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#9 敵国

「そうだ、このまま進み、この山を越えたところに城壁で囲まれた街が見える。それが敵の王都バルーニャだ」


 と言いながら、私は指図された通りにアストラガリを飛ばし続ける。山を越えた辺りで、確かに大きな城壁で囲まれた街が見えてきた。

 我が国の王都トレドニアほどではないが、大きな街には違いない。その街に向かい、中央の広場上空で止まる。


「赤い屋根の白い大きな建物、巨大な壁と草木に囲われている。あれがおそらく王宮だな」


 エゼキエル様はそう呟く。


「まさか、あれを撃てと?」

「そんなわけがないだろう。それではただ、国王が死んでしまうだけだ」

「それ以上の何かを、お与えになると?」

「まあ、そんなところだ」


 とんでもないことを考えているのは間違いない。だが、何をなさるおつもりか?


「あの王宮の一番大きな建物内に、アストラガリで飛び込め」

「えっ!?」

「いいから、あの建物のど真ん中あたりに突っ込め!」

「はい! アストラガリ、突っ込みます!」


 言われるがまま、私はアストラガリをその王宮のもっとも太い部分に突っ込ませる。石の壁がガラガラと崩れて、大広間が現れた。

 ちょうど何かの式典をしていたようで、貴族や王族らしき方々がずらりと並んでいる。真ん中には、赤い絨毯。その上に、アストラガリを着地させる。

 もちろん、招かれざる客、いや、化け物の姿に、並び立つ貴族たちは恐怖の表情を浮かべている。


『な、何事か!?』


 外の声が聞こえてくる。叫んだのは、玉座らしき絨毯の先にある椅子の上に座った人物の、その隣に立つお方だ。

 おそらくは摂政、または宰相だろう。皆、恐れ慄いてて声すら出せない中、声を上げるだけ度胸があるお方だと悟る。が、こっちの王子も、負けてはいない。


「扉を開けよ」


 これだけの敵国の貴族が並び立つ中、なんと外に姿をさらそうというのである。


「衛兵もいます。危険すぎるのでは」

「もしも俺が撃たれたら、お前は構わずここの王宮内を破壊し尽くせ」


 そう私に言い残すと、開いた扉からエゼキエル様は飛び出した。


「な、何者か!」

「お初にお目にかかります、インディアス国王陛下。小生はカスティージャ王国の第二王子、エゼキエル・デ・カスティージャと申します」

「お、王子だと? い、いきなり王宮にこんな化け物と共に入り込むなど、無礼であろう!」

「無礼? さて、何の布告もなしに我が国に一万もの軍勢を差し向け、我が領土を汚したあなた方こそ、無礼千万ではありませんか? それに比べたら、我々は紳士的な方ですよ。戦いの凄惨さも知らぬ、愚かな貴族どもの前に、その一端を見せつけているのですから」


 いきなり喧嘩腰だ。そりゃあ王宮にアストラガリごと飛び込まれたら、相手がお怒りなのは当然だろう。それをさらに逆なでするエゼキエル様。


「やむなく、我らはその一万の兵の内、千人ばかりを先程、吹き飛ばしたところです。それを知らせるため、わざわざ参上したというわけです」


 が、そう言ってのけたこの王子の言葉に、さすがの貴族らも騒ぎ始めた。


「い、一千もの兵を、吹き飛ばしただと!?」

「まさか、この化け物のような像が……」

「こ、殺さないでっ! 私たちが、何をしたっていうのよっ!」


 貴族らも動揺は隠せない。ここにいるのはせいぜい数十人程度。衛兵を合わせても百を超えるかどうかという規模だ。

 アストラガリが本気を出せば、ひとたまりもない。

 だから貴族らは、動揺する。


「ルピタよ、見るがいい」


 私の前、アストラガリの腕の上に立つエゼキエル様が、そんな貴族たちを指差して私に言う。


「やつらは、千万の民が死んでも眉一つ動かさず、新たに平民を兵に仕立ててまた送り出すことだろう。そんな自分たちは、安全な場所から権威だけを用いて民を死地に向かせるばかりだ。そんなやつらでも、自身が死地にさらされるや否や、なりふり構わず恐れおののき、命乞いまでするほどに落ちぶれる。こんなやつらが、戦を賛美し命じ、続けさせているんだ。まったく、権力者とはなんと愚かな存在か」


 その瞬間、エゼキエル様の考えというものが垣間見えてきた。どうして王子でありながら、前線に立ち続けているのか。それは膨大な魔力を持ち、戦いの前線に出て民を守らねばならない立場の王族貴族が、後方の安全な場所から民に戦をさせている。

 下級貴族だけは前線に出させられるものの、本当に強いやつはむしろ後方で彼らを盾にしている。

 そのアンチテーゼに、エゼキエル様はなろうとしたのではないか。

 前線で圧倒的な力をふるい続ければ、王族や貴族が出てくるだろうと考えていた。が、出てくるのはせいぜい下級貴族ばかりだった。

 それは味方すらも同じで、せっかく手に入れた上級の魔道具を持ちながら、後方で民を盾にしてのうのうと暮らしている。その矛盾した姿にエゼキエル様は怒りを覚えている。

 だからこそ、後ろに隠れて出てこない敵の王族、貴族に思い知らせてやりたいと考えた。

 エゼキエル様がアストラガリをこの王宮のど真ん中に突撃させたのは、そういう意図があるのかと、私はようやく理解した。

 そう、安全の盾をぶち壊し、戦を裏で命じている連中に、戦の恐怖を植え付けるために。


「ルピタ、あの国王陛下の上にある、円形の模様は分かるか?」


 と、突然エゼキエル様はそんなことを言う。見上げれば、大洋のような丸い円に、放射状の線が描かれた絵が見える。


「は、はい、わかります」

「あれのど真ん中を、ルフィエという魔導銃で撃ち抜け」

「えっ、あれを、ですか?」

「いいから、撃て」


 第二王子の言うことに、私は逆らえない。私はアストラガリに命じる。


「アストラガリ、あの円形の中央を、ルフィエで撃ち抜け」

『了解。ターゲット、ロックオン。攻撃始め』


 青白い光が、敵国の陛下の真上にある模様の中心を撃ち抜いた。だが、アストラガリのルフィエの威力は、ただ壁を撃ち抜くだけで済むはずがない。

 天井と周囲の壁を溶解し、猛烈な熱風がこの王宮内を襲う。腹の扉を開きっぱなしで放った私にも、その跳ね返りの風が吹き込んでくる。そんな中を、エゼキエル様は片手でその開いた扉をつかみ、爆風に耐える。

 下を見れば、もうめちゃくちゃだ。貴族たちは倒れ、陛下に至っては椅子からずり落ちてなんとも珍妙な姿だ。無論、彼らに弾を当てたわけではないし、破片も当たっていない。王宮の外に破片のすべてが吹き飛ばされたからだ。ゆえに、死んでいる者がいるわけではない。ところどころ、気絶している者たちはいるようではあるが。


「今度、我が国を襲ってきたら、この巨人の魔導弾でお前たちを、いや、この王都を一瞬にして葬ってくれよう。よく、覚えておくのだな」


 そう言ってのけると、エゼキエル様はアストラガリに乗り込む。すでに天井がなくなりただのがれきと化した王宮から、私はアストラガリを飛ばし、その場を去った。


「この先もやつらが我が国を攻めいるようなら、このアストラガリでその愚かさを身をもって知らせてやる。もっとも、それを知る頃には姿かたちが残らぬであろうがな」


 冷徹だが、決してただ残酷なお方ではない。むしろ敵国の民をも想い、王族や貴族に鉄槌を下した。

 これによって、インディアス王国は我がカスティージャ王国に恐怖し、攻め入ろうとは思わないだろう。


 さて、そんな王宮突入の後の帰りの途上、私はふとエゼキエル様を見る。つい先ほどまでは、あれほど気丈に振る舞っていたこの第二王子が、どことなく哀愁を漂わせている。


「なんだルピタ、俺の顔に何かついているか」


 私の視線に気づいたエゼキエル様が、不機嫌そうに私を二色の瞳でにらみつける。


「い、いえ、何でもありません。ただ……」

「ただ、なんだ」

「お疲れなのか、どことなく力なく見えたのが少し、心配になりまして」

「なんだと?」

「ああ、いえ、私の眼が節穴なだけです! 気にしないでください!」


 いちいちおっかないな、このお方は。私は正面を向き、足元の方に目をやる。ちょうど、あの一万の兵士たちがいたアズール平原を越えて、山脈の辺りに差し掛かっていた。

 帰り際に、残り九千となった敵軍がゆっくりと引き揚げていくのが見えた。やがて、本国からの使者が正式に撤退を命じることだろう。死んだ者たちには悪いことをしたが、そのおかげで生き残ったあの大勢の兵士たちは、再び家族に会えるのだ。


「あながち、節穴ではないぞ」


 ところがだ、そんなことを考えている私に、突然エゼキエル様はこう告げられた。


「あの、それはどういう……」

「どうもこうもない。その通りだ。あれだけ大勢の敵国の王族、貴族の前に立ち、虚勢を張ったのだ。疲れていて、当然だろう」


 あれ、急に素直になったぞ、この王子。私はこう返す。


「それではしばらくお休みください。着いたら、起こしますから」


 そう私が告げた、その時だ。いきなりエゼキエル様は私を背後から抱き着いてくる。

 その手は、ちょうど胸の辺りを抑えている。私の断崖絶壁のような胸とはいえ、そこを触られると……と思ったが、後ろの王子はスースーと寝息を立てている。

 このまま、飛び続けるしかない。にしてもこの王子、どんどん私に遠慮がなくなっているような気がするな。それは今まで、自身に理解者がいなかったのだろう。言ってみれば、第一王子と第三王子もエゼキエル様から見れば、安全な場所から民を盾にして贅沢三昧に生きている者たちだ。当然、快く思っているはずもないだろう。

 私はたまたま耳のいい発掘人で、しかもアストラガリを扱える者であったがために、この残虐な王子と言われたお方と出会うことができた。が、それは噂とは程遠い姿と心を持つ、そんなお方だと知ることとなる。

 そんな私は、この王子に何と思われているのだろうか? 今のところは、単なる抱き枕代わりのようだが……せめて、女としてみてはくれないものだろうか。

 そんなことをもやもやと考えつつ、王都トレドニアに着いたのは、もう日が暮れてからのことだった。

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