#8 前線
見つけたお宝である、黄金色の魔導銃を握りしめ、私とエゼキエル様は地上に出る。
「ここ二日で、全部で十四もの隠し部屋が見つかった。とんでもない数の魔道具だ、皆、頑張って持ち出してくれ」
王族の、それも第二王子という位のお方から激励されれば、誰だって鼓舞される。現に、声をかけられた魔道具店主や行商人らは笑顔で王子に応えている。意外にもこの方、民に優しいな。
「さて、ちょっと寄りたいところがあると言ってたな」
「ああ、そうでした」
「今から向かうぞ」
「それは構いませんが、どこへ行くんでしょうか?」
「アズール平原だ」
「アズール、平原? どこにあるんですか、それは」
「あの山脈を越えたあたりに広がる平原だ。そこへ向かってもらいたい」
山脈って、ここから数百マイルは離れてるよね。そのさらに向こう側って、相当遠くないか。
「あの、その平原に何があるんでしょう」
「最近、インディアス王国が我が国の領土を侵し始めていると斥候からの報告で聞いた。その斥候からの知らせから、ちょうどアズール平原までインディアス軍が到達している頃だろう。だから、この目で確かめておきたい」
急に殺伐とした空気に変わった。そうかこの人、戦場を駆ける王子だった。敵がいれば当然、攻撃を仕掛けるつもりだろう。
「ちょうどいい魔道具が手に入ったことだ。いい試し撃ちになる」
ああ、やっぱり。もう撃つ気満々だ。戦の場に出向くことになるとは薄々覚悟はしていたが、いきなり行けと言われ、正直動揺している。
「納得していないだろう」
そんな私の心を読んだのか、エゼキエル様が私にこう告げる。
「いえ、そのようなことは……」
「戦を知らぬ娘であったのだから、納得しているはずがない。かくいう俺だって、初陣の時はその凄惨さに心折れそうになった」
なんだかよくわからないが、このお方は世間で言われるほど残虐で冷徹なお方ではない。今の言葉から、幾たびの戦場に立ち続け、こうなってしまったように感じる。
「戦いとは、凄惨なものだ。だが、敵の侵入を許せば我が臣民が敵に襲われ、陵辱される。敵味方、凄惨さが入れ替わるだけのことだ。それだけは断固として阻止しなくてはならない。これが、カスティージャ王国の王族としての俺の責務だ。そのためには、いくらでも鬼畜になれる」
背筋が凍るような言葉だ。だがそれは一方で、自国を守るための覚悟でもある。敵兵を好んで殺戮する冷徹な王子というより、自国民を救うために命を張って全力で戦っている。そう表現した方が正確だろう。
「それでは、アズール平原へと向かいますね」
そう言いながら、私はレバー、すなわち棒状の突起物を倒し、手動でアストラガリをその平原のある方角へとむける。
レバーを前に倒した途端、強烈な力で椅子に押し付けられる。ゴーッという強烈な音を立ててアストラガリは山脈方向に向かう。
その山脈を、短時間で越える。すごい勢いでその山の上を通り過ぎ、その向こう側に広がる平地が見えてきた。
あれが、アズール平原か。
「なにか、いるな」
私はゆっくりとレバーを引いて、減速をする。アストラガリに任せると猛烈な勢いで減速しようとするが、手動なら耐えられる勢いで速度を落とすことができる。
最初から、こうすればよかったんだな。アストラガリに任せると、中の人にかかる衝動を無視して全力ですっ飛んでいく。
さて、平原についてみれば、その平原の上を無数の兵士が歩く姿が見える。その兵士が抱える旗は、我が王国のものではない。
「やはりインディアス王国軍だな、あの旗印、間違いない」
猛烈な数の兵士が、アストラガリの下を進軍している。アストラガリはその兵士一人一人に四角い枠が描かれ、その数が数えられる。
『地上に展開する兵士の数を捕捉、数、およそ一万』
なんてことだ、大軍じゃないか。これほどの軍勢があの山脈の合間の峠を越えれば、我がカスティージャ王国の辺境はあっさりとインディアス王国に奪われてしまう。
ここに来る途中、街が一つ見えた。何という街なのかは知らないが、一万もの軍勢が押し寄せれば、そこにいる兵士だけでなく民も被害を受けることになるだろう。
「なんということだ。こちらの守備兵はわずかに二千だぞ。このままでは、一万の軍勢に我が国の領土を蹂躙されてしまう」
由々しき事態だ。まさか隣国がここまで本気で我が国を侵略し始めていたことが今、目の前で判明した。
「おい、あの軍勢の前で降りろ」
エゼキエル様が私にそう命じる。仕方なく私は、一万の軍勢の前に降り立つ。
「扉を開け」
降り立つや否や、エゼキエル様は扉を開くよう命じた。私は言われるがまま、扉を開いた。
すると、エゼキエル様は先ほど手に入れたあの魔導銃を取り出す。そしてそれを敵兵に向けて、放った。
青白い光が、猛烈な勢いで放たれた。突然現れたアストラガリの姿に驚く敵陣の先端に着弾する。
とてつもない爆発で、先頭にいた兵士たちが吹き飛ばされる。中心部はほぼ兵士の姿は消滅し、その周りには腕や足が吹き飛んでいるのが見える。まさしく、地獄絵図だ。
うわぁぁぁっ、といううめきと悲嘆に満ちた声が、ここまで響いてきた。伝説の銃というだけあって、その威力は格別だ。もしかしてこれ、アストラガリのルフィエといい勝負じゃないのか?
そんなものを、あと数発放つ。あちこちで火柱が立ち、その度に兵士たちの身体の一部が吹き飛ぶ様子が見える。炎と煙が上がるが、しかし敵国の兵は、盾を並べてその攻撃に対抗しようとする。
「やはり、これでは脅しにはならんな。おいルピタ、アストラガリを飛ばせ」
「えっ、まさか、あの敵兵を撃つんですか!?」
「いや、敵ではない、あの岩だ」
そういって、平原のど真ん中にそそり立つ大きな岩を指さす。
ま、岩ならいいかと、私はアストラガリを上昇させる。
「アストラガリ、上昇して」
『了解、アストラガリ、上昇を開始します』
ゆっくりと浮かび上がるアストラガリ、腹の扉が閉じられ、再び壁に外の様子が映し出される。
先ほど、エゼキエル様が放った銃の威力が、ここからもわかる。全体で一万人だから、その十分の一ほど、だいたい千人くらいはやったんじゃないか。恐ろしい威力なのは間違いない。
「アストラガリ、ルフィエを装備、あの岩の根元を狙う」
『了解。ターゲット、ロックオン、攻撃始め』
ズンッという重い音と共に、アストラガリがルフィエを放つ。以前、大黒竜を撃った時以上の威力で青い光が放たれた。と同時に、岩の根元が吹き飛ぶ。
その岩の先端部が、宙に舞い上がる。が、それが落ちた先には敵の軍勢がいた。
そして、その岩が真下にいる兵士たちをつぶす。
ぞっとした。手が震える。私は悟る、つまりこの瞬間、私は初めて人を殺めてしまったからだ。
が、その光景はアストラガリの壁に移る映像を通してしか見えていない。それが、現実に起きているという感覚がない。だが、あの一撃が敵をさらに動揺させる。
「もう一撃放て。ただし、敵ではなく、その目前だ。それでも下がらないようならば、敵陣に直接、その魔導弾を放て」
おぞましいことだが、従うしかない。私はもう一撃、ルフィエを放った。敵兵には当たらなかったが、そばにいた鎧姿の兵士らが、その爆風で吹き飛ばされていく。
とんでもない力だ。やはりエゼキエル様の持っている上級魔導銃など比ではない。本気を出せば、一万の兵ごとき殲滅することだって可能だろう。レバーを握る手が、ますます震えている。
しかしだ、ようやく敵は我らの力の恐ろしさに気付く。ようやく後退を始めた。
「よし、やっと後退したか」
おそらくだが、エゼキエル様にしても敵の兵士をバタバタと倒すことは望みではなかったのだろう。あくまでも、最小限の敵兵を倒して撤退に追い込む。ただ、それだけが目的だった。
最初の一撃で、さっさと引いてくれればよかったのに。それなら私は、岩を撃ち、敵をつぶすことはなかった。
が、ここでさらにエゼキエル様は辛辣なことを命じてくる。
「あの岩の落ちた辺り、あそこへ向かえ」
「えっ、でも、あそこは……」
「命令だ。すぐに行け」
うう、よりにもよって、死んだ敵兵が多数いる場所へ向かえとは、鬼畜にもほどがある。が、王子の命令だ、逆らうわけにはいかない。
私は、大きな岩の破片が落ちた先に降り立つ。そこは先にエゼキエル様の放った銃によって、兵士が真っ黒な炭のようなものに変わり果てており、おびただしい数の炭が周囲にいくつも見える。だがその中には、まだ鎧を着たままの生きている兵士もちらほらと見えるが、下半身が岩の下敷きとなっており、動けずにもがいているようだ。
「おい、扉を開けろ」
えっ、こんなところで開けるの? と思いつつも、私は開けた。猛烈な熱気と共に、肉の焼けた臭い、そして焦げた植物と生臭い香りが私の鼻をつく。
そして、まだ息のある兵士が、そこにはいた。
「こ……ころ……して……」
その岩の下で下敷きになっている男の兵士が、振り絞って出した言葉がこれだ。そのおぞましい願いに応えるように、エゼキエル様は腰の剣を一振り、その男に放つ。
あっという間に吹き飛ばされ、兵士は跡形もなく消えた。その兵士を抑えていた岩の一部も崩れて、周りの炭をバラバラに吹き飛ばす。その光景を見た私は、急に腹から何かが噴き出してくるのを感じる。
そして、胃の中をすべて、吐きだしてしまった。
「はぁ……はぁ……」
吐き出した先には、真っ黒な炭の塊が見える。おそらくこれも、兵士だったものだろう。そんなものの上に、私は耐えられず吐き出してしまった。どうしてエゼキエル様は、私にこんな光景を見せたのか。
いや、そりゃ当然見せるだろう。
これは紛れもなく、私とエゼキエル様が殺した兵士たちなのだから。その大罪を、私は知らずに過ごすわけにはいかない。エゼキエル様はそれを伝えたかったのだろう。
その代償として、私は胃液を残らず吐き出す羽目になった。
そんな私の背中をさすりながら、エゼキエル様はこう言われた。
「戦場とは、勝つか負けるか、どちらかだ。かれらは、無残にも負けた。だが、一つ間違えればこうなっていたのは、我が軍や臣民だったかもしれない」
この王子は、自らの行いを正当化したいのだろうか。私にそう言って聞かせるが、私は正直、それどころではない。が、エゼキエル様は続ける。
「それ以上に、大いなる問題がある」
「……人が、炭になってるんですよ。それ以上の問題なんて、あるんですか?」
「多数の兵士が死んだが、そんなことをまるで意に介さないやつらがいるということだ。敵に限ったことではないが、まさにインディアス王国の国王や王族らは、この光景を見聞きしても、兵士たちに我が国を攻めよと命じ続けるだろう」
ああ、そうだ。民の命なんて、そこらへんの雑草くらいにしか思っていない輩が敵にもいると、そう言っているのだ。それは、我が王国の王族、貴族も同じだ。それはとても的確で、そして残酷な事実である。そんな言葉を、王族であるこのお方が言うのはなんとも皮肉なことである。
「さて、気分を悪くした後で悪いが、これから向かってほしいところがある」
「……まだ、どこかへ向かえとおっしゃるのですか?」
「インディアス王国の王都、バルーニャだ」
驚いたことに、この第二王子はこの兵士たちの国の王都へ向かえと、私に命じてきたのだ。何を考えているか?
いや、それがだいたいわかるからこそ、私はその命令を不快に思わざるを得なかった。