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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
First Blood 邦題:ランボー
29/83

8話 Blacksmith




 アストーイア。そこはコラッド河の下流に広がる盆地に開拓された人口一万人強の小さな港町である。

 水揚げされた魚介類を缶詰に加工する水産加工業と、周辺の豊かな森林を基礎とした林業がこの街の主要産業だ。こぢんまりとした中小企業が中心ではあるが、ゲアゴジャなどの都市部や外国を相手に製品を売り出して堅調な経営をする会社が街の経済を支えているお陰で街は結構豊かだった。

 街の成り立ちは首長国の人々がコラッド河を基軸にした貿易拠点として、砦を築いたことが始まりらしい。

 この街のモデル、というのも変だが良く似たアメリカのアストリアという街も小さいながらも歴史と伝統ある街だったが、活気という点ではこちらの方が数段勝っていそうだ。


「へぇ、ここがアストーイアかぁ。アメリカのアストリアとはやっぱ違うな」

「マサヨシ君はアストリア市を知っているの」

「え、ええ……まあ。古い映画の『ザ・グーニーズ』の舞台ですし、ハリウッド版『リング』の舞台にもなったんすよ。だから、ちょっと調べていたから知ってて」

「ふむん」


 船の売店で買ったガイドブックを片手に小さく独り言を呟いた、つもりだったが運転席でハンドルを握るルナさんには聞こえていて、突然質問されたからどもってしまった。

 基礎知識はネットでちょこちょこ調べた程度だけど、口にした映画はちゃんと見ている。感想を言うなら、個人的には『リング』は日本版が良かった。ジャパンホラーの湿った感触の恐怖はアメリカ人に理解されにくいものだったらしい。

 他にもアストリアの街にまつわる映画は色々あるが、ハンドルを操るルナさんを邪魔したくないから黙ることにした。ジープは彼女のハンドル操作に忠実に応えて石造りのお洒落な雰囲気がある港町を走っていく。

 その彼女の表情には、これからオレ達が離ればなれになるという不安は一切なかった。


 定期船は予定通りの夕方に街に着いた。西へ沈む太陽に赤く照らされた石造りの通りは小綺麗で、日本とは違うけど港町の雰囲気が強く感じられた。

 河を小さな漁船がゆったりと往き、街路を路面電車がゴトゴトと走り、水産業者のトラックもトロトロと道を行く。河口の街といっても海は近く、吹く風には潮の匂いが多分に混じっている。機会があれば街を見て回りたいぐらいに風光明媚な土地だ。

 これから向かう場所はレイモンドのオッサンが案内するホテルだ。小さな街だ、車に乗ればすぐに着いてしまう。


「オッサン、あのホテルが?」

「ああ、俺の逗留場所さ。今じゃ立派に住まいだな」

「良いホテルだね。暮らしやすそう」


 坂の上に立つレンガ造りのホテルが目的地だった。坂の上に建っているから眺めは良さそうだし、この街にあるお陰か古びた感じにも味わいが出ている。歴史ある老舗の宿って感じだ。

 水鈴の口から出た何気ない言葉にもお世辞は無く、バックミラーに映った彼女の表情は嬉しそうだ。雰囲気の良い街、雰囲気の良い宿というのは空気まで和ませている効果があるらしい。

 オレも少しは気持ちが持ち直している。少しお高そうに見えるホテルだけど懐に余裕はあるし、問題はない。別のホテルを探す理由もないし、ここで決定だ。


 ジープを駐車場に入れて、みんな揃ってホテルのフロントへ。正面の入り口を潜ると、いかにも品が良い風にまとめられたフロントに、同じく品の良い制服を着たホテルマンが出迎えてくれた。

 そのホテルマン、現れたレイモンドのオッサンを見るなり笑顔で話しかけてきた。


「いらっしゃい、グレイさん。試合、勝ったそうですね」

「ああ。またしばらくお世話になるよ。ついでに一緒にいる連れの泊まりも頼みたいんだが、部屋は大丈夫か?」

「ええ、部屋に余裕はありますよ。部屋割りはどのように?」

「ええっと……君ら、どうする?」


 ホテルマンの質問をそのままこっちに振り向けてきたレイモンドだった。ああ部屋割りか、それは考えていなかった。

 ゲアゴジャの時はなし崩しみたいに決まったから、こうして改めて聞かれると少し困ってしまう問題だな。

 ルナさんは部屋割りにこだわりなんか無いらしく、オッサンの質問をさらに丸投げにするつもりで、どうする? という意味が籠もった視線を向けてくるし、本当にどうしたものか。すると、真っ先に反応したのは水鈴だった。

 ズバッと身を乗り出すように手を挙げて元気良く声を上げた。


「じゃあ私とルナでダブルの部屋をお願いしますっ……なんて、冗談――」

「了解だ。じゃあダブルとシングルを一部屋ずつお願いするよ。俺には何時もの部屋を」

「かしこまりました」

「って、ええっ!?」

「問題はないね」


 ゲアゴジャに引き続き二人が同室か。しかもダブル。水鈴の奴、冗談めかしたつもりで言ったつもりだから、本気に了承されて驚いていやがる。

 オッサンもホテルマンも当のルナさんも提案を受けて、部屋割りはさっさと決まってしまった。驚いているのは言い出した当の本人だけ。ゲアゴジャのホテルでもそうだったが、この面子にかかると部屋割りは悩むようなものではないらしい。

 オレも最近の水鈴を見るに「大丈夫か?」と思うところがあるにはあるが、女子同士で何があるでもなし、問題ないか。


 ホテルの台帳に宿泊の記入をとホテルマンからペンを渡され、普通に日本語で名前を書き込む。つい元の武田正義と書きかけたところで気が付いた。何となく、以前の名前を知られるのが恥ずかしくて書き直した。

 ダブルの部屋にルナさんと水鈴、すぐ下の階のシングルの部屋にオレとだいたいゲアゴジャの時と同じ組み合わせになって、ホテルマンからそれぞれの部屋の鍵を受け取った。

 手に取った鍵も良い意味でレトロな形をしていて、ホテルマンもさり気に「お運びする荷物はございますか?」とか聞いてくる。ここが本当にお高い宿だと今更のように理解しだしている小市民なオレだった。

 取りあえず手荷物が中心だったオレ達は運んでもらう荷物がないから断り、いつの間にか傍に来ていたボーイの案内で客室に行くことになった。

 ゲアゴジャのビジネスホテルとは大違いだ。良い意味でも悪い意味でも。オッサン、こんなホテルを仮住まいにって、アリかよ。


 今のオレよりかなり背の低いボーイが、こちらの巨体に気圧されながらも「どうぞ、まずはエレベーターへ」とキチンと案内を始めようとしていた。

 けれど、ここでオッサンが手を突き出して待ったをかけてきた。


「待った。本格的に腰を落ち着ける前に俺は水鈴の嬢ちゃんをクララの工房に案内したい。ここに来る前に念会話で話したが、向こうは今からでも都合は良いと言っている。大丈夫かい?」

「え、そうなの? うん、分かった。良いよ、お願いします」

「よし。足は電車だな。ボーイさん、俺達二人は外で食べて来るから案内はこっちの二人だけで」

「足が必要ならジープを貸すけど」

「いやいい、車なんてしばらく運転してなかったから危ない気がする。終電までには帰るよ」

「そう、了解。ボーイさん、案内お願いします」

「あ、はい。かしこまりました、こちらへ」


 とんとんと話が進む中でオレだけ一人取り残された気がする。

 オッサンの別行動宣言に、ルナさんも水鈴も何も言わずに賛成してすんなり決定、行動に移ってしまう。

 スーツを着たトカゲ男と巫女装束の狐娘という異様な取り合わせの二人。でもここでは何ら異常ではなく、玄関口から出て街へと繰り出した二人を奇異な目で見る人はいなかった。

 その後ろ姿にルナさんは取り立てて思う所はないらしく、さっきから無言を通しているジンを肩に乗せたままエレベーターに乗り込んでいた。


「マサヨシ君、どうしたの? 乗らないの」

「いえいえ、乗ります乗ります。ボーイさん、よろしく」


 慌ててエレベータに乗り込む。これも日本では滅多にお目にかかれない程に古いタイプのエレベーターらしく、内と外を隔てるのはフェンス一つ。手動で開閉して乗り込むタイプだ。そのフェンスをボーイが丁寧に開けて「どうぞ」と中へ誘って、乗り込めばまた丁寧に閉めて「上へまいります」と一声。

 最近のものでは聞かない大きな機械音を鳴らしてエレベーターのカゴは上へと昇りだした。

 フェンスの向こうにフロアの光景が流れていくのを見ながら、ふと後ろにいるルナさんに目をやった。カゴの壁に背中を預け、腕を組んで目を閉じている。

 眠っているような静かな雰囲気に目が引かれて、つい注目してしまう。その注目がいけなかったのか、長めの睫毛が上がって目が合った。


「なに?」

「いえ、大した事じゃないんですけど、疲れていたりしますか?」

「いいや、肉体的精神的にも問題はないよ。ああ、この姿勢か。癖みたいなもの」

「ですか」

「です」


 そんなことを言ってまた目を閉じようとした彼女だったが、その前にエレベーターが揺れて目的の階に止った。

 目的階は五階、ボーイに先導されて部屋の扉が並ぶ廊下を歩く。床に敷かれた絨毯も毛足が長く、ふかふかで足音が全くしない。オレの汚れたブーツで踏むと何かの罪に問われそうな高級ぐあいだ。

 床を踏むにもおそるおそるなオレに対して、ルナさんは全く頓着せずにズンズン歩いている。そして黒生物のジンはまだ彼女の肩に乗っている。アイツはあれで部屋まで行くつもりか?


「この階はダブルのお部屋になります。後ほどシングルをご案内しますが、よろしいでしょうか」

「ええ。水鈴さんが戻った時にお願いします。それまではここにいますから」

「かしこまりました。どうぞ、こちらのお部屋です」


 開かれた扉の向こう、広々とした部屋がオレ達を迎えた。そこは落ち着いた暖色系の家具や壁紙でまとめられ、居るだけで安らぐ空間となっていた。

 カーテンが開けられた窓からは夕日に染まるアストーイアの街が一望でき、景色の眺めも部屋の彩りのように計算されている。その分、部屋自体の装飾は控えめでシンプルだ。

 まとめて言えば、シックでシンプル、けれどとても高品位で高級そうなお部屋だった。


「うわぁ、ここから海、じゃないまだ河か。河が見渡せるとは良い部屋っすね」

「そうだね」

「夕食は六時からになります。何かご用命があればそちらの電話でお願いします」

「ありがとう」


 一言礼を口にして、ボーイに紙幣を渡すルナさん。ああ、チップか。洋画でしか見たことがないものを目の前で見せられて何かと思ってしまった。紙幣を渡されたボーイもごく自然に受け取り、「何かあれば何時でもご用命を」と一礼して部屋を出て行った。

 するとそのタイミングを待っていたようにジンがルナさんの肩から飛び降りて、ようやくといった感じを口にした。


「やれやれ、『姿隠し』の最中は行動を制限されて身体がこってしまうな」

「お疲れ」

「いや、主もこの身を運んでもらい感謝する。こういうホテルでは肩身が狭くていけない」


 何か意味ありげなやり取りをしている二人。何だろうと思うが、それよりも今は疲れて気を回せない。体が酷く重く感じる。

 これも上等そうなソファに腰を下ろすと、溜まっていた疲労がどっと吹き出してきた気分だ。思わず大きく息を吐いてしまった。


「はぁぁぁぁ……」


 腹に溜まっていた何かが息と一緒に口からどばっと出てくるのは錯覚じゃないはずだ。柔らかいソファにズブズブと体が沈む。このまま眠ってしまいそうな勢いだ。

 こうやってまともで安心できる寝床があるのがどんなに有り難いことか、これまでのイベントで充分に思い知っている。だから部屋の落ち着いた雰囲気に気が緩んでしまった。

 まぶたが重く、このまま眠気に任せてゆっくりと意識が沈もうとしている。


 狭まる視界の中で、ルナさんがオレに目を向けているのが見えた。その表情は夕日の逆行で見えない。でも、これまでと変わらず静かなものだろうと思える。彼女の様子は何かを観察するようなものだ。

 船の上でのお別れ宣言の時だって彼女の表情に変化は少なかった。オレをここまで助けてくれたから、他人をどうでも良いと思っている訳ではないだろう。でも、明らかに一線を引いている。その淡白さがオレには寂しく感じられてしまう。


 ここまでの彼女を振り返ってみると、人と関わるのを何処か怖がっているみたいだ。それがオレには気になってしまい、別れを宣言された時は不思議なぐらいに落ち込んでしまった。

 この街に腰を据えることが出来たら訪れる別れ。いっその事放浪の身になってルナさんを連れ回したい、なんて馬鹿な考えも浮かんでくるけどすぐに消える。まずルナさんは着いて来ないだろう。自分は自分で他人は他人、彼女はそういう人みたいだ。

 漠然としていても圧し掛かってくる未来への不安、目前にいる人との別れが近くて寂しさを感じさせる現在、それらが頭の中でグルグルと回って大した賢くもないオレの頭を悩ましていた。稼動する頭は休憩を欲しがって、それがさらなる眠気を誘う。


 部屋に入って数分。とうとうオレは睡魔に負けて、ソファに座ったまま寝てしまった。

 眠りに落ちる直前にルナさんが「おやすみ、マサヨシ君」とか言っていたように聞こえたのは、オレの都合の良い幻聴ではないと思いたい。



 ◆



 グレイさんと連れ立ってホテルから出た私は、彼の案内でクララの開いている工房へ向かうことにした。

 マサヨシとルナがホテルで留守番なのが少し気になったけど、良く考えたら問題ないかもしれない。使い魔の黒猫はいるし、なによりマサヨシにこの状況でルナをどうこうする度胸はない。数日間一緒に行動していたけど、おっきい体をもっていても危険を感じない辺りが特にそう思えた。

 がっつく感じがしないし、かといって一時期流行ってた草食男子にも見えない。あえて言うなら大人しくて人懐っこい大きな犬だろうか。


「よし、ここから路面電車に乗るぞ」

「あ、はい。運賃は幾らですか?」

「その位は俺が持つ。気にするな」


 マサヨシについて考えていたら、グレイさんに声をかけられて思考は一度中断した。

 シンプルな石の土台に駅名の看板と時刻表だけが立っている路面電車の停留所が、道の真ん中に河の中洲みたくあった。下を見れば二本の鉄の軌道が道に埋まりながらも存在感を出している。

 軽くブーツを蹴って停留場へ。鉄のレールが硬い音を出した。


「電車は時刻表だともうすぐ来るな。でも一〇分や二〇分の遅れは良くあるから、本当はもう少し待ちだ」

「随分待つね」

「海外じゃあ公共交通機関の遅れなんて日常茶飯事だろ。日本が異常なほど正確なんだよ。それにここは見ての通り田舎のローカル路面電車だ。むしろ一〇分二〇分の遅れで済んでいるのは良い方じゃないか」

「はぁ、日本を出た事ないから分からないけど、そんなものですか」

「そんなもんだ。俺も海外なんて試合で何回か行ったぐらいだし、偉そうなことは言えないけどな」


 ニッカリ笑った彼の口に鋭い牙が見える。ダークグリーンの鱗に覆われた皮膚と併せて人間ではないと再確認させられる姿だ。狐の耳と尻尾が生えている私も人ならざる姿をしている。そしてゲームでは犬人族だったクララもきっとそうなのだろう。

 グレイさんも私も、ルナ程ではないけど余りお喋りな方じゃないから、互いに話は出てこない。だからクララの事を考えながら停留所で電車を待つことにした。


 MMORPGの多くの例に漏れず、『エバーエーアデ』にも道具や武器防具の製作とカスタマイズのシステムはあった。その製作とカスタムを専門に手がけるプレイヤーを一般に職人と呼ぶのだけど、クララは取り分け腕の良い職人だった。

 彼女と知り合ったきっかけはゲームとリアルが同時だった。ゲーム内でそこそこ強くなって既製品の物では満足できなくなったと、桜に相談したときに折良く腕の良い職人に伝手が出来たと彼女は言ってきて紹介させてもらった。

 それがクララで、私達二人が通っていた学校の先輩でもあった加持クララであった。

 海外の血を引いているからなのか純日本のものとは異なる雰囲気の持ち主で、色々と行動的な人で、社交的で趣味と人脈が広範囲な人でもあった。

 私と桜の関係を見て、「同性婚を認めている国へ移住してみる? 手配してあげられるけど」と半ば本気で言われた時にはどうしようかと思った過去がある。今から思えば、その提案を受けておけば良かったかなと思ったりもした。

 ゲーム内でも彼女はチーム『第三帝国・カンパニー』に所属していても、チームの垣根を越えて生産職としての活動をして、方々に顔が広い。

 そんな彼女がこの転移現象でこの世界のこの街に来ている。彼女の高いバイタリティを経験的に知っている身としては、心強い味方が出来るかも知れないと期待が高まっていた。


 そう待つことなく路面電車がやって来て、それに乗り込んで目的地へ向かう。河口近くの下町に、彼女は工房兼お店を開いているのだとグレイさんは言っている。そこまではゆっくり走る路面電車で約二十分。短い電車の旅になる。

 私達が乗り込んですぐ、運転席に陣取る乗務員が天井から下がったヒモを引く。発車のベルが鳴って、澄んだ音と一緒に電車が動き出した。

 観光地にあるようなレトロな路面電車だけど、しっかり現役で客席には帰宅途中に見える地元の人達が座っているし、後ろには貨物車を引っ張っていて、地元の足として存在感を出しているみたい。

 適当なところに空席を見つけて、グレイさんと並んで席に座る。お尻に電車のゴトゴトした振動が伝わってきて、結構揺れる。でも不快ではなかった車窓の旅だった。

 それから二十分と少し。新鮮なのにどこか懐かしい感じがした路面電車の旅が終わって、下町の一画で電車を降りた。


 港が近いからなのか、下町には漁業関係者らしい人が多く行き交っている。立ち並ぶお店も船とか漁とかに関係がありそうなものばかりだ。

 港湾労働者らしい人も多く、そのほとんどは強面の男性になる。その彼らが向けてくる視線が少し怖い。グレイさんが居なければあまり近寄りたくないエリアかもしれない。

 もとから男性が苦手な傾向があると自覚しているけど、桜の事でより苦手意識が強くなったかもしれない。彼らの視線に酷く敏感になっている私がいる。

 その一方で、何故かマサヨシとグレイさんは割と平気だった。年下だったり、トカゲだったりするからだろうか? 自身の事ながらかなり曖昧な基準だ。


 その当のグレイさんはというと、スーツとトレンチコートを翻して颯爽と歩いて私を案内していた。古い映画に出てくる格好いいマフィアの人みたいだ。

 その彼の足がはたりと止って、トカゲの長いアゴでしゃくる様に一件のお店を指した。到着、らしい。


「着いたぞ、そこの店だ。主にカスタム銃とハンドメイドのナイフを扱っている」

「シュミート……確か鍛冶屋さんの事でしたよね」

「それは知らないが、だとしたら随分ストレートな屋号だな」


 そこに建っていた一件のレンガ造りの店は、周囲に溶け込むようにしてあった。出入り口のドアの上に鋼板の看板が掲げられていて『Schmied』とある以外は外には何も飾られていない。

 話ではそれなりにやっていると聞いていたけど、こんなお店で本当に儲けが出ているのだろうか。親しい先輩で友人だからこそ心配になってきた。

 お店は開店している状態なので、とりあえずこのまま入ってしまっても問題ないだろう。グレイさんがそんな事を言ってお店に入り、私はそれに続いた。


 入った途端、ヒュンと何かが空気を切る音が耳に聞こえた。グレイさんの肩越しに店内で一瞬光るものが見えた。何だろうか。


「あ、スイマセン。こんな場所で」

「いや、大丈夫だ。誰もケガはしてないしな」


 唐突に店の中から謝る声がして、グレイさんは構わないと手を振り出した。お店に来たお客さんとぶつかったとかだろうか?

 壁になっている彼の横から体を出して、店内の様子を見てみた。

 お店の内装はキレイに整理されたオモチャ箱のようだ。棚にピッシリ並ぶ銃と刃物がやって来るお客さんを迎える格好で置かれて、夕日に照らされて鈍い輝きを出していた。壁には何かの動物の剥製らしいものも掛けられている。鼻にはさっきから金属と油、それと少量の火薬の臭いが付きまとっていて、ここが武器に関わるそういうお店だと何よりも語っているようだ。

 そんなどこか物騒な臭いも感じられる店内に、OL風のスーツ姿の女性がいるのは少し違和感があった。彼女がグレイさんに謝っていた人のようだ。


「何かあったのですか、グレイさん。この人が謝っているけど」

「いや、大した事じゃない。店に入るなり、ナイフが振り回されている風景があって立ち止まっていただけだ」

「お怪我は本当にありませんよね?」

「ああ、大丈夫さ」


 心配そうに声をかけてきたスーツの女性。その手にはかなり大振りのナイフがあり、OL風の格好と比べて浮いて見える。

 ナイフを売っているお店だからお客さんがナイフを手にしているのも不思議ではないけど、彼女のような人が持っているとミスマッチに思えた。私より年上の二〇代ぐらいの女性が、スーツ姿でナイフを買い求めている様子はなるほどグレイさんも足を止めるわけだ。

 お店に入るなり突発的にイベントに巻き込まれてしまったけど、店の奥にあるカウンターからやって来た声がイベントを中断させた。低い女声にどこか眠たげなニュアンスが混ぜられて、気のせいかダルそうにも聞こえる声だ。


「人の店で雑談するのもいいけど、修理したナイフの感想を言ってくれないと困るよ」

「スイマセン。軽く振っていたら入り口に人が来てしまっていて」

「んん? ああ、レイさんか」

「帰ったよ。それとお友達も連れてきた」

「えっと……久しぶり? で良いのかな」


 グレイさんに背中を押されて、グイッと彼の前へと出された。こっちも二〇代程に見える犬人族の女性、彼女がこの世界のクララか。奇妙な確信と一緒に、不思議と納得する気持ちが湧き始めた。その一方で、口は上滑りの言葉しか出てこない。何を言ったら良いかとっさに出てこない。

 犬人族の特徴になる小柄な体格に職人風のつなぎと厚手の前掛けを着込んでいるクララは、私が見知っている彼女より大人びて生き生きとしているように見える。テリアの様な垂れた耳と尻尾は、私の姿を認めるなりピコピコと動き出した。

 『ほにゃ』と擬音が出てきそうなほどに表情を崩して、彼女は腕を広げて私を迎えてくれた。


「うん。いらっしゃい水鈴、久しぶりだね元気してた」


 その顔は私のよく知っているクララそのもので、姿が変わっても彼女だと納得させるものだった。良い意味で気が抜けた感じがしてくる。

 ああ、今までの私って気を張っていたんだ。見知った人を前にして気分が緩むのを自覚することで、反対に今までが張り詰めていたと初めて知った。クララの親しげな言葉は、私の心に風穴を開ける効果があった。目頭が熱くなってくる。

 張り詰めていた気持ちが緩んで、後はもうぐすぐすだ。


「……うん」


 それだけ答えて、腕を広げたままのクララに近寄り抱きついていた。鉄と油と火薬に、日だまりで干した布団のような柔らかい匂いがした。

 彼女とグレイさんからの言葉はなく、西に沈む太陽に照らされた室内はしばらく静かな空間となっていた。




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