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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
First Blood 邦題:ランボー
39/83

18話 Interval




 アストーイアの町が大量の魔獣に襲われて数刻の時間が経っていた。

 ゲーム『エバーエーアデ』と酷似したこの世界ではあったが、魔獣という驚異的な怪物は存在していなかった。そのため襲い来る未知の脅威に住人達は為す術もなく蹂躙されていく……かに思えた。

 事を仕組んだ人物にとっての誤算は、ここの住人達は予想以上に逞しいメンタリティとバイタリティの持ち主だった点だ。


「町の皆さん思いの外、善戦してますね。日本では信じられないな」


 町を見下ろす丘の上の塔、町のランドマークでもある『コラム』の屋上で一人の男性が立っている。魔獣をけしかける計画を立てた張本人、リーだ。

 彼は屋上の手すりに体を預け、見晴らしの良い場所からアストーイアの様子を俯瞰している。片手には双眼鏡を持っていて、今までずっと町を観察していた事が分かる。その様子は完全に観客そのものであった。

 おもむろに空いた手をポケットに突っ込み、タバコの箱を抜き出す。リーは慣れた手付きで箱からタバコを咥えて抜き出し、一緒に抜き出したオイルライターのホイールを回して着火、タバコに火を点けると美味そうに深々と紫煙を吸い込んだ。


 住人の抵抗があること位はリーの想定内だった。プレイヤー達が打って出ることも想定している。彼の予想を超えていたのは、町の住人達があまり混乱に陥ることなく組織だって纏まっている点にあった。

 タバコを咥えたまま双眼鏡を構えて町の一箇所を注視する。そこには水際だった動きで魔獣の群れを駆逐する一団があった。

 どこぞのエージェントのように黒服で揃えられた服装に突撃銃を抱えた格好の彼らは、町のあちこちで幾つかのチームを作って連携のとれた攻撃で魔獣の群れを押している。


「地元の自警団……とは違う。それに持っている武器はプレイヤーの制作した武器か。これは少し準備不足な上に情報不足だったな」


 この抵抗によって他の住人達も勢い付いて、プレイヤー達の反撃も勢いがついている。低レベルのプレイヤーがほとんどだが、魔獣に極めて有効な攻撃力を持っているのはそれだけで存在感があるものだ。

 ああいった組織の存在はリーの事前の調査でも出てこなかった。限られた日程の中で行われた調査程度では出てこなかったとすると、深い根を持った組織なのだろうと推測できる。

 これはこちらの世界の住人を少し舐めていたな。自省しつつタバコをふかし、リーは町の観察を続ける。


 惨状はアストーイアに限らず、リーの作戦は近隣のゲアゴジャでも動いていた。むしろそちらの方が規模も大きく本命なのだが、この分では向こうも思ったほど被害を出せていないだろう。

 町を滅ぼすことが目的ではないので、リーとしてはこれはこれで問題ないのだがヤルからには派手にしたかった。そこが少し残念な部分だ。

 このままタバコを吸い切るまで屋上に居よう。そう考えていたリーの感覚が一つの気配を察知した。


 首を巡らして背後を振り返る。同時にコラムの屋上に蛍のような燐光が集まりだし、数を増して収束、人の形をとる。光が消えた後にはピンクブロンドの少女が現れていた。

 高位の魔法の一種転移テレポートを使って現れた少女アルトリーゼは、転移した直後の第一歩をふらりと力の無い足取りにしていた。

 見れば肩から赤い血を流して、着ている白い軽鎧を赤い斑模様で染めている。返り血ではなく自身の血であり、彼女はケガを負っていた。


「おかえりなさい。ケガを負っているようだけど、手当ては?」

「要らない、自分で出来るわ。今はこの痛みを楽しみたいの。だから、勝手に治癒とかかけたら殺すよ」


 傷口のある肩に手を当てて、力を込めて握りこむ。相当な痛みがあるはずなのに絞り出る血を見たアルトは、何がおかしいのか薄い笑みを口元に浮かべている。

 元よりリーは彼女を理解する気はない。生きている実感が欲しいだの、充実した生を謳歌したいだので戦いに赴く人間の気が知れない。ただ、戦力にはなるので機嫌を損ねないように接するだけだ。

 それよりも気にかかる事ができた。気付いた疑問はすぐに解消する信条の彼は、吸いきったタバコを捨てて二本目に火を点けながら早速聞いてみた。


「勝手に治癒はしないよ。それより聞きたいけど、貴女ほどのマジックユーザーがケガを負うなんて何かあった?」


 アルトはトップランクチーム『S・A・S』の中でも指折りの魔法の使い手だ。ゲームとこちらの世界との差異があっても力技で強引に解決してしまえる能力の持ち主になる。

 こちらでも滅多な事では傷を負うこともないとリーは見立てていた。その見立てを裏切る出来事に、内心わずかに驚いていてもいるのだ。

 だからすぐにケガの原因を聞いて危険性の有無を確認し、適切な対処しなくてはいけない。この辺りにすぐさま思考が行き着く辺りがチームの参謀役らしいところだ。


「何かあった、か。うん、良い子に会ったよ。あたしの肩に一撃くれた素敵な子」

「敵か。君に手傷を負わせるだけの能力を持っている相手とは厄介だな。その相手の名前とか分かる?」

「知っているけど、あの子はあたしの獲物に決定したんだから、横取りしたら……」

「しないよ。名前だけでも聞いておきたくて。私が知っている人物かもしれないし」


 アルトの目に険が宿り、威圧する猛獣のような空気を放つ。物理的にも影響するのか、リーの咥えるタバコから出た紫煙がアルトの放つ空気に怯えるように揺らいだ。対してリー本人は全く平然と質問を続ける。

 横取りをしない――これは嘘である。彼は障害となりそうだと見なしたら、その人物をさっさと始末してしまう腹積もりだ。顔にはそんな心情を一切出さず微笑みだけをアルトに向けていた。

 アルトほどの実力者を退ける人物。それが標的にした町に居るだけでも良くないことだ。詳細を掴んでいち早い警戒をしておきたい。


「どこまで本音を言っているのやら。まあ、良いわ。名前はルナ・ルクス。外見はあたしと同じくらいの歳で、もう少し小柄。細い体つきをしていて、全身黒ずくめの服がいま一つだったわね。コーデがなってないし。種族は人間かな?」

「いえ、おそらくは月詠人だ」

「なに? あの子の事知っているの?」

「ええ、私の知っている『ルナ・ルクス』があのルナ・ルクスだったらね。特徴を聞くにほぼ確定かな」

「へぇ、有名なプレイヤーとか?」

「知る人ぞ知るってところの認知度だよ」


 アルトの話を聞いてリーが思い当たる人物は一人しかいない。

 ルナ・ルクス――『エバーエーアデ』の一部ではそれなりに名が売れているプレイヤーだった。高レベルの銃使いは数居ても、ほとんどのクエストや魔獣討伐、捕獲をソロでこなしていくプレイヤーは珍しい。

 MMORPGだった『エバーエーアデ』では、多人数でのプレイを前提とした難易度になっている。それを無理にソロで押し通しているのだ。しかもクエスト成功率は高く、アバターの作り込みも上手い。となれば目立ってしまうのも当然だ。

 さすがにパーティ必須条件のクエストでは仲間を募っていたらしいが、頑ななまでに独りの道を往くルナを指して『孤月のルナ』と二つ名まで付けた人も居たらしい。

 ここまでの情報を一瞬で頭から引き出したリーは、次にこのルナが脅威、及び障害になるかを考えた。


 ――さして思考する必要もなく結論は出た。無視できる程度である。

 いくら戦闘能力が高かろうとも所詮は個人。戦術に影響しても戦略には響かない。局地的な脅威にはなるだろうが、大局は動かない。

 良くも悪くも人間は独りじゃやっていけない。そこを無理に独りになれば、生きてはいけるだろうが価値が薄れるものに成り果てる。リーにとってルナは、さしたる脅威ではなかった。

 彼の中でそんな解答が出されるとルナへの関心はすぐさま薄れた。今後はアルトの好きにさせよう。


「ソロプレイ中心の娘さんだよ。そうだね、関心があるなら好きにしたらどう? 私は興味ないから」

「言われなくても、最初からそのつもり。ああ……本当にどうしてあげようかなぁ」

「悦るのは結構だけど、町に行ったシャスア君から連絡が来なくなった。彼はどうした?」

「ん~? ああ、あの役立たずね」


 アルトのケガの一件は片付いたが、まだ襲撃の結果報告が揃っていない。まだ戻って来ていないメンバーがいるのだ。

 シャスアは取り立てて特徴のないプレイヤーの一人だったが、S・A・Sの自由に出来る戦力はそれなりに大切だ。だというのに返ってきた答えは割と無情だった。


「直接は見ていないけど、あたしとのリンクが切れたところからして死んだわね」

「……そうか、死んだのか。それなりに大切な戦力なんだけどねえ」

「いいじゃない、あいつ一人ぐらい居なくても。女の抱き方もなってないチェリー君だったし」

「そういう部分であけすけなのは、どうかと」


 無情ではあるが、やはり『それなり』でしかないシャスアの死を悲しむ様子はリーにもアルトにもなかった。

 話を終え、しばらく会話のない沈黙の時間が二人の間を通り過ぎる。その間にも眼下のアストーイアの町では、興奮した魔獣の群れとそれに抵抗する人々の戦いが繰り広げられている。

 連射された銃声が響き、魔獣の咆吼が鳴り渡り、小さな町は小さな戦場になっていた。


「『ベルセルク・ミスト』ってどの位の時間効き目があったっけ?」

「こちらの世界では十二時間ぐらいだから、夜明け頃には効果は切れるね」

「ふんふん、そっか」


 唐突に興奮剤の効果時間を聞いてきたアルトにリーは素直に答え、それを受けた彼女は芝居がかった調子で頷いて屋上から下界の戦場を嬉しそうに眺めた。

 断っておくなら、アルトの感性は割と常人だし健全な分類に入る。ただし、好きな事柄があるとそれ以外は目に入らないのだ。

 彼女の鳶色の瞳は戦場を映しても、脳に像を結んではいない。現在の彼女の関心は彼女に傷をつけた人物にのみ向けられていた。


「夜明けまで必死になって生き延びて欲しいな。そこらの木っ端魔獣にやられたなんて、あたしが許さない」


 この短い時間で随分とご執心になったものだ。リーはそう思っても口には出さなかった。

 断続的に銃声と咆吼が聞こえる戦場を眼下にしてリーが思うのは次の事だ。彼としても結論が出た場所に用はない。

 二本目のタバコもちょうど吸いきったところだし、今が撤収する時だ。


「行こうか。もう次の手を打つ頃合いだ」

「りょーかい、軍師」


 二人は各々の魔法で転移の術式を起動させ、燐光を纏って宙に溶けるようにして姿を消した。

 コラムの上にはもう人影は無く、残されたタバコの煙さえ吹き込む風がさらっていく。首謀者不在でも眼下の戦場には続きがあった。



 ◆



 小さく硬い物が擦れ合う音が近くで聞こえて、それが気になったから目が覚めた。

 まず目に入ったのは建物の天井。知らないものではなく、オレがここ一週間以上お世話になっているホテルの天井だ。

 首を音の聞こえる方向へ倒すと、やっぱりここ最近で見慣れた女の子がすぐ近くで床に腰を下ろして銃をいじくっている。聞こえた音の正体は彼女が銃をいじっている音だったのだ。


 頭から足まで黒い色で身を固める女の子、ルナさんだ。彼女の手の中で銃はバラバラになっていく。長くて大きいライフルが幾つものパーツになって解体される。

 そのパーツを今度は一つ一つ丁寧に手入れ。スプレーを吹き付けたり、柄の長いブラシで汚れを落としたり、ウェスで拭いたりと割と煩雑に見える作業だ。なのにルナさんは嫌な顔ひとつしないで淡々とこなしている。

 一通りパーツの掃除が終えれば最後に組み立て。複雑そうに見えるパーツを分かりきったパズルを作るより簡単に組み上げてしまい、最後の最後に動作を確認しておしまい。

 何かの芸を見せられている気分になってしまい、オレは思わず見入っていた。


 自身のそんな状態が自覚できた途端、オレはオレが置かれている状態を思い出して、次いで彼女がここに居る経緯に思い至って思わず跳ね上がるように体を起こした。


「――って、ルナさん!? 戻って来たんすかっ」

「ああ、つい三〇分前に戻って来た」


 ルナさんは横でオレが起きだしても取り立てて騒ぐ事無く、普通に受け答えしている。それも銃の手入れをしながら。今度はあの西部劇に出てきそうな銃を取り出して弾を抜き出してバラし始めた。

 こんな場所で銃の手入れをしていて良いのだろうか? と思ってしまい、辺りを見渡すがオレ達に構っているほど『周り』の人達に余裕がある様子はなかった。

 ここはホテルの三階にある休憩スペース。オレが横になっていたのもベッドではなくソファ。ここには避難してきた町の住人が集まっていた。


「君も変わっている。部屋があるのに何故こんな場所で?」

「あ、いえ、何かここにいる人達見ていてオレだけ部屋でゆったり寝ているのが気が引けて」

「そう」


 彼女の質問に答えると、反応はいつも通り分かり難いのものだ。納得しているようにも、非難しているようにも見える。

 オレがあのシャスアとかいうナル野郎を倒して精神的な疲労でフラついてしまい、水鈴に手伝って貰って部屋に行こうとした。その最中ここに避難してきた人の様子を知ってしまい、部屋でのうのうと寝ている気分になれず休憩室のソファに横になっていたのだ。

 避難して来た人の多くは本当に着の身着のまま、魔獣の襲来に心底怯えて大急ぎで逃げ来たのが分かる。着るものも下着のみの男性がホテル側から渡された毛布に包まっていたり、親子らしい女性と子供が抱き合っているのも少し目線を動かせば見える。

 みんな共通しているのは、魔獣なんて代物が早く無くなって欲しい。命の危機が無くなって欲しい。その一点だった。


「それで満足に疲れが抜けるのかね? 休める時にキッチリ休むのも戦いに身を置く者の勤めだぞ」

「……お前もいたのか」

「ずっとな。貴様は都合よく視界から外してくれたようだがね」


 ルナさんの横ではジンが伏せの姿勢で居た。相変わらず皮肉げな口調でオレを責めるが、なんでオレにだけ当たりが厳しいのだろうなコイツは。

 見た目は実にねこねこしたナマモノなのに、一流の戦士や騎士とかの気風を最近は感じる。それはジンが変わったのではなく、実戦を経たオレの目が変わったのだろう。

 そうだ……実戦と言えば、


「……そういや、オレも人を殺したんだっけ」


 あのナル野郎を殺したんだ。自分のこの手で。

 鎧は脱いでいるから篭手のない素手の手がそこにある。前のオレより数割り増しで厳ついこの手が斧を持って、相手を切り殺した。その時の手応えは今でも覚えている。やけにアッサリとした感触で、キャベツを切るより抵抗がなかったかもしれない。

 そのアッサリさ具合がイマイチ人を殺したという実感を持たせてくれないのだ。


「メランコリックな感傷に浸る暇はないのだがな」

「静かに。彼は頭の中で気持ちを整理している。必要な時間だと私は思う」

「主がそう言うなら致し方なしか。しかし、何かとこのデカブツに甘くはないか?」

「年下だからかな。十歳以上も離れていると人付き合いの忌避感より保護欲が湧くらしい」


 ジンとルナさんが横で話をしているのが聞こえて、物思いに沈んだ意識が引き上げられる。何か聞き捨てならない事を耳にしたような気がするが、周りがそれを聞き出す空気じゃないので聞き流した。

 話の間でもルナさんの手は銃の手入れを休んでいない。金属の擦れ合う音が休憩室に小さく響いた。

 避難して来た人たちも一様に疲れた顔で黙っていて、それなりの人数がここにいるはずなのに妙に静かだ。押し殺したような息づかいだけが耳に入る。

 と、少し周囲の音に気を取られている隙を突いて目の前にルナさんの顔があった。


「だわぁっ!? 何スか」

「いや。そろそろ戻って来て欲しいかな、と思って。起きたなら行く場所もあるから」

「行く場所? どこっすか?」

「話し合いの場かな」


 急接近の後にふいっと体ごと身を離すルナさん。手にあった銃は分解状態からいつの間にか元の形に戻っていた。

 彼女の行動には何の他意もないのだろうが、オレの精神としては酷く疲れてしまう。最近は異性に対して少しは免疫が出来たと思っていけど、不意打ちにあうとすぐに地金をさらして格好悪いところを見せてしまう。

 それを恥ずかしく思う一方で彼女の口から出てきた言葉も気になる。『話し合いの場』とはなんだそりゃ?


「水鈴さんから聞いた限りだと、怪我らしい怪我はないから動けるから大丈夫とか」

「え、ああ……うん、問題ないみたいっすね。動けます動けます」


 問われて初めてオレ自身の身体を確認したけど、シャスアとの戦いで怪我とか後遺症はないみたいだ。あの魔剣の凍結効果も腕に残ってはないし、手を何度も握って開いてを繰り返したけど痛みや違和感はなかった。

 後は腹の辺りになにやら込み上げてくる感触があるんだが、これは――


『――――』

「あ」


 胃腸が大きく動いた音が大きく聞こえた。要するに腹が減っていて腹の虫が鳴ったのだ。

 そういえばこの混乱の前後にまともなメシを食べた記憶がない。そんな状態で戦闘とかしたら腹も減るし鳴りもするけど、ルナさんを前にすると何となくバツが悪い気分だ。


「健康優良児だなデカブツ。実に図太い」

「なんでだろうな、お前に言われると皮肉にしか聞こえないんだがよ」

「実際に皮肉だからだろう。むしろ皮肉を解するとは驚きだ」


 コイツは……。この黒いナマモノに言われた途端、バツの悪さがなくなりムカツキに取って代わった。

 いい加減ジンに拳の一つでも落としてやろうかと寝ていたソファから起き上がる。起き上がって、前に出ていたオレの手をルナさんが捕らえた。


「じゃあ、行こう。話し合いの場は食堂だ。食事も用意されている」

「へ? え、ちょっと」

「主の手を煩わせるな。自分の足できびきび動け」


 手を握られた事にドギマギする暇もなく、彼女の小柄で細身な身体からは信じられないパワーによってオレは引っ張られていく。

 握られた手に戸惑ったり、皮肉を浴びせられてムカついたり、と色々忙しく思考が回る頭とは別に、どこかオレの冷静な部分が周囲の状況とルナさんがここに居る事から事態の変化を悟った。

 どうやら寝こけていた間に大きな変化があったみたいだ。オレは漠然とそんな事を思いながら手を引かれていた。



 ◆◆



 この町でオレ達一行が泊まっているジブリーホテルは一番の高級ホテルだったという。その上階に宿泊客が利用する食堂はあった。

 オレもここに来て一週間の間に何度か来た事はあるが、調度といい出される料理といい食堂というより一流のレストランと言った方が似合う場所だ。

 そんな食堂のテーブルには今十人近くの人が席に着いていて、オレが来る前から食事を始めている。そしてテーブルに載っている料理は香味深い匂いを出して鼻を刺激していた。


「わぁ、美味そうっすね。さっそく食っても?」

「欠食児童だなぁボウズ。まあ、元気な証か。遠慮せず食え食え」

「うっす」


 同じテーブルに着いているオッサンから一応の断りを受けて、オレは久しぶりの飯にありついた。

 時間としては夜も深まった時間で、夜食なんだろうがオレとしては朝食に等しい。割と量が用意されているのを有り難く思い、さっそく用意された食事に手を付ける。

 メシの内容はサンドイッチやベーグルにフライドチキンやサラダと軽く摘めるものが中心だ。でも量があるためそれほど気になる内容じゃないし、食堂の本職料理人が作っているお陰でかなり美味しい料理に仕上がっている。

 口を付けたフライドチキンに歯を立てると、カリカリになった外側からじわっと肉汁が吹き出て口の中に滑り込む。空腹を感じている胃袋はそれだけで大きく騒ぎ出した。


「うー、うめぇ。腹空かせている時のメシってマジ美味ウマだぜ」

「…………豪快な食べっぷりですね、彼」

「大目に見てやって下さい。かなり久しぶりの食事なものだから」

「ええ、それは別段気にしません。むしろこんな物しか用意できないのはオーナー側の立場としても申し訳ないです」

「この状況下では仕方ないでしょう。避難してきた人にも同じ物をこれから出す訳ですし」


 空腹の勢いに任せてメシを食っていると、向かいでオッサンの隣に座っている人がオレを見て驚いた顔をしている。

 見覚えのない顔だ。ある程度食べ物を腹に収めたことで頭が回るようになったのか、テーブルに着いている面子を見渡す余裕が出来ていた。

 オッサンと話している人は二十代ぐらいの若い女性だ。レディースのスーツを着て、食事をする仕草ひとつとっても無駄を省いている様に見える。いかにも仕事の出来るキャリアウーマンといった外見と雰囲気をしている。

 他にもこのホテルの支配人や黒いスーツを着ている人もいて、それぞれが食事をしつつ何かを話し合っていた。なるほど、これがルナさんが言っている『話し合いの場』か。


 オレをここに引っ張ってきたルナさんはというと、オレの隣の席に座って話し合いに参加することなく黙々とサンドイッチを食べていたりする。彼女の足元ではジンがフライドチキンを食っているが、これは無視。

 取りあえず気になってところを聞いてみようと、ルナさんに顔を寄せて向かいの席にいる女性について尋ねてみた。


「あの、ルナさん。向かいの席に座っている女の人って誰なんすか? 避難してきた人って感じには見えないけど」

「この町の代表者の代理。それとこのホテルのオーナーの代理でもあるか」

「それって、つまりお偉いさん?」

「その認識でほぼ間違いない。正確には彼女の上役がお偉いさん」


 やはりスクーターを壊したのはマズイな、と小さく呟く声が後に続いて聞こえた。よく分からないが、町に行っている間にルナさんは色々とあったらしいと察することが出来た。スクーターを壊すって何があったんだか。

 体はメシを食うことに集中して、頭は今の状況を理解することに集中する。ベーグルを食いながらルナさんにアレコレと質問してみて、オレなりに現状を咀嚼して理解しようと頑張る。

 ルナさんもオレが色々と聞いてきても嫌な顔せずに答えてくれた。ただやっぱり回答は端的だし、話を膨らませるようなことはしない。これはもう彼女の話し方の味だと思うことにした。余計なものはないが、不足なものもないのがルナさんスタイルっと。


 掻い摘むとこの町の代表者であるクリストフという人物が、町を襲っている魔獣に対処するため私兵に武器を持たせて迎撃しているとか。

 町の細かい様子を探るために向かいの席にいる秘書役のエカテリーナを派遣していて、武器職人のクララさんは注文された品物を届けるついでにホテルに転がり込んできた立場になるらしい。

 ルナさんとは逆の隣に目を転じれば、そこには足元のジンと戯れているクララさんの姿があった。水鈴やルナさんから話には聞いていた人物だったけど、こうして顔を見るのは初めてだ。

 彼女はどこからともなく取り出した猫じゃらしをジンの前で振っている。猫の悲しい習性か、猫パンチこそ出していないがヤツは猫じゃらしから目が離せない様子。クララさんは実にナイスな人物のようだ。


 で、ホテルの従業員を代表して支配人、避難して来た人を代表して地区長とかいう壮年男性まで一緒のテーブルに着いて、みんな一箇所に集まってしまったけどさあこれからどうしよう? という話し合いを食事しながら話し合うのだそうだ。

 何と言うか、酷く主題を欠いた話し合いがあったものだ。各勢力の代表者が一箇所にいるから交流ぐらいはしようというのかね。

 オレやルナさん、クララさん以外のメンバーは各々話している。こういう場面で大活躍するのは社会人になるレイモンドのオッサンだ。エカテリーナと盛んに話しを持っていて、彼女の方でも何か頷いて合意でも得ているようだった。

 オレがじっと二人の様子をガン見していたのが分かったのか、オッサンが不意に顔をこっちに向けてきた。


「ボウズ、それに嬢ちゃん二人に話があるんだが良いか?」

「……?」

「なんすか、オッサン」

「わたしとルナとで纏めて呼ぶのは失礼だよ。で、なにかな」


 オッサンの問いかけにルナさんはほとんど無言で頷いて、オレは普通に、クララさんは不満そうに話を聞く姿勢をとった。

 三人分の視線を受けたオッサンは一瞬だけ躊躇うように視線を下に沈めた。トカゲ顔の彼の表情を察するのは難しい。でもオレの気のせいでなければ、この一瞬だけ何かを恥じるような顔をしていたように思えた。

 その一瞬が過ぎた後には不敵で男臭い笑みを浮かべたオッサンの顔があり、その大きな口からはさらに不敵な言葉が飛び出てきた。


「俺らで一丁、この町を助けてみないか?」


 この時のオレ達の反応は……まあ、誰かの想像に任せる。




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