第7話:ANAインターコンチネンタルホテル東京③
プレミアのお部屋のドアを開けた瞬間、視界いっぱいにオレンジ色の光が飛び込んできた。
窓の外には、東京タワーがその圧倒的な存在感を放ってそびえ立っている。
「えっ、ツカサ……いつもこんなお部屋に泊まっているの?」
サトミが信じられないといった様子で声を上げる。
「いや、いつもってわけじゃないよ。ただこの夜景が好きだから、似たアングルの……もう少し手頃な部屋に泊まることもあるかな」
ツカサはそう言って少し照れくさそうに笑うと、鞄からPCを取り出した。まずはメールのチェック。これは彼にとって、どこにいても欠かせないルーティンだ。
さとみがそっと後ろから画面を覗き込んできたが、並んでいる専門用語や事務連絡を見ても、彼女にはあまりピンとこないようだった。
メールを捌き終えたツカサは、次に鞄から池波正太郎の『人斬り半次郎』を取り出し、ページをめくり始めた。
そんなツカサの様子を、サトミは不思議そうに、けれどどこか愛おしそうに横目で見守っている。
さらに、ツカサは自分で持ち込んだシャンパンのボトルを開けた。シュン、と静かな部屋に心地よい音が響く。
二つのグラスに黄金色の泡を満たし、その一つをサトミに手渡した。
「はい、どうぞ」
東京タワーの灯りに照らされながら、部屋での静かな時間が、ゆっくりと流れ始めた。
そこへ、チャイムの音が鳴った。フロントで頼んでおいた追加の毛布が届いたのだ。
ツカサは席を立ち、ドア越しに毛布を受け取りに行く。
部屋のクローゼットには、すでに予備の毛布が備え付けられている。けれど、彼はあえてもう一枚、手元に毛布を確保した。
「……はい、これで寒くないだろう」
ツカサが何気なく言ったその言葉に、サトミはグラスを持ったまま、少しだけ視線を泳がせた。
二人で過ごす、初めての夜。
追加の毛布は、冷え込みへの備えか、それともーー。
やがてツカサは『人斬り半次郎』をパタリと閉じた。
彼はソファに座るサトミの隣に腰を下ろすと、二人で並んで窓の外を見やった。
夜の闇に浮かぶ東京タワーを眺めながら、たわいもない話を交わす。けれど、サトミは自分が何を話しているのか、ほとんど分かっていなかった。
隣から伝わるツカサの体温。静かな部屋に響く、自分のものとは思えないほど速い鼓動。
サトミの心は、夜景よりもずっと激しく揺れ動いていた。
ふいに、バスルームからお湯が溜まったことを知らせる音が届く。
「お風呂、出来たみたいだね」
ツカサはサトミを優しく見つめ、落ち着いた声で言った。
「……先に入っておいで」
その一言に、サトミの胸はさらに大きく跳ねた。
促されるままに立ち上がりながらも、彼女の頬は、夜景のオレンジ色を映しているのか、それとも別の理由か、熱く染まっていた。




