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終末世界の創世記  作者: 言乃葉
Once Upon a Time in the West 邦題:ウエスタン
10/83

9話 妖狐



 半地下の大部屋には三〇人を超える女子たちが声をひそめて話し合っている。まるで授業が始まる前の女子校の教室に似ているけれど、私を含めてみんなが置かれている状況は厳しい。


「それで、ミーナちゃんだけどこっちにいるのを確認した? ――そう、良かった。すぐに連れて来て。ここで一纏まりになるほうが安全だから」

「ライアさん、食料の在庫確認してきました。はっきり言って厳しいですねぇ、明日の夕食分で底をつきます」

「そんなに少なかったの。仕方ないわ、非常時ということでこの辺りの店から調達してきなさい。もちろん、日のある内に数人のグループでやること」

「ドロボーかぁ、気が進まないなぁ」

「空腹を抱えたくないでしょ」

「はーい」


 すぐ近くでチームリーダーのライアさんが指示を飛ばして、チームに入って一ヶ月で新人のミリさんが報告を持ってきている。

 ここは私が所属するチーム『幻獣楽団』の拠点。ゲーム『エバーエーアデ』ではここを拠点に色々なクエストに出発したり、仲間内で情報を交換したり、何もなくても駄弁ってお喋りに興じてしまうこともあった。

 あくまでゲームの中のお話。しかし、私がこの目で見て、この耳で聞いて、この鼻で嗅いでいるのは紛れもないリアル。ゲームでの設定が現実のものになっているとは一体どんな喜劇ひげきか。

 どうも私は考え込んでいたらしい。こっちの姿を見たライアさんが話しかけてきた。


「水鈴ちゃん? 大丈夫?」

「え? ええ、はい、大丈夫です。ちょっと考え事をしてました」

「なら良いけど。外から何か報告は入っている?」

「いえ、今のところは。夜ももう遅くなっていますし、今日のところは偵察に出したメンバーを引き揚げるべきではないでしょうか」

「そうね。引き揚げの連絡は私がやっておくから、貴女はもう休みなさい」

「すいません」


 ライアさんに気を遣わせてしまった。けれど休憩が欲しかったのも本当のことで、リーダーの言葉にありがたく甘えさせてもらう。

 ゲームの世界が現実のものとなったことに端を発するここ数日の大混乱。それに対応してメンバーをまとめ上げ、周囲の様子を探る偵察活動を行い、『幻獣楽団』のメンバーは自己防衛のために動いてきた。

 その中で私は、外に出たメンバーから受けた情報をまとめて、リーダーのライアさんに報告として上げる役割を受け持っていた。

 チャット機能が変形したような念会話で入ってくる街の様子は、聞いているだけでも顔をしかめたくなるような内容ばかりだ。

 けれど偵察の成果は確かにあって、ここで起こった混乱のことが少しずつ分かってきた。


 例えば、現実の世界からこの『エバーエーアデ』の世界に自分のキャラクターの肉体で転移してくるのに『個人差』があると分かった。

 私がこっちに転移してきたのは三日前、いやもうじき日付が変わるので四日前か。『幻獣楽団』のほとんどのメンバーもこの辺りになるが、中にはさらに前からこちらに来てしまった人や、私の後から来た人もいた。分かっている限りだが最大でも一週間前、最近では昨日になってこちらに来た人がいるなど個人によって時間差が生じている。


 それに私がさっきまで偵察メンバーの報告を受けていた念会話も万能の通信機能という訳ではない。

 ある程度以上の遠距離通信はできそうになく、通信できる相手もお互いに知った仲でないとダメ。それもゲームの時ではなく、こちらに来てからのこと。これは一方的に顔を知った相手に一方的に通信を送りつけることは出来ないということになる。


「ふぅ……」


 大きく息を吐いて、ズクンと重くなる頭に手を当てた。念会話というものは脳辺りに負荷でもかかるのか、長時間通信していると頭痛に似た感触を感じるようになってくる。

 ライアさんはその辺りのことも考えて休むように言ってくれたのだろう。本当に気遣いの人だと思う。

 頭に当てた手を動かしていき、早く頭痛がなくなるようにマッサージしつつ、大部屋から私個人に割り当てられた個室へ向かう。

 手が髪とは違う手触りの部分を探り当てた。見なくても分かる。頭の上にある三角形の獣毛に覆われた耳、これが今の私の耳だ。


 折悪く、大部屋の壁にかかっている大鏡に自分の姿が映った。

 考えてみれば、どんな拠点にも必ず一枚は鏡がある。まさかゲームの製作者はこれを意図していたのか? いえ、考え過ぎね。気落ちしているとどんな事でも疑わしく思え、疑心暗鬼に陥ってしまう。

 今の私は巫女姿の狐耳少女、と一言で説明出来てしまうなりをしている。

 えんじ色の袴に白衣といった純和風の着物に、足元は純白の編上げブーツという和洋折衷じみた姿。白衣の背中と両袖には陰陽の太極図が描かれているから、巫女というより大陸系の道士という方が正解かもしれない。

 銀色の髪の上に三角形の獣の耳、お尻からは銀色のフサフサした尻尾が何本も出ている。これら耳と尻尾はこっちの思った通りに動くし、触れば感触もある。イミテーションでも飾りでもなく、これが私の体の一部になっているのだ。


 ゲーム時代の知識でいうなら、妖狐族が私の種族になる。術に長け、獣人系ならではの身体能力も程々にあり、動きまわれる魔術師の育て方が理想的の種族だ。

 キャラクターが育てば、最初は一本だった尻尾が数を増やしていき、最終的には九本になるのも特徴のひとつ。私の尻尾の本数も最大数の九本。これでも長く『水鈴』を育ててきたつもりだ。私自身がその水鈴になるとは思いもよらないことだったけど。

 この拠点にいる他のメンバーもみんな種族こそ異なるが、獣人系統で統一されており、みんな女性という点で共通している。『幻獣楽団』とはつまり、獣人系女子限定で結成されたチームなのだ。

 リーダーのライアさんが、「女性のプレイヤーがもっと可愛い恰好で楽しめるチームを作りたい」と言いだして結成されたチームであり、ゲーム内で話題になったこともあった。


 ネットゲームをプレイする男女比の傾向として、ポップな絵柄のライト級ゲームの方が女性プレイヤー率が多く、頭身の高いリアルな絵柄で硬派なゲームほど男性が多いのが一般的だ。

 『エバーエーアデ』の絵柄はリアル系のため、やはり男性の占める割合は多い。比率にしたら女性一に対して男性は二ぐらいだろうか。人気の高いゲームであるため、これでも比率は縮まっている。

 そういった環境では女性は自衛のため地味な装備をしたり、男性キャラを作ってオナベプレイをしていることもある。けれど本心では可愛い恰好、ファンタジーっぽい出で立ちをしたいと考えている人は多いはず。ライアさんのチーム結成の考えは、可愛い格好をしたい女子にその場を与える事を意図していた。

 お陰で結成して数ヶ月でメンバーの数は膨れ上がり、大所帯チームの一つとなってしまう。

 結成メンバーの一人である私としては、もう少しこじんまりとしたチームの方が好きだった。特にこんな具合にゲームだった世界が、現実として襲いかかってくるような非常事態だとなおさら強く思ってしまう。


 声をかけてくれるメンバーに適当に声を返しつつ、大部屋からメンバー個人用の個室に入り電灯を灯す。夜も遅く暗いこともあるが、ここは昼でも暗いため灯りは欠かせない。電気が生きていたのは嬉しいことだ。

 上階が雑居ビルとなっている地下式の拠点が『幻獣楽団』の本拠地となっている。入口は非常に分かりにくい場所にあり、メンバーにならなければ場所を明かされない。女子の自衛策の一つだったのだけど、今回の混乱ではそれが功を奏して拠点が襲撃されるということは一切なかった。

 反面、地下にあるせいで広い面積を取る事はできないため、個室の広さは狭く畳換算で三畳ぐらい。上等なカプセルホテルほどの広さしかなかったりする。

 けれども、私個人に限ってはこの狭さが心地よかった。四方を壁に囲まれていると閉塞感よりも安心感を覚える方なのだ。


 部屋に入るなりブーツを履いたまま、個室の中で一番面積を取っているベッドに倒れ込むように飛びこんだ。袴や白衣がシワになるけど、それに気にする精神的な余裕はなかった。とにかく横になりたかった。


「あ~う~……ケモミミ少女って見る分には可愛いけど、自分がなると大変かも。おまけに持っている服全部和服だし、面倒」


 ボソリと愚痴を呟いてみる。

 唯でさえ女は身だしなみに気を遣うのに、慣れない和服の上に尻尾や耳の手入れまで加わる。しかも私は尻尾が九本だ。普段行動するときは尻尾を一本にまとめることは可能だけど、手入れするときはやっぱり九本全部を相手にしなくてはダメらしい。

 普通の髪とは違って、犬猫用のブラシで丁寧に漉いていくのが望ましく、ノミやダニが住み着かないように気を配らなければいけない。

 漫画やアニメに出ていたキャラクターもリアルな視点で見るとこんな苦労をしていたのかもしれない。そんな益体もないことを考え、ゴロリと体をベッドの上で転がす。

 地下にあるせいか布団が少し湿っている。今は干す時間も余裕もない。これは魔法とかでどうにか出来ないかしら?


「あ……」


 身体を転がしたことで目に入ったもの、それを見て思わず声が漏れてしまう。

 壁にピンで留められた一枚の写真。元はゲーム画面の一場面を静止画で保存するフォト機能によるもので、それを個室の装飾として貼り付けたもの。でも機能云々よりも映っている対象が私の胸に大きなうずきを与えてくる。

 映っているのは私ともう一人の獣人系の女の子。人狼族の特徴を持った耳と尻尾、くすんだ金色の体毛。何より印象的なのは満面の笑顔をこちらに向けているところだ。隣で仏頂面をさらしている私とは大違い。

 こちらに転移してきた人の顔の造形は元になった人物の要素が強く出る。この笑顔一杯の顔も私が良く知っているものと違いはなかった。


「桜」


 まただ、また鬱になりそう。こうなるからみんなに迷惑をかけないよう考えずにいたのに、結局心配で心配で気を揉んでしまう。

 こっちではベルという名前でエントリーしている桜は、リアルにおいてもゲームにおいても大の親友……ううん私、鈴岡楓にとって愛しい人だったりする。


 中学の時に知り合い、同じ趣味で意気投合し、趣味に関係したイベントにも何度も二人で参加したり、高校も同じで、そのうち友情だけじゃ満足いかなくなって、求めて、求められて……過去を振り返るとかなり恥ずかしいヤツだ私は。でも、桜は私の一番の人というのは間違いない。

 人見知りする私とは正反対で、明るく活発で社交的な桜。同じ趣味だとは思えないほど運動ができて、部活動に入らないのが不思議なくらい。本人は「体育会系のノリは苦手でさ」と言っているけど、あれは私に気を遣っていたと思う。そんな桜に私は好感をもっていた。


 ゲームの『エバーエーアデ』に誘ってきたのも彼女からだった。私の人見知り克服のためと称していたけど、実は友達紹介キャンペーンで渡される特別装備が彼女の狙いだった。それが後になって分かり、丸一日口を利かないケンカをした過去もあったけど、今となっては良い思い出に昇華されている。

 尻尾を動かし、一本だけ顔の前にふぁさ、と持ってくる。お尻の付け根に不器用な手が生えたような感覚で、その指の一本を動かす感触で尾を操る。

 その尻尾は他の尻尾と違い、赤いリボンを巻いている。これがくだんのお友達紹介で手に入る特別装備で、名前もそのまま『友情リボン』と捻りがない。当初はケンカの素だったけど、桜との繋がりが感じられる大切なリボン。ゲームがリアルになったことでそれが一層鮮明に感じられる。

 両手を伸ばして、尻尾と一緒に抱きすくめるように触れる。

 女の子同士の恋愛なんてままごと、なんて言う人がいるけど私は真剣だ。ままごとでこんなに胸が締め付けられる気分になるはずがない。


「――あいたい」


 私がこちらに来てから四日が経っている。でも、桜の姿は見ていない。

 彼女の所属するチームは当然ここ、『幻獣楽団』だ。けれど転移してから誰も桜、つまりベルの姿を見た人はいない。先のように個人差で転移してくる時間が違うことも考えられるし、そもそも転移してこないことだって考えられる。

 後者だったらすごく寂しい話だけど彼女は安全。でも前者だったらいつ来るのか、どこに来るのかで気を揉んでしまう。

 私達がこちらに来た翌日には街で暴動が起こってしまい、ジアトーの街は滅茶苦茶になっている。こんな中にベルが右も左も分からず転移してくるのは危険すぎだ。一刻も早く見つけて保護したい。したいのだけど、ジレンマがある。


 右も左も分からないという話は私達にも当てはまる。ゲームと同じところ違うところ、まずそれが分からず右往左往しているところにこの混乱。みんな身を守ることで精一杯で、チームで固まって篭っている今が一番安全だったりする。

 この世界はゲームとは違ってとことん現実的な状況になっており、何もしなくても衣食住が必要とされる。それをチームのみんなに行き渡らせるためにリーダーのライアさんをはじめ、メンバーの各員が役割分担で作業をしなければチームは維持していけない。生活する基盤を最低限作った上で身を守り、偵察をして、脱出プランを練っていく。それが楽団の当面の目標になっている。


 そんな中で私だけベルを探しに街へ行きます、なんて言えない。

 間違いなくベル(桜)は私の一番の人だけど、楽団のみんなも放ってはおけない。人見知りをそこそこ克服した私にとってここは居心地のいいところだし、いまの非常事態の中ではこの場所を守りたいという思いも湧いている。

 どちらを優先するか、というジレンマが私の中で渦を巻いていた。

 ベルが現れたという話は聞かないので楽団のことを優先できるけど、もしどこからかベルの行方について報告がやってきても私は平静でいられるだろうか。


 気鬱な気持ちを抱えてベッドの上をまた転がる。眠気は当面やってきそうにない。



 ◆



 今の自分の気持ちを一文字で表せるなら鬱、である。まったく、この文字を考案した人は偉大だ。見るからに複雑でゴチャゴチャした胸の内を見事に一文字で表している。

 そして自分の手の中で分解されている銃器も複雑でゴチャゴチャしている。『モーゼル・タイプ712』はそれほどに厳しい代物であった。


「モーゼル兄弟にもの申したい。あなた方の作った銃は複雑すぎます」


 ネジで留めている部分はグリップの一か所のみ。後はほとんど寄木細工みたいに部品が複雑に噛み合っている。だからネジ一本外せば特別な工具なしで完全分解まで出来てしまう。それは軍用としては利点だが、いかんせん複雑すぎて分解手順を誤ると、組みあがった銃の横に部品が余ってしまう光景になる。しかも部品が多い分、動作不良≪ジャミング≫を起こしやすい。

 現在のモーゼル拳銃が完全にコレクターアイテムになっていることを思えば、実戦における信頼性は推して知るべしだ。


「こんなことになると知っていたら、モーゼルなんて選ばなかったのに」


 自分も他の好事家同様、モーゼル拳銃は好きだし、撃った事もある。現代のポリマー製にはない鉄と木による魅力的なシルエットが美しく、多くの漫画やゲーム、アニメでこの銃が登場するのも頷ける。だから『ルナ』に二挺拳銃で持たせたのだが、ここで裏目に出てしまった。

 実戦はシビアだ。水の中、泥の中、砂埃、低温高温と戦いの場所はどこにでもある。それらの環境に放り込まれてこの銃がきちんと作動するか疑わしい。この点では現代の銃は非常に進んでいる。戦場にどっちか持って行け、とグロックとモーゼル拳銃を並べられたら自分はグロックを迷わず取るだろう。趣味と命は天秤にかけられない。


 けれど現状あるのはモーゼルだけ。なら稼働率を維持する努力をしようと、訓練も兼ねて分解清掃をしてみた。けど、ここまで複雑な銃をいじっていると気が塞いで、64式小銃を分解している時を思い出してしまう。あれも大概部品の多い銃だった。


「手入れも考えて、己の武器を選ぶべきだったな。主」

「ぐうの音もでません」


 隣で丸くなっている使い魔に正論を言われてしまい、反論の余地がない自分は肩を落とすしかない。

 しかもさらに鬱なことに気難しいのはモーゼル拳銃だけではなく、ウィンチェスターもそうだったりする。

 散弾銃用の弾薬とウィンチェスターのレバーアクションという作動方式の相性は悪く、手入れを怠ったらこれまた作動不良になりやすい。手持ちの銃の内、普通の感覚で扱えそうのはスプリングフィールドとバックアップ用のリボルバーだけとは涙が出てきそうだ。

 もちろんゲーム『エバーエーアデ』の設定が反映されているこの世界のことだ、こちらの銃が自分の知っている銃と同じ性能、同じ整備性とは限らない。でも楽観視して命を預ける武器の手入れをしない、という馬鹿な話はない。

 マイナス思考をしやすいのが自分の悪い癖だが、今はそれがうまく回っている。当面は慎重さを重視していこう。


 頭で思考を回しながら、手は銃の分解清掃を進める。バッグに入っていたクリーニングキットで火薬カスや汚れを落としていき、要所に油を差して銃身をブラシで清掃、余分な油はボロ布で拭き取り、一通り終わればこんどは組み立て。すごい人になるとこの分解組み立てを目隠しでやれるが、自分はそこまで至れない。部品の多いモーゼルが相手ならなおさら。ブラインドなんて無茶な話である。

 分解に八分、組み立てに五分と時間をかけて一挺のモーゼルを組上げる。不慣れなこともあるが、これがもう一挺ある。


「ひとまず一挺終わり」


 息を吐きつつ銃のグリップを握り、不備はないか検める。

 外見に異常はない。部屋の白熱電球の明りに照らされたモーゼルは、鉄と木で出来ている銃器ならではの光沢をもって凶暴性を前面に表している。

 引き金の前にあるマガジンハウジングには幾何学的な紋様の彫金が施されており、ゲームではこれが魔法行使の際の補助になる設定があった。でもそんな機能は抜きにしても、彫金含めて銃器の外見は美しい。この感覚は博物館に展示されている日本刀を見た時とそっくりだ。悪く言い換えると、骨董品を相棒にこれからの鉄火場を潜っていかなければならないとも言う。


 ボルトを引くなどして作動も見て、不備がないことを確認するともう一挺のモーゼルにとりかかる。と、ここでバスルームからマサヨシ君が出てきた。

 今の彼はさっき見た全身鎧の威圧感に溢れる姿から、清潔なシャツにハーフパンツ、首にタオルと実にさっぱりとしている。その体からは湯気があがり、一目で湯上りと分かるものだ。


「ふぅ、さっぱり……あ。すいません、ルナさん。先にシャワー使ってしまって」

「別に謝る必要はないよ。ここは君の部屋なんだから」

「そうっすか。じゃあ、次シャワー使って下さい」

「分かった、ありがとう。これが一段落ついたらそうする」

「ええっと、手入れっすか?」

「そう」


 床に敷いたマットの上で銃の手入れをしている自分をマサヨシ君は物珍しそうに見ている。

 シャワーを浴びたことでさっぱりした身なりになった彼の巨躯からは石鹸の匂いが香る。今までの混乱で汗まみれ、ホコリまみれ、血まみれの挙句にゴミ箱の中に入って隠れていたというマサヨシ君の体は、拠点に運び込んだ当初はかなり臭っていた。

 傷を手当てする時に『浄化』の呪紋で汚れを落としたが、シャワーを浴びてくれたのはこちらの精神的に嬉しい話だ。


 ジアトーの市街地では水道が引かれており、ボイラーによる給湯も可能になっていた。電気すら通ってもいた。

 それも今回の大暴動により、地下にある水道管は各地で破裂して、ボイラーも流れ弾や魔法で破壊され、電線も寸断してまともに機能できる電化製品はないと思っていた。それがここでは事情が違っている。

 軽く調べてみたが、水は拠点の屋上にある大型の貯水槽に溜められており、ボイラーは浴室に収まる小型のもので、電気は拠点の地下に蓄電池らしきものがあるらしく問題なく電灯が点いた。彼の部屋は見かけだけではなくインフラも無事だったのだ。

 これを見たマサヨシ君は「変なところで運が良いや」などと言って苦笑いしていた。


 ここを今夜の宿と定めたら、他の部屋からも調達したカーテンで窓を二重に蓋して光が漏れるのを防ぎ、浴室のボイラーに火を入れる。後はこの混乱で汚れた体を清めれば、十分な睡眠をとるばかりだ。

 それで、そのシャワーを浴び終えたマサヨシ君は、モーゼルの分解清掃をしている自分の様子に興味津々で覗き込んでおり、正直とてもやりにくい。


「おぉ、なんかガンアクション映画のワンカットみたいっすね」

「マサヨシ君、他人事みたいに言っている場合じゃない。君も自分の武器の手入れはするべきだ」

「えっと、やっぱり必要ですか」

「ゲームと違って武器や防具は消耗するよ。使い捨てにするなら話は別だけど、長く使うなら研いだり油を引いたりする事は必要と思う」

「う、うっす」


 彼にも思うところはあるのか、こっちの言葉ひとつで身を引いて戦斧と槍斧をロッカーから取り出して手入れを始めた。短い付き合いだけど、マサヨシ君は基本的に素直な人物だと分かるようになってきた。

 こうしてしばらく自分のモーゼルをいじる音と、マサヨシ君が油を斧に引く音が部屋を占める。すぐ隣にはジンが小さく状態で丸くなって目を閉じている。時折、耳が動いているところ見るとまだ起きてはいる。


 ――不思議な気分だ。さっきまで気鬱に感じていたモーゼルの分解が穏やかな気分でやれている。街の状況は酷いものなのに、この場所だけ穏やかな雰囲気というのも変な気がする。第一、他人と一つの空間を共有する経験はここ十年近くはなかった。

 他者の存在などが煩わしくて半ば引きこもり生活をしてきた身としては、異常事態の中にあるとはいえマサヨシ君という他人を許容している自分が少し信じられない。

 案外、自分も人との触れ合いを心のどこかで求めていたのだろうか?

 むぅ、そんな月並みな人間だったか『僕』も。


 二挺目のモーゼルは最初の一挺よりも早く組みあがった。

 不備がない事を確認して、弾倉を入れてホルスターに収める。他の銃は後日だ。

 立ち上がり、さっきのマサヨシ君の言葉に甘えることにする。自分もマサヨシ君ほどではないが、体を清めた方がいい状態だ。


『ルナ』の住処からは替えの下着とタオルをバッグに詰めてきているので、このままバスルームに直行しても問題はなさそうだ。


「じゃあ、シャワー浴びてくる」

「了解……って、銃をもったまま?」

「用心のためだ。不用意に覗けば風穴があいたりする」

「覗きませんって!」


 うん、思った以上に反応が大きいな。少し面白い。

 冗談めかしてみたが、用心のためというのは本当だ。入浴中に暴徒の襲撃があった時、手元に武器があるのは望ましい。こんな事を想定しなければうかうか入浴出来ないのがこの街の現状だ。


「その辺りは君の紳士さに期待している。ジン、一緒に入る?」


 自分が声をかけたことで目を開けた黒猫姿の使い魔は、気だるい様子のままこっちを見やり、次いでマサヨシ君を見てから首を振った。


「いや、せっかくの主の誘いだが結構だ。このデカブツが血迷わないよう見張っておくさ」

「てめぇ、オレに何か恨みでもあんのかよ」

「別段、大したことではない」


 マサヨシ君がジンを睨み、ジンがそれを受け流す構図が一瞬でできた。どうにもこの二人は仲が悪いようだ。なぜだろう?


「じゃあ、ジンは後でブラッシングするとしようか。それとケンカするのは構わないけど、静かに頼む」


 静かにするよう二人に言い置いて、バスルームに入った。

 手近にある鏡にはどこか楽しそうな表情をしている少女が映っている。これが自分だと分かるのに丸一秒かかった。

 姿もそうだが、楽しそうな顔をしているのが自分だとは思えない。口元に手をやってみる。


「笑っている? 私が?」


 口角がわずかに上がっているのが分かる。作り笑いではない心からの笑い、なんて何年振りだろうか? 人とまともに会話していない期間よりも長いことは確かだ。

 人とまともに会話する機会と笑いがある時間が久し振りに自分にやってきた。それがこんな異常事態の下というのも皮肉なものだ。


「神様という奴は、いるとしたらとんだ冷笑家だ」


 服を脱ぎにかかる。この時にはもう顔に楽しげな気配はなくなっていた。




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