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ホテルの使い方〜観光はそこそこにホテルでまったり過ごしたい〜  作者: 一年目の平凡な中小企業の社長


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第15話:みんな大好き!ヨコハマグランド⑦

朝食を終えた二人は、名残惜しさを抱えたまま一度部屋に戻った。


「一回、部屋でゆっくりしようか」


「そうだね」


 ツカサはソファに深く腰掛け、再び『その男』の続きを読み始める。サトミはベッドにゴロンと転がり、昨夜の煌びやかな景色の写真をSNSにアップしていた。会話がなくても、同じ空間でそれぞれの時間を楽しむ。それこそが、ホテルの本当の贅沢な使い方だと、ツカサはページをめくりながら感じていた。

 やがて、ツカサは本をパタリと閉じた。


「さて、そろそろ行こうか」


「……うー。もう、帰っちゃうの?」  


 サトミが枕を抱えたまま、寂しそうに僕を見上げる。


「また今度、来よう。昨日はアフタヌーンティーに間に合わなかったからね」


「絶対、約束だよ?」


「ああ、約束だ。……でも、向かいの東急にも友達がいるから、そっちも泊まらないとな」


「えっ、東急も泊まりたい!」  


 サトミがぱっと表情を明るくする。そんな現金な反応に、ツカサは思わず頬を緩めた。

 二人は二階のクラブラウンジに向かい、静かなカウンターでチェックアウトの手続きを済ませる。


「お車を出すよう、正面玄関へ手配しておきますね」  


 スタッフの言葉に頷き、ツカサは財布から一枚のカードを取り出した。


「お会計はこれで」


「ツカサ、そのカード……見たことないデザイン」  


 サトミが横から覗き込む。


「これはダイナースというブランドなんだ。あまり見かけないかもしれないね」


「ダイナース? ビザとかマスターじゃないんだ……」


「まあ、クレジットカードなんてどれも同じようなものだよ」  


 ツカサはさらりと答えたが、その銀色に輝くカードが、限られた者しか持てない「信頼の証」であることを彼はあえて口にしなかった。


 一階へ降りると、正面玄関には磨き上げられたジャガーがすでに横付けされていた。


「ありがとう」  


 ツカサがドアマンに礼を言うと、彼は深々と頭を下げた。


「こちらこそ。ツカサ様、いつもお心遣いありがとうございます」


 そこへ、西崎さんが息を切らして駆け寄ってきた。


「ツカサ様、お見送りが遅くなり申し訳ありません。ご滞在はいかがでしたでしょうか?」  


 ツカサが助手席のドアを開けると、乗り込みながらサトミが満面の笑みで答えた。


「最高でした! 景色も、ご飯も、お部屋も!」


「それは光栄です。サトミ様、またのお戻りを心よりお待ちしております」


 西崎さんの丁寧な一礼に見送られ、ジャガーのエンジンが力強く咆哮した。ホテルを背に、車はみなとみらいインターチェンジを目指す。ミラーに映る帆の形の建物が少しずつ小さくなっていくのを、二人はそれぞれの想いで見つめていた。


 ツカサの愛車は、みなとみらいの潮風を切り裂き、サトミの最寄り駅へと颯爽と走り抜けた。駅前のロータリーに滑らかに車を停めると、車内には心地よいエンジンのアイドリング音だけが響く。


「本当に、ここでいいのかい?」


「うん。……ここでいい。送ってくれてありがとう」


「また、遊びに行こう」


「うん……また、行こうね」


 サトミは名残惜しそうに頷き、ドアノブに手をかけた。  


 彼女が降りようとしたその時、ツカサは心の中にずっと溜まっていた、自分でも驚くほど青臭い言葉を、あえて飲み込まずに口にした。


「……サトミ」


「えっ?」


「……一緒に過ごせて、幸せだった」


 言い終えた瞬間、ツカサはわずかに視線を泳がせた。いつもの冷静な自分なら、もっとスマートな言い方があったはずだ。けれどサトミは、今日一番の、そして世界で一番幸せそうな笑顔を浮かべて僕を見つめた。


「……私もだよ。ツカサ」


 その笑顔を車内に残したまま、彼女は軽やかな足取りで改札へと消えていった。  一人になった車内。ハンドルを握るツカサは、バックミラーに映る自分の顔が、まだ少し赤いことに気づいて苦笑した。


(……らしくないな、俺も)


 そう呟く。  野太い咆哮が周囲に響き、ジャガーは自宅へ向けて加速した。  

 明日からまた、病院という名の戦場が始まる。けれど、今のツカサには、次の週末を勝ち取るための十分すぎるほどの理由があった。


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