12話 黎明
脚甲に覆われた足を動かし、地面を蹴りつけて身体を疾走させる。オレの体は鎧を着ているとは思えない速度で爆走していた。
聞きかじった知識だと、中世の全身甲冑の重さは三〇から四〇㎏はあったらしい。全身にその重さがかかるから思ったよりは動きやすいそうだが、こんな大爆走は無理無茶だ。なのにそれが出来ている。
テンポよく吐く息が面体の中で反響して、左手に持つ盾が腰当てにこすれ、装甲が小さく軋み、一人で賑やかな音を作っている。だんだん自分が場違いなコスプレをした痛いヤツに思えてきた。ルナさんの言うように部屋で大人しくしているのだった、などと弱気な考えもこみ上げてくる。
走りながら頭を振る。飛び出しておいて今更何を言う。襲われている人を助けないでノコノコと戻ったら、それこそ情けなさの極みだ。飛び出してすぐに弱気になるオレ自身を叱りつけて、足に更なる力を込めて走る速度を上げた。
耳には自分が出す甲冑の音以外に、向かう先の声が聞き取れるようになっていた。
「おらっ、逃げんじゃねえよ!」
「なぁ、撃ちたいんだけど」
「ばーか、銃はやめとけ。響くぞ」
「いいじゃん、どうせここいらの住人はほとんどS・A・Sの連中が片付けたらしいし、銃声なんて気にしないって」
「銃より魔法だよ、魔法。呪系でアヘらせてぇぜ」
「それも悪くないな」
ここまで鮮明に聞き取れる頃になると、その姿が目に捉える事が出来た。数人に追いかけられている二人の女性。ルナさんが言っていたように一人が相方の背におぶさっていて、必死に逃げているのが見えた。
二人の女性、彼女たちはどっちも見た目の歳はオレと同年代くらいで、獣人系の女子だ。獣人だからか、人を背負っていても足は速い。
背負っている方がフェルパー、腰に細身の剣を差している装備からして軽戦士な人だろう。もう一人の背負われている人は妖狐族の人みたいだ。巫女風なところからしてコテコテな術者かもしれない。ただ、彼女の様子は良くない。顔を下ろしたままで表情は窺えないし、白い上着に赤い模様が見える。あれは血だろうか。
弱気になりかけた気持ちに活が入る。左手に握った盾を握りしめ、足を一層速める。
二人を追いかける数人の男性。五、六人、と聞いているけどこの位置では正確に分からない。その内の一人が特に足が速いらしく、二人との距離をどんどん縮めていく。
二十歳ぐらいの男。黒革のジャケットに革パンツと軽装で、右手に大きなナイフを持っている。刃の色が赤いところを見ると何かの効果があるナイフなのは間違いない。麻痺効果か、毒か? 何にしたって趣味が悪すぎる奴だ。ビジュアル系に見えるそいつの顔は嫌らしく歪んでいる。でもって、こっちには気付いた様子はない。
女子二人を追いかけるのに夢中で、オレの事に気付いていない野郎。そいつに向かって盾を突き出して突進した。
「ぐおぉう!?」
強烈な衝撃が腕に伝わり、続いて間の抜けた男の悲鳴が聞こえて地面に男が転がる。しかも一〇mも跳ね飛ばされて、自動車に轢かれたみたいだ。この結果にはオレもビックリ。
そういえば、オレの持っているスキルに盾を使った戦闘スキルがあったな。それが発動してこうなったのか? 凄いな。コイツにとって、横合いからトラックにはねられたみたいなものだ。
女子二人に目を向ける。横から現れたオレに、フェルパーの娘は警戒の目を向けている。狐娘の方は無反応。それとやっぱり彼女の着物の赤い模様は血である。かなりの重傷なのか反応がない。
まずは警戒を解いてもらおうと、面体を上げて素顔をさらして話しかけることにした。
「確認するけど、追われているってことでいいよな?」
「それ以外に何に見えるのよ」
「い、いや、ならいいんだ。何かの勘違いの可能性も考えていたから」
「あんたね、この様子見て勘違いはありえないんだけど」
「そ、そっすね」
フェルパー娘の気の強さに思わず下手に出てしまった。クラスにもいたな、こういう女子。オレ、苦手なんだよな、こういうタイプ。
彼女の気の強さに押されていると、追っている立場の男達が追いついて来た。オレは女子達を庇う形になるよう男達の前に立って、盾の裏にマウントされている戦斧の柄を握る。
「てめぇ! よくもリックを」
男の一人が問答無用で肩に担いだ銃を手にしてこっちに向けてきた。映画とかでよく見る形状のショットガンだ。派手にポンプ音を鳴らし、発砲、夜目には眩しい閃光が目の前で散った。
オレは咄嗟の行動で盾を構えて顔を中心に庇う姿勢をとった。それしかできない。
またも腕に、さらには肩に衝撃が伝わり、金属がこすれる音が耳元で鳴る。さっきよりはショックは軽いし、動けるところを見ると特に怪我はしていない。
なら、突撃だ。
足は銃声にすくむことなく、前へと踏み出た。
「き、効いてない?!」
「だりゃぁぁ」
驚いている隙をついてもう一度突進。男との間にあった距離が瞬きの間に縮み、突き出した盾が相手の体にめり込み、はね飛ぶ。巨体を活かした突進に、男は悲鳴も上げられずショットガンと一緒に地面を転がった。
この様子を見た他の男達の表情は怒りが浮かんでいる。奴等、次から本気で来そうだ。面体を下ろして、盾から戦斧を抜き取る。
女子達の様子を見ようと後ろを振り返る。すると、あの黒生物が巨体バージョンでやって来ていた。
「デカブツ、主の命により退路を確保してやる。そちらは適当に戦闘をこなせ、主がサポートする手筈になっている。ありがたく思うように」
「こんな時でも偉そうな奴だな、お前って」
やって来たのがコイツなのは気になるけど、コイツは言ってみればルナさんの下僕みたいなものだ。コイツが助けるということは、ルナさんはあんな別れ方をしたオレを助けてくれるのか。
なんか、こそばゆい嬉しさがある。非常時なのにちょっと照れくさくなった。
「フン。さて、お嬢さん。初対面でいきなり信じろというのは無理な相談だが、貴女達を助けたいという意思があるのは分かって欲しい。どうだろうか、こちらの誘導に乗ってくれまいか?」
「そうね。このまま逃げていても手詰まりだったし、あなた達に賭けてみるわ」
黒いのに話を振られたフェルパー娘はチラリと背負った子の様子を見やってから、ため息を吐きながら答えた。
口調が投げやり気味に聞こえるのは、きっと気のせいではない。この人はこの人なりに色々あったのだろう。ともかく、信じる信じないでグダグダと口論が起きなかったのは良いことだ。
お陰で、目の前の野郎達にすぐに対応できるのだから。
「死ねぇっ」
一人がそんな芸のないことを叫び、もう二人が無言で攻撃を仕掛けてきた。距離は一〇ってところか。
黒いのの登場で僅かでも動揺があったらしく、会話する時間が稼げていたのだ。時間切れになった途端に戦闘は再開される。
「黒生、その二人は任せたっ」
「妙な呼び名を付けるなっ。まあいい、元よりそのつもりだ」
後ろから頼もしい返答があった。これでオレは戦いに集中できる。
二人を轢き飛ばして、次に三人。目に見える限りだとこれで全員だ。一人はオーソドックスな西洋剣を持った奴、もう一人は戦闘用のハンマーだろうか。最後の一人は、マシンガン? 昔のギャングがもってそうな銃を手にしている。
アレはマズイ。逃がすべき女子達に弾が当たってしまう。最初に狙うのはあいつだ。
相手の布陣はマシンガンの一人が後衛で、近接武器の二人が前衛と捻りはない。マシンガンを片付けようとするなら、二人を最初に突破しないとだめだ。
ふと、いきなりマシンガンを持った男の頭から血が噴き出し、前のめりに倒れた。
何だそりゃ、と考える暇はない。前衛の二人は後ろでお仲間がどうなったか知らずに、オレに斬りかかってきた。
「死ね死ねっ」
「死ぬかよ」
左から振ってきた剣を盾で防ぎ、右から横殴りにきたハンマーを戦斧で迎撃する。
ズックンと両腕に衝撃が走り、盾と斧に火花が散った。今までで一番衝撃が強い。くそっ、こいつら結構レベルが高い連中かもしれない。
今度は突いてきた剣、これを盾で滑らせるように受け流して相手をプッシュ。相手がよろけたら追撃、と思っていたら反対からハンマーが襲ってきた。これは柄を狙う一撃で退ける。オレ自身こんなに動けるのが信じられない。
本物の刃物を打ち合って戦っているのに、怖いと思うよりも高揚感が体を突き動かしていく。こういう心の動きも補正ってやつだろうか?
でも二対一はやっぱりキツイ。防ぐのが精一杯だ。
剣の奴は賑やかに「死ねよ死ねよ、滅殺だ」などと喋りながら攻撃してきて、ハンマーの奴は終始無言でかけ声さえない。
剣が回り込むように斬撃を放てば、それに合わせて盾を動かし、ハンマーが渾身の一撃を繰り出してくるなら、戦斧でそれをいなす。
武器が打ち合うたびに金属音がして、火花が暗闇に散る。だんだんオレの腕がしびれてきた。あと何回打ち合えるか焦りが出てくる。
何回となく攻撃を防ぐオレにしびれを切らしたのか、剣の奴が後ろに声を飛ばした。
「吉田! なに遊んでんだ。こいつ撃ち殺せ! それが無理でも援護しろ! さっきから撃ってねーぞ」
剣の奴がそう言って、後ろを一瞬見るつもりで首を動かしたが、後ろの奴が倒れているのでこれが固まった。ハンマーの奴も後ろが気になったらしく、同じ様子だ。
チャンス! 降って湧いた好機にどう動くか頭が思考を始めた時、黒生から念会話が飛んできた。
『無様をさらしたくなければ、盾で目を守れ』
シンキングタイム一秒未満。黒生の今までの言動を考えるに、間を置いてくれるはずもない。すぐさま盾を顔の前に構えた。
直後、夜は昼になった。
「うがぁぁ、な、なんぞこれ」
「く、目が」
盾越しでも目が眩んでしまう光量。オレと野郎達との間に生まれた光は、両者仲良く動きを止める代物だった。
あまりの眩しさに盾を構えたまま目をつぶってしまったオレの腕に何かが絡みつく。まずい、こんな中でも攻撃が。
『あせるな。お前をこのまま誘導する。光は後五秒だ。走れ』
『わ、分かった』
絡みついたのは黒生の触椀のようだ。奴に助けられるのは妙にシャクに障るけど、言い合いをしている余裕はない。
触椀に引っ張られて二人に背を向け、元来た道を走っていく。盾で目を守ったお陰でそれほど時間が経たずに視界が戻り、それを察した黒生は触椀を離した。その頃になると、後ろの光はもうない。それでも、拠点目指して走る足は止めない。手に持った戦斧を盾に戻して走る速度を上げた。
ちらっと後ろの様子を見てみる。ひょっとしたら、あの二人が怒髪天を衝くって感じで追いかけてくるかもと思ったのだ。けれど実際には違っていて、あの二人も最初に倒れたマシンガン野郎と同じく地面に倒れていた。
『なあ、あの二人――』
『今は何も考えず走れ。そういうのは後回しだ』
黒生に聞こうとしたら遮られた。確かに念会話とはいえ余計な事をしている暇はないな。
拠点までの残り一〇〇mを無心で走っていき、行きよりも遅く感じるタイムで拠点のエントランスに無事着いた。
元はライオン○マンションみたいな高級マンション風のエントランスに、今は三つの人影がある。一つはルナさん。もう二つは助けたばかりの獣人の二人だ。背負われていた妖狐族の女子は、手近にあった壊れかけのソファに蹲るように座っている。
アレだけの事を言ってしまった後のこと、またルナさんと顔を合わせるのが気まずくバツが悪い。でもオレの気まずさとは対象的に、彼女はその辺りに頓着する気はないようで、さっきと変わらない様子で声をかけてきた。
「お帰りマサヨシ君。色々言いたいこと、聞きたい事があると思うけど、落ち着いてからにしよう。じゃあ雪さん、私が水鈴さんを背負うことで良いかな?」
「ええ、お願いします」
雪、と呼ばれたフェルパーの女子がルナさんの提案に頷き、妖狐族の女子をルナさんが背負うことになっていた。
オレがいないわずかな間に随分と二人の関係が進展しているように思えて、初対面って感じはしない。そこが気になり、ルナさんから話は後にしようと言われてはいても聞いて置きたかった。
「ルナさん、これだけは今聞いて置きたいんすけど、二人は顔見知りっすか?」
「そう。正確にはこの雪さんが所属するチームのリーダーと顔見知りになる。お互い最初に名前を名乗り合った時に気付いた」
ルナさんの簡単な説明に、隣にいる雪さんも頷いている。口には出さないけど友人が少なそうなルナさんに、チームリーダーの知り合いがいる事がちょっと意外に感じられる。
その雪さんがオレを探るような目で見ているのが感じられる。あ、思い返せばオレ自己紹介してないや。ルナさんも言ってないっぽいし、名乗るべきだな。
「えーと、オレ、武田正義。こっちじゃマサヨシで通している。よろしくな」
「新堂由紀よ。こちらでは雪。それで、こっちが水鈴さんなんだけど、本名は知らないの。正式な紹介は本人が目覚めてからにして」
「紹介は済んだね。じゃあ、マサヨシ君の部屋に移動しよう。マサヨシ君、先頭をお願いする。ジン、また周囲の警戒を頼むけどいいかい?」
「承知した」
正に挨拶もそこそこ。すぐにルナさんの仕切りで行動する。確かにこんなエントランスで延々と立ち話するのは、外からも姿が見えて都合が良くない。
オレはルナさんの言葉に従って、先頭を切って階段を上る。手に持ったライフルを使って人を背負ったルナさんがオレの後ろに付いて、雪さんが続く。黒生の奴はいつの間にか姿を消していた。
今夜は長い夜になってしまった。階段から見える夜明け前の空を目にして、がっくりと脱力していくオレはそう思った。
◆
太陽はまだ昇っていない黎明の時間帯。ベランダから見える街並みは、夜明け前の仄かな明るさに照らされていた。
ここからさっきマサヨシ君が暴徒連中と交戦した街路が見えて、その路上には彼らの人影が横たわっていた。全員間違いなく死んでおり、その命を摘み取ったのはこの自分である。その証拠に、足元を見れば7.62㎜×51ライフル弾の空薬莢が始末した人数分転がっていた。
自分が用意した手筈とは、極めてシンプルな戦法だ。
先行して前線で戦うマサヨシ君に暴徒達の注目を集めさせておき、自分が予想外の方向から銃弾を撃ち込む。この際、銃声や発砲炎で居場所が暴露しなければ効果的だ。そのためにサプレッサーと遮音結界を用意した。
次に、救助対象の安全を確保したら、後詰めのジンにマサヨシ君を撤退させて、残った暴徒を掃討。ジンが使った閃光呪紋で目をやられた人と、マサヨシ君が弾き飛ばした人を射殺して状況は終了した。
言ってみればマサヨシ君を囮にした訳であり、ここまで上手く成功するとは考えていなかった。良心が咎めるのと成功率の低さから、こんな事がなければ手を出すつもりはなかったぬるい戦法である。
それでもやはり、失敗よりは成功する方が良かったと思える。こうして後味の悪さを感じることがないのだから。
ここで重要だったのは、自分達を目撃した暴徒を出さないことだった。
しばらく暴徒達の亡骸を見ていると、それに近付く二人の人影が現れた。すぐに身を伏せてベランダの壁に隠れ、屋上に伏せている使い魔のジンから念会話で報告を送ってもらう。直線にして約四〇〇mの距離はあるが、発見される可能性はゼロではない。
その人影達は遺体を確認して、一人が何処か行って、もう一人が周りを見張っている様子だという。
一人が伝令に走って、もう一人が現場を保存だろうか。念会話は使う様子がないらしい。それでも予想通りに増援はあった。
目撃情報がなければ暴徒達のチームに追われる可能性は低くなる。ただし、この周辺に暴徒達の探索がかかる可能性は大きい。速やかに移動するか、隠れるかしないとダメだ。
目をマサヨシ君の部屋の中に転じる。ベッドでは本来の持ち主ではなく、水鈴という狐耳の少女が眠っている。
彼女は服に付いていた血の量に反して無傷だったが、今も気を失っており、彼女を抱えて素早く移動するのは無理だ。他の面子を見ても、マサヨシ君や雪さんの顔に疲労の色が濃く出ており、簡単に移動できる様子ではない。
そうとなれば、とれる選択は隠行の一択しかなかった。こんな事も予測できるから救助に乗り気でなかったのだけど、もう過ぎた事だ。
「外の様子はどうっすか?」
「うん。斥候らしい二人組が来ている。街中のことだから間を置かずに本隊が来ると思う。明かりは点けないで」
「うっす」
部屋に入るなり、マサヨシ君が外の様子を訪ねてきた。部屋に戻るまでは色々と言いたそうな顔をしていたが、落ち着ける空間に戻ったせいで気が緩んだのか、疲れが前面に出ている。
人の機微に疎い自分でも彼が疲れているのが分かる。体力でも精神でも余裕はないのだろう。彼と話し込むには時間を置いた方がいいな。
雪さんにも同じ事が言える。詳細はまだ聞いていないが、彼女は彼女で神経をすり減らす目に遭っている。暴徒に追われていたのが効いたのか床にぐったりと座っていて、フェルパー特有の猫耳と尻尾も力なく垂れ下がっている有様だ。
だらしない、などとは思わない。限界が近いのは彼らだけではなく、自分も似たようなものだからだ。
太陽が昇る時間が近づいてくるにつれて、体にみなぎっていた力が抜けていくのが実感できる。急激に頭が重くなり、眠気で目蓋が重くなってくる。肩に軽々と担いでいたライフルも重くなっており、落としそうになったため、壁に立て掛けることにした。
総じて、夜明けが近付くにつれて力が弱くなってきていた。月詠人という設定にしているこの肉体は、日中は能力が低下する特性がある。すでに能力が落ちる感触を経験してきたが、この力の抜け方は以前よりも酷い。気を引き締めなければ意識が落ちてしまいそうだ。
「あれ、ルナさん。大丈夫ですか?」
「ああ、今までの疲れが出たかもしれない。急に眠くなってきた」
「うぇっ、マジっすか。じゃ、じゃあ休んでて下さい。オレは見張りに着きます」
「……ありがとう。言葉に甘えさせて貰う」
疲れているクセに妙に張り切るマサヨシ君だ。けれど、彼の申し出はありがたい。三時間ぐらい仮眠をとって、体調を整えておこう。
床に用意したマットは雪さんに明け渡しているため、自分は毛布にくるまって壁に背を預けて寝ることにした。こんな眠り方をしたのは久しぶりだ。
ジンにも念会話で仮眠をとる旨を伝え、その間の報告はマサヨシ君にするようにさせた。何故かこの二人は仲が悪いが、非常時にまで私情を持ち込まないだろう。そう願う。
眠るまでに出来ることはやっておき、心配の芽を摘んでおく。後は重くなる目蓋を逆らわずに閉じれば、急速に意識は眠りの闇に落ちていった。
今更ながら思えばここ数日、他人と寝食を共にしている。これはかなり久しぶりの経験で、昔と違ってそれが不思議と心地よいと思った。