表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

王太子側近の婚約者、クラウディアは影が薄い。

作者: 有梨束
掲載日:2026/08/14

王太子の側近、ウェルタス・イグニティスの婚約者、クラウディア・ガリッソンは影が薄い。

クラウディアの印象は、目立たない、地味、そして覚えにくい。

これらがクラウディアの評価だが、その時点で彼女の術中であると気づいている者は少ない。


王太子の側近の婚約者、侯爵家の嫡男の婚約者、彼女自身も侯爵令嬢、とこれだけ目立つ肩書を持っているのに、他からの覚えが悪いこと自体おかしなことなのだ。


だが、大抵の人間はそんなことは考えもしない。

今日もクラウディアは目立たずに、令嬢としてそれはどうなのかと馬鹿にされていることだろう。

そんなこと、当の本人には何も刺さらないのがまた皮肉なのかもしれない。





『先日、雷で橋が落ちたという地方に視察に行く。しばらく帰ってこられないと思う。すまないが、よろしく頼む。』

婚約者であり、王太子の側近であるウェルタスからの電報を受け取ったクラウディアは、うっきうきでその内容を読んだ。


「まーた王太子殿下のお出かけ好きが発動してるわ。メリー、出かける準備を!」

「クラウディアお嬢様、また行かれるのですか…」


侍女のメリーは呆れながら、クローゼットを開けた。

文句を言ったところで主人のクラウディアが、おとなしく家にいるわけがないことはわかりきっているため、手はさくさくと動く。

そして、当のクラウディアはドレスをバッサバサ脱いでいく。


「あったりまえじゃない!婚約者様のピンチなのよ!」

「……お嬢様が行きたいだけでしょう」

「あら、やだ。そんなことないわよ」

そう言いながらも顔がニヤけているので、クラウディアがもうすでに旅行気分でいるのは、メリーにはお見通しだった。


「近場の宿はもう王太子御一行で埋まっていると思いますが、どうなさいますか?」

「そんなもの、野宿なりなんなりすればいいわ。問題なし!」

「お嬢様はご自身が侯爵令嬢だという自覚がないのですか…」

「あるわよ。あるからこそ、常日頃からこの認識操作魔法を発動しているんじゃないの!」

「それ、常時発動する魔法じゃないですからね…?」

「あら、便利なのよこの魔法。だーれも私のことを覚えられないから、何しててもバレないしっ!」

「隠す方ではなく、何もしない方向で落ち着いてほしいというのが、奥様方含めこの家の使用人一同の総意ですがね…」

「そんなことしたらつまらないじゃない、退屈で死んじゃうわ」

「はああ…、私は胃が痛いでございますよ…」


クラウディアは、国内でも屈指の魔法使いなのだ。

幼い頃から『認識操作魔法』を使うことにより、本人と認識されないようにしている。

なぜそんなことをするのかというと、理由はたった一つ。

侯爵令嬢として憚れるようなことを見つからずにするためである!


幼い頃の街歩き、買い食いに始まり、地方の旅人との遠征、戦闘騎士の魔獣討伐、国賓を迎えるための国境騎士団になど、ありとあらゆるところに混ざりに行くには、本人の正体など邪魔以外の何ものでもない。


だからこそ、認識操作魔法を起きている時も寝ている時もかけている。

そのため、クラウディアを『クラウディア』として認識できる人間は少ない。

家族やクラウディア付きの侍女メリーでさえ、時々見失うくらいだ。


だが、認識操作魔法をも超えてクラウディアを認識した人が、婚約者のウェルタスだった。


「あなたはなぜ常時魔法を発動させているのですか?」と夜会で訊かれた日から、クラウディアにとってウェルタスという人は、面白いことの筆頭になった。

だから、婚約もした。

政治的バランスと、何より強力な魔法が使えるクラウディアは、ウェルタスと釣り合っていたため、国からも許可が下りて、クラウディアにとっては万々歳な出来事だった。



そして、今回も婚約者の出張について行こうとしているのだった。

理由も単純、面白そうだから一択である。


社交界で目立たないクラウディアが、好奇心のオバケだと誰が思うだろうか。


「そんなことをしたがるのは、あなたと王太子だけです」と、ウェルタスはとうの昔に諦めている。

王太子に振り回される生活が、クラウディアにも振り回される生活へと、2倍に増えただけのことであった。

今も、王太子のお出かけ好きにため息を吐いていることだろう。


そこに突撃することがウェルタスの胃が痛くなることだと、クラウディアにはわからないのだが…。


「うわあっ、お嬢様、何してらっしゃるんですかっ!」

メリーの声に、クラウディアは首を傾げた。


「何って、男性の像に化けているんだけど?」

「男の体で裸にならないでくださいまし!」

「ええぇ〜、さっさと着替えて出かけたいんだもーん」

自分以外のものに見える魔法など、高等魔法だが、クラウディアにかかれば朝飯前であった。


「これなら、橋の再建設の土木のおっちゃんたちに混じれるしさ」

「わかりましたから、早く服を着てください…!」

「何よ、好みの男じゃなかった?」

「そういうことではございません…」

メリーは男性物の服をぶん投げて、素早くクラウディアに着せていく。

よくあることすぎて、メリーも手慣れていた。

平民の土木に混ざっても違和感のない服に着替え終わると、クラウディアは窓へと向かった。


「じゃっ、お父様たちにはテキトーに言っておいてね〜!」

「あっ、ちょっとお嬢様!」

「行ってきまーす」

クラウディアは窓からひょいっと出ていくと、あっという間に見えなくなってしまうのだった。






「お〜〜、っと、いたいた」

早速壊れた橋というところに追いついたクラウディアは、地元の作業員に混ざった。

王太子一行が到着するとほぼ同時に、たどり着いた。

1日寝ずに飛んできた甲斐があるというものだ。


あらかた説明を受けて、作業が始まった。


重いものは軽々持てないので、魔法を使ってまるで持ち上げているように見せる。

若い働き手のくせに、物も運べないのでは足手纏いになってしまう。


「おい、そこの若い奴。これも運んでくれ」

「了解です」

指図された通りに、土嚢袋を運んでいく。

これがまた重くて、クラウディアの力では一つが限界だ。

周りを見て、一気にどれくらい運ぶのがいいのか観察する。


3個、…はやりすぎ、だけれど、魔法が使えるのだから、2個ずつ運んで貢献しましょうと、クラウディアは次々と土嚢袋を担いだ。


「おお、兄ちゃん力持ちだね〜!」

「力だけはあるので、任せてくださいっ!」

作業員に女だとバレることもなく、運び手をなる。

運び終えてしまえば、ただの新人なので、先輩たちに教わりながら、丁寧に作業をしていった。

すぐに手が荒れて、土まみれになっていく。

それもクラウディアからしたら、気にならないものだった。

魔獣討伐の方が砂埃がひどくて汚れたなぁ、くらいにしか思っていない。


「親方、これってこの作業で合ってます?」

「合ってはいるが、遅すぎる。もっとキビキビ動けぇ〜」

「はーい、すみませーん!」

明るく返事をしながら、慣れない作業を続けていくうちに視線を感じたクラウディアは、見られている方を向いた。

ちょうど王太子御一行が、作業の確認をしていた。

その中に、ウェルタスの姿もあって…。


バチッと、花火でも散ったかのように目が合った。


「あ」

クラウディアが声を漏らしたと同時に、ウェルタスがズカズカとやってきた。


「……なんでここにいるんですか、あなたは」

「よく気づきましたねぇ、ウェルタス様」

「気づくに決まっているでしょう…!?何してるんですか!」

「出張に行かれるとのことでしたので、お手伝いしたいなぁ〜と」

「よろしく頼むと、書いておきましたよね?」

「はいっ、ですから来ちゃいました!」

「……次からは留守をよろしく頼むと書くことにします」

「ええぇ〜!」

「ええぇ〜ではありません!」

小声でやりとりしながらも、周りの作業員はザワザワし始める。


「お、お偉い方、その坊主がどうかしやしたかい?」

「あ、…いや、なんでもないんだ。作業の邪魔して悪かった」

「そうですよ〜、ウェルタス様。向こうに行っててくださいな」

「あなたもでしょ…!?」

「私は作業員ですので!」

クラウディアは男の顔でにっこり笑うと、すぐに持ち場に戻っていく。

ウェルタスは仕方なく元にいた場所に戻りながら、クラウディアの耳元にだけ届くように、魔法で声を飛ばした。

ウェルタスもまた、クラウディアの認識操作魔法を見破るほどの魔法使いなのだ。


「……あんまり現場の方のご迷惑になってはいけませんよ?」

ウェルタスの呆れた声に、クラウディアは肩を震わせながら、同じように魔法で返した。


「もちろんです!現場の邪魔をしないが私のモットーですから!」

「そこは現場に混じらないにしてほしいものですけどね」

「そんなつまらないことはできません!」

「魔法はほどほどにしておいてくださいね」

「大丈夫です、作業に魔法は使いませんから!」

それだけ言って、クラウディアは遠くからウェルタスにウィンクしてみせた。

ウェルタスは困ったように頭を掻いて、何もなかったように王太子の横につく。


「この手の作業に魔法が加わったら、脆くなってしまいますからねえ〜!人の手で作る以上に、良き物はありません!」

クラウディアはニッコニコの顔で、先輩たちに怒られつつも、橋に必要な木を組み立てていく。

現場のやり方に面白さを見出しているクラウディアが、魔法で一気になんてそんなつまらないことをするわけがなかった。

それがわかっているから、ウェルタスは強くは反対しないのもある。

婚約者があんなに生き生きしているところを見るのが、正直気に入っているのもあった。


「…ところで、夜はどうするのですか?」

「え?そこらへんで野宿か、親方の家にでも泊めてもらおうかと」

「同じ宿にもう一部屋取るので、こちらに来なさい」

「ええぇ〜、いいですよ、せっかく作業員になりに来たのに」

「宿に来なさい!」

珍しく語気の強いウェルタスの声に、クラウディアはビクリと肩を跳ねさせて、まずい怒られた…!と素早く返事をした。


「わっかりました!ありがとうございますっ!!!」

「……よろしい」

低く唸るようなウェルタスの声に、これ以上何かしたら連れ戻されると察知したクラウディアは、そのあとずっと橋が完成するまでただの作業員でいることを徹底したのだった。




橋は無事再建し、王太子の突発視察も終わった。

クラウディアが飛んで帰ろうとした時、魔法によって馬車の中へと連れ込まれた。


「なっ、ウェルタス様…!?」

その馬車は王太子殿下が乗っているものとは違って小さい、行きは食料などを積んでいた何かの非常事態用の馬車だった。

当然、クラウディアを放り込んだのはウェルタスだった。


「もういいでしょう。帰りはこっちに乗って帰りなさい」

「飛んで帰るから、大丈夫ですよ」

「王家主催の夜会があるので、この馬車は急ぎで帰ります」

「はあ」

「はあ、じゃありません。あなたも出席予定でしょ?飛んで帰っていたら、寝る時間はありませんよ」

「なるほど…そういうことでしたら、お言葉に甘えさせていただきます!」

「ええ、そうしてください。どうせ夜会のこと、忘れていたんでしょう?」

「うぐっ、えーっと、…おやすみなさいませっ!」

クラウディアはこれ幸いと、座席に横になって耳を塞いだ。

ウェルタスはやれやれと首を振りながら、馬車の扉を閉めた。

内心は婚約者の安全が守られてほっとしているなど、クラウディアには伝わらないのだが、それすら伝わらなくてもいいだろうと思っているウェルタスは、やっぱり婚約者には多少甘いのであった。





そんな王家主催の夜会には、全員ギリギリ間に合うこととなった。


「あら、また王太子の側近のイグニティス様がお一人みたいよ?」

「誰でしたっけ、婚約者のぉー…、あれ?」

「ほら、ガリッソン家の、長女の…、名前が思い出せないわね」

「そうそう、あの方ね。あんな素敵なイグニティス様をお一人にさせるなんて、婚約者の自覚がないんですかね?」

夜会会場でそう囁かれているのを、たまたま聞いていた王太子殿下は、当のウェルタス・イグニティスを肘で突いた。


「だそうだよ、婚約者殿」

「いつものことでしょう。言わせたい者には言わせておけばいいのです」

「ほーん、そうやってお前が甘やかすから言われたい放題なんじゃないのかぁ?で、本人は今日はどこにいるわけ?」

「殿下には見えていませんか?」

「僕はそこまで魔法が得意じゃないからね」

「…あそこです」

ウェルタスは躊躇いがちに、とある方向を指差した。

王太子も目で追うが、人が多くてよくわからない。


「見当たらないが?」

「殿下、先入観は捨ててください。彼女がおとなしく令嬢として参加しているとでも?」

「は?」

「あそこです、…楽器隊の最後列です」

「はああ?」

やや大きい声が出て、周りには不審がられたが、王太子は何もなかったかのように視線だけ向けた。

夜会を盛り上げるために演奏をしている者たちを見てみるが、それでも見つからない。


「どこだ?」

「最後列の右から2番目ですね」

「…………男だが?」

「ええ、クラウディアがよく化ける姿ですね」

平然としているウェルタスに、あんぐりした王太子は、自分の目を擦ってもう一度男を見た。


「あの顔、この前の橋の再建設にいなかったか?作業員に似ている顔がいたぞ」

「さすが殿下、よく覚えていらっしゃいますね。あの時も、ああやって混ざっていましたよ」

「……おい、あの時もいたって言ったか?」

「ああ、そっちは気づいていなかったんですね」

ウェルタスが何も気にしていないように言うので、王太子は肩を竦めるだけだった。


「魔法使いたちの考えていることは、よくわからん」

「彼女だけですので、私も含めないでください」

「そこが好きなんだから、お前も食えん」

「ははは、まあ、あれが彼女いいところですよね」

「お前、楽しんでるだろ……?」

「いえいえ、これ以上は殿下にも彼女にもおとなしくしておいてほしいですよ」

「それは聞けん望みだな」

「わかっておりますよ。ですので、せいぜい振り回されることにしますよ、私は」

じっと婚約者を見ていたウェルタスの視線に、クラウディアが気づいて、小さく手を振ってきた。

それを見て、ウェルタスは微笑んで頷くだけだった。

満足そうな横顔に、王太子は惚れた弱みってやつだなぁ、などと思った。


「あの無表情なイグニティス様が笑っていらっしゃるわよ…!」と周りの令嬢たちは色めき立ったが、それすらもクラウディアのおかげだと気づいているのは、今日のところは王太子だけだろう。


「まあ、貴様らが仲がいいのなら、僕は何も言わないさ」

そう言って、王太子はもう一度肩を竦めるのだった。



今日も目に留まらないクラウディアは、婚約者に見守られながら、夜会を誰よりも楽しんでいるのだった。






お読みくださりありがとうございました!!

225日目。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ