第6話:ANAインターコンチネンタルホテル東京②
「ごめん、夜景に見惚れてて……頼んだの忘れてた」
慌てて用意させたのは、グラスの中で繊細な泡が踊るシャンパンだ。黄金色の液体が窓の外の東京タワーと共鳴するように輝いている。
「一週間、お疲れ様。乾杯」
「乾杯!お疲れ様」
クリスタルグラスが軽やかな音を立てて重なる。
肉の脂を、冷えた泡が心地よく洗い流していく。これ以上ない贅沢な瞬間に、二人の顔は自然と笑みがこぼれた。
締めは敢えてガーリックライスは選ばず、炊き立ての新潟県産の白米と赤味噌のお吸い物をいただいた。
最後にデザートを完食し、ツカサは深く息を吐く。
「あー、美味しかった!最高だよ」
「夜景も綺麗だったし、本当に最高だった。ありがとう、ツカサ」
二人の心から言葉が重なる。
会計を済ませ、三十七階から地上へと降りるエレベーターの中。ツカサが「溜池山王駅まで送るよ」と切り出すと、サトミが上目遣いで彼を見た。
「もしかして……今日も、お泊まりなの?」
「あー、そうだよ」
「私は、今日も泊まらなくていいの……?」
真っ直ぐな問いに、ツカサは少しだけ言い淀み、それから誠実に答えた。
「だって、まだ付き合ってそんなに経ってないじゃないか。僕は……サトミのことを大事にしたいんだよ」
その言葉に、サトミは頬を赤らめながらも、食い下がるように言った。
「でも。お部屋、どんな感じなのか見てみたい……」
ツカサは参ったな、という風に頭をかき、最後には根負けしたように優しく微笑んだ。
「……仕方ないな。来るかい?」
フロントへ向かい、まずは手土産を渡す。
「これ、宿泊部にいる友人に。あとは、フロントの皆さんでもどうぞ」
そんな気遣いに、スタッフは顔を綻ばせて「いつもありがとうございます」と深々と頭を下げた。
慣れた手つきでチェックインの手続きが始まる。
「ツカサ様、いつもご宿泊ありがとうございます。IHGプラチナ会員様ですので、お部屋のアップグレードさせていただきました。特典としてポイントとドリンクチケット、どちらにいたしましょう」
「ポイントでお願いします」
「承知いたしました。本日のお部屋は、東京タワーを一望できるプレミアのお部屋をご用意しております」
そこでツカサは、隣のサトミを意識しながら静かに切り出した。
「……予約を一人でしたが、二人利用に変更してもらえますか?」
「承知いたしました。その場合、朝食代などの追加分として数万円を申し受けますが、よろしいでしょうか」
数万円ーー。
隣で聞いていたサトミは、思わず息を呑んだ。一人追加するだけで、そんなにかかってしまうのか。申し訳なさと驚きで不安げな表情を浮かべるサトミを他所に、ツカサは迷うことなく頷き、手続きを済ませる。
「以上で終了となりますが、ツカサ様、他に何かご要望はございますか?」
「毛布をもう一枚、お願いします」
その一言に、サトミはふと顔を上げた。
「では、お部屋に向かおうか」
ツカサに促され、二人は吸い込まれるようにエレベーターへと乗り込む。
上昇する浮遊感の中で、サトミの鼓動は、鉄板焼を食べていた時よりもずっと速くなっていた。




