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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
First Blood 邦題:ランボー
37/83

16話 Battlefield Ⅳ



 硬と硬。鍛えて硬くなった器物同士が噛み合い、打ち合う重々しい音が耳に何度も響き、手に衝撃が伝わってくる。

 剣と戦斧と盾がぶつかり合う事で生まれる剣戟の真っ最中だ。武器の主役が銃器になった地球ではもう見られなくなった旧い戦いをオレはやっていた。

 斧を振うと、剣でいなされる。剣が突き出されれば、盾で遮って守る。こんな攻防がさっきから続いている。


「ボウズっ!」

『オッサン、手出し無用だ。コイツはオレが倒すっ』


 下から上がってきたレイモンドのオッサンが声をかけてきたが、念会話で押しとどめた。

 思わず出た返答には怒りが篭もってしまった。床に倒れる従業員が目に入り、それで怒りが再燃する。こんな理不尽は許せないと心が燃え盛った。

 更に下のフロアからホテルの従業員達がやって来ていた。オッサンがそちらに振り返って声を張り上げた。


「侵入者だ。今ボウズ、じゃなかったマサヨシが応戦している」

「え、援護は!?」

「下手な援護は効果がないどころか悪影響だ。それより他に侵入者がいないか探した方がいい」

「わ、分かった」


 オッサンの言葉にホテルの従業員は従って退いてくれた。

 廊下の狭い空間で武器を打ち合ってあの男と距離は至近、援護として弾とかを飛ばされてもオレに当たってしまう。それに相手の振るう武器の速度が段々と速くなってきて、割り込まれてもマズい。オッサンのナイス判断だ。

 でも結果として、オッサンは観客のように二階の踊り場で見守る立場になってしまった。


 オレと男がリングにしている二階の廊下は、武器が掠めるたびに壊れていく。

 男の剣が下から救い上げるように振られると床材が削られて舞い上がり、オレの斧が横殴りに掠めた壁には亀裂が入ってへこむ。武器を振るうたびにリングはボロボロに崩れていった。

 一合するたびに動きはどんどん加速していって、多分もう人の限界を超えているんじゃないかと頭の片隅で思う。振われる剣の速さに必死に食らいついて両手の斧と盾を操れば、全身の筋肉がミチミチと収縮の唸りをあげて猛然と肉体を動かした。


 どれだけ武器を打ち合っていたのか。一秒が一分に、一分が一時間のように感じる。

 戦斧を握る手が痺れてくる。盾を持つ腕に感覚が消えていく。剣と打ち合った衝撃が身体に負担をかけていると思っていたけど、それにしては何か変だ。

 仕切り直しのつもりで一際大きく斧を相手の剣に叩き付けて、その勢いで後ろへ跳んで間合いをとる。全身鎧を着ているとは思えない身軽な動きが出来た。だけどやっぱりおかしい。全体的に少し鈍くなっている気がする。

 手に持った盾と斧を見てみるとその原因が一目で分かった。


「……凍っている」


 正確には氷が付着して氷漬けになろうとしている。顔を近づけるとヒンヤリとした冷気が感じられ、身体の変調の理由がすぐさま分った。氷漬けになって武器の重量が増えた上、冷気で身体が冷えればそれは変にもなる。

 戦いで熱くなっているはずの身体から体温が奪われるほどの強烈な冷気だ。普通は気付きそうなものだけど、集中したせいなのかこうなるまで分らなかった。

 これの原因は考えるまでもなく、目の前のナルシスト野郎の仕業だな。


「ケンカを売る時は相手の得物を良く見ることだ」

「雪月のディセンバー・ソード……そうか、これが凍結効果かよ」

「その通り。これまで使ってきて加減が利くことが分かってね、気付きにくいように凍らせることが出来る」


 オレの視線に気付いたのか、シャスアと名乗った敵はニヤリと笑って自慢げに自身の剣を見せびらかした。

 名前で分るように同種の剣が十二種類あり、それぞれ異なる付加効果の魔法を帯びた剣だ。確か『一年の剣シリーズ』と呼ばれゲーム内では有名な武器の一つだった。あれはその内の一本で十二月の剣、その効果は凍結。ゲームでは相手の動きを鈍らせる状態異常を起こすものだったが、現実だとここまで凶悪な代物に化けるのか。

 普通の店売りの長剣に見えてしまう素っ気ない見た目に騙された。ムカツクが相手の言っていることが正しく、それが余計に苛つく。


 本性を現わして剣身全面に霜が降りて冷気を帯びる剣を構え、シャスアがゆっくりと一歩前に進んできた。それに合せてオレは一歩退く。さらに一歩、こちらも一歩。

 押されているのが嫌でも分かってしまう。敵は慌てることなく余裕タップリで間合いを詰めてきて、オレは凍結効果で動きが鈍って不利になっている。

 どうするどうする、どうするんだよ。

 身体は冷気で冷えているはずなのに背中から汗が出てくる。頭は「どうする」とだけわめいて空回り。吐く息は荒くなって兜の中に反響する。ゲームで言えばただの状態異常一つでオレはここまで追い込まれてしまった。


「グレイさん、怪我人は大体治療しました。次に手伝うこと……って、何コレ?」

「ば、馬鹿。今顔出すなよっ!」


 上の三階で怪我人の治療をしていたらしい水鈴がこのタイミングで下にやって来てしまった。

 三階に繋がる階段からひょっこり顔を出した狐娘にオレがとっさにかける言葉はほとんど無い。この場合どんな言葉を口にしたら良いか分からないし、もう絶賛大混乱だ。

 最悪な事に彼女が顔を出した階段の位置は、オレとシャスアの間でやや敵寄りの場所。


「あ、まず」


 水鈴も置かれた状況が悪いと察した。慌てて身を引いても遅く、奴の顔がぐるんと彼女に向いた。

 顔が軽く笑顔の形になった。この場に似合わないぐらいに爽やかな表情だったが、両手で握られた剣から片手が上がる。そこには魔法の光が仄かに輝いて、人を殺せる力が宿る。

 殺意みたいなものはそこには無い。まるで目の前に現れた羽虫を潰すような感覚で奴は力を振おうとしていた。


「や、止めろぉ!」


 後先まったく考えずオレは前に飛び出していた。

 脚甲に包まれた足が床にめり込むくらいに踏み込まれ、体全体がぐんっと前へと吹っ飛ぶ。意識が加速して、一秒が細かく刻まれていく。その刻まれた時間の中を泳ぐように体を前へ前へ。

 一〇Mに満たない距離は見る間に縮んで、水鈴はすぐ目の前。彼女は驚きで大きく目を見開いている。

 魔法はもう撃たれている。氷の剣を持っている奴に相応しく、氷の砲弾が水鈴に飛んでいた。オレはそこに盾を構えて立ちふさがった。


 瞬きする間もない時間で氷が着弾する。氷は衝撃に、衝撃は痛みになってオレを襲った。目には弾けた氷の魔法が白いモヤになって入り、目を塞ぐ。


「マサヨシっ」

「ボウズっ」


 後ろの水鈴と下のオッサンから悲鳴めいた声が上がる。確かに今のオレは悲鳴を上げられるような状態だ。

 さっきの倍は感じる冷気が全身を襲い、極寒の中に放り込まれて衝撃を受けた体が氷漬けになりそうだ。視界は白から黒へと暗転しそうになる。

 だけどある時点から意識はハッキリしてきて、不思議と身体に活力が出てきた。まるで時間をかけてウォーミングアップしたように身体全体が温かく感じてきた。水鈴に増幅魔法をかけてもらった時の感覚が全身に回ったのがニュアンスとしては一番近い。

 一体オレに何があったんだ? さっきと同じ様に両手の戦斧と盾に目が向いた時、驚きと一緒に思考が回った。


「あ、これって。そういえば」

「何、無傷!? それにそれはまさか」


 シャスアの声と一緒に驚きの声が漏れた。両手に持っていた武器の変貌にオレも敵も一瞬動きを止めた。

 一切の飾り気がなく、重厚ではあっても単純すぎて素っ気ないデザインの盾とセットの戦斧。それが奴の魔法を受けたことで変異した。

 盾の表面に幾何学模様が葉脈のように浮き上がり、盾の上端が盛り上がって獣の爪の形を作って盾を掴むようになった。

 斧も盾と一緒に変わる。柄は盾と同じデザインの紋様が浮き上がって、側面には牙が生えて刃をガードする形になる。二つの武器は生物的なフォルムを持って変貌を遂げた。

 今の今になるまでオレは自身が持っていた物の正体を忘れていた。『エバーエーアデ』で手に入れた常識から外れた物品、魔獣の甲殻から削り出された斧と盾で一揃いの武装。銘は『ハスカールシルト』。


 その能力は『魔法吸収』。そして吸収した魔法を所有者の力に変換する魔性の武器だ。


「これならっ!」

「――――あ」


 先に動いたのはオレだ。固まっていた体勢から一足跳びに間合いを詰める。

 振りかぶった斧が文字通り唸りをあげる。仄かな光を帯びた刃は、獣の咆吼を上げて敵に襲いかかった。

 次の瞬間、奴がとっさに上げた剣と噛み合って鈍い音を立てる。ぎゃり、とすれ合ってそのままの姿勢で固まる。


「ぐっ――くそ、何でだ。この町に居る連中なら楽勝のハズなのに」

「残念だった、な! ケンカを売るときは相手の得物を見るもんだぜ」

「ちっ、舐めやがって」


 息がかかるような至近距離で敵と顔を合せる。急な逆転劇に奴の端正な顔が歪み、荒い息がオレの兜の面体に吹きつけた。

 膝を付いた奴を斧で押し込む――が、反対に押し返されてたたらを踏んで数歩下がってしまう。

 押し返した勢いで素早く奴が立ち上がり、剣が振われた。慌てて盾をぶつけるように突き出せば、衝撃が冷気と一緒に伝わってくる。それでもオレは構うことなく斧を振った。

 再度始まった剣戟。こうも短い間合いだとお互い戦技を放つ暇なんてない。けれど、今度はオレが押している。

 ふと視界に入った水鈴の姿を見て、ダメ押しを思いついた。


「水鈴っ! 何でも良いから攻撃魔法をオレに撃て」

「え、でも……」

「良いから!」

「き、貴様っ」


 敵が慌てた顔になるけどもう遅い。


「後で文句言ってきても知らないからっ」


 水鈴が手を突き出す。すると彼女の手の平に生まれた電気がラップ音じみた放電音を発生させ、ソフトボール大の球体となって撃ち出された。

 この状況でなかなかにおあつらえ向きな魔法だ。水鈴の魔法チョイスに感謝しながら飛んできた雷属性の魔法に盾を向けた。

 さあ、こいつを喰え。


「があぁぁっ!」

「んぐっ」


 球電がぶつかった。オレは盾が魔法を吸収してくれるから衝撃が腕を叩くだけで済む。だが巻き込まれた敵は、魔法の余波をモロに受けた。

 着込んでいる鎧がある程度軽減したのだろうが、雷撃は奴の動きを完全に止める。剣が噛み合った斧から外れ、剣先が下がった。

 後はもう無我夢中だった。魔法を吸収して威力が増した戦斧を振りかぶって――


「おおおおおぉぉぉぉっ!」


 雄叫びと一緒に振り下ろした。

 手に返ってくる感触は少なく、斧の刃は敵の肩から入って反対の脇腹へとあっさりと切り裂いた。一瞬の間を置いて切り裂かれたところから勢いよく液体が吹き出してくる。

 面体越しに生ぬるい液体がかかって、思わず面体を跳ね上げる。顔にかかった液体の量はそれほどでなく、だからすぐに視界が戻って液体の正体が敵の血液だと知った。

 自身の体を見下ろせば鎧にべっとりと赤い血が付いている。血の鉄臭さも酷く濃い臭いだ。もっと取り乱すものだと思っていたが、ここまで散々血を見てきたせいで感慨は特に浮かばない。それが少し怖くなってきていた。


 視線を上げてシャスアに目を戻せば、仰向けに倒れている。それは素人が見ても死んでいると分かる姿だった。昔、捕まえたセミが仰向けになって死んでいる光景が頭をよぎる。今の奴はそのセミに良く似ていた。

 廊下に敷かれたカーペットに血だまりが広がり奴はピクリとも動かなくなっている。最期の言葉とかあるのだと勝手に想像していたけど、そんなものはなく即座に死んでしまったようだ。

 他人事のように見ているけど、これをやったのはオレだ。オレが自分の手で人を殺した。それは案外あっさりした感触だった。


「もうちょっとこう、何かあると思っていたけど……あっけないもんだな」


 人間って慣れる生き物なんだなぁ、と兜の中で自身だけに聞こえるぐらいの声で呟いた。次いでルナさんもこんな感じだったのだろうかと考えた。

 斧を盾の裏に収めて、血の付いた鎧を布とかで拭こうかと考える。奇妙なくらいに冷静な気分だ。さっきまで燃え盛っていた心は、今度は空っ風が吹き抜けたように冷え込みだした。正直余りの温度差に頭がついていけない。

 初めての人殺しなのに勝利の嬉しさや動揺とかいったものが湧いてこなかった。あるのは戦いで溜まった疲れが今になって出てきて、少し息が切れている位だ。


「はぁ……疲れた」


 少し肩を落として力を抜いた。出てきた溜め息は思ったより大きいものだ。


「マサヨシっ、あんた大丈夫?」

「ボウズ、無事か?」


 戦いが終わったと悟ったのか、上と下から二人がやって来てくれた。オッサンのさらに後ろでは、ホテルの人とかが遠巻きに見ている。彼らの顔に浮かんでいる表情はただ一つ、恐れだ。向けられている相手は当然オレ。視線が死んだシャスアとオレとを往復している。

 無理もないな、と少し彼らを見て思う。幾ら敵とは言っても人が一人殺されたことに変わりはないのだ。

 冷え込んだ心から暗い気分になり胸の中からせり上がってきた。疲労も合わさり背中が丸まる。その時だ、水鈴の手が伸びてきて鎧越しに温かい熱が伝わってきた。


「良かった、こっちでも凍結に効果あった。そのまま動かないで」


 見れば体に当たっている彼女の手が仄かに光っていた。以前に見たルナさんの回復魔法よりもエフェクトが大きくクッキリ見える水鈴の魔法、その分効果も高いのかあちこち強張った感覚が溶けるように無くなっていく。

 不意に大きく息を吐く音がしたので見てみると、こっちの様子を傍で窺っていたオッサンが安心したような表情をトカゲ顔に浮かべている。

 オレの無事が分かったところでオッサンが階下に顔を向けてホテル中に聞こえそうな大声を出した。


「侵入者は倒したっ! だけど油断するな、まだ外は魔獣だらけだぞっ!」


 一喝。オッサンの声を受けたホテルの人達が恐れたような顔から正気付いて、慌てて見張りの持ち場へと散って行った。

 それを見届けると、オッサンは床に倒れたシャスアの死体に近寄る。しばらく黙祷するように目を閉じて、再び目が開くとしゃがみ込んで死体を掴み上げた。


「こいつは俺が片付けておく。水鈴、部屋でボウズを休ませてやれ」

「うん、分かった。行くよマサヨシ」

「あ……ああ……」


 水鈴に手を引かれて階段で上へ。その途中で窓から魔獣の襲撃を受けているアストーイアの町並みが、沈みかけの太陽の残照を受けている風景が見えた。

 映画やゲームと違って、ボスを倒しても戦いは続きそうだ。火事に遭う家、魔獣の突進で倒壊する家、襲われて食われる人。それらの音が全部ごっちゃになって町から聞こえてくる雑多な音になっている。

 あの風景の中にはルナさんがいてまだ戦っている。すぐにでも助けに行きたい、けれどこのホテルから離れるのもダメ。反発し合う気持ちが頭を悩ませた。


 こうしてオレの戦いは終わった。でも周囲は気持ちの整理が追いつかない早さで変わっていくし、町の戦いはまだ終わってはいなかった。



 ◆



 アストーイアの下町、イベントの開催された広場の程近くにあるクララの店は魔獣の襲撃に耐えている建物の一つだ。一階を店舗兼工房、二階を住居にしていて一人の人間が暮らす空間としては広々とした間取りをしている。

 だからと言って流石に十人程の人員を収容するには無理があった。


「満員御礼なのは嬉しいことだけどさ、もうちょっと人数絞れなかった? 電話貰った時は実感なかったけど、実際に人が入るとぎゅうぎゅう詰めだし」

「無礼は承知しています。ですが五〇挺の突撃銃と弾薬ともなると運び出すにも人員は必要ですし、ましてや外はあの有様ですから守りが必要になります。必然人数は多くなるかと」


 魔獣に感付かれないよう明かりを消して薄暗い店の中に十人程の人が入っており、ひしめき合っている。密閉されている事も手伝って室内は息苦しくなっていた。外の魔獣を考えれば窓を開ける訳にもいかず、空気は淀んでいく一方だ。

 その空気の悪さにクララが文句を言えば、彼らのリーダー格の女性エカテリーナが淡々とした口調で正論を言って黙らせた。

 淀んだ空気の店内にあって隙の無いスーツ姿のエカテリーナ。そしてその部下も揃いのダークスーツを着込んで夜なのにサングラスをかけ、身動き一つしていない男性が十人。

 店主のクララを除いて全員汗をかいている様子も無く、出来の良いマネキンのように不動だ。これを前にしてクララは「どこかエージェントみたいだ」と内心思う。


 日没後間もなく彼らはクララの店にやって来た。魔獣との戦闘を避け、屋根を伝って店内に侵入してきた彼らは、クララにとって依頼人の部下だ。そして彼女の作品の実際の使用者でもある。文句は言っても無礼な真似はできない。

 それに外を見れば今こそ武器が求められているのも理解できる。元から断る気はクララにはない。ただジェットコースターみたく変化が激しい情勢に文句の一つも言いたかっただけだ。

 大きく息を吐いて気持ちを切り替えたクララは、自身のいるカウンターの下から大きめの木箱を幾つも取り出した。重量はかなりになるハズだが、そこはゲーム時代で『クララ』というキャラクターを育てた恩恵で苦もなく持ち上がった。


「依頼通りに持ち込まれたAKの改造は五〇挺全部終わっている。対魔獣用に必要な加工と操作性、拡張性の向上もしている」

「中を見ても?」

「勿論。あなた達に向けた改造だから、感触は自分で確かめなさいな」


 クララの言葉を受けてエカテリーナはカウンターの上に置かれた木箱を開けて中を確認する。緩衝材のおが屑を払い除け、包装の油紙を解けば中からガンオイルの臭いがエカテリーナの鼻を刺激した。

 随分と丁寧な扱いだこと、とエカテリーナは感心半分呆れ半分で思う。事、耐久性や整備性については折り紙付きの銃なのだ。ここまで馬鹿丁寧に梱包してくれる必要はなかった。だが、一方でクララの丁寧な仕事ぶりには感心できる。こういう職人は得難く、大切にするべきコネクションだ。

 木箱の中から取り出された銃器。薄暗い店内でも硬質の存在感があるそれは、丁寧な梱包に相応しい姿になった彼らの武器だった。


 ベースとなったのはゲームに登場している『AK・タイプM』。モデル元となったのは言わずと知れたAKシリーズの一つAKMになる。

 発展途上国の軍隊からゲリラにいたるまで御用達になっている世界的な突撃銃だ。さして銃器に詳しくない人でも海外ニュースを通して一度ならずその姿を見たことがあるだろう。コピーやクローンを無節操に重ね、その総数は一億挺とも言われている『世界でもっとも作られた銃』であり『小さな大量破壊兵器』である。

 この世界ではここ首長国で開発されて配備が進められていた。それをクリストフは裏から手を回して私兵にこれを装備させていたのだ。すでに何度も実戦投入されており、その性能は彼の私兵全員の信頼を獲得している。

 そういった背景があるAKを対魔獣用にとクララが改修、その姿を変えていた。


「結構様変わりしましたね」

「まあね。AKのモダナイズドカスタムなんてよくやるからつい調子に乗っちゃった。不備があれば今からでも遠慮無く言って」

「そうですね。みんな、今から渡すからクララ女史の言うように不備があれば言って」


 改修された武器が次々と木箱からエカテリーナの部下達へと手渡される。彼らは様変わりした武器を手に小さく唸り、各部を動かして調子を確かめている。けれど取り立てて不満は出てこない様子だった。

 以前は木と鉄で出来た農耕具のような外見の銃だったが、クララの手により素材から手が加えられて黒一色にまとめられて、銃身、照準器、グリップ、ストック、ハンドガード、セレクター等々、細部までクララ自作のパーツが組み込まれたカスタム銃として生まれ変わっている。

 農耕具の様だった印象の銃は、一転して相手の殺傷に特化した兵器そのものといった冷たい印象の銃へと変貌を遂げた。

 これはこれで頼もしい姿だが前の方が良かったな。密かに以前のAKを気に入っていたエカテリーナは残念そうに思っていた。でも部下からは不満は聞こえないし、冷たい印象に反して取っ付きやすさ、扱いやすさはこちらの方が上だ。クララの腕の良さを改めて確認した気分になる。


「肝心な部分ですが、あの化け物達に効果は?」

「スケジュールがすごくタイトだったから回数は少ないけど、一応試射はやった。町の外をほっつき歩いていたはぐれ魔獣相手だけど、効果はあったよ。でも、あなた達が使っても同じ効果が見込めるかは未知数かな」


 クララは魔獣に効果がある攻撃はゲーム『エバーエーアデ』に関わったものと考えるようになっていた。

 何度か町にやって来た魔獣と町の警官やレンジャーが戦っている場面を見てきたが、こちらの世界の武器だと攻撃が通りにくいことが分かっている。ランドラプター相手に十数発も弾を撃ち込まないと倒せなかった場面さえあったほどだ。それはひどく効率が悪いものだった。

 反対にゲーム『エバーエーアデ』時代から持ち越した武器を使ったプレイヤーの攻撃ならあっさりと倒せる。こちらの武器でもプレイヤーによりゲーム時代の素材を使って改造すれば同じ効果が見込めた。では、その武器をこちらの世界の人が使うと魔獣に通用するのか? そこはまだクララが検証していない部分だった。


 不安要素満載。未知の領域は広大。しかし町が破壊されるのを指を黙って見ているのは論外だ。エカテリーナはここに来た段階から決意は固まっている。

 予め弾を詰め込まれている弾倉を改修されたばかりの突撃銃に差し込む。部下達も彼女にならい次々と弾倉を挿入する。狭い店内に金属音が響き渡った。

 握りやすくなったグリップを何度か確かめるように握り込むと、エカテリーナは部下達を見やる。彼らの表情も彼女と同様に決意が固まっていた。


「我らはこれより町を襲う化け物たちを撃退する先発隊となる。エッボ達五人は武器を屋敷に届けて。残る五人は私とともに町を威力偵察する。武器の威力の検証、化け物の総数の把握、生き残りの確認、やることは多いから心するように」

『了解』


 エカテリーナの命令に一同唱和するように返答した。静かで押し殺したものを感じさせる声だ。彼らは誰一人として恐れを見せていない。むしろ迫る戦いの予兆に血がたぎっている風だと彼女には思える。

 頼もしい部下達の様子に軽く微笑むと、今度は息を大きく吸い込んで声を大にして宣言した。


「この町に上がり込んできた下衆な獣どもには容赦は要らないっ! 遠慮無く弾丸をブチ込んで鏖殺おうさつだ!」

『Yeeeeehaっ!!!』


 エカテリーナの声に続いて部下達もAKを一斉に掲げ上げて応えた。

 声だけで店が小さく揺れたような錯覚を覚えるクララだった。本物の戦闘集団による本物の鬨の声、それは気の小さい人間だったら肝を潰すような怒号だ。彼らの雰囲気はさっきまでのマネキンの様なものから激変し、獲物を求める理性ある猛獣の顔つきになっていた。

 見ている立場のクララとしてはいきなり上がった周囲のテンションについて行けず、しばらく呆然としてしまう。それでも武器職人としては大事な顧客対してこれだけは聞いて置きたかった。


「いちおう急場なりに調整や修正とかはしておいたけど、大丈夫? 本当に急場だったから狂っているものもあるかも」

「その辺りは貴女の腕を信じましょう。それに――」

「それに?」

「こと凶器まがきの暴力性に関しては私達月詠人ミストレストは敏感で、相性も良いのです。この子もすぐに使いこなせましょう」


 微笑んで答えるエカテリーナだったが、クララには猛獣が喉を鳴らしたように見えた。

 合った瞳は薄暗い店内でも赤く煌と光る。周囲に視線を巡らせれば、エカテリーナの部下達もサングラスの下に同様の赤い魔性の色合いを帯びていた。

 理屈を飛ばしてクララは納得した。この連中なら町の魔獣を狩り尽くしてしまいそうだ。

 店内を照らす光に目を向ける。それは窓から入る月明かりだ。すでに月齢は満ちて円を描く月が煌々と銀色の光を地上に投げかけている。月詠人にとって絶好のロケーションが整いつつあった。


 夜の暗い帳はすでに降りている。夜に強い種が多い魔獣達にとっては人間を本格的に狩る時間が訪れていた。だが同時に獣達を狩ろうという夜族ミディアン達の時間も訪れている。

 狩る者が狩られる側に回る狂宴。アストーイアの長い一日は時を夜に移しても続いていく。




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