3.初めての町
翌朝、俺達は早めに家を出た。
「このボアの牙って簡単に折れる?」
「うーん、力はいるかな。牙自体は硬いから思いっきり踏むと根本から取れるようになるかな。」
「それより魔石だよ。どの辺りだろう。」
「この木のあたりで吊るしたから…あ、多分これかも。」
真っ黒でガビガビになっているがこの中に魔石が入っているんだろう。
「やっぱり結構大きそうだ。ちょっと借りてもいいか。」
俺は頷くと塊をリアンに渡した。
するとナイフで切り込みを入れると器用に石を取り出した。
「うわぁ、綺麗な石だな。」
拳くらいの大きさの真っ赤な魔石はまるで石自体が発光しているようだった。
「ああ、なかなかいい色をしている。さらに上だともっと濃く、黒に近くなっていくんだ。」
「そうか、黒い石もかっこいいだろうな。」
「見てみるか?」
「持ってるの?」
「ああ、加工して小さくなってるけどな。」
そう言うとリアンは剣を見せてくれた。
「鞘や柄の部分にある黒いのが全部魔石!?」
「ああ。」
「すごいな!それじゃこの剣はとんでもない高級品ってことか。」
「…それなりにな。冒険者にとって武器は命同然だから、皆全財産かけてでも一番良いものを揃えるんだ。」
「なるほど。俺も必要なものを買ったら残りは全部杖に使おうかな。」
「魔石持参だったらそこまでしないよ。装飾とか凝ったものにしたいなら別だけど。」
「装飾は別に無くていいかな。」
「ロッドかスタッフかは決めておいた方がいいが、元々どっちを使っていたんだ?」
「ロッド?スタッフ?」
「短杖と長杖だ。ロッドは持ち運びが楽で、スタッフは魔法陣書いたり護身にも使える。」
「ああ、それなら俺はロッドだな。携行しやすい方がいい。」
「そっか、それなら加工も含めて金貨1枚で足りるよ。」
昼過ぎ、想定通りリッシュという町に着いた。
思っていた数倍は大きく活気のある町だった。
「でっかいなぁ。リアンの住んでるところとどっちが大きい?」
「ん?俺のナニがデカイって?」
「…。」
記憶の隅に追いやったはずだったが一気に思い出してしまった。
「はは、本当に可愛いらしい。俺が住んでる王都はここよりも大きいね。」
「王都に住んでるんだ…。」
「そんなことよりまず武器屋に行こう。合う木材があれば帰りまでには作ってくれるかもしれない。」
言われるがままに連れて行かれたお店に入ると武器がたくさん並んだ奥に竜がいた。
竜というか人の形に近いが顔や鱗は竜そのものだ。
「主人!魔石の持ち込みでロッドを1本作ってくれないだろうか。」
リアンが奥にいる竜に声をかける。
なんとなく武器や防具はドワーフの専売特許だと思っていた。
そもそもまだ見たことないがいないのかな。
「リアン様じゃないですか、そんな剣をお持ちなのに杖が必要なんですか。」
「俺じゃないさ。ほら、連れが杖を壊してしまって急ぎで杖が欲しいんだ。」
「誰かを連れているなんて珍しいですね。パーティ組んでるのですか?」
「まあ色々あってな。この魔石を使って、良い杖を作ってくれないか。」
「おお、色も大きさもなかなかですね。石を研磨しなくて問題ないようでしたら2時間ほどで用意できますよ。」
「セージはそれでもいいか。」
「はい、特に希望はないので店主さんのセンスにお任せます。よろしくお願いします。」
「それじゃよろしく頼む。」
「今日は他に何を買いたいんだ?」
「食料、特に調味料かな。あとは家畜も欲しくて。」
「家畜か。それはこの辺りじゃ難しい。牧場が無いからな。でも安心しろ、卵も加工品は買えるから。」
「そうか、買えるならよかった。そもそも家には家畜用の小屋も柵も何も無いから、実はどうやって準備しようか悩んでたし。」
「調味料類ならここの店で大抵のものは揃うはずだ。」
棚に瓶がずらっと並んだ店に入った。
香辛料や油だけでなく牛乳やバターといった乳製品もあった。
俺は手持ちの半分近くを使って出来るだけたくさんの種類を買った。
持ち帰り用の籠もおまけでつけてくれた。
酒やパン酵母だけでなく味噌や醤油といった発酵食品も揃っていたのは驚いた。
「とんでもない量を買ったな…。」
さすがのリアンも呆れていた。
「これらを使って料理をするのが楽しみでしょうがないです。」
「そうだろうな、見ればわかる。」
「他には何かないか?」
「ジョウロと地図が欲しいな。」
「地図?それなら俺のをやるよ。ジョウロは向こうの花屋で買えるはずだ。あとセージは外套も買った方がいいだろう。昼は日避け夜は防寒になるし、武器を晒さずに済むからな。」
一通り買い物を終えた俺達は武器屋に戻ってきた。
「リアン様、杖は用意できていますよ。」
俺の腕より少し短く、硬質の木の枝先に魔石がすっぽり収まっている。
「よく見ると金の細工があしらわれていてとても綺麗ですね。」
「それは彫金の練習で作っていたものを嵌め込んだんだ。石に比べて杖が貧相すぎると思ってな。」
「ほう、お前こういうこともできるのか初耳だ。」
「いえいえ、だから練習だと言いましたでしょう。依頼を受けるほどではないんです。だから今回の分もお代はいりません。」
「そういうわけには、せめて金貨1枚だけでも受け取ってください。」
「多すぎますよ、半分でも多いくらいです。」
助けを求めようと横を見るとリアンは肩をすくめた。
「それなら…残りの金額でナイフを見繕ってもらえませんか?」
「…ナイフですか?」
「実は包丁以外の刃物を持っていなくて、いざという時の護身用に持っておきたいんですよ。」
「それでしたらちょうどいいのがこちらに。帯剣用のベルトとセットになっています。杖もここの金具に通すと腰に下げることができます。」
「まさにセージにピッタリだな。」
「店主さんありがとうございます。俺も冒険者になった気分です。」
「それはよかったです。今後とも贔屓にしてくださいね。」
「はい、こちらこそ。」
気がつくと結構な時間が過ぎていた。
「今日は本当にありがとう。リアンのおかげでいい買い物ができたよ。」
「こちらこそありがとう。見てて気持ちがいいほどの買いっぷりだったよ。今から帰ると夜遅くなりそうだけど…町に泊まっていくか?」
「うーん、どうしようかな…。」
「宿代は気にしなくていい。夕食は俺のおすすめのところに連れてってやるぞ。」
「泊まります!」
「即決か、それじゃ先に宿とって荷物を置いて行こうか。」
着いた宿でリアンがとった部屋は1部屋だけだった。
さすがにベッドは2つだったが。
夕食につられてしまったが俺はこれでよかったのだろうか。
「どんな料理か楽しみだ。」
「色々あるからきっと気にいる料理があると思うよ。」
連れて行かれたのはいかにも大衆酒場といった雰囲気の賑やかなお店だった。
「すごい活気だ。空いてる席あるのかな。」
「大丈夫だよ。」
すると店の奥のバーカウンターに連れて行かれた。
「ここはマスターに選ばれた客しか座れないんだ。」
「俺は座って大丈夫??」
「俺の連れだから大丈夫だ。マスターもきっと気に入る。」
すると奥からダンディなおじ様が出てきた。
「リアン様、いらっしゃい。誰かを連れてくるとは…私は歳のせいか幻覚が見えているのかもしれませんね。」
「マスターはまだそんな歳ではないだろう。こいつはセージ、西の森の向こうに住んでる。」
「セージ様はじめまして、私のことはマスターとお呼びください。それにしても西の森ですか、あちらは他の町もない未開の土地ですし苦労されているでしょう。」
「ああ、俺もそのその未開の土地の調査の帰りでセージに知り合ったんだ。あ、それより何を飲む?俺はビールな。」
「俺はシードルを。」
「はい、承知しました。」
「お、セージはワインよりそっちの方が好きだったのか。次買っていくときはそっちにするよ。」
「いや、特にどれがってまだないんだ。ただ色々飲んでみたくて。」
「セージは好奇心真っ盛りの年頃なんだな。若いっていいなあ。」
「何をおっしゃいます。リアン様もお若いでしょう。」
「もうすぐ30だからな。セージに比べたら若くないよ。」
「私の前で臆面もなく言うことができるのはリアン様だけでしょうね。」
気づいたら目の前にお酒の入ったタンブラーが置いてあった。
「セージの初めてのリッシュ訪問に乾杯。」
「乾杯。」
「ぷは!おかわり!」
「マスター、俺も。」
今日一日歩きっぱなしだったせいか思いのほか喉が渇いていたようだ。
味わう間も無く飲み干してしまっていた。
「セージ様もお酒に強いのですね。」
「様は不要ですよ。まだそんなに飲んだことがないので強いかどうかはわからないです。」
「それは強いってことだよ。ワインの時も顔色ひとつ変わらなかったじゃないか。そろそろ飯も決めよう。」
「卵とかチーズの料理はある?」
「卵料理はおすすめはこのひき肉と野菜のオムレツ、チーズはそのままの盛り合わせか、アリゴが美味しいよ。肉料理は鶏のコンフィでもいいか?絶対に食べて損はしないから。」
「うん。リアンのおすすめを食べたい。」
「それじゃ今言ったやつ全部頼むか。来るまでチーズをつまもう。」
飲み物のおかわりを持ってきたマスターに注文を通し、チーズを食べる。
「濃厚で美味しい…。そういえば食料品の種類がすごく多いけど、この国はどの町もこんなに揃っているものなのか?」
「いや、ここは王都並みかそれ以上かもしれない。比較的安定した気候で過ごしやすいことから裕福層の別荘も多くて、それに合わせて食の質も向上していってるんだと思うよ。」
「そっか、それじゃリッシュは富と美食の町ってことだね。」
「ああ、そう言っても過言じゃないだろう。」
「お待たせしました。」
まずはオムレツと温められたバゲットが出てきた。
すぐにリアンが料理を取り分けてくれた。
所作までスマートでかっこ良すぎる。
「ありがとう。いただきます。」
肉や野菜だけでなくチーズやバターもたっぷり使ったオムレツが美味しくないわけがない。
この世界で初めて食べて感激のあまりに身震いした。
「どうだ、美味いだろう。」
俺は言葉が出ずひたすら頷いて返事した。
今まで食べた何よりも美味しく感じた。
「アリゴも来たぞ。野菜や肉、バゲットにかけて食べるんだ。コンフィとも合うからまだ全部食べるなよ。」
朝以来何も食べてなかったということもあり俺は黙々と食べていた。
「足りなかったら追加するから好きなだけ食べな。」
気がついたらリアンは俺の食べる様子をじっと見ていて、マスターはなぜか涙ぐんでいる。
我に返って急に恥ずかしくなってきた。
「ごめん、料理が美味しくてつい夢中になってしまった。」
「それは大丈夫だけど…セージは大丈夫なのかい?」
「何が?」
「いや、その…ずっと泣いてるから。」
俺は涙を流して貪り食っていたのか…みっともなさすぎる。
「多分久々にこういう料理を食べて昔を…懐かしくなってしまったのかもしれないな。」
元の世界を去ることにそこまで未練はなかったけど、こういう料理を食べるとやはり色々と思い出してしまう。
「…そうか。今まで1人で大変だったな。」
きっとリアンもマスターも勘違いしているだろうが、もう二度と会えない人達を想っている事には違いないか。
「なんかごめん。もう大丈夫だから。
…リアンは食べてる?飲み物も入ってないんじゃない。」
「ああ、おかわりをもらおう。」
「俺も。」
飲み物と一緒にコンフィが来た。
リアンがまた器用に身と骨を分け皿に盛ってくれた。
「すごい、肉なのに口で溶けて無くなったよ。」
「ああ、すごいだろ。この料理を食べるためだけに他の町からわざわざ来る人もいる位だ。」
「このマスタードも今までに食べたのと違って酸味が強いけどそれがコンフィにすごく合う。…アリゴとも相性抜群だね。」
「他にも色々料理はあるけどこれだけは必ず注文するんだ。」
「リアンがそこまでおすすめしてきた理由がわかったよ。俺もこれからここに通う。」
「ははっ。気に入ってくれてよかった。でも残念ながら夕方からしか店開いてないんだ。」
「…そうなんだ。」
「そんなにしょんぼりするなって。また泊まる時に来ればいいだろ、俺と。」
そうだ、今日はリアンと一緒に泊まるんだった。
料理のおかげですっかり忘れてたけど急に緊張してきた。
「そ…そうだね。リアンはもう食べなくて大丈夫?」
「ああ、アリゴは結構腹に溜まるからな。酒もまあまあ飲んだし。」
「そっか、それならよかった。」
「そろそろ帰ろう。」
「マスター、ごちそうさまでした。また来ますね。」
「セージさん、お1人の時もカウンターにお越しくださいね。」
「はい、ありがとうございます。」
「ほら言った通りだろ、よかったなセージ。」
リアンはそのまま出口に向かって歩き出す。
「あれ?支払いは?」
「もう終わってるよ。」
「え!いつのまに…いくらだった?さすがに食事代は払うよ。」
「そう?じゃあ宿に戻ったらたっぷり払ってもらおうかな。」
「それって言葉通りの意味でいいんだよね!?まだ金貨残ってるからたっぷり払えるからね!」
「何をそんなにムキになってるんだい?美味しいお酒と料理を食べた後といえば…ね?」
完全に弄ばれてるな。
悔しいが俺に抗う術はないのでとりあえず大人しく宿に行こう。
買ったものも全部置いてるし。