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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
Sniper 邦題:山猫は眠らない
45/83

1話 治乱興亡

 新章開幕。起承転結の『転』を目指します。




 透明なガラスのショーケースの扉を開けると一気に冷気が出てきて顔をひんやりと撫でた。日を追う事に熱くなっていく季節の中でこの冷気のシャワーは気持ちいい。

 中から陳列されている飲み物を次々に取り出してカゴに入れていく。飲み物の容器は缶とビンがほとんどで、ペットボトルは存在しない。そのせいでカゴはすぐに重くなってしまった。

 少し荷物持ちの様子が気になってカゴを持った子に声をかけた。


「重いと思うけど、大丈夫? 会場まで運んでいける?」

「へいっ、無論大丈夫でさぁ姐さん。この程度でへばったとあってはキツネの名折れっす」

「うん、お願いね。だけど無理しないで」

「へいっ」


 足元では缶とビンの入った買い物カゴを持ったキツネが私の声に威勢良く答えていた。直立して五、六〇㎝の小人みたいな彼が買い物カゴを持っている姿はとてもカワイイ。ちょっと口調が気になるけど、声自体がカワイイので許せる。ゲーム時代では味わえないリアルの萌えが私の前にはあった。


「姐さん? 他にも頼まれた買い物があったのでは」

「あ、そうだった。――すいません、そこのスピリットというタバコを下さい」


 これはもちろん私のではなく、レイモンドさん用。ついでで良いからと言われていたけど買っておきたい。

 すぐ傍のレジにいたお婆さんにレジ横にあるタバコを取って貰うようにお願いして、お会計を始めた。


「全部で50だよ。悪いけど、どこも品薄で割高にさせてもらうね」

「いいえ、そこは承知していますので。はい50ちょうど」

「ありがとうよ。また来ておくれ」


 精算を済ませて、品物が少ない陳列棚の谷間を通り外に出た。薄暗かった店内から昼間の太陽の下に出たので一瞬だけ目が眩む。それが収まれば、カラリと乾いた空気にさらされたアストーイアの町並みが視界に戻った。

 以前とは違い魔獣の襲撃で崩れた建物や砕けた道路に折れた電柱が目立ち、破壊の爪痕が町の表情をすっかり変えていた。

 大災害の後の様子と似たような光景の中で振り返ると、出てきたばかりのこぢんまりとした個人経営の雑貨屋。さっきのレジにいたお婆さんがただ一人の店の人だと聞いた。目的地まではそれなりに距離があるけど、ここが一番近く無事な商店なのだ。


「じゃあ、行こうか。だけど本当に一人で平気?」

「ハチやサブに助けてもらうまでもありやせん。あっし一人で無問題、とくらぁ」


 ロクと名乗ったキツネの使役獣は、両前足を大きく広げて飲み物が沢山入ったカゴを持ち上げた。大変そうだけど、本人が助けはいらないと言うので好きにさせようと考え、私は会場へと歩きだした。

 私が何をしているかと言うと追加の買い出し役に名乗り出て、一時的にイベント会場から避難しているのだ。

 そろそろ大丈夫そうなので戻ろうかと思い、向う会場の場所はコラッド河の河川敷。魔獣の襲撃から三日が経った今日、ここでパーティーが開かれている。


 私のブーツが地面を叩いて鳴れば、後からロクの足音がてしてしと軽い音を立ててついて来る。

 下町から河川敷への道行き。建物の多くは火災で焼けて崩れている。その中で通りを行く人達は復興のためにあちこちで動いていた。

 建物の資材を手押し車に乗せて運ぶ中年の男性、鶏を追い立てて移動させるお婆さん、日本では見たことがないタイプのポリタンクを持って水を運んでいる女の人、みんなが元の生活に戻ろうと動いていて、そしてみんな顔色が暗かった。


「――ほら、あの写真に出ていた――」

「じゃあ、転移者って――」

「――転移者は――」


 通りの隅で人々の口に出てくる言葉が鋭くなっている耳に入ってくる。その中で『転移者』の単語が頻繁に出てきて、その視線は河川敷へ向っていた。

 『転移者』はつまり、私達の事らしい。向ける視線の色合い、それは気のせいなんじゃなく疑いのない敵意が篭もっていた。

 胸の奥がざわつく。この世界の人達にとって私達は異邦人そのものだ。まるで世界全部から憎まれているような気さえしてきて、寄って立つ場所が無い感触が胸を抉っていく。

 私達はまだ『居場所』を決めていなく、それが不安になって気持ちに影を落としていた。


「みんな待っているだろうから、急ごう」

「へ、へいっ」


 不安を振り切りたくて思わず足を速めてしまった。そんな事をしても意味なんてないのに。

 荷物を持っているロクには悪いけど、それでも私の足は止まらない。すぐにでもこの場を離れたくてたまらない気持ちで一杯で、気を抜くと走り出してしまいそうになっていた。

 そうして通りを過ぎる時、町の人達の目がこちらを見た気がした。



 ◆



 事の始まりはクリストフ・フェーヤと名乗った外見が子供の地元名士っぽい人が、


「町の復興を盛り上げ、帝国に負けないよう英気を養おう。パーティーを開くよ」


 とか言い出したところからだった。魔獣退治ご苦労さま会と復興頑張ろう会を兼ねているというので、広く町の人も参加できるように会場を河川敷にしてバーベキューをするのが主なイベントになっていた。

 宣伝は町役場前の掲示板と街頭ポスターで告知している。ネットや電子掲示板が身近にある日本と違ってすごいアナクロなやり方だったけど、人の集まりはかなりのものになっていた。

 堤防の土手を越えて会場に着いた。すると私の目に真っ先に飛び込んで来るのは、河川敷のあちこちでバーベキューの煙が上がっている光景だった。

 魔獣の被害に遭った町とは違って、パーティーの陽気な雰囲気が会場にはあった。まるで堤防を境に世界が変わったみたいだ。


 ドラム缶を豪快に二つに切っただけのコンロに網が乗せられて、肉が沢山焼かれている。獣脂が火で弾けた音が鳴って、煙と匂いが河川敷全体に立ちこめる。

 調達されたお酒も色々あるらしく、ビールとかワイン、他にも洋酒が沢山あるみたい。このパーティーに参加した人は、主にこの肉とお酒の二つを目当てに集まっているようなものだ。ほとんど全員、両手にその二つを持っている。

 会場の隅には臨時で設置したステージも見える。そこではギターやサックス、バイオリンなどの楽器で場を盛り上げてくれる演奏者の人達が今もBGMを提供していた。今は昼間の時間に合わせてかゆっくりとした穏やかな曲が流れている。

 大人数が河川敷で思い思いにパーティーを楽しんでいる様子で、この中から買い出しに行く前と居場所が変わっていない二人を見つけた。


「レイモンドさん、戻りました」

「おう、悪いな。こうじゃなければ俺が行っていたんだが」

「いえ、ほとんど逃げる名目でしたから気にしないで下さい」


 ジャージにランニングシャツといういかにもオヤジ臭い格好のレイモンドさんが、ドラム缶のコンロを前にせっせと肉を焼いていた。

 格好だけなら最悪な分類だけど、筋骨たくましいリザードマンの肉体でバーベキューを作っている彼の姿は仕事人みたいで、男性が苦手な私でも格好良いと思えるほどだ。

 レイモンドさんはこのパーティーが始まった時にバーベキュー作りを買って出ていて、串に肉やコーン、ピーマンを刺しては火にかけていく。そして時折コンロの前にやって来た人に出来た串を渡して、また串作りという作業を繰り返していた。

 数時間は火の前にいてノドはかなり渇いているはず。すぐに注文された物を渡してあげた。


「はい、ご注文のビールとタバコです」

「ありがたい。ずっと火の前にいたからカラカラだ」


 買ってきたばかりの冷えている瓶ビールを受け取るなり、彼は瓶の王冠に口を付けて軽い音と一緒に栓を抜いた。すごい、歯で栓を抜いたよ。

 大瓶に直接口を付けてぐいぐいとあおって、ノドを鳴らしビールを飲むレイモンドさん。瓶から口を離すと、豪快に息を吐いてみせた。こういう姿はやっぱりオヤジっぽい。


「ぷっはぁぁぁ! たまらんな。余りにもカラカラだったから、ボクサー時代の減量を思い出した」

「大変だったんですか? 減量」

「まあ、それなりに。今となっては良い思い出さ。ほら、お返しに二本。そこのキツネにも」

「ありがとう。ほらロク」

「へいっ、ありがとうございやす。旦那、姐さん」


 ビールのお礼に焼けたばかりの串を渡してくれた。焼けた肉が音を立て肉汁を出していてとても美味しそうだ。

 受け取ったロクなんかはお礼のすぐ後にパクついている。その美味しそうに食べている姿に釣られて私も串にかぶりついた。

 味付けは塩とコショウとシンプル。肉の旨味とピーマンの苦味が程良く口の中で混ざって、噛むほどに美味しい。焼き具合も良いし、レイモンドさんはいい仕事をしていた。

 こういう食べ物関係の場面だったらマサヨシが現れて「うめぇ、うめぇ」と食べまくっていそうだけど、今日は違った。

 ビール片手にコンロの火でタバコをふかし始めたレイモンドさんの隣、芝生に敷かれているシートの上で横になっているものに視線を飛ばした。


「う……うう、世界が回る……これが地動説?」

「単に酔っぱらっているだけでしょ、コペルニクスに謝りなさい。ほら、ドクターペッパー……みたいなヤツ」

「今はイラネ。飲んだら戻しそう」

「ああ、そう。横に置いておくね」


 シートの上には陸に上がった海獣類のようにぐったりとしているマサヨシの姿があった。これはクララに相当飲まされたっぽい。彼の体からはお酒の臭いが鼻を突いてくる。

 このパーティーが始まるといきなりクララが酒瓶片手にやって来て、私達全員にお酒を振るまいだした。ルナはいつの間にか姿を消して、レイモンドさんはバーベキュー作りに駆り出され、私は追加の飲み物を買う名目でさっきまで避難していた。こうして残されたマサヨシが犠牲となる。

 それから時間が経っている現在、マサヨシはこのパーティー最初のダウンを貰った人間になっていた。周りを見渡しても他の人達はまだまだ平気みたいだ。

 遠目にクララの姿が見えた。なんか沢山のグラスとボトルを用意して飲み比べをしている。あ、相手の人が酔い潰れた。これでダウン二人目。歓声が上がって、クララはその中で拳を振り上げている。すごく雄々しい。


「レイモンドさん、ルナは何処に行ったか知りませんか?」

「ああ、ルナの嬢ちゃんなら河岸で釣りをしている。獲物が捕れたらバーベキューに出すとさ。まあ、そこそこ期待している」

「ふうん、河岸ね。分かった、ありがとう」


 買ってきた物はレイモンドさんに渡して、ロクには休憩をあげ、深酔いで唸っているマサヨシは放置すると、私は一人身軽になって河岸に向った。

 外での気軽なパーティーと聞いていたので、デニムのタイトスカートとシャツにジャケットというラフな格好でここに来ていた。戦闘用になっている巫女服はあれで意外と動きやすいのだけど、お洒落という点ではどうかと思う。だから以前に買い込んだ服をさっそく着てみた。

 新品のノリが利いた服に袖を通すのはどんな状況であっても気持ちが高鳴るもの。ジャケットは厳選したものだし、シャツも気になっていたもので今日が初出。空の爽やかな天気と同じで私の気持ちも青く抜けていくような気がしてきた。

 この時には町中で感じた暗い感情がすっかり抜け落ちていた。もしかしたら私自身が積極的に忘れようとしているだけかもしれないけど。


 賑やかさが時間とともに増していく河川敷。そこから一歩外れた河岸にルナが釣り糸を垂れていた。

 黒いカッターシャツに同色のパンツと相変わらず飾り気がない服装。日傘を取り付けた折りたたみの椅子に腰掛け、釣り竿を握っている様子はとてものどかに見える。

 隣ではジンが猫形態で丸くなって、アクビなんかしている。いつも堅い口調しか使わない彼でも今日の様な陽気だと眠いみたい。なんか近所を出歩いてた野良猫を見ているみたいで、とてもなごむ。

 さらに眠そうにしているのは主人のルナも同じで、良く見たら釣り竿をもったままうたた寝なんかしていた。


 近寄って、間近でルナの顔を覗き込んでみる。ジンはこっちに気付いたけど何も言わずに丸いまま。これってOKって事かな?

 美白なんて言葉が似合う張りのありそうな肌に、黒一色の髪と衣服はモノクロの魅力が引き立っている。呼吸で胸が小さく動いていなければ精巧な人形と間違えてしまいそうだ。

 あの魔獣の襲撃の時、ルナは人の血を飲んだのを思い出した。その時の彼女が放つ雰囲気は近寄りがたいものだったけど、今はそんなものは微塵もない。前との違いといえば彼女から漂う匂い、夜気の匂いが濃くなっているぐらいだ。

 悪戯はもちろん、ただ触るだけでも躊躇いそうな静かな寝顔。このまま何もしないでルナの姿を見ていたくなって、しばらく彼女の寝顔を見つめていた。


 穏やかな風が河から緩やかに吹いてきて、河岸の草を撫でていく。先日までの殺伐とした空気が嘘みたいに爽やかな風が感じられた。

 多分この風が彼女を起こしてしまったのかもしれない。長めの睫毛が揺れて、金色の瞳が目蓋の下から現れて焦点を結んだ。


「――水鈴さんか。危なかった」

「危ないって? あ、コレ」


 寝起きのルナの手にはいつの間にか小型の拳銃が握られてる。「ごめん。反射的に動いていた」と彼女は言いながら拳銃をしまうけど、さっき不用意に触っていたら撃たれていたかも。うわぁ、漫画に出てくる殺し屋みたいだよ。

 ああ、そうだ。忘れかけたけど彼女にも飲み物を渡そう。ずっと手に持っていて少し温くなった缶コーヒーを差し出す。サイダーやジュースよりもこれなら喜ばれそう。


「少し買い出しに出てた。それで、はいお裾分け」

「ああ、ありがとう。赤い缶、モーニングショット? ……ふむん」


 缶コーヒーを渡されたルナは、ふんふんと頷きながらプルトップを開けて口を付ける。そしてまたふんふんを首を振って何か納得したような顔をしていた。

 一言もないけど概ね満足そうな雰囲気なので、私も自分用に持ってきた瓶入りのサイダーを手にルナの隣に立った。ちょうどジンとは反対の位置になる。


「レイモンドさんから釣りをしているって聞いてきたんだけど、釣れている?」

「そこそこは」


 ルナの足元で足置きにされていたクーラーボックスが開けられて、中から生っぽい臭いが出てきた。覗き込むと大きめの魚が五匹。まだ生きていて、口をパクパクとさせている。


「大漁じゃない。コレなんて魚?」

「スズキの仲間。これでも小さい方で、バーベキューに出すならもう少し量が欲しい」

「ふーん、スズキねぇ」


 縞模様の魚を見ながらサイダーを一口。炭酸の弾ける感触が舌を叩いて甘味が通り過ぎていく。炭酸が苦手な人はこの弾ける感触が嫌というけど、私はこれがたまらなく好きだ。

 視線を魚からルナに戻すと彼女はすでに釣り人モードに戻っていた。ぼんやりとした視線を河に飛ばしてのんびりと釣りを楽しんでいる。


「隣、良い?」

「ああ」


 ポケットからハンカチを出して、それを下に敷いて彼女の横に座る。

 互いに言葉は無いし、ジンもさっきから目を閉じている。耳が動いているから起きているんだろうけど口を開く気配はない。

 何時かの時と同じ様に私とルナだけの静かな時間が流れている。沈黙が苦にならず、周りの景色が緩やかに変わっていくのを眺める。ただそれだけの贅沢な時間の使い方だ。

 ここが先日までは戦いの場だったとは思えない静かでのんびりした空気。ジンが大きく口を開けてアクビをするのを見て、私もつられてアクビをしてしまった。あー平和が大事って言葉が今ほど身に染みる時はないわ。


 このまま時間が経つのに任せて、河口の風景をルナと一緒に眺めてぼんやりとしていた。

 ちびちび飲んでいたサイダーは飲み干してしまい、ルナも缶コーヒーを空にするぐらいの時間が経った頃、不意に彼女が椅子から立ち上がった。


「かかった」

「え。かかったって、魚?」

「そう。フィッシュ」


 竿を振り上げ、リールを巻いて糸をたぐり寄せるルナ。魚は大物なのか竿が大きくしなって曲がる。

 竿を上げ下げして、またリールを巻く。そんな動作を繰り返して魚とルナが格闘すること一分。


「ジン、タモを」

「承知した」


 触腕で器用にタモを持ったジンの手で魚は陸に水揚げされた。現れた魚はクーラーボックスの中身と同じ種類だけど、二回りは大きい。

 網の中で跳ね回って、水しぶきがここまで飛んでくる。そういえば生きた魚を間近に見たのは何時以来だろう。この世界に来てから生々しい命のやり取りが日常になりだして、生の実感が地球の頃より濃くなっている。

 私が少し物思いに耽っている間にルナはテキパキと作業をこなしていた。魚から釣り針を取り、むんずと掴み上げてクーラーボックスに放り込む。フタを閉めても魚が跳ね回ってぶつかり、ボックスがガタガタと揺れる。


「大物だね。これならみんなも文句ない」

「そう。うん、もう良い時間だし戻るよ」

「荷役はお任せを」

「あ、お願い」


 私の言葉を機会と捉えたのか、ルナはパーティー会場に戻る気になった。

 椅子と日傘を畳んでジンに渡し、自身はクーラーボックスを肩に担ぐ。その時にふと胸元に目がいって、私があげたペンダントをしているのに気が付いた。黒一色の服装にペンダントのシルバーは一際目立っている。それだけの発見だけど、私の胸の奥がくすぐったい。

 元々大した数もない釣り道具をまとめ終えたルナは、会場に戻ろうと踵を返した。私もそれに倣う。


「おーいっ! ルナちゃーん、みっすずー」


 会場から私達を呼ぶ陽気な声が聞こえてきた。声の出所を見れば……うわぁ。

 どう見ても酔っているクララが、片手に酒瓶、もう一方で見知らぬ男の人と肩を組んでやって来た。男の人も結構お酒が入っているらしく顔が赤い。


「クララ、誰? その人は」

「うん? ああ、コイツ? ブリットっていう元プレイヤーで店の客。ちょこちょこナイフとか小物を買ってくれるんだ」

「あ、ども。三宅、じゃないブリットです……うっく」

「はあ、どうも」


 聞けば今回の魔獣襲撃の時には町を守っていた一人らしい。ナイフをメイン武器にしてのシーフ系プレイの人で、大型魔獣を相手取るには大変だったという。

 パーティーにはクララに引っ張られて参加、そしてクララによって酔い潰された被害者だ。男の人は苦手だけど、これは同情できる。

 それにしても、クララが酒飲みだったのは今日初めて知った。それなりに長い付き合いがあったと思ったけど、彼女のこんな場面を見るのは新鮮な気分がする。


「それで、こっちに何か用があるの?」

「ええ、ルナちゃんがお魚を釣っているって聞いたものだから、催促に。要するに、つまみよこせー」

「う、うわっ」

「ちょ、店長……そんなに動いたら戻しそ、おえ」


 クララがルナの担いでいたクーラーボックスに飛びかかって揉みくちゃになってしまう。どう反応していいのか戸惑っているように見えるルナに、「よーこーせー」と抱きついているクララ。巻き添えになっているブリットさんは体を揺すられて今にも吐きそうだ。

 視線を遠くに飛ばせば、賑やかなパーティー会場が見渡せる。さらにその向こうには焼けた町の姿が。それは不安がある中でも一生懸命やっていこう、反対に賑やかさで不安を忘れようにも見える風景だった。

 魔獣を退治できても私達の日常は続いていく。そう見ると、このパーティーも日常に切り換えるための儀式のようにも思えた。

 揉みくちゃのままクララに引っ張られて、ルナとブリットさんがパーティー会場に戻っていく。私も不安を振り切りたくてパーティーへ戻っていった。


「やれやれ、絡み酒か。だが、祭にあっては仕方ないな」

「仕方ないんだ」


 隣で呟くジンの言葉が河の風に吹かれて流れていった。




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