14話 Battlefield Ⅱ
街を襲う魔獣の群れをかいくぐり、どうにかこうにかホテルに戻れたオレ達。と言うか、途中の記憶はハッキリ言って余り覚えていない。
とにかく転がるように走りまくり、手に持ったナイフを振り回して魔獣を追っ払い、また走り――そんなことを繰り返して気が付いたらホテルの前だった。
転がり込んだ坂の上のホテルは何とか無事で、走ったせいで上がる息を落ち着かせて文字通り一息入れたかった。でも、そんなヒマは許されていない。
「装備は整え終えたけど、ルナさんから何か連絡とか来てないっすか?」
「いや、あれっきりだ。向こうも相当立て込んでいた様子があったから今もそうだろう。事の最中かもしれないから発信はするなよ」
「う、うっす」
ホテルに戻ったオレ達はすぐさま各々部屋に戻って、装備を整えて廊下にとって帰り集合。顔を合せるなりすぐにロビーへと向かっている。
鎧をガシャガシャいわせてホテルの廊下を走るような速さで歩く。隣にはレイモンドのオッサンが並んで歩いており、すぐ後ろから水鈴もついてきて三人一緒でロビーへ降りる階段を駆け下りていた。
さっきからルナさんの事が気になって頭から離れない。さっきの念会話で送られてきた話が気になり、オッサンに聞いてみたが彼にも話は来ていない。
こういう時落ち着いている態度のオッサンは頼もしく思えが、同時にここまで大人な人が羨ましくなってきた。
「グレイさん」
「ああ、支配人。ここの様子は?」
「避難してきた人を受け入れていますけど、あの化け物がいつ侵入してくるか」
「バリケードは?」
「一階の主立ったところをソファやテーブルで塞いでます。避難してきた人は三階に」
「飛行タイプの魔獣は見かけなかったから、一階を封鎖しておけばしのげると思うな」
廊下の向こうから来た身なりの良い三揃えの服を着た紳士っぽい人が話しかけてきた。オッサンはこの人を支配人と呼んで、ホテルの様子を話し合いだす。つまりここの偉い人らしい。
話に出てきたように大量の魔獣が襲ってきたこの町で、ここは避難してきた人を受け入れている。
廊下から少し脇に目をやれば、廊下奥にある談話室や休憩所に避難してきた人達の姿が見えた。みんな着の身着のまま手近な荷物を持って逃げ来ていて、中にはケガをしている人もいる。人数はそんなに多くない。学校の一クラスぐらいだ。でも、見方を変えれば町の人達はこの位しか逃げる事が出来なかったのかもしれない。
そしてここに転がり込んだオレ達は、今からオッサンの提案でホテル防衛のミッションをすることになっていた。ルナさんと合流するこの場所を守る必要はあるし、避難してきた人を見捨てる事は出来ない。
支配人と一緒にロビーに降りる。いや、元ロビーが正しい言い方だ。魔獣が街を襲ってきたのを敏感に察知した支配人の一声で、従業員が一階を封鎖するためにあらゆる物をバリケードに使ったせいで吹き抜けになっているここは嵐にあったように荒れている。
入り口にはソファやテーブル、どうやったのか天井から吊していたシャンデリアまで積み上がっている。周りの窓も似たような状態で、陽の光が遮られているせいで少し薄暗い。
来た当初のオレ達は三階から下ろして貰った非常用ハシゴで登ってきたけど、これって騒動が終わったらどうするつもりなんだろうか。やはり時間をかけて片付けるのか?
素朴な疑問で頭をかしげるオレをよそに、オッサンは支配人とホテルの従業員数人を交えて防衛策を話し合っている。あの紳士な支配人はオッサンが頼りになる人物だと見て、場を仕切るのをお願いしている様子だ。
従業員の中には手にライフルを持っている男性もいる。漏れ聞こえる話だとその人の狩猟用の私物で自慢の品らしい。オッサンの指示に従って彼は吹き抜けの上段になっている二階へあがり、援護射撃をするようだ。肩にライフル、手には弾の入った紙箱を持って階段を上がっていった。
この非常時では戦力になる人は一人でも多く欲しい。切実な事情がここにはあった。
「あれ? オッサン、水鈴は? さっきまで近くにいたハズなんすけど」
「ああ、あの娘だったら三階だ。避難して来た人に怪我人がいたろ、回復魔法で治療するって言っていたぞ」
「……そっすか。いつの間に」
オッサンから返ってきた言葉に思わず見えるはずのない三階の方向に顔を向ける。
ルナさんの事と、ホテルの様子に気を取られていたせいで水鈴が居なくなっていたのを察知できなかった。いつの間に移動したのか分らなかったぞ。
彼女はゲーム時代にマジックユーザーとして自キャラを相当育ててきたらしいのは装備を一目見た時から見当がついている。だから回復魔法で怪我人を治療するというのは不思議な事じゃない。不思議じゃないのだが、魔法で治療というのが普通の言葉に聞こえる辺りオレもこの世界に馴染みだしたのかもしれない。
「怪我人は水鈴のお嬢さんに任せるとして、ボウズはバリケードの穴を塞ぐのを手伝ってくれるか? 力持ちなんだろ」
「りょーかいっす」
手持ち無沙汰になりそうだったオレに、オッサンは早々に仕事を与えてきた。ホント、頼もしい大人だよなぁ。
このままオッサンの指示に従って力仕事に従事するのか、とか思っていると二階からあのライフルを持っていた男性従業員の声が降ってきた。
「外に人がいるっ!」
「何!? 逃げてきた人か、何人だ?」
「一人だけど、何か様子が変だ」
「変って、どう変なんだ?」
「周りを化け物に囲まれているんだけど、全然平気そうだし化け物もアイツを襲う様子はない。何なんだアレ」
従業員の言葉だけだと今一つ様子が分らず気になる。オッサンに見てくるように言われたのもあって、オレは三段飛ばしで階段を駆け上って従業員のいる場所まで急いだ。
ガッシャガッシャと鎧を鳴らして二階に上がったオレがまず目にしたのは、
「なんだよ、これ」
首から上が無くなった従業員の姿だった。今の今まで声を出していたその人は、自慢の品だったというライフルを手にしたまま床に首無しの体を横たえていた。
わずか数秒の時間で一つの命が消えた。従業員の頭は血の海になった床には見あたらない。きっとどこかへ転がっていったのだろう。
……くっそ、ジアトーでグロ耐性がついたのは良い事だけど、さっきまで話をしていた人間がいきなり死んでしまうのは初めてだぞ畜生が。
唐突に起こった理不尽に心の中で毒づきまくって、周囲を見渡す。こうして死人がいるってことは近くに殺した奴もいるのだ。
って、探すまでもなく目の前にいるし。動揺して目がいかなかったのか。それとも何かのスキルを使っているのか。
「おいボウズ、どうした」
「侵入者だ。今一人やられた。オッサン、どうするよ?」
「マジか」
「大マジだ」
下から聞こえてきたオッサンの声に応えながら、目の前の奴から目を離さない。手にした盾の裏にある戦斧をそっと握りこんで抜き出す。
手にかかる戦斧の重さが異様なほど現実感がある。鼻に入る血臭はキツ過ぎてもう嗅覚はバカになっているようだ。ゲームで感じられないリアルな感触、でも目の前の男はゲームじみた出で立ちをしている。
全身甲冑を着ているオレが言えるものじゃないが、男の格好も大概ファンタジーじみていた。
二階の窓枠に足を乗せ、たった今窓から飛び込んできた格好をそいつはしている。見た目の年は同い年ぐらい、身長はオレより若干低いが充分長身でスマートそうだ。
そしてそいつの姿は一言で言うと『王道的和製ファンタジーの主人公』であった。つまり、上半身を覆う軽鎧に手には両刃のロングソード、頭にはバンダナまで巻いてマントも羽織っている。
一、二昔前のファンタジー系主人公の記号的要素を容姿含めて集めたような姿だ。
といっても、これはキッチリ現実。奴の手にしている剣には血が滴って、着ている物には返り血が付いている。動揺した様子もなくこっちを見返してくる態度といい、間違いなくコイツが従業員を斬り殺した奴だ。
「プレイヤーか」
オレを見てそいつはポツリと一言言葉を漏らす。容姿もそうだが、声も主人公系っぽい。あまりにも整った外見は返って人物の特徴を無くす。つまり記憶に残りにくい男だ。
「だったら、なんだよ」
「悪いが、死んでくれ」
「なん――くうっ」
ほとんど問答無用で剣を振り回してきやがった。下がっていた切っ先がいきなり跳ね上がってオレに襲いかかる。
とっさに盾を上げて、ブレて見える剣の軌跡に合せる。金属が強くこすれる音がして、腕に強烈なショックと重さがかかった。
たたらを踏むように後ろに下がって倒れないように体を立て直し、男を睨んだ。奴は少し意外そうな顔をしている。
「ほう、少しはやる」
「何なんだよ、お前! いきなり襲いかかってきやがって」
「何、か。名前を名乗れというならまず君から先に名乗ったらどうだ」
「はぁ!? って、また!」
話をしながら男は剣を振ってきた。お互いの距離が一瞬で縮まり、刃金のきらめきが目に入る。
上段から打ち下ろす唐竹、に見せかけて手首を返して変化。左から右へなぐ逆胴へ――認識一秒未満、何とか反応が間に合って盾で防御出来た。
男の攻撃はまだ終わっていない。薙ぎ払った剣をそのまま跳ね上げて頭を狙ってくる。西洋剣の両刃を活かした攻撃だ。戦斧を叩きつけ、剣を弾く。
「このっ」
反撃でさらに斧を振りかぶって上から下へと打ち落とした。
斧の刃は床を砕き、床材をまき散らかして轟音と一緒にクレーターを作る。爆心地に男はいなかった。
彼は余裕をもって後ろに跳んで避けおり、また最初に見た時みたく窓枠に足を乗せていた。
「なかなかの威力だ。その装備、ギガントからするとガチガチの前衛タイプだな。ゲーム時代でも結構名が売れていたろ? もしくは有名なチームに所属していたのかな」
お喋りな野郎だ。いちいち上から目線の態度で、だんだんイラついてきたぞ。
「名乗れっていったよな。じゃあ言ってやる。オレはマサヨシ、お前を倒す人間の名前だから良く覚えておけ」
「シャスアだ。覚えなくても良い、どうせ死んでしまっては覚えることなど出来ないからな」
返してきた言葉も人を喰った感じがする。皮肉げで、どこかナルシスト臭い。窓枠に乗ったまま見下ろしてくる目は、そのまま人に接する態度を表している。 斧を床から引き抜き、構え直す。その間もシャスアと名乗った奴は一切攻撃をしてくる様子はなかった。余裕しゃくしゃくってか、ますます気にくわない。
目の前の相手に怒りゲージが上がりだして、本格的な戦いが始まる気配がなんとなく感じられた。奴が身動き一つしたらそれがゴングになる。張り詰めた空気ってのはこういうものなのか。
緊張する中、シャスアの後ろで背景になっているアストーイアの街並みからいきなり一本の火柱が立った。遅れて爆音。空気が揺れて、窓ガラスが震えた。
オレは急な出来事に体が固まる。しかし、奴は背後で起こった事なのに驚いた顔をしなかった。むしろ予定通りって表情だ。
「ああ、この街には僕だけではなく友人も一緒に来ているんだ。少々派手好きな奴だが、この町はイベントの最中だ。花火の一つもないとな」
両腕を広げ、背後に立つ火柱を背景に舞台俳優のように芝居じみた仕草をしてみせるシャスア。
「さあ、お前も華と散れ」
気に喰わなさもマックスだ。こんな奴、早々とぶっ倒す。
斧を握ったままの手を前に出し、中指を立ててやる。
「Motherfuckerだ、ナル野郎」
斧を一振り、重量感溢れる音が今はひたすらに心強い。反対の手に持つ盾は命を預ける素敵な相棒だ。着込んでいる鎧は服も同然。
だったらこんな野郎はオレにとって敵じゃない。
肩をすくめて首をふる奴。「やれやれ下品な」とか言っているが知ったことじゃない。余計なお喋りをしている暇があるならかかって来れば良いものを。
余裕と傲慢を合せた顔をしているシャスアに、オレは戦斧と盾を手に挑みかかった。
これがオレの三回目の戦いとなった。
◆
爆風が一mとない場所を吹き抜ける。建物の物陰で壁を背にしつつ、襲い来る炎の風をやり過ごした。
肌が熱風でひりつき、髪の毛先がチリチリと焼ける。髪を焼いたときの焦げた臭いが鼻に入った。それら一切を無視して目は周囲の状況を監視、手は銃器に弾薬を補給させて戦いに備える。
トカレフから弾倉を抜き出して、バラの弾薬を込める。二挺の拳銃が補給完了するまで後三〇秒ほど。タイプ・14の弾倉は残り五で九十発、散弾銃にも補給は完了、装弾数は五発。
銃の弾数を数えつつ、熱風の通り過ぎた物陰から顔だけをだして様子を窺う。
「あはははっ! どうしちゃったのかなぁ、あたしを撃滅するんじゃなかったのかな」
無邪気な少女の声が燃える屋台の向こうから聞こえてくる。下町の広場は彼女の撒き散らす炎で火事になって炎上し、吹きつける風は炎を勢いづける。
交戦開始から三分と経っていないが、すでに下町一帯は火の海になりかけていた。ハイレベルのマジックユーザーが行使する炎の魔法は短時間で街を焼く火力を誇っている。
当然ながら気温も跳ね上がって、服の下にじっとりと汗をかいている。それが少しだけ不快だ。
周囲の被害もお構いなしに振われる力に周囲の魔獣たちも逃げ惑っており、お陰でこの辺りに魔獣は一匹もいなくなっていた。
「……言ってくれる。ジン、避難は?」
『すでに。しかし本当に助けはいらないのか?』
『問題ない。それより彼女をホテルまでよろしく』
『了解した。武運を』
ジンに念会話を飛ばして、助けたシェリルという女性をホテルまでエスコートすることを頼む。ジンは援護したそうな雰囲気を念に乗せているが、非戦闘員の保護も重要な仕事だ。このまま火の海に放置はできない。
ジンの気配が遠ざかるのを感じ、避難が上手くいったのを理解する。彼なら女性を無事に避難させるだろう。これで戦闘に専念できる。
それに、啖呵を切ったのは自分だ。キチンと片付けないと。
燃えだす周囲の建物やイベント用の屋台を前にして自分は思考を冷却させる。必要なのはいかにして対象を仕留めるかだ。
自分は戦闘において『殺し合い』はやらない。それだと自分に被害が出てしまい継戦能力に影響が出る。身を置いている部隊にだって迷惑がかかるだろう。だから目指すのは一方的な『殺し』だ。
狩人のような手並みで相手の攻撃を封じ込め、被害が及ばない場所から一方的に攻撃を仕掛けるのを理想としている。ゲームとしては面白くないだろうが、戦闘ではこれを一番に目指すべきだと思ってきた。
まずはアルトリーゼの戦闘能力を分析して、傾向と対策を練り上げ、必殺を用意する。うん、やることはゲーム攻略と違いはない。手段も経験のある狩猟と同じだ。気負うところはないな。
リロードを終えたトカレフをホルスターに突っ込み、ウィンチェスターを手に物陰から飛び出す。身を低くして影から影へとステップを踏むように次の物陰へと移動する。最初に距離を詰めたところから仕掛けてみようと接近する。
声のした距離と方向は分っている。これが囮でなければ相手はそこだ。
「っ!」
「そこ」
炎と瓦礫で視界が悪くなっている中、自分の姿を見失っていたアルトリーゼに急接近。炎に包まれた屋台の向こうに標的を見定めた段階で距離は十m弱、射程内。
手に持った散弾銃に初弾は装填済み、素早く構えて引き金を引く。撃針が雷管を打ち、弾薬が発火、銃火を吹いて弾が銃口から吐き出される。
すかさずレバーをコッキング、撃ちガラを飛ばしながら二発目を撃つ。
弾種は二発とも一粒弾のスラッグ。散弾のように幾つもの粒弾を飛ばすものではなく、大口径の弾丸として標的を襲うものだ。アバウトな狙いが出来ない分、威力は高い。元の世界でもクマやイノシシ猟で使用されるほどで、ゲームであっても大型魔獣に通用する威力だ。人相手には充分すぎるはず。
なのだが、思惑は外れる。
「無駄ぁ! あたしに銃は効かないよ」
スラッグ弾がアルトリーゼの手前五十㎝で見えない壁に防がれた。衝突の瞬間鉄同士をぶつける様な音がして、弾丸があらぬ方向へ弾かれる。
これはシールド……いや、持続時間からして障壁だろうか。実はさっきも散弾を当ててみたが弾かれている。散弾がダメならスラッグをと考えたが、これも防がれた。これが防がれるならトカレフのような拳銃弾は完全に無効化される。給弾は無駄だったな。
ともかく攻撃が防がれても動きを止めてはいけない。素早く身を翻して別の物陰に飛び込んだ。さっきまで自分が居た空間を炎のつぶてが飛んで、着弾した壁に無数の穴をあける。
アルトリーゼの魔法、炎弾だ。攻撃魔法の中でも初歩であり、自分も使えるがここまでの威力はない。彼女の炎弾はマシンガン並の威力になるほどに練達していた。
手にしている杖を振るたびに先端に炎が生まれて、火の粉を飛ばすように炎弾を撃ちだしてくる。切れ間のない魔法の弾幕だ。
確かに脅威以外のなにものでもない攻撃だが、いくつかつけ込める点をすでに見つけている。だからこうして生き残れている。
魔弾一発辺りの攻撃力はそれほど高くはなく、貫通力も低いため遮蔽物で簡単にしのげる。だからこそ手数で補っているのだろうが、無駄弾が多い。制圧射撃にしてももう少し効率良くできそうなものだ。つまり狙いも甘く、視認したところしか魔法を撃てないのがここまでのアルトリーゼの攻撃の欠点だ。
遮蔽物の多い市街戦ではこちらが有利、障壁さえ貫通できるなら戦いに決着がつく。まだ起動させていないトラップ型魔法も活かせばそれは難しくないと推測できる。
相手の攻撃手段から傾向を考え、対策を立てる。たしか二番と四番に設置した地雷魔法はまだ残っているはず。そこに誘導してみようか。
しかし、自分はこの時点でもまだ相手の戦力を軽く見積もっていた。
距離をとり、倒壊した別の屋台の影に潜んでいると、唐突に強烈な突風が吹きつけて屋台が風の力で吹き上がり、自分の体の上を飛び越して建物の外壁に当たって砕ける。身を伏せていたのが幸いした。
そして烈風の発生源はアルトリーゼだ。
「もう、ちょろちょろして。うっとうしいんですけど~」
「ちっ」
遮蔽物に隠れようがお構いなし、今度は風系統の魔法で吹き飛ばし、なぎ払いにかかってきた。
風が通り過ぎた後の路面には重機で掘り起こしたような跡が作られて、家屋が巨大な刃物で切断させれたように鋭利な切断面をのぞかせる。厄介なことに炎弾と違い、空気を攻撃媒体に使うため飛んでくるものが見えない。相手の振るう杖の動き、流れる空気の向きで大体の見当をつけて回避するしかない。
さらに厄介なのは、風が吹き込んだせいで周囲の火災の勢いが強くなっている。風は炎を巻き上げ、上昇気流で渦を作り上げる。
「ファイヤートルネードってね。吹かれて焼かれてバラバラバーラ」
炎を纏う竜巻になった風の束をアルトリーゼは杖を片手に操る。炎と風を自在に操っている非常識な存在に彼女はなっていた。
彼女が指し示す方向へと忠実なる竜巻は従い、破壊の指先を伸ばす。当然指を指されているのは自分だ。
広場を横切って走り出す。魔法の照準が視界に依存しているのは変わらないなら相手の視界外へと逃げればいい。猛烈な熱風が背中を押して、走っている最中でも足元を掬い上げようとする。
まさかこれほどとは。ゲームでも上級魔法は相当な破壊力を持っていたが、現実に具現化するともはや災害だ。この竜巻をもう少し大きくして小一時間暴れさせたらアストーイアなら壊滅してしまう威力をもっている。これなら魔獣を使うまでもない。
竜巻に巻き上げられた数々の瓦礫や魔獣は炎にローストされてはるか彼方に吹き飛ぶ。一瞬でも逃げ遅れれば自分もああなってしまう。一瞬先の死に足が竦みそうになり、でも恐怖心が足を前に進めさせた。
竜巻が広場の路面、周囲の建物を破壊しだしたせいでトラップも破壊される。頭の中に感じていた自分の魔法の気配ともいうべきものが消えて無くなったのが分かった。
これで当初の案は使えなくなった。だが戦闘に割り切りは必要、さして惜しくはない。
「ちょっと、あんなこと言ったクセに逃げるの?」
後ろから不満そうな声がかかっても無視。広場を抜けて港の方向へ速度を落とさず走り抜けていく。
むろんアルトリーゼを放置するつもりはない。今後のことも考えると、こういう手合いは仕留められる時にしっかり仕留めて置かないと後悔してしまう。
口にした事は出来るだけ実現させるのが自分のルールだ。撃滅すると言った以上は撃滅してやる。ただし、自分なりのやり方でだ。
標的から距離を取って直線距離で二〇〇mは離れた。すると竜巻の追跡がなくなる。思ったとおり、射程にしても制御にしても有効距離は存在する。これが敵の射程、念を入れて四〇〇m圏内から狙える場所を探す。
すぐに目に入ったのは港の荷揚げに使われる大型のクレーン……普段ならもう少し捻るところだけど時間は本当に押している。あそこが自分にとってのテキサスタワーだ。ひとつチャールズ・ホイットマンになりきってみようか。




