第12話:みんな大好き!ヨコハマグランド④
観覧車の列に並んでいると、サトミが少し緊張した面持ちで口を開いた。
「私……この観覧車、乗るの初めて」
「そういえば、僕もだよ。いつも一人で泊まって、部屋で本を読んでばかりだからね」
幸い列の進みは早く、すぐに僕たちの番が巡ってきた。 ゴンドラがゆっくりと地上を離れていく。
「見て、ツカサ! ホテルが見えるよ。私たちの部屋は……あそこらへんかな?」
「そうだね、あのあたりだ」
上昇するにつれて、横浜のパノラマがさらに広がりを見せる。
「すごい景色……綺麗すぎて、なんだか帰りたくなくなっちゃうな」
そう言ったサトミが、不意に僕の隣へと座り直した。肩が触れ合う距離。
「もう少しで、一番てっぺんだね。……ツカサ、私を連れてきてくれてありがとう」
サトミの声が耳元で囁かれ、直後、僕の頬に柔らかな感触が触れた。
「なっ……」
予期せぬ不意打ちに、僕は顔を真っ赤にして絶句した。隣を見ると、サトミもまた、自身の行動に照れたのか顔を林檎のように赤く染めている。
「……ずっと、終わらなければいいのに」
サトミがボソリと呟いたその一言は、ゴンドラを包む機械音にかき消されそうなほど小さかったけれど、僕の胸の奥底には、どんな爆音よりも強く、深く響き渡った。
観覧車を降りると、涼やかな夜風が火照った顔に心地よかった。僕たちは潮の香りに包まれながら、静かな歩調でホテルへと戻っていく。
「夜景、本当にすごかった……。観覧車、一緒に乗ってくれてありがとう」
サトミが隣でニコニコと弾んだ声を出す。
「ああ。部屋から眺めるのとは、また違った良さがあったな」
僕は平静を装って答えたが、頬に残ったあの柔らかな感触は、まだ熱を持って居座っていた。
部屋に戻ると、僕はいつものようにお風呂の準備を始めた。
「サトミ、お湯が溜まったら先に入っていいぞ」
そう言い残すと、僕はソファに深く腰掛け、鞄から池波正太郎の『その男』を取り出した。サトミはベッドにゴロンと横になり、スマホを眺めている。
「ねえ、ツカサ。さっきから何を読んでいるの?」
「池波正太郎だよ」
「本当に好きよね、池波さん」
「……まあね。友達の先生が、結構くれたんだよ」
僕が何気なく答えると、サトミが驚いたように顔を上げた。
「えぇぇぇぇ……ツカサ、お医者様とお友達なの?」
「そりゃあ、病院で働いているんだから、医者の友達の一人や二人くらいはいるさ」
さらりと答えてページをめくる僕を、サトミは信じられないといった目で見つめていた。
(いやいや、普通いないわよ……。お医者様が事務員さんとそんなに対等に付き合うなんて、あり得ないわ……)
サトミは心の中で猛烈に突っ込んでいたが、ツカサにとってはそれが当たり前の日常なのだ。彼が医師たちからどれほど厚い信頼を勝ち得ているのか、彼女はまだその断片しか知らない。
やがて、バスルームからお湯が溜まったことを知らせるメロディが流れた。 僕は本を置き、お湯を止めに行くと、廊下からサトミを呼んだ。
「サトミ、お風呂沸いたよ。入っちゃいな」
促されるままに立ち上がったサトミは、どこか不思議なものを見るような目で僕を一度だけ振り返り、湯気の向こうへと消えていった。




