表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界の創世記  作者: 言乃葉
Once Upon a Time in the West 邦題:ウエスタン
16/83

15話 軍馬




 東の山脈から朝日が顔を出して新しい一日が始まる。この世界に来て四日目、潜伏生活では二日目に突入している。

 日数を数える事に意味はないだろうが、元の世界を考える切っ掛けにはなる。数えるのをやめた時は、元の世界を忘れたという事だ。

 ノスタルジーに浸れるほど前の世界に思い入れはないが、現代日本の平和のありがたみは懐かしくて恋しい。帰れるものなら帰りたいが、目の前にある現実に対処しなくては。


「現実逃避しても建設的、生産的じゃないよね」

「何か言いました?」

「いや、何も。……それで、車庫は地下?」

「そうみたいっす。ゲームの時は出撃の時に拠点前に停められていたけど、案内板を見る限りは地下に車があるっぽいですね」

「そう」


 口に出てしまった独り言を隣に並んでいるマサヨシ君に聞かれてしまい、気恥ずかしさから誤魔化してしまった。

 彼と二人で拠点の地下に広がっている車庫への階段を降りている。探索も二日目に入り、起床して早々に始まった探索もそろそろ二時間が経とうとしている。お腹の空き具合も考えれば、一度休憩を入れたい頃だ。


 コンクリートの壁に囲まれた階段室。そこに響く二重奏の靴音が金属製の扉の前で止った。エントランスにあった案内板が正しければ扉の向こうが地下車庫だ。

 念を入れてホルスターからモーゼルを一挺だけ抜き出す。ボルトを軽く引き、初弾の装填を目で確認する。隣ではマサヨシ君が盾を片手に、緊張した顔でノブに手をかけている。銃弾も通さない盾と甲冑で身を固めた彼なら前衛役として申し分ない。不意打ちにも対処できる。

 危険な手合いが侵入、潜伏していることだって考えられる。拠点だったとしても探索に武器は手放せない。まるっきりゲームの時のダンジョン探索そのままだ。


「開けます」

「うん」


 ノブが回り、ドアは静かに開く。マサヨシ君が警察の機動隊員のように盾を突きだして中に入っていき、自分はその後ろに続いていく。

 地下だけあって中は日の差し込まない暗闇が広がっている。空間の広さもあってまるで深い洞窟に居るような錯覚を覚える。今の身体の特性から夜目は利き、車庫もそれなりに見渡せるがマサヨシ君のために明かりは欲しい。

 手近な壁にあったスイッチを操作すると、天井から吊された幾つもの白熱電球に明かりが灯った。


「ここも派手にやられているか」


 マサヨシ君のため息まじりの言葉に、自分も肩を落とすしかない。明かりの下に照らされた幾つもの車両は、無残なスクラップになっていた。

 壊された車から出た油や金属の臭いが鼻を突く。実家の近所にあったスクラップの処分場が思い浮かんだ。ここはそれよりも何倍も濃い油臭、金属臭が立ちこめている。

 不審な影が無いことを確認して銃をしまうと、車庫の中に転がるスクラップを検分していく。


 破壊されている大小様々な車両は、ゲームにおけるプレイヤー達の足だったものだ。

 広大なフィールドが設定されていた『エバーエーアデ』では、目的地までの移動手段として小はバイク、大はビッグリグと呼ばれる大型トラックまでと色々な種類の車両があって、カスタマイズも出来るのがゲームのウリの一つだった。

 『ルナ・ルクス』の持っていた車両は旧い軍用のバイクで、今は拠点の隅に置かれている。拠点に車両があるなら、ここにも置かれているはずだと踏んで探してみたが結果は芳しくない。


 街を脱出するなら足の調達は必要不可欠だ。周囲は荒野で、近くの街まで歩くとしてもかなりの時間を消費してしまう。体力の消耗、追っ手の可能性を考えれば徒歩での移動は好ましくない。

 ここでマサヨシ君の脱出用の車両を見繕うはずだったが、都合良く事が運ばないのが世の常というものだった。

 軒並み破壊されてスクラップになっている車両は、かつてこの拠点のプレイヤー達が使っていたものだった。今は主人と同じ様に無残な残骸を車庫に晒している。

 僻地に出向くプレイヤーらしく、車の種類は走破性能の高い小型車両が中心だったが、中には古いタイプのボンネットトラックや装輪装甲車も見受けられる。破壊される前は多数の車両が整然と並ぶさぞかし壮観な眺めがあっただろう。それが少し悔やまれる。


「無茶苦茶っすね。ストリート○ァイターのボーナス面じゃあるまいに、車壊しても何の得にもならないのに何考えてんだろ」

「破壊衝動を思う存分満たせるからかな。いや、意味なんて始めから存在しないのかも」

「所詮は他人の頭の中ですか。確かに意味不明っす」

「全くだ」


 マサヨシ君と並んで車庫の中を歩き、少しでも使える車両がないか見て回る。

 銃器で蜂の巣にされているだけならまだ期待が持てたが、何をどうやったのか綺麗に車体を輪切りされたものや、プレス機にかけられたように潰れた車体、高温で焼かれたのか黒焦げになっているものまである。

 多分、プレイヤー達が自身の能力を測るために手頃な標的にしたのだと思えるが、これはあくまで好意的解釈だ。やはり他人の頭の中まで分かるものではない。


「君の車両はどこにあるか分かる?」

「いや、オレはまだ自分の車とか持ってなかったんです。いつもはチームメイトの車に便乗させてもらっていて……ああ、あれがその車みたいっす」

「焦げてるね」

「ええ、あれもダメっぽいですね」


 指した方向にあったのは、黒く焦げた塊だ。形状から推測すると元は旧ドイツ軍のキューベルワーゲンらしい。

 車庫に入ってからマサヨシ君の声のトーンが急速に落ちてきている。成果が良くない他に、このスクラップを見て何か思うところが彼にはあるのだろう。


「全滅かねぇ」


 悲壮感を誤魔化すように、ワザとおどけた声を出して肩をすくませるジェスチャーをしてみせるマサヨシ君。体格が良いお陰か妙に様になっている。

 彼の言葉通り、地下車庫にある車両全てが襲撃してきた暴徒達によって破壊されたようだ。こうなると一度自分の拠点である廃工場まで戻って、確保したバイクをあげた方が良いように思える。いずれにせよ、ここからの脱出は優先することだ。


 最後のつもりで一通り車庫の中を見渡してみると、一箇所気になる場所が視界に入った。

 白熱電球の照らす光の範囲外、暗がりにある大きな物陰に足を向けてみる。それはビックリグという通称をもったアメリカで見られる大型トラックだった。実物を見るのは初めてではないが、何回見ても巨象のように大きな車体には圧倒される。


「これもダメみたいっすね」


 マサヨシ君の言葉には諦めの響きが混じっている。

 この大型トラックもボンネットの部分が大きく潰れ、運転席は無数の弾痕で蜂の巣になっていた。タイヤもシャフト部分からもげており、まともに動かないことは確定だ。残念だけど死んだ象にありがたみはない。

 気になったのは、この大型トラックと車庫の壁との間に車一台分の空間があること。ざっと見た限りではここまで目が及ばない。

 もしかして、と思いビックリグの大きな車体を回りこみ、さらに暗くなっている物陰に目を凝らす。すると、カバーを掛けられた車らしきシルエットを発見した。


「マサヨシ君、あれは無傷のように見える」

「え? 暗くて見えないんですけど」

「あ、すまない」


 マサヨシ君の視界を照らすべく閃光呪紋を脳裏に描き、光量を抑えて持続時間を延ばし発動させた。

 自分のイメージと設定された式に従い形になり、突き出した指先に超常の光球が生まれる。臨時の照明としてはオーソドックスな魔法だ。

 熱のない光で照らされる暗闇。改めてそのシルエットを観察してみると、カバーが被せられた車高は低く妙に平べったい。オープントップの車種だろうか。


「誰の車か分かる?」

「えっと、このビックリグがリーダーのサイトーさんのだったから、多分コレもかな」

「二台持っていたんだ」

「オレがチームに入る前、サイトーさんの持ち車が変わったらしくて二代目なんですよ。初代も売らずに保管しているって話を聞いてたから、多分コイツの事じゃないかな」

「なるほど」


 魔法の光に照らされた車体に近付き、カバーを取り払った。

 オリーブドラブのカバーの下から出てきた車は、カバーと同じオリーブドラブの色をした軍馬だった。


「ジープか。それも軍用モデルの」

「サイトーさんらしいな。あの人趣味がマッチョな方向だったし」


 よく小型四輪駆動車をジープと呼ぶ人がいるが、その呼び方は履帯をキャタピラと商標で呼ぶのと同じだ。そして目の前にある車両は本家本元のジープである。

 角張った車体に手を伸ばして、状態を確かめる。車体が平たかったのは倒立式のフロントが畳まれていたからで、異常はなくガラスにはヒビも入っていない。タイヤも車体後部に付いている予備を含めて無事。ボンネットを開いて中を見ても異常な箇所はなかった。付属の幌もあるし、中古車店に展示されるなら美品として扱われるだろう。

 振り返って、マサヨシ君を見てみる。兜のない彼の素顔は、線が太いながらも愛嬌を感じさせる憎めない顔立ちだ。


「……」

「何すか、オレを見て。何か異常とかあったんすか」

「いや、ここまで運が良いとジンの言うように何か取り憑いているんじゃないかと思って」

「ひどっ! ルナさんまでアイツと同じことを言い出した。それとも本当にオレには何か憑いているとかか!? うおっー」


 余程ショックだったのか、頭を抱えてジタバタしだしたマサヨシ君。この後朝食の予定があるので、放置して進行を進めておく。

 音が外に漏れる心配は少ないので左ハンドルの運転席に座り、エンジンに火を入れる。点火方式は後期型に見られるキーを回す方法で、鍵も付いているのでそのまま点火。二回キーを回したところでエンジンが目を覚ました。なかなかに調子が良い。

 低く唸るエンジンに気分を良くしつつ、ギアをローに入れて微速前進。とりあえずは乗り降りと整備がしやすい場所に出すとしよう。


「マサヨシ君、どいて。出すから」

「うぉぉぉ……って、もうエンジンかけてるし」

「出すから」

「あっ、あ~、はいはい。どきますどきます」


 オカルト話がそんなにショックだったのか、声をかけるまで物思いに沈んでいたらしい。

 マサヨシ君が空けてくれたスペースを通って、ゆったりとジープを進める。身体が変わったせいで操縦感覚も変わり少し戸惑う。慣れるまであまりスピードを出せないかも知れない。

 階段室近くの位置で車を停めてエンジンを切る。他に車を使う人がいないから迷惑になることはないな。


 上首尾過ぎるのが気になるが、これで脱出の足を調達できた。徒歩で脱出という最悪の事態は回避できたのでほっとできる。

 ジープを降りたところで、走ってきたマサヨシ君が追いついた。なにも走る必要はないのに。そう思うが、彼の様子がどことなく大型犬を彷彿とさせてこれまた愛嬌があるので何も言わない。


「お待たせしましたっ!」

「別に待ってはいないからいい。これで脱出用の手立ては確保した。後は……」

「水鈴の事っすね」

「そう。残る心配事はそれだ」


 残る懸念材料のことを考え、ため息未満の息を軽く吐いた。

 目覚めるなり悲鳴を上げてマサヨシ君を弾き飛ばした妖狐族の少女は、その尋常ではない体験のせいかこの世界全てを恐れるようになっていた。

 幸いなことに、潜伏用にと張った遮音結界が悲鳴を封じ込め、マサヨシ君は頑丈な肉体のお陰で無傷だった。だが、目覚めた水鈴さんの様子では脱出するのは難しいという新しい問題が出てきてしまったのだ。

 彼女を無理矢理引っ張っていく方法や、魔法などで眠らせて運ぶ方法も思いつく。でも、どちらの方法も確実性に欠けるし暴徒に発見されやすい。一度発見されれば、応戦しつつ逃げるか全力で逃げるかする必要があるが、荷物になった水鈴さんを抱えては難しい。

 最良なのは水鈴さんも協力して一緒になって脱出することだが、今の彼女にそれを求めるのは酷な話なのだろう。


 考えが深みに入り始めていたら、横合いのマサヨシ君から例えようのない音がした。内臓が収縮し、胃腸が動く音。要するにお腹の虫が鳴っている。

 あまりにも見事な鳴り方なので、思わず彼の甲冑に覆われたお腹を凝視してしまう。身体が大きいと燃費が悪いと聞くけど、比例してお腹の音も大きくなるのかもしれない。


「お腹、空いたんだ」

「あ、あはは……スンマセン。朝飯前に体動かしたもんで、グーグーいいだしました」

「ん、分かった。良い頃合いだし、階上に行って食事にしようか。今回は雪さんが支度してくれるそうだよ」

「うっす!」


 さっきまでの沈んだ表情が一瞬で笑顔に変わり、元気よく階段に向かう甲冑姿の青年。

 能天気と言ってしまえばそれまでだけど、この厳しい環境下でそういった資質は貴重だ。意識せずに周囲の人の精神を和らげるような人物というべきだろうか。自分もまた、自覚なしに彼に助けられているのかもしれない。

 困難な道行きもどうにかなる気がするから不思議だ。


 早々に階段室に行ったマサヨシ君の後ろ姿に軽く笑みが浮かぶ。今度は自覚していた。



 ◆



 今朝の朝食として出された食事は、今までで一番味わいがあるものだった。

 材料こそ今までと同じ缶詰や瓶詰めに保存が利く野菜が中心だったが、シェフの腕が良いのか味に単調さがなくなって香り高い風味に仕立てられていた。匂いを嗅いでいるだけでも口の中にツバが溜まる。


「うん、こりゃ美味い、マジ美味い」


 腹へりも合せて食欲がドンドン進む。煮魚の缶詰を使った煮物料理を口に放り込めば、ジワッと口の中で広がる何ともホッとさせる味。塩漬けにされた肉が上手いこと調理されていて、ニンジンやジャガイモと一緒に程よい柔らかさになっている。

 他の料理も料理人の腕の良さが現れるもので、これが昨日まで食べていたミリメシと同じ原材料かと不思議な気分にもさせてくれる。

 こうなってくると、ますます米が食べたくなるよなぁ。


「なるほど、少しの工夫でここまでの物になるのか。雪さん、機会があればだがレシピを教えてもらえないだろうか?」

「いいわよ。この情勢が落ち着いてからになりそうだけど、今度ね。そうだ、ウチの拠点に人を集めて料理講習会、なんていうのもいいわね」

「確かに。美味い食事は活力の源、士気を維持する。そういうのも良いかもしれない」

「でしょでしょ」

「うん」


 すぐ隣で女子二人が料理を話題に盛り上がりだした。もっとも、雪が喋るのがほとんどでルナさんが聞き役に回っているが。

 一瞬で形成された女子結界で居心地が悪くなりだした。でも、雪が作った美味い朝食は捨てがたいのでこのまま居座り続けるしかない。


「うん? これはもしかして回復薬の原材料に使われる満月草?」

「そうっ、そうなのよ。近くの公園で自生していたものなんだけど、薬以外にもこんな風に料理にも使えるのよ。楽団だと、この事を発見してから採取にも力を入れるようになったの」

「そう。……うん、ヨモギに近いかな」


 なんと。ゲームに出てくる採取アイテムを食べていたのかオレら。気付かなかったよ。でも、美味いからいいか。

 ルナさんばりに黙々とメシを食うオレ。女子と一緒に食事した経験なんてあるわけがない。男同士なら気の利いた事の一つは口に出来るのに、女子相手だとからっきしダメな自分自身に嫌気がさす。

 ふと、気になったことが頭に思い浮かんだ。


「なあ雪。水鈴のメシはどうしてるんだ?」

「大丈夫よ。もうあっちに出してあるわ。伏せているから食べやすい物にしているけどね」

「でもよ、食べるかな?」

「うーん……相当ショックだったものね、自棄にならなければいいのだけど。ルナ、使い魔から報告は?」

「今のところ静かにしているそうだ。ただ、料理には手を付けていないな」

「重傷ね。完璧に塞ぎ込んでいる」


 オレの出した話題で朝の食卓が一気に盛り下がった。正直言って気まずい。


 目が覚めてからの水鈴はオレの部屋のベッドから動こうとはしなくなり、人の接近を極端に怖がるようになっていた。

 特にオレのような男はとりわけNGで、オレが部屋にいるだけで彼女は身動き一つ、言葉一つしなくなる。仕方なく隣のタカヨシの部屋を使うことになってしまい、こうしてオレらが食事を摂っているところもタカの部屋だ。

 なんとか話をしてくれる雪が事情を聞けば、水鈴は友達の行方を追いかけて街に飛び出し、その友達が暴徒連中に殺されている所を発見して逆上、逆に暴徒全員を殺してしまったという。

 雪は具体的な描写を避けて伝えてくれたが、水鈴の今の状態から察すると相当ヒドイめにあったらしい。

 人と顔を合せたくないと言う彼女に、オレ達は距離を置いてみることにした。流石に自殺とかされては敵わないから、ルナさんの提案でジンの奴が屋上からこちらの監視に降りてきた。何気にアイツも大活躍している。


 こうしてバタバタした時間が過ぎて、仮眠をとればすぐに朝が来ていた。眠った気にならないが、精神が昂ぶっているのか眠気はなかった。

 気まずい気分にしてしまった朝食もあらかた終わって、食後のお茶といった時間がくる。

 雪は今朝の探索で拠点から見つけたティーバッグで紅茶を淹れて、オレは同じく探索で見つけたインスタントのコーヒーを淹れてもらう。

 ティーバッグにしてもインスタントコーヒーにしても、見つけた時はパッケージの古臭いデザインを見て、賞味期限とか大丈夫かよ? と思っていたが、こうして立派にコーヒーの薫りがするとなれば大丈夫らしい。

 さて、大のコーヒー党らしいルナさんの事、当然コーヒーを淹れていると思っていたのだけど――


「なぜにホットミルク?」

「なに?」


 なぜか温めたミルクをすすっている。これは雪さんから譲ってもらったらしく、近隣の無人になった商店から持ち出したものだとか。

 それはともかく、何故に?


「いや、コーヒー好きなんですよね?」

「ああ、大好きだ」


 即答しましたよ。


「なら、どうしてこっちを飲まないんです?」

「私個人の見解では、インスタントコーヒーはコーヒーじゃないから」

「……」


 言い切りましたよこの御仁。しかも至極当然といった顔をしている。

 うん、一つ賢くなった。ルナさんの中ではインスタントはコーヒーと認めていない。彼女はこだわりのある人のようだ。この調子では缶コーヒーもコーヒーじゃないと言い出しそう。

 そのコーヒー認定に落選したインスタントコーヒーを一口。苦みと酸味が口に広がり、舌に突き刺さる。オレがよく知っているコーヒーの味だ。インスタントなんだからこんなものだろう。砂糖はないし、ミルクもルナさんが飲んでいる。だからブラックのまま飲むしかない。これはもう眠気覚ましだと思うことにした。


 目を転じれば、ホットミルクをチビチビとすするルナさん。マグカップを両手で持ち、猫舌を堪えるようにしている様子は小動物じみている。

 オレの中での彼女の印象は、物静かなネコ科動物といったイメージがある。そのネコみたいな人が、ミルクをすすっている様子はとても絵になっていた。気のせいじゃなければ表情も和らいでいる。


「ミルクも好きなんすか? なんかとても美味しそうに飲みますよね」

「うん、コーヒーが飲めない代わりだったのだけど、私もここまで美味しいとは思わなかった。身体が変わっているから味覚も変わっている事だろね、きっと」


 そんな事を言って再びチビチビ飲みだすルナさん。「ミルクの成分が血液に近いからかな?」などという少し怖い呟きが耳に入った気もするが、おおむね盛り下がった空気は元に戻ったように思えた。

 でも、水鈴が動けないとオレらも動けない。この問題は早く解決しないとダメな事ぐらいはオレでも分かる。その方法が分からない焦れた気分が胸の奥でくすぶっていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ