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ホテルの使い方〜観光はそこそこにホテルでまったり過ごしたい〜  作者: 一年目の平凡な中小企業の社長


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第19話:ANAクラウンプラザホテル成田④

 重い瞼を擦りながら、僕は重い腰を上げた。


「サトミ……お風呂ができたら、先に入っていいよ」


 そう言ってニコリと笑うと、僕は一階のコンビニで買っておいた缶ビールを開け、テーブルの上のノートPCを立ち上げた。


「ツカサ、いつも何のメールをチェックしてるの?」  


 背後からサトミがひょいと画面を覗き込む。


「仕事のメールばかりだよ。納入業者やメーカー、あとは卸の担当者とかね……」


 僕は淡々とキーボードを叩く。やがて、バスルームからお湯の溜まる音が響いた。


「お風呂、そろそろかな」  


 僕が様子を見に席を立った隙に、サトミはふと画面に目を落とした。

 そこには『注射針の納入期日について』や**『ガーゼのサンプル送付の依頼』**といった、驚くほど実務的で、どこまでも地味なタイトルが並んでいる。


(ツカサって、本当に病院の事務員なんだ……。ガーゼのサンプルなんて、お医者様が送付依頼なんて出さないものね。でも、それなら一体、彼は何者なの?)  


 確かな「事務員」としての証拠を目の当たりにし、彼女の困惑はさらに深まっていく。


「おーい、サトミ! お風呂できてるから、入っておいで」  


 僕に促され、サトミは解けないパズルを抱えたままバスルームへと消えていった。

 しばらくして、湯上がりのサトミがリビングに戻ってくると、そこにはまたソファで力尽きて眠っている僕の姿があった。


「あーあ、また寝てる……。ツカサ!」  


 彼女が僕を起こそうと腕を掴もうとした、その時。

 僕の左手首で、室内の僅かな光を反射して鈍く輝くものがあった。


「えっ……これ、『ルイ・ヴィトン』の時計? いつから着けてたの……?」  


 サトミが小さく呟く。それは、ガーゼの発注管理をしている人間が日常使いするにはあまりに不釣り合いな、洗練された高級時計だった。


「ん……。ああ、また寝ちゃってた?」  


 僕がゆっくりと目を覚ますと、サトミは慌てて視線を逸らした。


「ツカサも、早くお風呂入っちゃいなよ」


「そうだね、そうするよ」


 バスルームへ向かう僕の背中を、サトミは複雑な眼差しで見送っていた。


(……やっぱり絶対、ただの事務員じゃない。お医者様か、それともどこかの経営者……? 経歴を嘘ついてるの? でも、さっきのメールは確かにガーゼとか、病院の事務の内容だったし……)


 霧が晴れるどころか、ツカサという男の輪郭は、深まる夜とともにますます謎めいていく。サトミはスイートの広いソファに深く腰掛け、彼の「正体」について答えの出ない問いを繰り返していた。

 お風呂から上がると、ソファではサトミが窓の外に広がる夜景をじっと眺めていた。


「ねえねえ、ツカサ! 成田って、夜でも結構たくさん飛行機が飛ぶのね」


「……ずっと見てたの?」  


 呆れたように、けれど愛おしさを込めて問いかけると、サトミは「夜景、本当にきれいだよ」とはにかんだ。

 僕は彼女の背後から、そっとその肩を抱き寄せた。


「今日も一日お疲れ様。……サトミとこうして過ごせて、本当に嬉しいよ」  


 耳元で囁くと、サトミは少しだけ頬を染めて、僕の腕に自分の手を重ねた。


「ツカサ、私もだよ。いつもいろんな素敵なところに連れてきてくれて、ありがとう」


(ツカサがどんな経歴だろうと、今はもういいや……)  


 サトミは、背中から伝わる彼の体温と、包み込まれるような安心感に、胸に抱いていた疑念を溶かしていった。


「サトミ、そろそろ寝ようか」


「そうね……。おやすみなさい、ツカサ」  


 広いスイートルームのベッドで、二人は吸い込まれるように深い眠りへと落ちていった。

 翌朝。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋を淡く照らしていた。


「あー、もう朝か……」


「ツカサ、おはよう……」  


 微睡みの中で挨拶を交わす。昨夜の甘い余韻を残したまま、僕は身体を起こした。


「朝ごはん、食べに行こうか」


「うん」  


 サトミが小さく頷く。


「ここの『セレース』の朝食はね、僕の中では特別な位置づけなんだ。他のホテルの朝食を評価するときの、ひとつの『基準スタンダード』にしているんだよ」


「基準?」  


 不思議そうに首を傾げるサトミに、僕は着替えながら説明した。


「ブッフェ形式のスタンダードな朝食ってことさ。ここより美味しければそのホテルはレベルが相当高いし、ここに満たなければ、そこまでの朝食だったということになる。……まあ、セレースの朝食はかなり美味しいよ。千葉の郷土料理も豊富だしね」


「へえ、それは楽しみ! ツカサの格付け、厳しそうなんだもん」


 サトミの笑い声に誘われるように、僕たちは期待に胸を膨らませ、一階のレストランへと向かった。


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