上げ、額を押えながら愚痴めいた話を始めた。
「何かオヤジさ、前よりも余所余所しい感じなんだよ。そりゃあさ、ボクもこっちに来てハジけちゃってはいるけど、息子が娘に変わったぐらいで距離感掴めないのはどうかと思うんだよ。だいたいさ――」
「ああ、うん……」
自身の息子が娘になったとすれば、思う所が出てくるのが当たり前だろう。レイモンドのような親の立場は想像もできないが、同情はできそうだ。もっとも、自分の安い同情なんかあっても彼には迷惑でしかないだろうが。
そうしてこのまま自分はレイモンドとの親娘関係での愚痴を流しまくる壱火の言葉を耳に入れながら、試着を終えた服に手をかけた。
◆◆◆
街外れでリーが手配した連絡員と合流し、その案内と手配でスタン・カイルはゲアゴジャにある中堅ホテルの一室に腰を落ち着けることができた。
ここまで背負っていた雑嚢を床に下ろし、身体をソファに沈めるとスタンの口からは大きく息が吐かれた。吐く吐息はとても深く、肉体的にはともかく精神的に疲労が溜まっているのが丸分かりだ。
列車を降りてから連絡員と合流するまでの長い距離を独りで黙々と歩き続ける行為は、彼にとって中々に負荷のかかる運動だったのだ。
そのままソファに沈んだスタンは天井に目を泳がせて呆としていた。身体も心も動かすのが億劫というのが傍で見ていても分かるほどの姿をしている。
しばらくの時間スタンの上を流れる。窓の外には午後の日の光が差し込んでゆったりとした空気が部屋に満ちていた。遠くからは街で行われているフェスティバルの喧噪が聞こえきて、祭期間の賑やかさを街全体の空気としていた。
「あ、そうだ。そうだった、銃の調整しなくてはいかんな」
そのまま一日が終わるまで呆けそうな調子だったスタンだったが、ややあって思い出したように動き始めた。
雑嚢型のバッグから長大なボーイズ対戦車ライフルを引き抜くように取り出してベッドの上に上げる。狙撃仕様にあちこちカスタマイズが加えられたそれはスタンが自ら手を加えていった代物で、調整も自身の手でやらないと満足いく出来にならないようになっている。
リーから命じられたこの仕事は相当な距離を挟んで標的を狙い撃つミッションだ。銃のどこかが僅かでも狂っていたら標的は撃ち抜けない。たとえ手元で0.1㎜のズレでも1㎞先では1mのズレになってしまう。
こういった狙撃を成功させるためには、銃、人、環境といった要素が完璧に揃わないとだめだ。少なくともスタンがサバイバルゲームの影響で呼んでいた軍事本にはそういう内容が載っていた。
なら、まずは銃の調整から始めようかと思い立ったスタンだったが、タイミングは彼に味方しなかった。
耳慣れた電子音とは違う、ベルが震えて鳴る音が唐突に部屋から聞こえてきた。
スタンが室内を見渡すと、ベッド横にあるナイトテーブルの上に古い型式の電話が鎮座している。音源はそこからだ。
ホテルの従業員からだろうか? などと電話が鳴る疑問を感じつつも彼は受話器を取る。するとこちらが声を出す前に向こうから声が飛んできた。
『やあスタン。こっちに着いたって連絡があってね。電話をかけてみたんだ』
「何の用だ。こっちの仕事は地区長に就任する予定の外見だけ少年の男を撃つだけだろ。そんなに裏切りが心配か」
『いえ、そこは心配していませんよ。貴方の性格からして堅実さを選ぶ。少し縛れば賢い貴方だ、裏切らずに従ってくれる」
「……正直に臆病者って言ってくれればいいものを」
聞こえてきたリーの声にスタンは隠すことなく不機嫌になった。腹芸などが苦手なスタンではチームで策士だったリーに演技など無駄だと割り切っているのだ。
さらにはこうして街に着いて一時間とせず連絡が飛んでくるところからして監視を受けているのは間違いない。仕事の途中で裏切るような真似も出来ないように措置がなされているとスタンは確信していた。
スタンがリーの命令に従っている理由も恐怖からだ。この世界では身寄りもなく、たった独りで生きていかなくてはならない中でチームS・A・Sというものは恐ろしく感じる一方で頼りたくなる存在だった。
逃げ出すように距離はとっても、完全には逃げ出せない。ジアトー近郊の森に住まいを置いたのもスタンのそんな中途半端な気持ちの表れだったのだ。
だから自身を臆病者と評して自嘲する。そんなスタンの言葉に返ってくるリーの声はどこまでも朗らかだ。
『時間が無いのでさっそく本題にいきましょう。今夜、この街で晩餐会が開かれるのですよ。スタンにも出席して欲しい。そこの部屋のクローゼットに礼服と招待状が入っているから、それを使ってくれ。夜になる頃に迎えを出すからよろしく』
「晩餐会? なんでそんな場所に」
『君に狙撃を頼んだ相手がそこに現れんですよ。ああ、今すぐ撃って欲しい訳じゃないですよ。ちょっと様子を窺ってみましょうって話です。いわゆる偵察です』
「分かった。行けばいいんだろ、行けば」
『お願いします。では、後ほど』
ほとんど言いたい事だけを言って電話を切ったリー。後には通話を切った切電音が鳴るだけだ。
主導権を持っていかれっぱなしの現状、スタンには拒否権も選択する未来も無い。苛立たしさを込めて受話器をフックに叩きつけて電話を切ると、クローゼットの扉を開ける。そこには言われた通りに黒い礼服が用意されており、胸のポケットには封筒に入った招待状も見えた。
何もかもがリーの采配通りに進行していく。気に食わない思いを抱えて、再びソファに腰を下ろして深々を息を吐く。首を巡らして窓から見える空に目を向ければ、スタンの胸の内などお構いなしに晴れ渡った青空がある。
「……くそっ、逃げられないって言うのか」
独り吐き捨てるように言葉をつぶやいてスタンは、顔を手で覆って青空から目を逸らす。空は徐々に赤みを帯び始め、夕方へと向うおうとしていた。