10話 慟哭
いつの間にか寝入ってしまったのか、沈んでいた意識を浮上させたのは扉の向こうから聞こえるライアさん達の言葉だった。
意味の聞き取れない雑多な音の中で一言、ある台詞が私の耳に入り銀毛の狐耳を動かした。
――ベルさんを目撃した子がいる。
「っ!」
瞬間眠気や疲れは吹き飛んで、ベッドから跳ね起き、扉を蹴破る勢いで開けた。
大広間にいた人たちの目は残らず私を見ている。寝起きの姿は恥ずかしいものだけど、身だしなみ以上に大事なものが私にはある。
ライアさんはさっきと変わらない位置にいた。彼女も驚いた様子でこっちを見ている。けど、すぐに察したような表情に変わった。
大股で彼女に詰めより、話を聞き出す。
「桜、じゃないベルは見つかったのですか!?」
「落ち着きなさい、って言っても無駄か。ええ、目撃情報が帰還途中の偵察メンバーから寄せられてきたの。場所は海沿いの倉庫街……」
「ごめんなさい、ライアさんっ! 後をお願いします」
「えっ……ちょっと待ちなさい! 水鈴!」
場所を軽く聞いただけで私の足は拠点から外へと飛び出していた。ライアさんの止める声を当たり前のように無視して。
寝つく前、ベルの報告が入ったら私は平静でいられるのか、という自問にはもう回答が出ている。
平静でいられる訳がなかった。『幻獣楽団』の誰よりも大切な桜は、私にとって誰よりも優先される存在。本当はジレンマするまでもないことだった。
「こんなことなら」
こんなことなら楽団を無視してベルを探しに街へと行けば良かった、という思いも湧いて出る。転移した先が楽団の拠点だったためにライアさんに従ってきたけど、これが街中だったらもっと違っていたと思う。きっとベルの姿を真っ先に探そうとして……暴徒化したプレイヤーに殺される未来しか見えない。
「――」
身の安全を考えたらチームにいて正解だった。でも、ベルの事が知れない状態は苦しい。苦しくて、耐え切れない。
ジレンマという天秤の針は思ったよりも簡単に振り切れていた。
外に飛び出してすぐに感じることは、空気が刺すように冷たいということ。次いで、空気に混じって様々な臭いが鋭敏になった鼻を刺激する。
潮の臭い、瓦礫の土臭さ、そして火薬の臭いと血の臭い、肉が腐った臭い。この臭いがベルに関わるものじゃない事を願って、私は海岸へ体を疾走させる。
あてはあった。今まで転移してきた人達の報告をまとめてきた中で、私の中で一つの仮説が出来ている。
こちらに転移してくる人達は、ゲーム時の最終ログアウト地点からやってくる、というものだ。
『エバーエーアデ』では、ゲームのログアウトは街中ならどこででも出来るようになっていた。こちらに転移してくる人達の話を総合してみると、最初に立っていた場所がゲームでログアウトした場所であることが分かった。
拠点を持っている人はその拠点でログアウトするのが一般的で、私が楽団の拠点に転移したのも当然だった。拠点を持っていないフリーの人は、街路とかでログアウトすることがほとんどで、混乱前に道で座り込んでいた人達はそういった人々だった。
ライアさんにもこの仮説は話していて、知り合いを捜す手がかりになっている。私もその方法を採ることにした。
ベルと最後に話をしたのは私だ。
当時、彼女とは街中を移動しながらお喋りをしていたのだが、突然ログアウトすると言い出してきた。
親にゲームを止められそうになっており、今日はこれ以上プレイするのは難しいとその場でログアウトしてしまったのだ。確かに桜の親、特に母親は厳しい人だったと覚えがあって、桜も大変だなぁと彼女の境遇に同情なんかしていた。
転移があったのはその直後だ。彼女が再びログインすることがなかったのなら、その場所にベルはいる。
その場所は海沿いの倉庫街の一画。ライアさんが言っていたことで仮説は確信に変わる。
元の自分では、いえ人間では考えられない速度で身体が疾走する。明かりがほとんど無い夜の街でも明瞭に周囲の事が把握できる。障害なんてない、速く、もっと速くと思考はそれだけを言い続ける。
「増強呪紋――発動っ」
思考の中で速く動くための方法を選択。脳裏に浮かんだ術式に迷わず力を込めた。転移してから初めて魔法を使っているのに、呼吸をするように当たり前に使っている。
視界を流れる風景の速度が倍になる。脚が燃えるように熱く、気が付けば地面に手をついて獣のように四肢で走っていた。構わない、桜と会えるなら。
◆
程なく、ベルがログアウトしただろう場所に辿り着いた。急停止して辺りを窺う。見える範囲に人影はない。ベルもいない。
場所は間違っていないはず。画面越しとリアルの差はあっても周囲の倉庫街の特徴に差はない。
レンガで出来た古いタイプの倉庫が建ち並び、向こうにクレーンがあってと特徴に事欠かない。この辺りのはず。それとも情報は間違いで、まだ転移していない?
ここまで走って乱れている呼吸を静めて、冷たい夜の空気を吸っていると、嗅いだことのある匂いが鼻をくすぐった。
「あっち!?」
匂いの出所は立ち並ぶレンガ倉庫の一つから。海沿いにはない匂いはとても分かりやすい。
この匂いは桜が好んで使っているオーデコロンの薫り。高校に入ってからよそ行き用のオシャレにと、一緒に選んだものを彼女が使っていた事を思い出す。その柑橘系の匂いが不自然に倉庫からしていた。こんな距離でも分かってしまう身体の異常さは、私にとってひたすらにありがたいので深く考えない。
それにコロンの匂い以上に気になる臭いがそこからしている。汗の臭い、生臭い何かの臭い、そして血の臭い。
嫌な予感が湧いて出る頭を振い、倉庫の扉を一気に引き開けた。
扉を開けると同時に臭いはきつく、悪臭の域に達する。
倉庫内の明かりはランプが一個。それでも中は十分に見て取れる。見えてしまう。
これが悪夢か、幻だったらどんなに良かっただろう。
「……さくら」
倉庫内に積まれている木箱を並べ、そこを粗末なステージにして陵辱は行われていた。
五人の半裸の男が一人の女性を嬲っている。
偵察に出ていたメンバーから報告として寄せられた内容が、いくつも頭の中でフラッシュする。こんな馬鹿な真似をする連中が街を闊歩していると頭では分かっていた。でも、それが目の前で見せつけられると言い様のない感情がふつふつと湧いて出てくる。
扉を乱暴に開けたせいで五人の男の視線は残らず私を向く。けれど嬲られている女性の目は虚ろで濁っていた。
見れば、彼女の胸には短剣が突き刺さっており、手足も根本からなくなっている。
その顔は桜にとても良く似ており、もう二度と動く事はない。
「うそ……嘘だよね」
「おおぅ、追加の女の子がやってきたぜ」
「運がいいな。こいつはもうぶっ壊れてしまったし、ちょうど良かった」
「誰だよ、ダルマにしようぜなんて言いやがったバカは。お陰でもう死んじまったぜ」
「いいじゃん、今度はこの子を可愛がればいいんだし」
「巫女さんはオレ的にストライクっ! キツネミミでもあるし、もうドストライクだ」
「言ってろキモオタ」
男達が何か言っているけど私の耳には届かない。聞く気はない。こんな連中の言葉なんて聞くに値しない。
ふつふつと湧いている胸が、今度はごうごうと燃え盛る。そうだ、これは怒り。それも相手を殺したくなるほどの明確極まりない殺害意思の感触が胸に渦巻いているんだ。
かちり、と頭のどこかで何かのスイッチが入った。あるいは人として大切な部分にかかっている錠前が外れた感じ。
人によるけど、ある怒りの地点を過ぎればいやに冷静になってしまう時がある。
今がそう。衝撃から立ち直った私の頭は、こいつらをいかに速やかに殺し尽くすかで思考が高速で回っていた。
「よ~し、可愛い子ちゃん。こっちに来てオレ達とイイコトしようぜ。返事は聞かないけどな」
「はははっ、ひでぇ」
一人の男が下半身むき出しでこっちにやって来る。他の男達含めて彼ら全員無防備な様子だ。
今まで何人も蹂躙してきたのだろう。奪うことに躊躇う様子はない。そして私が攻撃してくるなど考えもしていない。それはとても好都合なことだ。
やって来る男に対して、私も彼にゆったりと歩み寄る。もともとそんなに広さのない倉庫の中、すぐに距離は縮まった。
少し戸惑った表情を浮かべる男に私は手を伸ばして、彼のむき出しの股間に手を当てる。
「お」
こちら行動に一転好色そうな顔をして、だらしない表情になる男。こちらもニッコリと笑みを作る。隙作りは十分。
彼に送る言葉は一言だけ。
「死ね」
その一言の直後に手の平に炎を作り出し、男の下半身を焼く。
攻撃呪紋のうち、炎属性の一つ。手から生まれた超常の火は着火した対象を焼き尽くすまで消えることはない。
「ほっっぎゃぁぁぁ」
股間を燃やされ、絶叫しながらのたうち回る男。周囲も彼を見て一瞬何が起こったか理解できていない。
その隙を見逃す理由は何処にもない。
素早く近くで棒立ちになっている男に駆け寄る。同時に振りかぶる腕に増強呪紋をかけ、筋力を水増しする。
こっちに気付いた時には遅い。男の顔を鷲掴みにしてアイアンクロー。それだけで終わらず掴んだ頭を無理矢理ひねり、力任せに胴体からむしり取った。
骨が鳴り、肉がぶちぶちと千切れる感触が手に伝わる。熱い、熱い液体が身体にかかった。
「こ、こいつっ」
いち早く立ち直った男が半裸のまま、手近に置いた武器を手に取ろうとしている。
私はむしり取った頭を無造作に投げつけた。行動を一時止められれば良かったのだけど、生首と顔を合わせたせいか身体が固まったみたい。
実に好都合なこと。遠慮無く、その男の頭に手を当てて燃やした。
「く、来るな! 来たら殺すぞ」
残り二人。一人はベルの身体に抱き付いたまま固まっている。うん、惨たらしく殺してあげよう。
もう一人は鉄砲をこちらに向けて喚きだした。ゲームでは銃器も武器に入るけど私は詳しくない。精々、相手が持っているのは回転式拳銃だというぐらい。他の大きな銃器の数々からすると見た目には貧相に見えてしまうが、あれでも私を害するには十分な火力があったはず。
でも、今の私には恐れるに足りない。委細構わず銃を持った男に歩み寄る。
「来るなっつてんだろ!」
引き金が引かれ、爆竹が弾けたような音が三回。飛んでくる金属の弾丸。くるくる回転して向かってくるそれを、尻尾ではたき落とした。
「は? なんだよ、そりゃ」
学習能力がないのかもう二回引き金が引かれ、二発の銃弾が飛んでくる。それも尻尾ではたく。
もともと敏捷さの数値が上がりやすい獣人は神経の伝達において優れている。だからか、飛んでくる銃弾をかわしたり弾いたりという芸当だって出来てしまう。自身の肉体に馴染めばこのくらいの真似はやれてしまう。
ここにきて『水鈴』の身体にこれまで付きまとっていた違和感がなくなり、私=水鈴は当然のものとなっていた。
「なんだよそりゃ……化け物め」
弾切れなのか、カチカチと銃を鳴らすだけになった男の頭に優しく手を当てて、今度は思い切り下に押し潰した。重圧呪紋も加味してかけられたプレスに、男の身体は一瞬でぺちゃんこに成り果てる。それは車に轢かれたカエルが真っ先に思い浮かぶ有様。
「た、たす……助けて」
「桜から離れなさい、ゲス」
残る一人はまだベルの身体に抱き付いている。顔中から色々な液体を出して泣き出している。これで失禁などして、桜の身体にかけたら楽には死なせない所存だ。
「助けて」
「だから、桜から離れろって言っているんだけど。聞こえない?」
「離れる、離れる。だから助けて」
二回目でようやく男はベルの身体から離れてくれた。放り捨てるような離れ方なのが気にくわないけど、男にはまだ用事が残っている。
四つん這いで床を這うように逃げ始めた最後の男。そいつの首根っこを掴み上げ、これまた力任せに壁へと押しつける。
「が、はぁ……お、おい、離れたら助けるんじゃ」
「そんな事、一言も言っていない」
「そんな、助けてくれよ」
「やだ」
これ以上男と話しても無意味なものでしかない。早々に処刑することにした。
押しつけた姿勢のまま男の腕を取り、増強呪紋で増した腕力にまかせて腕をむしり取る。顔に返り血がかかるし、男の声がとてもうるさくなったけど、作業だと思って事を進める。
もう一方の腕もむしり取り、脚も膝から下を捻り取る。この辺りから男が急に静かになってしまった。様子を窺うと、どう見ても死んでいる。
「あ、死んじゃった」
出血と痛みからショック死したようだ。私としてはもっと惨たらしくする予定だったのに、酷く肩すかしをくった気分になる。
でも、もうこんな男の事なんかどうでもいい。ぽいっとそれを捨てる。そんな事よりも桜のことだ。
駆け寄り、彼女の身体を抱き上げる。壊れないようにそっと。手足がないせいか、やけに軽い。
「ベル……桜、死んじゃったの?」
彼女の体は血と男達の体液で汚れ、可愛らしく見える人狼の耳と尻尾も無残なものになっている。慎ましやかな乳房には短剣が突き立ち、これが直接の死因だと一目で分かる。
そう、死因。ベルはどう見ても死んでおり、回復呪紋でも生き返らせることなど不可能なことである以上、彼女の死亡は絶対のものになった。
「間に合わなかった」
あんなに急いだのに間に合わない現実に力が脱けていく。ライアさんや、偵察に出ているメンバーを罵ってしまいそうな衝動、間に合わなかった私自身を襲う呪いたくなるような後悔、ベルが死んでしまった喪失感。その全部が身体を締め付ける。
彼女の身体を抱きしめる。こうして抱きしめるのは一週間ぶりだけど、とてつもなく過去の出来事のよう。くすんだ金色の髪からは、血の臭い、生臭い男の臭い、そして彼女が好きだったオーデコロンの匂いがした。
このまましばらく時間が経つに任せていると、今度は彼女をどうしようかという考えが浮かんでくる。
ベルをここに放置する気にはなれない。これ以上彼女の身体を傷ませるのは論外だ。かといって、楽団の拠点に連れて行ってもいい顔はされない気がする。何より私は、誰にも桜に触れて欲しくない。
とれる手段は限られていた。その中で取れる最も良い方法を私は選ぶ。
「……じゃあね、桜」
さようならの意味を込めた口づけをして、彼女の身体から離れた。
脳裏に術式の図形が巡り、突きだした手に熱が生まれる。
選ぶ魔法は火炎呪紋。それを調整して、小範囲に最大の火力を集中させて溶鉱炉並みの温度を一瞬で発現させた。目にも眩しい炎がベルの身体を包み込み、間もなく灰も残さず彼女の肉体を消し去ってくれることだろう。
ベルの身体をこの場に残すことも、誰かの手に渡すこともしたくない私にとって、これが最良の方法だ。
ひどい、ひど過ぎる悪夢である。なんでゲームの世界に来て、なんで暴動が起きて、なんで桜は殺されて、なんで私は彼女を荼毘に付すことになっているんだろう? いつまで経っても覚めない夢はどこでクリアすればいいのか分からない。
あれほど熱くなっていた身体は冷え切り、気力もなくなりペタリとその場に座り込む。
ベルの身体を燃やした炎は上へと焔を伸ばす。それにつられて私の視線も上へ。今になって初めて分かったけど、倉庫の天井は屋根なしになっていた。あの混乱で屋根が何らかの理由で吹き飛ばされたみたい。
見えるのは透き通るほどに綺麗な星空だった。空を焦がすように炎が昇っていく、まるでベルが空に昇るように。
胸にまたも渦巻くものがあった。今度は怒りではないなにか。何なのか分からないまま、私は空を仰いで口を開いていた。
――――――
◆◆
『ライアさん、現場まではもう数分で着きます』
『ええ分かった。あの子にとっては情報はあれだけで十分ってことか。あちゃ~、ミスったわ』
『見つけたら連絡します。じゃ、切るね』
『ええ頼むわ、雪』
夜のジアトーの街を走り抜けていく。念会話からもリーダーの切迫ぐあいが分かってしまう事態だ。
あたしが帰還途中で道をふらつく人影を見かけたのが始まりだった。その時は帰還を急ぐことを考えていたから、深く考えることなく楽団の拠点に戻ったけど、それがいけなかった。
帰還してからデブリーフィングの意味で軽くリーダーに報告して、次いで帰還途中で見かけた人影について話をしてみた。
それがどうもウチのチームのメンバーの一人だって事が分かり、どうしたものか? っていう話になった時、部屋から水鈴さんが血相を変えて飛び出してきた。でもって、リーダーから軽く話を聞いただけで外に飛び出していく無茶をしてくれた。
水鈴さんは普段は大人しそうな人のはずなんだけど、あの時の表情は怖かった。
ライアさんから深くは聞いてないけど、あたしが見つけたメンバーとかなり仲が良かったという。それも友情ではなく、愛情の方で。
恋愛なんてまだ経験のないことであるあたしにとっては、女の子同士の事は未知の世界だ。水鈴さんはどういう気持ちで飛び出していったのか、推し量ることは難しい。
大まかに倉庫街と言われる場所についた。走って十分ぐらい。これは獣人ならではのタイムで、他の種族だったらもう少しかかる。
さて、水鈴さんはどこに? と見渡す必要は無かった。倉庫の一つから真っ赤な炎が上がっている。今のこの状況で、彼女と無関係とは考えにくい。
足を止めることなく、倉庫の中へ。直後――
――――!!
それは人の声ではなかった。獣の咆吼と呼ぶべき大音量の音が倉庫の中から上がり、あたしは思わず耳を塞ぐ。
音はすぐ止み、キンキンする耳を押えつつ中を見てみる。
「うわ……これは酷い」
耳にやった手を、今度は口に当ててしまう。何人かの男性が燃やされたり潰されたりと、かなり惨い状態で死んでいる。偵察メンバーとして街のあちこちで起きている酷い状況を見てきたあたしでも、この光景には目を逸らしたくなる。
なまじ鼻が良いものだから肉の焼ける臭いや、血の臭いが嫌でも鼻に入り、夕食を戻しそう。それでも彼女はこの中にいた。
「水鈴……さん?」
倉庫の中で赤々と燃えている炎の前、こちらに背を向けている九尾のシルエットに声をかける。声を認識してくれたのか、ゆっくりこちらを向いた彼女にあたしは声を失った。
どんな声をかけたら良いのか一瞬で分からなくなった。
血で全身が真っ赤になり、目からは涙を流し、力なく微笑んでいる様に見える水鈴さん。
触れれば壊れてしまいそうな、そんな儚いものを前にあたしはどうすることも出来ない。ただ、動けなかった。
見つめ合った時間がどれほどか、ふっつり糸が切れたように水鈴さんの身体が横倒しに倒れた。余りに自然すぎて倒れたことに気付くまで数秒かかってしまった。
「って、水鈴さん!」
慌てて駆け寄る。何がどうなってこうなっているのか全然さっぱりだけど、このままにしてはおけない。
あたしは水鈴さんを担ぎ上げる。報告はまだ後回しにしておいて、移動するところから始める。
急に辺りが暗くなったので振り返ってみると、倉庫の中であれほど燃え盛っていた炎が不自然なくらいに消えていた。