17話 砲撃
オレが目を覚ました時にはすでに心配事が解決していた。どうにも、置いてけぼりを喰らった気分になってしまう。
「じゃあ水鈴さん、あたしは一足先に行くけど、本当に大丈夫よね?」
「うん、心配かけてすみません。まだ気持ちの整理がついてない所も多いけど、もう迷惑はかけられないし大丈夫」
「分かったわ。その言葉、信じる」
空に太陽が高く昇り始める時分になった拠点の一階。エントランスで雪と水鈴の二人が向かい合い、一時の別れの言葉ってやつを交している。
ルナさんはライフルを手に、エントランスからほど近い玄関先の物陰で外の様子を見張っている。時々耳に手をやっているのは、念会話で屋上の監視役についているジンとやり取りをしているからだ。
オレは一応雪と水鈴の護衛となっているが、実際は手持ちぶさただ。
「雪さん、周辺の安全は確認した。けれど、向こうの拠点までの安全は保証できない」
「分かっているわ。そのための偵察なんだから」
「気をつけて」
「ええ、行ってくる」
ルナさんと水鈴の言葉を受けた雪は、ネコみたいなしなやかな動きで外に飛び出していき、あっという間に廃墟の街並みに消える。
雪はオレ達が幻獣楽団に合流するための先触れ役を買って出てくれた。彼女は一足先にチームに帰り、その道のりで危険と思われる要素を発見、可能なら取り除くという役目を持っている。その後でオレ達が彼女のナビゲートを受けてジープに乗って合流、機会を待ってチームの人達と一緒に街を脱出というのが流れとなっている。
随分回りくどいけど、この場合は慎重と言うんだろうか。ジープに乗って移動するのも、複数人で移動するのも目立ってしまう。偵察する人を出して、道の安全確認をするのは必要な作業だ。
「じゃあ、私達は荷物を纏めようか」
ライフルを肩に担ぎ、玄関先から戻って来たルナさんが開口一番に出発準備を口にした。
「うっす。拠点から回収したアイテムとかをバッグに詰めればいいんですよね。あ、水鈴は何か欲しいアイテムとかあるか?」
「う、ううん。特にないから……いいよ」
「そっか」
水鈴に話を向けるとちゃんと返事は返ってくるが、表情は硬い。オレが男だからか、ガタイが良すぎるのか、その両方なのか。彼女とまともなコミュニケーションが取れないでいた。
はね飛ばされた件は、彼女が謝ってきたし、オレも大した気にしていない。けど、本人が言うには男性とのやりとりが分からないのだとか。
良くそんなので『エバーエーアデ』をプレイしていたものだ。それともゲームだったから平気だったのか。ともあれ、最初の時みたく引き籠もりじゃない分だけ大きな進歩だ。
オレがタカの部屋で目を覚ました時、雪が少し騒がしくしていた。何かと思えば、水鈴が調子を取り戻してオレ達にお礼と謝罪を言っているのだ。
彼女は迷惑をかけた事をえらく気にして、朝食の場で頭を下げ通しでジンの奴にも魔法をかけたことを謝っていた。アイツは渋い顔をしていたが、主人のルナさんが「怒らないでやって欲しい」と言ったから怒りは飲み込んだ様子だ。何気に大変だな使い魔も。
心配の種になっていた外の暴徒連中は、今朝方になって路上から姿を消していた。もとから粘り強さとは無縁そうな連中だったし、仲間の仇をとろうという意識も薄いのか周辺から火事場泥棒をして満足してしまったようだ。後には彼らがポイ捨てしたゴミが散乱している。
オレとしては消化不良な顛末だったけど、考えてみればドンパチなんてできない。ルナさん的に見ればこれがベストなのだろう。オレもそう思うことにした。
部屋に戻ったオレ達はさっそく荷物をまとめて引き払う準備を始めた。準備と言っても荷物は元々多くないし、せいぜいが動きやすく服装を整える位だろうか。
オレは部屋の隅に置いた全身甲冑に手を置いて、着たいと念じる。すぐに反応が起こり、鎧がバラけて体を包み込む。三回目の着用だけど随分慣れてきており、大した重さを感じることもなく服を着る感覚と変わりない。後は鎧の上から背嚢型のバッグを背負い込めば準備は終了。バッグの中身は食料や水、予備の武器に換金できそうなアイテムとなっている。
ゲームの時とは違い、お金の心配、飲み食いの心配、住み処の心配と気を配ることが多くてウンザリしてしまう。
あらかたの準備はすぐに終わったからか、他の二人の様子はどうなっているのか気になり、部屋の中心に目を向けた。
「術符は……よし。閃光弾……よし。勾玉も……問題ないか。バックアップも……問題なし。呪符刀も大丈夫ね。お金も食料も大丈夫、と」
オレの部屋の真ん中。そこで床に正座で座っている水鈴が、巾着型バッグの中身を指差し確認している。すぐ隣にはルナさんも座って、バッグの中身を整理している。こちらは声に出していないが、時折バッグから手榴弾やら銃器などを外に出しては頷いている。
こうして見ると、火薬と鋼の装備が多いルナさんとお札や石といった装備が多い水鈴の構図はかなりミスマッチだ。それに、今まで考える余裕は欠片もなかったが二人ともかなりの美少女である。
黒が映える無口クールなルナさんに、銀髪巫女な狐耳少女の水鈴。ベクトルは異なるが、キレイ、可愛いという点では異論はない。対してオレは、武田正義だった時に女っ気が少なかったせいで、目の前の女子との付き合い方がまるで分からない。この先やっていけるのか果てしなく不安である。
「どうしたのマサヨシ君。ぼうっとしているようだけど」
「へ? あ。いやいや、何でもないですよ。ちょっと考え事を」
「そう」
「そっす。ハハハ」
誤魔化しで笑ってみせたが、言い逃れとしてはかなり苦しい。深く追求してこないルナさんの態度はこの場合非常にありがたい。まさか二人に見とれていましたなどと、馬鹿正直に言えるわけがないのだ。
気を取り直して装備を確認していこう。盾とセットになっている戦斧に、長柄のバルディッシュ。街を脱出するまでは街中の戦いが予想されるから取り回しの良い戦斧がメインになるだろう。
手に取れば、確かな手応えが返ってくる鉄塊の得物。これがオレの命綱だ。そう思えば、手入れの大切さを口にしたルナさんの考えが少し分かる。
それほどの時間をかけることなくオレ達全員が出立の準備を終えた。ぱっと見は軽装で大荷物を持っているようには見えないが、質量を無視できるバッグのお陰で非常識な荷物量を持ち運べるようになっている。
「バッグって何気に凄いっすね。未来から来たネコ型ロボットのポケットの偉大さが分かる気がする」
「確かに。あの青タヌキのポケットほど非常識な容量はもっていないけど、人一人が持つには重すぎる重量がここに収まっていると考えれば、凄い話だ」
「ゲームだとシステムだって割り切っていたけど、こうして現実になってみるとホイポ○カプセル並に凄い発明品に見えるわ」
「地球でこれが製品化されたら、その会社大儲け確実だろうな」
こうやって軽口を言い合えるぐらいには雰囲気がリラックスしている。
やっぱり水鈴はオレと距離をとっている風だけど、嫌っている訳ではないと分かる。やっぱり、オレの見た目が厳ついのが悪いのだろう。この時ばかりはゴリマッチョに憧れた過去の自分自身を恨んでしまう。
でも、厳しい現実の中でも軽口が言えるほどになるのは気持ちの上では大切な事なんじゃないかな、と思ったりした。
「じゃあ、後は雪の連絡を待って出発――」
オレがここまで言いかけた所で、窓の外から衝撃が襲ってきた。
近くに雷が落ちたようなの音の洪水、窓のカーテンを吹き飛ばす勢いの豪風、僅かに残っていた窓ガラスがオレの鎧に当たって砕ける。
ここまで一秒とない出来事だ。一瞬何が起こったのか分からなくなり、一瞬で背後の窓から吹きつける爆風に体を押され、一瞬で前のめりに倒れて意識が途切れてしまった。
◆
意識が落ちていたのはそう長い時間じゃなかったと思う。時間にして数秒、けれど復帰した意識には数時間のようにも感じられた時間だ。
爆風で舞い上がったチリやホコリで息が苦しくなって、意識がすぐに戻って来たのだ。そう、オレの体をなぎ倒したのは爆風に間違いない。何かがすぐ近くで爆発したのだ。
「う……ぐむぅ」
「マサヨシ君、無事だね。どこか痛むところは?」
「あ、大丈夫っす。大丈――」
とても近くから聞こえるルナさんの声に答えながら目を開けた。すんごく至近距離、息がかかる位の近さに彼女の顔があった。
至近の距離で見詰めてくる金色の瞳は大きくキレイで、特大の宝石だ。黒髪がフレームになった顔もバランス良く、端正。鼻に入る薫りは最初に会った時と変わらない夜気のもの。総じて、美術品を間近で見詰めているオレがいた。
「ぶー……」
「……」
思考停止しそうになる頭を必死に再起動させて、今の状態を考える。すごく近くにルナさんの顔がある。何故? ――オレが倒れた時に押し倒してしまったから。オレの手はどこにある? ――ルナさんの慎ましやかな胸の上。篭手をしていても伝わる感触は、柔らかくて手の中にスッポリと収まるサイズである。
結論。これってどんなラッキースケベ? いや、いやいやいや、謝れよオレ!
「スンマセン! す、すぐどきます」
「そう。でも、フィクションでしかお目にかかれない状況だったから、少し新鮮だ」
「わ、わざとじゃないっすよ」
「うん。理解している。――水鈴さんも無事?」
「あ、うん。大丈夫だけど」
大慌てでルナさんの上から体をどけるオレに対して、彼女はどこまでも冷静である。隣に倒れた水鈴に声をかけつつ起き上がり、手を貸している。
オレはやっぱり異性と思われていないらしい。その事にショックを感じるけれど、現実はオレに考え事をする時間を与えてくれない。ルナさんは窓の外、ベランダに出て周りの様子を慎重な様子で観察し始めた。
彼女に続いてベランダに出てみると、爆発の原因が一目で分かった。
「向かいの建物が、抉れてる」
「ああ」
通りを挟んで向かいに建っていたのは、レンガ造りの雑居ビルらしい建物だった。あの混乱で中の人は逃げ出したらしく、人の居る感じはしなかった建物だったが、今その壁に大きな穴が開いてビルの中身が丸見えになっている。被害があるのは壁に限らず、床、内装、外装全てだ。まるで巨人の手で無造作に抉った結果に見える。
目の前に現れた異変にオレがぼんやりとしていると、また別の場所で爆発が起こる。今度は遠い。ここからだとどこが爆発したか見えない。
「またどっかの馬鹿が魔法でも使ったのか」
「違う。爆発の前にかすかに発砲音、その後に滑空音。これは砲撃だ」
「ほうげき?」
ルナさんの言葉を脳内で変換するのに少し時間が必要だ。法劇、方撃、砲撃! つまりこれは大砲を撃っていると言いたいのか、彼女は。
遠くに立ち昇りだした煙を睨むルナさん。まるで獲物を睨む猛獣のようだ。ふいに彼女は何かに気付き、耳に手を当てた。念会話か?
「ジン、応答して。ジン――ああ、無事か」
屋上のジンが相手のようだ。どうやらアイツも無事らしい。何となく気にくわない奴だが、死んで欲しいとは思わないので無事なら無事で良い事だ。
「ジン、マサヨシ君と水鈴さんにも念会話が聞こえるように出来る? そう、お願い。それで砲撃位置は特定可能?」
『ああ、随分と目立つところに大砲があったから見つけやすかった。街の東の郊外、湖近くの鉄道線路上。そこからでも見える位置だ』
「分かった、降りてきて。合流しよう」
『了解した』
大砲という物騒な単語が出てきたからか、部屋の中にいる水鈴は不安な表情で顔を強張らせている。きっとオレも同じ顔をしていることだろう。
ルナさんはジンの話を聞いて、腰のバッグからスコープを取り出して街の外を観察しだした。強張っているが、その顔は何かに挑むような表情をしている。
この街、ジアトーは西に湾、東に湖と水に挟まれていて、その向こうに山脈が見えるといった地形をしている。ジンの言う東の郊外は、湖の向こう側を指している。
「あれか……なんて前時代的な」
「大砲、見つかったんすか?」
「うん。見る?」
渡されたスコープを覗き込み、湖の向こう側を視界に入れる。こうしている間も街のあちこちで爆発が起こり、こっちに来た初日のように街が騒がしくなりだしている。
「湖に沿って鉄道の線路があるのが分かる? それを辿っていくといい」
「うっす」
横からのアドバイス通りにスコープを動かすと、スコープの十字の中心に何かデカイ物を捉えた。ざっと見て、一〇㎞は距離があるはずなのに黒く大きな塊としてそれがあった。
線路の上にあり、鉄道用の貨車と大きく長い大砲とを合体させたような物体だ。数は三個ほど。と、煙を噴いた。遅れて花火のような音。大砲を撃ったんだ。
その発砲から間もなく、また街中で爆発する音が聞こえる。やっぱりあれが犯人か。
「ルナさん、あれ何すか?」
あれが犯人とは分かったが、正体が分からない。さっきのルナさんの発言からすると、彼女はあれが何か分かっているようだ。
「列車砲。大口径の火砲を陸上で運用するために運用手段を鉄道に依存した兵器だ。第二次世界大戦まで世界各国で使われていて、戦後はミサイルの登場で一気に廃れて旧式兵器になる。私も実物は初めて見る」
「列車砲、すか」
「そう列車砲」
打てば響くような即答だ。しかも分かりやすい解説までつけてくれた。ルナさん、もしかしてミリオタ? 問うような顔をして彼女を見てしまったが、ルナさんは早々に室内に戻って銃を手にしている。
その様子は明らかに戦闘準備のそれだ。張り詰めた彼女の緊張感が部屋全体に伝わっている気さえする。さっきまでのリラックスした空気はもうない。また、戦いが始まろうとしているのだ。
「相手はどこのチームなんすかね。列車砲なんてドデカイ代物持っているなんて」
場の緊張を和ませるつもりでワザと明るめに言ってみせたが、それでも少し声が震える。少し視線をずらせば、水鈴の不安で固まったままになっている顔。ルナさんは変化の少ない表情をそのままに、ライフルに弾を込めて静かに口を開いた。
「私の予想が当たっていれば、砲撃してきた相手はチームじゃない」
「え? チームじゃないって、じゃあ何なんすか?」
「考えて欲しい。列車砲なんて物、ゲームの時に存在した?」
「あー……ないっすね」
彼女の言葉にオレは、ゲーム『エバーエーアデ』の内容を思い返しつつ答えた。
うん、何回思い返しても列車砲なんて兵器はゲーム中に出現していない。チーム単位で運用する武器で最大のものは戦車ぐらい、魔法の存在があるからか大砲の種類は少ないし、あんなにデカイ物は攻略本にも載っていなかった。
「大きさによるけど、列車砲の運用には千人ぐらいの人員を必要としている。チーム程度の人数だと難しい。プレイヤーのチームよりも人員が多く、巨大兵器を運用するぐらい組織だっている集団。恐らくだけど、相手は軍隊だ」
軍隊。ルナさんの口から出てきた単語をオレはすぐに飲み込めなかった。
ゲーム中で軍なんて存在はプレイヤー達を引き立てる脇役だったし、日本に住んでいて自衛隊に親戚もいないから軍と言われてもピンとこないのだ。
水鈴もそれは同じだったみたいで、不安な表情から怪訝そうな顔になっている。
オレ達のいかにも理解できていないって顔を見て取ったのか、ルナさんがもう一度口を開こうとした時、ジンから念会話がとんできた。
『主、北の方角から多数の車両が来ている。乗っている連中の服装からして帝国軍だ』
「もう少し事前砲撃を徹底すると思ったのに。……そうか、あれは威圧で本命は歩兵による侵攻。大した反撃がないって分かっているんだ」
『何人かが軍に突っかかっているが――ああ、ダメだな。蹴散らされている』
「分かった。近い?」
『大きくない街だ、すぐにでもここに来る』
「命令変更。部屋の外で警戒していて。すぐに出る」
『承知した』
ジンとのやり取りが終わるなり、何を思ったのか手にしたライフルをバッグにしまい、代わりにショットガンを取り出して弾を込め始めるルナさん。弾が銃に飲み込まれる度に小さく金属がすれる音がして、その都度緊張のかさが増していく。
「すぐにでも街を出た方がいい。水鈴さん、ライアさんに連絡とれる?」
「ええ、取れると思う。でも、向こうは大所帯だからすぐに街を出るなんて無理じゃない?」
「じゃあ、どこか安全な場所に隠れるのが穏当と進言してみるのはどう? あと、雪さんにも連絡が必要か」
「そうだね。そうだった」
弾を込め終わった銃を手に、玄関の扉を開けた。玄関先にジンが大きくなって待っている。
廊下から見える街並みに幾筋も煙が立ち昇り、初日の混乱の様に銃声が幾つも聞こえる。非常に出来が良い戦争映画を見ている錯覚に陥るけれど、これはやっぱり現実で、死がすぐ近くににじり寄っているのだ。
乾燥した空気に混じって、火薬が焼けた臭いが鼻の奥に入りこむのが分かった。ツバを飲み込む音がやけに大きい。
「脱出だ」
短く、小さく。ルナさんは宣言する。
またオレの前にやって来た地獄じみた混乱。でも前と違ってオレは独りじゃない。
「じゃ、行こうか!」
宣言に頷いたオレは自分自身を勇気づけるために、獰猛に笑ってみせた。どうかこの笑いが引きつってませんように、と何かに願いながら。