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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
Sniper 邦題:山猫は眠らない
48/83

4話 波瀾万丈



 朝の食堂ダイナーの中は、雑多な臭いと賑やかな音が入り交じる喧噪の海になっていた。

 熱せられた鉄板はフル稼働で肉のパティを焼いて、肉汁が弾ける音とジューシーな匂いを漂わせる。これに混じってコーヒー、タバコ、少量のフルーツジュースの匂いがミックスされて、人が出す体臭まで混じっていた。後は港近くであるため磯の臭いも追加される。

 ここに朝食時の混雑する店内の喧噪だ。ラジオから音楽を流していてもかき消されるほどの音が店内に満ちていて、少し酔いそうだ。

 人気に当てられて頭が呆とし始めるタイミング。そこで威勢の良い声が真横から飛んできて、大きな影が横から現れた。


「ほいっ! 注文のフィッシュバーガー二つ、チーズバーガー一つ、ダブルバーガー一つにチキンバーガーと当店スペシャルバーガーだ」

「ん、悪いな。配らなくてもいいから置いてくれ。各自で取っていくから」

「OK。しかし、今日はえらく大所帯じゃないかレイ。しかも別嬪さんもさらに増えているときた。あれか、フェイスオフの選手は人気があるのか?」

「まあな。ありがとう」

「おう」


 大きな体格の店主が、大きなトレイで持ってきた各種ハンバーガー。出来たてで湯気と一緒に香ばしい匂いが立ち昇っているこれが今日のみんな朝食だ。

 アストーイアの港に程近い場所は労働者向けの食堂が軒を連ねている。ここもその内の一件で、レイモンドおすすめの店になる。この町に来てから朝食はホテルで済ませるのが大抵だったけど、今回は趣向を変えてこんな場所で揃って朝の食事会になっていた。

 港湾労働者だった店主が手作りで供するバーガーは、某大手ハンバーガーショップなど目じゃない程の美味しさで、この界隈でも人気というのがレイモンドの話である。

 大柄で厳つい面相の店主がカウンターに帰っていくのを見送った自分は、ゆるゆると注文したフィッシュバーガーに手を伸ばす。他のバーガーはすでにみんなの手の中だ。

 魔獣の襲撃があったというのに周囲の環境は非常に賑やかで雑多。ゲアゴジャの『パラス』程酷い環境ではないが、騒がしいのが苦手な自分には少しばかり辛い環境だ。


「ルナちゃん、ここは苦手か?」

「ええ、まあ。ですけどレイモンドお勧めの店ですし、私も話をする必要はあるようですし」


 気遣うレイモンドの声に軽い調子で答えて、心配させない位の配慮は自分でも出来る。

 向ける視線は右斜め先に座る二人を指向。同じボックス席の奥に座る二人の内一人は、地球ではゲームを通しての知人になる。そしてこの世界では初対面という不思議な関係だ。

 ライアとココット。ジアトーでまだ頑張っているチームのリーダーと、暴徒の襲撃で壊滅したチームの生き残りメンバーというコンビだ。対する自分達のメンバーは、この町に来てからちょこちょこ顔を出しているクララさんを加えた五人。それと足元にはジンというほとんど固定メンバーになりかけている面子が揃っていた。

 自分とクララさん以外の三人は昨日の内に近況を話してしまったらしく、この朝食会は残るメンバーとの顔合わせと今後の方針を一緒に相談する場、そういう設定になっていた。


「久しぶりルナ。こっちの世界じゃ初めましてになるのかしら? でもジアトーにいた時には一応話はしたし、変な気分ね」

「初顔合わせという点なら間違いなく初めましてだ。以前は非常時の念会話だったし。それと、ココットさんは本当に初めまして」

「うん、初めまして。それと、ウチのマサ君がお世話になっています。そちらにご迷惑をかけてない? もし何かマサ君の事で迷惑があったら遠慮無く言ってね」

「ちょっ、なに言っているんだよココットさん。それほとんど三者面談のノリじゃんか」

「そうね。ウチの子供はまだ大きくないけど、気分は近いと思うわ」

「うっく……オレ、子供……」


 朝食を口にしながらの話は、互いの挨拶から始まった。ライアさんとはゲームでそれなりに付き合いはあったが、この世界での初顔合わせだ。当たり前だけど、ゲーム画面を通じて感じた印象とはかなり違っている。しかし同時にゲームを通じて感じた印象も相手は持っていた。

 ココットさんとは初対面だからまだ何とも言えないが、ライアさんはゲームで感じた冷静で理知的な印象に加えて剛胆さを持っている風だ。色々と鈍い自分でさえ感じるのだ。まともな人なら強い印象を相手に与えるだろう。

 さて、話し始めたのはいいけど、どう話を展開させていこう? バーガーの前に来ていたコーヒーを飲みつつ軽く思考をまとめていると、正面に座っているマサヨシ君が持ち前のバイタリティで話題を膨らましだした。


「それにしても、改めてココットさんが無事で本当に良かった。撃たれた時はダメかと思ったよ」

「本音を言うと良くなかったわ。わたし自身の意識に関係なく体が蘇るのよ。しかも痛みは据え置き。あまりにも痛いから発狂しそうになるけど、やっぱり痛いから正気に戻るの。傷が癒えるまでこれの繰り返し……保護してくれたライアさんが居なかったら、て考えるとぞっとしないわ」

「猫人族の固有能力で蘇ったまでは聞いていたが、壮絶な話だな」


 ココットさんの体験談に、レイモンドが唸るような声で応えてバーガーをかじった。血生臭い話のはずだけどこの程度で彼の食欲は細らないらしい。元プロ選手だからか実に健啖だ。

 体験談を掻い摘むと、ココットさんはあの混乱の中で一度死んだらしい。普通は死ぬところを固有能力で蘇生し、そこをライアさんが発見して保護、行くあてのないココットさんはそのまま彼女のチーム『幻獣楽団』に入ったという。

 ゲームではキャラクターが死ぬと幾つかのペナルティが課せられて復帰ポイントに戻る仕様だったが、この世界は現実になり復帰ポイントは存在しなくなった。死んだら蘇ることなく死亡が確定。自分達はルールのないデスゲームじみた現実世界に放り込まれた。

 『エバーエーアデ』の回復呪紋には対象を蘇生するものは存在しない。都合良く魔法で蘇る手段がプレイヤー達に無い中、回数制限付きで例外となっているのがココットさんの種族、猫人族の固有能力『九つのナインライブス』になる。

 名前通り九つの命を持って、八回までペナルティ無しでその場で蘇生できる固有能力になる。と、ここまでがゲームでの知識になるけど、実際に能力が現実のものになると使用者本人はかなりしんどいものらしい。語り口は心底うんざりした調子だ。


 口下手な自分はあっという間に聞き役の立場になってしまい、話を聞きながらフィッシュバーガーを噛みしめるスタイルになっていた。

 パンと白身魚のフライ、自家製タルタルソースのバランスが良く、飽きの来ない味だ。隣ではクララさんがずっと無言でスペシャルバーガーにかじりついている。その表情は幸せそうで、出されたバーガーの中でも一番大きなサイズにも関わらず一番最初に無くなりそうだ。

 こんなバーガーをかじる二人を余所に、話はライアさんを中心に回り始めてお互いの近況を語りだした。どこまでいっても聞き役専門に回るのが自分の定めのようだ。


 こうして近況を聞いていくと、自分達が脱出した後のライアさんが第二次世界大戦期のシャルル・ド・ゴールじみた真似をしている話が聞けた。

 ジアトー内外にいたプレイヤー達を糾合しての帝国に対する抵抗運動、いや過激なゲリラ戦を仕掛けて鉄道や補給基地、船舶を中心に被害を強いて、大規模な反攻の準備を整えているそうだ。このアストーイアに来たのも有力な支援者を求めての遠出だそうだ。

 聞いていて果たしてコレは、こんな食堂で口にして良いものだろうか? と思わせる話ばかりだ。仮にも今のライアさんはゲリラ組織のリーダーらしいのに。


「この町の有力者ってクリストフ・フェーヤという名前の人?」

「何? 貴女、彼と知り合っていたの?」

「一度話をした程度ですけど。――それで、そこまで過激な真似をしてライアさんは何を目指しているんです?」

「……そうね……」


 こちらの質問にライアさんは言葉を探すためか、目を少し泳がせて手元に寄せたクランベリーのジュースが注がれたグラスに口をつけて間を持たせる。

 単刀直入に聞いてみた。いや、話下手な自分には遠回しな聞き方が出来ないだけで、結果として直接な問いかけになってしまうのだ。

 中の赤い液体が幾分減ったところでグラスを戻したライアさんは言いたいことがまとまったらしく、テーブルに着いている全員に視線を向ける。気のせいでなければ、向けられた彼女の瞳には引き込まれるような、あるいは気圧されるような『力』が感じられた。


「この世界に転移してきたプレイヤーの受け皿を作るつもり。具体的には、ジアトーを独立させるのが目標よ」


 二秒。それがこの場にいる全員がライアさんの言っている意味を理解するのに要した時間だった。

 ライアさんはこんな場面で嘘とかジョークを口にする人ではない。口調も大まじめで、本気の度合いが伝わってくる。


「すげぇ事考えるんだな、この人」

「思考のスケールが違うんだろう。抵抗活動といい、これといい行動力は常人の域じゃないな」

「……もっきゅもっきゅ……ま、こっちはスミス業出来る土地だったらどこでもいいよ」


 以上が話を聞いた三人の口から出てきた言葉だ。誰が何を言ったかはこの場合重要ではないので割愛しよう。

 今後しか考えられない自分とは違い、ライアさんの思考は桁違いだ。この世界に転移してきた人達全員の事情を考え、その上で受け皿を作ろうと率先して行動している。確かにこれは常人の領域には無い考えと行動力だ。

 ゲームの時もチームリーダーとして先頭に立って行動するタイプの人だったけど、ここまで来ると真に人の上に立つ人と言えるのかもしれない。


「政治的にはこの国の後ろ盾が必要だろうし、これからもあちこちに顔を繋いでおかないといけない。でも、一応は順調よ」

「独立ってことは一種の国になるんすよね? 国って、そう簡単に出来るものなんすか」

「色々なケースがあるから一概には言えないけど、出来る時は案外あっさりいくよ。極端な話、海上要塞を国家にしようとした話もあったぐらいだし」


 確かそれは国家として認められて無かったのでは? 英国の沖合に浮かぶ『自称』国家のはず。

 でも確かにジアトーを独立させるのだったら首長国の後ろ盾は必要になる。あるいは帝国に後援を求める選択も考えられるが、今の情勢を考えたら難易度は首長国の方が低いだろう。

 問題はそのジアトーが現在進行形で帝国の占領下にある点だ。そこをクリアできれば政治的な空隙を突いてかの自称国家の真似事で独立だけはできる。もちろんこれは独立を保てるかは別としているが。


 その受け皿が本当に出来るなら、今のプレイヤー達を囲む環境の中では真の安全地帯になるだろう。自分は安全な地域を求めて脱出したが、ライアさんは安全な場所を作る事を考えたのだ。この辺りのコロンブスの卵のごとき発想が素直に凄いと思える。

 もし本当にライアさんがジアトーを独立都市化させるなら、自分達はこうして避難する必要はなくなる。この世界の住人達が元プレイヤーに危機感を持っている今の危うい情勢下で、これは降って湧いた天恵なのかもしれない。

 スケールの大きな話を聞いて若干興奮した頭をコーヒーで落ち着かせる。口に広がる渋味と酸味が頭の中をクリアにしていく感触に浸っていると、周囲の騒がしさに変化があることに気が付いた。


「ん? 外が騒がしいな。何かあったのか」

「そっすね。まさかまた魔獣が」

「いえ、違うみたいだけど……」


 店の外がにわかに騒がしくなり、店内にいる客達もそちらに気を取られて騒がしさが収まっている。

 外の騒がしさはココットさんの言うように魔獣が襲ってきたような騒ぎとは違う。恐怖による悲鳴混じりの声は聞こえず、代わりに熱を感じるような怒号が聞こえた。地球で近いものを挙げるなら、スポーツ競技で熱狂的なファンが上げる歓声を思わせる。

 店内の期待に応えた訳ではないだろうが、店にいる大半の人間が外の騒がしさに気を取られた頃合いで勢い良くドアが開き、外から一人の若い男性が転がり込んできた。

 走ってきたのか息が切れている彼は、店内の注目を浴びているのを確認すると大きな声で外の様子を叫んで知らせた。


「みんなっ! ――今広場で転移者が吊されているのを見たぜ!」


 気付かない内に激動の時間が来ていた。目に見えない衝撃は自分を含めて全員にまんべんなく降り注ぐ。

 がたり、と水鈴さんが椅子を鳴らして立ち上がるのをきっかけにして全員が席を立った。マサヨシ君が真っ先に外へ駆け出して、レイモンドは店主に一言断ってテーブルに勘定を置いて、水鈴さんもマサヨシ君のように脇目もふらずに外へ、他の三人もテーブルにお金を置いて足早に外へ向う。


「主、気をつけろ。どうにも町の空気が剣呑だ」

「ああ、分かった。行こう」


 テーブルの下からのっそりと出てきたジンの言葉に首肯する。この騒がしさにきな臭さを感じて、手はごく自然に腰のモーゼルのグリップを探っていた。

 手に返る木のグリップの感触を確かめ、みんなの後を追って外へ。自分の分の勘定をテーブルにチップ込みで置いておくのも忘れない。

 食堂の扉を開けると騒がしさが一層増して耳に届く。そして遠くに人垣が出来ていて、そこから微かに血の香が鼻をくすぐる。嗅覚は本能に直結した感覚だ。体は危険を感じて戦闘態勢に移ろうとしている。

 肌に緊張の空気を感じながら、自分はジンを伴って人垣へと足を向けた。



 ◆



 食堂を飛び出して、脇目も振らずに駆け抜けた先に下町の広場はあった。そこには住人のほとんどが集まったと言っても過言じゃないほどの人垣が出来ている。その人垣の向こう、そこにこの騒ぎの中心が吊されていて、駆けつけたオレ達の視界に飛び込んできた。

 それを見てオレが最初にイメージしたのは、ドキュメンタリー映画の一つにあった精肉工場でフックに吊された小分け前の枝肉だ。それが二つ、廃材になった住宅用の柱にロープで吊されていた。枝肉にしてはえらく不格好で、ぽたぽたと体液が滴り落ちている。当たり前だけどこんな騒ぎの中心にある以上はただの肉塊な訳がない。

 目に入ったものを頭が理解できるのに十秒はかかったと思う。そして理解してしまった。


「う……あ。ひでぇ」


 口からはうめき声しか出てこないし、顔だって多分引きつっている。


「なに、あれ……人?」

「ああ、嬢ちゃん達は見て良いものじゃないな。すぐに引き返そうか」

「待って下さい、レイモンドさん。プレイヤーの方でしたら確認はしておきたいです」

「だが、あれは刺激が強すぎるぞ」


 後ろでみんなが口々に言っている声が聞こえたけど、耳の中を素通りしてしまう。それだけ目に入った物、いいや人は凄まじい有様だった。

 二人とも衣服が剥かれ、頑丈なロープで胴を縛られて柱から吊されている。一人は全身に傷があって血塗れで一目では性別が分からない姿になっている。腹の部分から細長い管状の物が出ていて、多分あれは内臓、腸とかなんだろうな。どう見ても死んでいる。

 そしてもう一人は傷は無いから顔の判別はつく。若い女性だ。体の各所には殴られた跡があるし、どう見ても、その、暴行を受けたようにしか見えない凄惨な姿には、裸でも性欲なんか湧かない。

 あまりに酷い姿にオレは目を逸らそうとしたが、その前にあの女性に既視感を覚えた。何処かで顔を合せていたような?


「あれはペトラさんだ」

「え? それって確か昨日」

「――ふぅ……」


 いつの間にか隣にいたルナさんを見下ろす。彼女は物憂げに吊された女性を見て溜め息を吐いていた。思い出した。昨日彼女が銃のレッスンをした相手だ。そうなると、もう一人はあの時一緒にいた男だろうか。

 昨日までピンピンしていた人が、今日になって無惨な姿になっている。今でも充分気分が悪いけど、そうと知ったら尚のこと胸やら腹の奥が重くなるほどの気分の悪さを味わってしましそうだ。

 ルナさんもきっとオレと似たような気分の悪さを感じていると思う。見下ろす視線の先で彼女は眉根を寄せて気分の悪さを顔に出していた。普段感情が顔に出てこない分、こういう時の変化はすぐに分かってしまう。


「あ、首に板が吊されている。――ゲアゴジャ・アストーイア義勇自警団?」

「ここまでの混乱に乗じて出来た武装集団みたいなものでしょうね。それもタチが悪い方の」


 ココットさんの言葉が耳に入って彼女の視線を追ってみると、確かに吊された二人の首には板がかけられて何かの声明なのか文字が書き込まれている。間に人垣が出来ているこの距離だと、オレの視力では遠すぎて読めない。でも獣人系のココットさんは見えるらしい。

 同じく視力が良いらしいライアも板を見て眉をひそめている。書かれている内容は間違いなく犯行声明だろう。

 水鈴も読める様子だったので内容を聞いてみると、渋りながらも教えてくれた。


 『我々はここに二匹の化け物を処断した。彼らは人の見た目であってもその力は人外のものであり、まだこの世界に多数潜伏している。よって我々はこれからも化け物の処断を続けていくものである。善良なる市民はこの化け物を発見した場合は速やかに通報願いたい。有力な情報には相応の報酬を約束する。――ゲアゴジャ・アストーイア義勇自警団』

 こんな具合だ。これに付記して通報先とされる連絡先まで書かれている。

 これで真っ先に思い起こしたのは、日本の打ち首刑の辺りオレも立派に日本人をやっているようだ。罪人の生首が市中にさらされ、その横に犯した罪状が書かれた立て札が立てられている。そんなイメージに似ている。

 でも、似ているだけだ。二人は罪も犯しちゃいない。水鈴が渋るのも分かる。彼らはただ違う存在というだけで殺されてしまったのだ。


「行こう。ここに居ると俺達も危ない」

「……そうね。目立たないよう、静かに立ち去りましょう」


 レイモンドのオッサンとライアの声でようやくオレ達は物思いから抜け出して、広場からこそこそと立ち去る。

 途中で周りの人達の様子を窺ってみた。少し信じられないが、吊されている犠牲者の姿を見て嫌悪の表情を浮かべている人は少ない。さっきから聞こえてくる周囲の声は歓声と怒号、悲鳴の混成物だ。そう、歓声。この状況を喜んでいる人がいる。その事がますます気を重くさせた。

 ふと隣にいるルナさんの姿が目に入った。身長差があるせいで見下ろす形になったオレの視界には彼女の表情は髪に隠れて見えない。それでも何故かオレには何かを思い詰めているように見えた。


「る、ルナさん?」

「なに?」

「あ……いや、何でもない。大した事じゃないっすよ」


 思い詰めたように見えたルナさんに思わず声をかけてしまったけど、彼女の何時もの感情が窺えない声で答えてくる。なので何と言ったらよいか分からなくなってしまい、結局尻切れトンボのように会話が途切れてしまった。

 このままオレ達は群衆の出す声を背にして広場から逃げていった。




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