第1話:赤坂エクセルホテル東急①
ご覧いただきありがとうございます。
本作は全年齢対象の[私小説]です。
短いお話ですが、お楽しみいただければ幸いです。
僕はツカサ。某大手総合病院の総務で働く、二十七歳の事務員だ。
世間には「白衣の天使」なんて言葉があるけれど、そんなの幻想だ。少なくとも僕の職場は、そんな慈愛に満ちた生き物は一人もいない。
「ツカサ君、注射針の数が合わないんだけど!」
「プリンタが壊れた!今すぐ見に来て」
「悪いけど、来月の学会資料の準備を手伝ってくれない?」
職場のミスやわがままに振り回される、終わりのない便利屋仕事。そんな僕の唯一にして最大のストレス解消法は、ホテルでまったりと過ごすことだ。
ようやく一週間を終え、銀座線の赤坂見附駅を降りる。夜風の向こうに、白とピンクのストライプ模様がそびえ立つ。通称「軍艦パジャマ」こと、赤坂エクセルホテル東急だ。
広報に友人が勤めていることもあり、ここは僕にとって一番の隠れ家だ。
ロビーへ足を踏み入れると、ひと足先に到着していた彼女の姿が目に入った。彼女は大手食品メーカーに勤めていて、僕と同じくらい多忙な日々を送っている。
「ツカサ君、お疲れさま」
僕を見つけて小さく手を振る彼女。その笑顔を見た瞬間、一週間分の溜め息が、ようやく意味のある呼吸に変わった気がした。
「ごめん、待たせたかな?」
「ううん、今着いたところ。それより見て、ツカサ君」
ーー北の大地の恵み。北海道フェア、開催。
「食品メーカー勤務としては、やっぱり北海道フェアは外せないでしょ?今夜は楽しみにしていたんだ」
彼女の瞳が、仕事モードの鋭さを残しつつも、期待感でキラキラと輝いている。
「注射針の在庫確認より、カニの在庫確認の方が百倍重要だね」
僕が冗談めかしていうと、彼女は「何それ」と笑った。僕たちは誘われるように、ビュッフェ会場へと続くエスカレーターに乗り込んだ。
案内されたテーブルに着く。ビュッフェの料理を取りに行く前に、僕らにはどうしても済ませなくてはならない儀式があった。
注文したのは、キンキンに冷えた生ビール。
運ばれてきたグラスは、表面が細かな霜で覆われ、純白の泡が芸術的なほどきめ細かく乗っている。これだよ、これ。これが欲しくて、僕は一週間、あの戦場のような病院を生き抜いてきたんだ。
「ツカサ君、今週も本当にお疲れさま。乾杯」
「お疲れさま。乾杯」
控えめにグラスを合わせると、澄んだ音が周囲の喧騒に溶けた。
喉を駆け抜ける、鋭い刺激と心地よい苦味。一秒ごとに、頭の中にこびりついていた「壊れたプリンタ」や「学会の資料」が霧散していく。
「……っ、最高」
思わず漏れた独り言に、彼女が「いい飲みっぷりだね」と目を細めて笑った。
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