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ホテルの使い方〜観光はそこそこにホテルでまったり過ごしたい〜  作者: 一年目の平凡な中小企業の社長


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20/21

第20話:ANAクラウンプラザホテル成田(完)

「ここはね、シェフが北海道出身ということもあって、ブッフェに帯広の『豚丼』なんかも並んでいるんだよ」  

 僕が説明すると、サトミは「ほうほう……」と感心したように頷いた。


「確かに、種類も豊富だし質も高いわね。ツカサがここをスタンダードにする気持ち、ちょっとわかるかも!」


 そんな会話を楽しみながら料理を選んでいると、背後から聞き覚えのある、涼やかな声が響いた。


「あら! あなた、総務の事務員の子じゃない?」  


 心臓が跳ねた。振り向くと、そこには月曜の朝にバイク置き場で言葉を交わした、皮膚科の常勤医である女性医師が立っていた。


「えぇっ!? 先生、どうしてここに……」


「私、今日から海外の学会なのよ。前泊してたんだけど、まさかこんなところで会うなんてね」  


 先生は可笑しそうに笑った。そういえば、今週は皮膚科が休診になると掲示板に出ていたのを、僕は今さら思い出した。


「本当ですね……先生がいらっしゃるとは思いませんでした」


「こちらは……あなたの彼女さん?」  


 先生の視線がサトミに向く。サトミは少し緊張した面持ちで、ぺこりと一礼した。 すると、先生がいたずらっぽく僕に問いを重ねる。


「まさか、駐車場に停まっていたあのクレヨンの『ポルシェ』、あなたのじゃないわよね?」


「……ノーコメントでお願いします」  


 僕は苦笑いして答えた。


「先生だって、BMWの『Z4』に乗っていらっしゃるじゃないですか」


「あんな大きなバイクに、車まで……。あなた、ただの事務員じゃないわね? ……ふふ、お邪魔したわね」  


 先生は軽やかに手を振って、自分の席へと戻っていった。

 その直後、サトミの視線が「じとーっ」と僕の横顔に突き刺さった。


「先生?……綺麗な人ね。仲良いの?」


「常勤の先生で、仕事で少し話すくらいだよ!」  


 僕は慌てて否定し、話を逸らそうと彼女の背中を軽く押した。


「さっ、サトミ、ご飯ご飯! 温かいうちに食べよう」


「……あー、何食べようかな」  


 サトミはまだ不満げな顔をしていたが、サラダコーナーの彩りを見ると、すぐに食欲に負けたようで足を進めた。

 席に戻ると、テーブルには二人分のお皿いっぱいの料理が並んだ。


「美味しいよ、ツカサ!」  


 一口食べた瞬間、サトミの顔に幸せそうな笑みが広がる。


(……可愛いな。というか、本当に愛くるしい)  


 さっきまでの嫉妬もどこへやら、夢中で頬張る彼女を見て、僕は心の中でそっと呟いた。


「よし、お腹いっぱいだ。……あ、コーヒーだけお部屋に持ち帰ろうかな」  


 ツカサがレストランのテイクアウト用カップを手に取る。


「コーヒーもらえるんだ! いいね、お部屋で少しゆっくりできるし」  


 二人は最後の一杯を手に、名残惜しみながらスイートルームへと戻った。

 窓の外では、朝の光を浴びた滑走路を銀色の機体が次々と飛び立っていく。


「じゃあ、そろそろチェックアウトしようか」


「うん」  


 サトミが短く頷く。


「今日も、品川まで送ればいいかな?」


「うん! それでいいよ」


 フロントへ降りると、そこには昨夜の「加藤さん」が、完璧な立ち居振る舞いで待っていた。


「ツカサ様、ご滞在はいかがでしたか?」


「とても良かったよ。部屋も清潔だったし、何よりあの景色は格別だった」


「喜んでいただけて何よりです。またの『おかえり』を、お待ちしておりますね」


 加藤さんは、親愛の情を込めてツカサにニコリと微笑んだ。

 ホテルを出て、駐車場で待つクレヨン色のポルシェに乗り込む。車が走り出すとすぐに、サトミは今朝からの「トゲ」を口にした。


「……ねえ、ツカサ。あの皮膚科の先生、食べてる時もずっとツカサのこと見てたよ」


「サトミ、気にしすぎだよ。ただ、僕が珍しい場所にいたから見てただけさ」  


 ツカサは苦笑いしながら、彼女をなだめるように静かに言った。


「……ねえ、次はどこに行こうか?」  


 ツカサがハンドルを握りながら問いかけると、サトミは少し考えてから、晴れやかな声で答えた。


「うーん! 少し遠くでもいいよ。ツカサが行きたいところなら」


「金曜日の朝から出発できるといいんだけど……サトミ、年休とか取れたりするかな?」


「多分取れると思う。それにうちの会社、フレックスタイム制だし! 調整してみる」


「じゃあ、金曜の朝から行けるな。……楽しみだ」


「うん、楽しみ!」


 718ケイマンは、成田インターチェンジを抜け、東京方面へと力強く加速していく。 嫉妬のトゲを、未来への期待が優しく包み込んでいく。 ポルシェのエンジン音は、次なる旅へのプロローグのように高く響き渡っていた。


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