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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
First Blood 邦題:ランボー
28/83

7話 a Sea Trip



 さんさんと降り注ぐ太陽の光は温かで、吹き抜ける風は肌に心地良く、水気を帯びた深緑は目にも優しい。ここは居るだけで充分なリラクゼーション効果が得られそうな場所だ。

 昔流行したマイナスイオン云々など比較にならない位の癒し効果、というものを自分は実感している。

 これで肉体が太陽光線を嫌がらなければ最高なのだが、と独り呟いて甲板からの眺めを楽しんでいた。


 甲板。自分は水鈴さんとレイモンドの話に乗る形で、アストーイアの街を目指して船旅の最中である。


「あ、見て! あそこの木にワシがいる」

「ああ、あれはミサゴだね。ワシの仲間だけど魚が主な食料なんだ」

「へぇ……あ、あっちにはバイソンの群れだ」

「ほうっ! 最近は大きな群れは見なくなったけど、居るところには居るんだな」


 すぐ近くで親子と思われる男の子と男性の二人が、舷側から河岸の様子を眺めて会話を楽しんでいる。男の子が河岸に見える動物を指差してはしゃいで、男性はそれに短くコメントを返す。その繰り返しだ。

 男の子は男性からの返答が面白いのかもっと動物を見つけてやろうという風になって、舷側の手すりから身を乗り出さん勢いだ。それを男性は注意しつつ、河に落ちないように手で押えている。人の機微には疎いが、その光景はいかにも親子である和やかな雰囲気が感じられた。


 この場面を自分と同じ様に横から見えている人物を見つけた。客室から出てきたレイモンドだ。

 手には船内販売のものらしいコーヒーが入った紙コップ。小脇にはニュース系の週刊誌を抱えたスーツ姿のリザードマンの姿だ。この世界だとそれは珍しいものではないらしく、彼は周囲から視線を浴びることはない。

 そんな彼の目が、あの親子を見て何とも言えない色合いを帯びていた。だからなのか、自分としては珍しく声をかけてみる気になってしまう。


「あの親子が気になりますか?」

「――っ! ルナちゃんか。……ああ、まあな。俺にも息子がいるから、今頃何をやっているのか気になったのさ」

「息子さん、幾つですか」

「十六だ。生意気盛りな年頃のはずだけど、俺の息子とは思えないほど大人しい奴なんだよな」


 その息子さんの事を思ってか、河岸を見やるレイモンドの目は茫洋として遠い。

 昨夜の酒場、そして今朝の話の中でおおよそ事情は既に聞いている。彼は自身の息子がこの世界に迷い込んでいると考え、少ない手がかりを元に行方を捜しているのだ。

 あの酒場のマスターは酒場の経営と並行して情報屋みたいな事を営んでいるようで、レイモンドは彼に料金を払って行方を捜して貰っている。その料金はゲアゴジャの賭け格闘技に出場して稼いでいるとか。……一度で良いからその試合を見てみたいものだ。


 ともかく今の彼の様子は、この世界に転移した可能性が大きい息子の行方を案じているのだと自分でも察せられた。

 両親を早くに亡くした自分にとって今一つ理解できない感情だけど、こうして見る限りではレイモンドは良い父親のようだ。


「早く見つかると良いですね」

「ああ、ありがとう。ところで、そっちはこれからどうする? 到着までは結構時間がかかるぞ」

「適当にブラついてます」

「分かった。俺はここでしばらく読書しているから、何か用事があったら遠慮なくな」

「ええ」


 知り合って日が浅いせいで、言葉はどうやっても社交辞令じみてくる。けれど向こうは気にした風じゃないのが救いだ。

 レイモンドは近場に設置されているベンチに腰を下ろして、コーヒーを片手に週刊誌を開いた。その動作は慣れたもので、こういった船旅を何回かしているのが窺える。

 彼が手にしている週刊誌の表紙には、何処か都会の街並みが炎上している写真が載っている。船内で最初にそれを発見した時、ジアトーの事が載っていると思ったがそれは違っていた。


 表紙の写真で炎上しているのは、デナリ首長国の首都だ。突如として侵攻してきた帝国軍による空爆と戦車の侵攻により首都は一気に混乱、首長国の軍は押っ取り刀で出動するも市民に多数の犠牲者が出ているらしい。

 先にあの週刊誌を流し読みした限りでは、魔獣と思われる怪物騒ぎもあって首長国のあっちこっちで混乱は起きている最中らしい。こうして雑誌が発刊できたのが冗談みたいな状況がこの国の現状だ。先程の親子以外では見かける乗客達の数は少なく、その表情に明るさは認められない。

 この分ではジアトーが帝国の侵攻を受けていると知れるには時間がかかりそうだ。すでに遠くに離れた街を冷めた気持ちでそう思い、レイモンドから離れて船の下へと足を向けた。


 アストーイアまでは確かに時間がかかる気配だ。予定では向こうに着くのは夕方ぐらい。まだ高いところにある太陽を一瞥して、こみ上げる嫌悪感を飲み込んだ。日中に感じる体の重みはダルさに似て、夜に比べてままならない体の特性に少しばかり苛立つ。

 乗客用の甲板から階段を下りて、船に収容したジープの様子を見ようと車両甲板へと移動するとした。


 車を収容可能な貨客船と聞けば、カーフェリーを思い浮かべる人がほとんどだろう。けれどゲアゴジャとアストーイアを結ぶこの定期船の大きさはフェリーというほど大きくなく、水上バスという方が適切だ。

 河での運用を想定した喫水線の浅い船で、一番下の甲板を車両用の甲板にして、乗客はその上の客室に入って貰う構造になっている。フェリーとは違って、船体内部に収容スペースがあるわけではなく、むき出しの部分が多くトップヘビーなのがこの船の特徴か。

 露天スペースが多いため、車両甲板にも風は吹き抜けている。収容されている車両の殆どはアストーイアに向けた物資を積んだトラックがほとんどで、個人の乗用車は自分達のジープぐらいだ。


 ゲアゴジャとアストーイアを結ぶ定期船は、朝と昼過ぎの一日二便出ている。朝方にアストーイア行きを決めた自分達はすぐに出立の用意を整えて、昼過ぎの便で件の街へ向かっていた。

 元より自分は取り立てて目的地は無い。それに自分の生存を第一目的にしているため、騒乱の少ない静かな街なら願ったりだった。そこに腰を据えて新しい世界での新生活作りをじっくりと考えていくのも良いだろう。


 それにしても、水鈴さんとレイモンドから話を聞く限りだけど、一ヶ月かそこらで異世界に根を張ってしまったクララさんという人は凄い人物だ。すでに自前の店を構えて職人として生活している辺りが尋常ではない。どれだけのバイタリティがあればそんな真似を可能とするのか見当もつかない。

 まだ会ってもいない相手に感心と驚愕が混じった所感を持ちつつ、ジープに歩いていくと先客が居る事に気付いた。


「あ、ルナ。ちょっと借りているけど、大丈夫よね?」


 ジープの運転席に座った水鈴さんが、手に持った冊子を示しつつハンドルを握っていた。

 エンジンはかかっていないし、サイドブレーキもかけている。取り立てて問題になる行為ではないので首肯の頷きで答えとした。

 自分の返答を見た彼女も頷きで応え、冊子のページをめくる。あれはダッシュボードに入っていたジープの操作マニュアルらしい。絵と簡潔な説明でジープの取り扱いが分かりやすく書かれている内容だ。

 こちらの視線が何か問いたげだったと思ったのか、水鈴さんは何も言っていないのに何をしているか答えてくれた。


「今の内にこういう車の操作に慣れておこうと思って。私って運転免許は持っているけどオートマ限定だったし、乗ったことがあるのは教習者と家の軽自動車ぐらいなの」

「それで昨日、運転を代わろうかと良く言えたものだな」

「ごめんなさい、その場の勢いでした」


 最初から居たのか、ジープのボンネットの上に丸まっていた黒猫ジン。彼の皮肉げな言葉に水鈴さんは尻尾を垂らして軽く落ち込んだ様子になった。


「でもね、私も何か役に立てる事をしたい。……何かしていないと潰れそうだし」


 何に潰されるのかは彼女は言わない。ポツリとした声は騒音の多いはずの船内なのに良く聞こえた。

 そう言えば彼女は親友を一連の暴動で喪っていた。濃厚な時間密度で時間感覚が麻痺しているが、まだ日数も経っていない。ふとした事から思い出してしまうのだろうと推測できる。

 ジアトーを脱出してから今まで、割合に活発な印象になった水鈴さんだったが、こうして表情に昏い影が落ちている様子を見ると強がりだったのかもしれない。

 以上、ここまでの所感はどこまでいっても自分だけの憶測に過ぎない。それでもって事情も良く知らずに彼女に半端な優しさを見せるのは一種の侮辱だ。だから自分は話を聞く姿勢のまま、沈黙を保って静かにしていた。


 風通しの良い車両甲板で聞こえるのは、船が水面を切る音と船の機関音に風の音。後は乗客の声。割合に雑多で音量も大きいはずなのに妙に静かに感じた。

 沈黙時間一〇秒。下がっていた顔を上げた時には、もう彼女の沈んだ表情はなかった。


「まあ、そんな訳でこのジープを私も運転出来るようになっておこうと思ったの。でも、ギアチェンジってかなり面倒臭いものなんだね」

「今の君の腕では、実際に走らせるとエンストの連発だろうな」

「あぁ、やっぱり」


 がちゃがちゃと不慣れな手付きでシフトレバーを動かす水鈴さんの様子は、マニュアル車運転の前途に多難がありそうだった。

 取りあえずジープの様子は見られたので移動を再開しよう。うっかりジープを壊してしまいそうだが、ジンが見張ってくれれば問題はなさそうだ。

 話をする二人に一声だけかけて車両甲板から上へ、今度は船の上を目指して足を動かしていった。

 水鈴さんの感情の問題は彼女自身が解決する事で、外野からあれこれ言うものではない。自分のような他人の感情に疎い人間は特にだ。

 少し逃げたような気分になるが、彼女に対して何が出来るか分からなかった。自分は自分の出来ない事は口にしたくない。



 ◆



 船内の狭い階段を上へと昇り続けて、一番上の甲板へ。

 レイモンドの居る客室甲板よりも上にあるせいか、吹きつける風が一層強く感じる。乗客に周囲の景色を楽しんで貰うための展望用の甲板だ。三百六十度遮るものはなく、ベンチすら無い。その上、ここまで来るのに急角度の階段を上る苦労があるせいで人気は薄い。

 自分以外でこの甲板に居るのは、手すりに体を預けて風景を眺めている見覚えのある巨躯の青年一人だけ。またも先客だ。

 こちらが近付いて来たのを感じたのだろう。巨体がくるりと回され、ヘイゼルカラーの目が自分を捉えた。


「あ、ルナさん。どもっす」

「邪魔した?」

「いえいえ、全然。どうぞどうぞ」


 展望用の甲板は他の甲板より狭いが、それでも場所を譲り合わないといけないほど狭くはない。なのにマサヨシ君はわざわざ自身の体をどけて、場所を空ける。つまり、ここに来てくれという意思表示だろうか。

 取り立てて断る理由がないので、空けてくれたところに陣取り彼と並んで景色を見る格好になる。


 日本では見ることの出来ない大河の流れがまず目に入った。日本の川を見慣れていると、湖ではないのかと疑うぐらいに広い川幅だ。その両岸には緑豊かな森林と草原が広がり、この位置からでも動物たちの営みを目に出来る。植生や息づいている動物の種類は日本のものとは異なるが、自然豊かなのは良く分かる光景だった。

 自分達が通った乾燥した荒野に、広大な草原、森林とこの大地は本当に変化に富んでいる。ハンターとしての視点で語るなら、住み着いて狩猟生活を営んでみるのも良いように思えるぐらいに魅力ある土地だった。


 このまま呆けるように風景を眺めていく。船の移動で風景は緩やかに流れていき、頬に当たる風は照りつける太陽の熱線を和らげて心地がよい。髪は風に煽られて、首筋を撫でる感覚に新鮮を感じて目を細める。

 目的地に到着するまでここに居てもいい気がしてきた。でも、その前に隣でこちらを窺う視線をチラチラ投げかけるマサヨシ君を何とかしないと。

 いくら自分が人の機微に鈍くても、こうも彼の態度が露骨だと何か言いたい事があるのだろうと知れる。気になって景色を眺める気分ではなくなってくる。


「それで、マサヨシ君。何か言いたい事でもありそうだけど?」

「えっ!? ああ、はい。あるけど……ええっと……」


 いきなりこちらから言葉をかけたのが不意打ちになったのか、マサヨシ君は目を白黒させて考えを頭の中でまとめている風だ。

 鎧を脱いで威圧感は減じているが、二M近い身長の大男が頭に手を当てて首をひねっている姿は少し可笑しく見えてしまう。

 そう言えばマサヨシ君の元々の年齢は十七、青春を謳歌している高校生の精神が目の前の巨躯の中身なのだった。だから仕草に見える若干の幼さ、若さには納得できる。できるが、やはり違和感は覚えた。

 ややあって言葉をまとめたのか、彼はこちらを真っ直ぐに見下ろしてきた。


「その……向こうに着いたらオレ達はお別れっすか?」

「向こうの安全の度合いによるけど、そうなる」


 何を聞いてくるかと思えば、この一行の解散について確認がしたかったらしい。自分からの答えは迷うようなものではないので即答した。

 すると目に見えて落ち込んだような顔をするマサヨシ君。幅広な肩も落として、まさしくガックリといった風情になった。


「元々私達の行動指針は安全地帯への避難。安全が確保できる場所に着いたら解散なのは不思議ではないと思うけど」

「……そっすね。何か、このままみんなで行動するもんだとか勝手に思ってた。水鈴はクララさんって人の所に行くだろうし、レイモンドのオッサンは息子さんが居るっていうし、考えてみりゃ当たり前か」

「君と私でも同行の期限は安全地帯までだ。でもいきなり放り出すのも無責任だし、向こうで腰を落ち着かせるまでは同行しよう」

「……うっす」


 どんどん言葉に力がなくなっていく彼に、自分は割と酷いことを言っていると自覚してはいる。異世界に転移して、オロオロしている彼を突き放そうとしているのだから。

 だけど、もういい加減に自分の限界が近い。自分の精神は基本的に他人を許容できるようにはなっていない。これまでは非常時だったから耐えられたが、生活が安定していく中では難しいだろう。きっとお互い嫌な思いをしてしまう。

 だから出来るだけ早期にこの一行から離れようと思っていた。それがマサヨシ君にはショックな話だったのだろう。


客室キャビンに戻っている」

「了解、っす」


 落ち込んだ様子の彼から離れて、客室へ足を向けた。目に見えて落ち込むマサヨシ君にかける言葉は持っていない。

 慰めも、気の利いた言葉も、自分の芸当では成しえない。だから距離をとることがこちらの出来る唯一の方法だった。

 甲板から下りる途中で振り向き彼の背中を見やったが、こちらに気付いた様子はない。その巨躯に見合った広大であるはずの背中は、気のせいかさっきより小さく見えた。


 目的地の港町まで後数時間。広大な河を往く定期船の航海はまだ続く。



 ◆◆



 クララは自身の工房の中で三日かけた仕事の仕上げに入っていた。

 先日、愛用の得物をボロボロにしてしまったという客が修理を依頼してきたのだ。幸いにして修理が可能なレベルの損傷だったのでクララは仕事を受け、この三日間はこの仕事に集中している。

 工房の中で彼女は一人。手の中にある一本のナイフと向き合い、作業に集中していた。


 持ち込まれた当初このナイフの状態は酷かった。あちこちで刃が欠けて、どういう訳か一部に酸らしきもので腐食された痕跡があり、切れ味云々の前に壊れなかったのが不思議なほどだった。

 基本的に仕事中は職人気質なクララは、依頼人にあれこれと事情を尋ねるような事はしない。だけど流石にこれは聞いて置きたかった。一体何をすればこんな風になってしまうのかと。依頼人はあっさり答えてくれた。街の近くにやって来た化け物と戦闘したらこうなったのだと。

 化け物――こちらの世界ではまだ明確に『魔獣』という単語は出来ていない――ゲーム中は単なるエネミーモブだった存在は、ここでは明確な脅威となりだしていた。その事から魔獣というのも自分達と同じく、元からこの世界に居るはずのないものだと彼女は思うようになった。

 漠然とだが、クララはこの転移現象の裏で何かが蠢いているのを感じていた。


 “とは言っても、日々の糧は必要なのでありました。あーあ、世知辛いわねぇ。でも職人業は好きだし楽しいし”


 頭の中で考え事をしていても手は的確に作業をこなしていき、依頼されたナイフの修復と改良は進んでいく。

 もうほとんどの工程は終わり、今はグリップを取り付けている段階になる。グリップ素材で刃物をサンドするフルタングタイプなので、割合に手早く作業は済んでしまう。

 品質チェックもあるが、今日中には依頼人に渡せそうだ。

 この仕事で入る収入は結構美味しく、それで工房の設備を充実させようかとクララは考えていた。

 クララ――本名、加持クララ。日独ハーフの二十歳になる彼女は、年頃の女性とは少しズレているようで、オシャレよりも鋼と炎に若い情熱を費やす人物だった。


 一通り工程を終えて一息を入れるため、工房に持ち込んだコーヒーメーカーからカップに琥珀色の液体を注いだ。コーヒーブレイクだ。

 やや酸味が強いコーヒーは、長時間作業していた疲労感をゆっくりと揉みほぐしてくれるようで、クララには心地よい。まさに人心地ついた気分だった。

 作業用の椅子からこれまた工房に持ち込んだソファーに深く座って、もう一口。自覚していなかった疲労感が浮上してきて、コーヒーを飲んでいるのに眠くなってくる。

 睡魔の誘惑にクララが負けようとした時、脳内に他人の声が響いた。


『クララ、俺だが今は大丈夫か?』


 無線機を通したようにざらついた音声ではあるが、相手が誰か区別できるほどに感度は良好だ。


『――おかえりレイさん。ちょうど作業が一段落したところ。グッドタイミング』

『そうなのか。いや、お前に折り入って話が出来てしまって、こうやって事前に連絡を入れてみたんだ』

『話? 何かな』


 念会話の相手はレイモンド。彼がこの街アストーイアで暮らす際に手筈を色々と整えてあげて、代わりに都市部の様子を報告してもらっている関係だ。

 ここのところの彼は週末になるとゲアゴジャに出向いて賭け格闘試合に出場して、お金を稼いでいる。試合の様子はラジオでこっちにも届いているため、彼が試合で勝ったのは知っている。では、折り入った話とは?


『どこかの女の子に引っかかったりとか? 美人局に遭ってヘルプとか?』

『違う。第一俺には妻も子供もいるし、家庭に不満はない』

『おー、奥さん愛されている』

『何を当たり前の事を。俺の嫁は世界一だ』

『うん、そこまで言えるレイさんに痺れる憧れる』

『……話が逸れているから戻すぞ』

『おぉ? 照れてる?』

『戻すぞ』


 少しばかり弄ったのが悪かったのか、念会話の声なき声に不機嫌さの成分が混ざったレイモンドの報告は、確かに折り入ったものだった。

 手に持ったコーヒーが冷めた時に報告は終わる。濃い内容に聞き入っていたクララは、飲み忘れて冷めてしまったコーヒーを少し恨めしく思う。


『水鈴が一緒なんだ。それと銀月同盟のメンバーに、『孤月のルナ』と。何がどうなったらこの面子が揃うのかな』

『ジアトーの壊滅と帝国軍の侵攻のせいだろうな。ところで『孤月』ってなんだ? あの嬢ちゃん、山田みたいな二つ名を持っているのか』

『レイさんはこういった話には疎いと思うけど、タダでさえ珍しい月詠人でソロプレイしているから周りが言い出した結果よ。山田とは違うわ。あっちは自称』

『OK理解した。もうすぐ港に着くからそちらに直で行ったらいいか?』

『そうだね、こちらは大丈夫。一度ホテルを確保してからが良いと思うよ』

『そうだな、そうしよう。じゃあ宿をとってからそっちに行く』

『うんうん。じゃあ、待っている』


 繋げられた念会話の糸が音もなく切れて通話が終わった。終わった後のクララの表情は期待によって色取られた喜色。明日の遠足を楽しみにする子供のような笑顔だった。

 友人の水鈴、交流があった銀月同盟のメンバー、あの『孤月』。その三人がここアストーイアにやって来る。レイモンドはいきなり人を連れてきた事に弱冠の申し訳なさをニュアンスとして言っていたけど、全く気にならない。むしろグッジョブと言って、あのウロコの胸板に飛び込みたい位だ。軽快なフットワークで避けられるだろうが。


 職人としてこの街に根を張りだしたクララだったが、彼女は同時にプレイヤーの基本、冒険者でもあった。

 新しい変化には常に胸躍るものを感じている。危険を感じて早々に街へ引っ込んでも好奇心までは引っ込まない。


「さぁて、じゃあお仕事再開。すぐに終わらせよう」


 長いコーヒーブレイクをとったクララは、気分も一新して作業台へと向かった。




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