第14話:みんな大好き!ヨコハマグランド⑥
二人は部屋を後にし、エレベーターで二階へと降りた。クラブラウンジの重厚なエントランスを抜けると、凛とした制服姿のスタッフが迎えてくれる。
「お部屋番号をお伺いしてもよろしいでしょうか」
ツカサが静かに番号を伝えると、スタッフは恭しく頷いた。
「お席へご案内いたします」
案内されながら、ツカサはラウンジを見渡して小さく呟いた。
「昨夜言っていた通り、やっぱり席が埋まっているな……」
サトミも少し緊張した面持ちで、周囲の落ち着いた客層をキョロキョロと見渡している。
「ツカサ様、こちらのお席でよろしいでしょうか?」
案内されたのは、朝日を浴びて銀色に輝く海と、巨大な観覧車を特等席で眺められる窓際のテーブルだった。
「うん。ここでいい。ありがとう」
スタッフがテーブルの上にあるメニューを指し示す。
「こちらのメニューからメインのお料理をお選びいただき、その他はビュッフェ形式となっております」
「僕は洋食にしようかな。サトミは?」
「私は……やっぱり和食がいいな」
ここでも二人のチョイスは綺麗に分かれた。けれど、それがお互いの個性を認め合っているようで心地いい。
「じゃあ、ブッフェを取りに行こうか」
「うん!」
サトミが弾んだ声で頷く。
(やっぱり、クラブラウンジにして正解だったな)
ツカサは、階下の一般会場の喧騒を想像し、心の中でひとりごちた。どれほどホテルが混み合っていようとも、ここでは時間がゆっくりと、かつ贅沢に流れている。 隣を歩くサトミの、朝の光を浴びて透き通るような横顔を見ながら、ツカサは昨夜の「腕の温もり」を思い出し、少しだけ鼻先をこすった。
やがて、テーブルには出来立ての料理が運ばれてきた。ツカサの前には、完璧な形状を保った『エッグベネディクト』。そしてサトミの前には、彩り豊かな小鉢が並ぶ『和食御膳』。
「わあ……すごいボリューム!」
サトミが目を丸くして感嘆の声を上げる。そして、いたずらっぽく笑いながら僕の皿を覗き込んだ。
「ねえ、ツカサ。そのエッグベネディクト、一口ちょうだい……」
「いいよ。半分に分けよう」
ナイフを入れると、ぷるぷると震えていたポーチドエッグから、濃厚な黄金色の黄身が「どろり」と溢れ出した。流れ出した卵液がイングリッシュマフィンを包み込み、えも言われぬ芳醇な香りが立ち上る。それをサトミの取り皿へと移してやると、彼女は幸せそうに頬張った。
「うーん……! 美味しいっ! こんなに濃厚なの初めて」
満面の笑みを浮かべるサトミ。その様子を眺めながら、僕はコーヒーを一口啜り、ゆっくりと頷いた。
「ツカサ。朝ごはんを食べたら……もう、帰っちゃうの?」
ふと、サトミがフォークを置いて尋ねてきた。その瞳には、隠しきれない寂しさが滲んでいる。
「……そうだね。会員特典で16時まで部屋は使えるけれど、サトミのご両親もあまり遅いと心配するだろう? 今日は少し早めにチェックアウトしようと思う」
「そっか……そうだよね」
サトミが俯き、ポツリと呟く。その肩が少しだけ寂しげに見えて、僕は言葉を継いだ。
「家の最寄りの駅まで、送るよ。もう少しだけ、ドライブを楽しもう」
僕の言葉に、サトミはぱっと顔を上げた。
「本当? 嬉しい……最後まで助手席、独占しちゃおうかな」
また、いつもの笑顔が戻る。 終わってしまう週末への寂しさを、エンジンの鼓動でかき消せるように。僕は残りのコーヒーを飲み干し、チェックアウトの準備を頭の中で描き始めた。




