#6 探索
「どうしてエゼキエル兄さんが出しゃばってくるんだよ」
翌日、私の手を引きを連れ出そうとするエゼキエル様の行く手を、ニコラス様が阻む。
「こいつの手を借りたいから、連れ出そうとしているだけだ。出しゃばるとは、どういうことか?」
「あの巨大人型像、アストラガリを動かせる唯一の者なんだぞ。それを味方にすれば、圧倒的力を持つ王子となり王位継承が叶う重要な娘だ。それをどうして、王位継承に興味がないと言っていたエゼキエル兄さんが連れ出そうとしているんだよ」
「ああ、そういえばルピタがここに連れてこられたのは、そういう理由だったな。だが、俺は別に王位継承の争いに加わることはない。ただ、己の力を手に入れるために魔道具探しをするだけだ」
「魔道具探しって……」
「こいつは、ダンジョンの隠し部屋を見つけることができる。そしてあのアストラガリとやらと共に、上級の魔道具も見つけ出した。と、いうことは、一号ダンジョンと同様に取り尽くされたとされる二号ダンジョンに行けば、まだ見ぬ魔道具が隠されているかもしれん。それを探すために、俺はこいつを連れていく」
「おいおい、それでは我々がルピタ殿と話しをする余裕がなくなるじゃないか」
今度はアントニオ様まで現れた。どうせまたこの二人は、甘い言葉で私を引き入れようとやってきたに違いない。王位継承のための力を手に入れるために。
「そんなことはどうでもいい。それよりも、周囲の国々を併合し続けたせいで、魔道具が足りなくなっている。戦も、厳しさを増すばかりだ。だから新たな魔道具も必要だ。これは、我が国を守るためのことでもある」
「そんなこと言って、ルピタ殿に取り入り、自らも王になろうとしているんじゃないのかい、エゼキエル兄さん?」
「力ある王族でありながら、最前線にも立たぬお前らに、何が分かるというのだ。さ、行くぞ」
「あ……」
そんな二人の兄弟を差し置いて、エゼキエル様は私の手を引いて屋敷の外に出る。そこで、私は叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんだ、二号ダンジョンまでは馬車で三刻近くはかかるのだぞ。早く向かわねば、日が暮れてしまう」
「ですが、アストラガリならひとっ飛びです。おそらく、一刻もかからず到着できるかと」
「なんだと? それは本当か」
「早くいって、早く帰る。そうすれば、このお二方とも話せる時間ができます。それで、いかがでしょうか?」
「うむ、わかった。ではそのアストラガリとやらで二号ダンジョンへと向かおう」
「お、おい、エゼキエルお前、アストラガリに乗り込むつもりか?」
「ルピタの提案通りだ。それならば、時間的猶予ができる。ならばアントニオ兄さんもニコラスも、文句はあるまい」
そういうと、この二人の王子は黙り込んでしまった。私はそのまま、アストラガリのところへと連れていかれる。
アストラガリは、この屋敷の中庭に建てられた小屋の中に収められている。雨風がしのげる程度ではあるが、野ざらしにするわけにもいかない。そこで大急ぎで王都中の大工を集めて建てさせた。
その小屋の中に鎮座するアストラガリに、私は乗り込む。
「あの、後ろに小さな椅子がついてます。狭いですが、そこに座っていただけますか?」
「かまわん。どうせ一刻ほどで着くのであろう」
そう言うと、エゼキエル様は昨日購入したあの魔道具の剣を腰から外し、アストラガリに乗り込んだ。
そして、扉を閉める。
ひじ掛けに手を乗せると、周囲が明るくなり、壁に外の風景が浮かび上がる。いつも通り、アストラガリが無機質にこう告げる。
『生体認証、チェック。認証完了、ロック解除。システム起動完了、パイロットのバイタル正常。アストラガリ、始動』
それを聞いたエゼキエル様が、私に尋ねる。
「おい、何を言ってるんだ、こいつは?」
「いや、私にもよくわからないんですけど、最初は必ず、こうしゃべるんですよ」
実際には、言いたいことは理解できるのだが、それをいちいち説明するのが面倒だし、説明できる語彙力もない。だからとりあえず、こう答えておいた。
アストラガリの腹にある狭い部屋の中に閉じ込められているというのに、周囲が見えるためか、まるで狭い場所にいる気がしない。それも違和感の一つだろうが、それ以上にこのアストラガリがまるで生き物のようにふるまう姿に、さすがのエゼキエル様も戸惑いを隠しきれないようだ。
「アストラガリ、前進。この小屋の扉を開けてを出るよ」
『了解、アストラガリ、前進します』
大きな木の扉を開き、アストラガリは外に出る。そこで立ち上がり、辺りを見渡す。
二人の王子に、彼らの取り巻きである大勢の騎士や貴族、執事らが、立ち上がったアストラガリを見上げている。まあ、初めて見るものじゃないから以前ほどは驚いていないようだ。
「アストラガリ、上昇。一旦、空に上がる」
『了解、飛行モードに変更。アストラガリ、上昇します』
ふと背後を見ると、背中に羽根のようなものを広げている。なんだ、翼はついているんだ。と思う間に、アストラガリは上昇を開始した。が、その開いた翼は羽ばたいてはいない。やっぱり、飛行原理が分からないな。ともかくこの巨人像はエゼキエル様と私を乗せたまま、徐々に浮かび上がる。
「羽ばたきもせずに空に浮かび上がるとは……どうなっているんだ、これは?」
「いやあ、私にもさっぱりで……ところで、二号ダンジョンはどちらの方角ですか?」
「ちょうど右手に尖った山、ラ・マンチャ山が見える。あの麓に二号ダンジョンはあるそうだ」
うーん、こうしてみると、結構遠いぞ。何マイルくらいあるのかな。本当に馬車で向かったら、三刻どころかそれ以上かかりそうな距離に見えるのだが。
まあいいや、このアストラガリでさっと向かって、発掘を済ませてしまおう。
道具は金づち一つ、服も貴族がキツネ狩りの時に使う、動きやすいものに着替えた。これだけあれば、発掘人はできる。
二号ダンジョンはまだ手付かずの隠し部屋がたくさんあるだろう。が、狩り尽くされかけたダンジョンとはいえ、凶暴な魔物がまだ何匹も出ると聞くから、私一人ではとても潜れない。が、そばにいてくれるのは、百人斬りの戦闘慣れした王子様だ。
その王子だが、このアストラガリではなく、魔道具にこだわっているようだ。
自身を高めるための上級魔道具を求めてのことだろうが、さっきの会話を聞く限り、どうもそれだけではないようだ。
国を守るとかどうとか言っていた。それ以外にも何か、理由がありそうだ。
「あの、エゼキエル様」
「なんだ」
「魔道具集めは、王位継承争いでもなく、ご自身のためだけでもないように受け取れましたが、何が目的なのでしょう?」
そう聞いた私に、あの色違いの両目でにらみつけてきた。あれ、聞いちゃいけないことを聞いちゃった?
と思いきや、この王子は突然、早口で語り出す。
「カスティージャ王国は、思いのほか、危機的状況だ。国を広げ過ぎた結果、周りに敵ばかりを作りあげている。このままでは、国が崩壊する。なればこそ、軍備を整え内政に力を入れ、さらに周辺諸国との和平の道も探りつつ我が国の存在感を強め……」
「あーっ、わ、分かりました! 分かりましたけど、それならばエゼキエル様ご自身が王になられればよろしいのではありませんか?」
「俺が王に? そんなことしたら、前線に出て戦えなくなるだろう。玉座に甘んじるなど、言語道断だ」
うーん、そうかなぁ。今の話の半分くらいは、国王になった方が実現しそうな気がするんだけれど、あくまでも自らの力の身を信じるお方なのか。
「いや、それ以外にも理由はあるのだが……ともかく、こんなところでぐずぐずしている暇はない。さっさとラ・マンチャ山へ向かえ」
「は、はい。アストラガリ、あの尖った山、ラ・マンチャ山まで直行せよ」
『了解、アストラガリ、全速前進』
そう呟いた瞬間、私は椅子に押し付けられる。猛烈な速さで、景色が流れていく。
「くっ!」
一方の王子はと言えば、後部の椅子で同じく押し付けられているようだ。猛烈な速さで飛んでいることが分かる。
かと思ったら、急に速度を落とし始めた。前につんのめって、自分の足に顔をぶつけてしまった。その間、ほんの一瞬。何マイルか先のラ・マンチャ山に、すぐにたどり着いてしまった。
「おい!」
「は、はい!」
「なんだこの速さは!」
「ご、ごめんなさい、まさかこんなに早く飛べるなんて知らずに……」
「これならば、戦場にすぐに駆け付けることができる。今までの常識が、ひっくり返るぞ!」
あれ、もしかして、感動しているの? 確かにこのアストラガリは、信じがたい速さですっ飛んでいった。ともかく私は、麓の方を見る。
ダンジョンの入り口を見つけた。まだ二号ダンジョンは完全に狩り尽くしたというわけではないため、入り口には見張りが立っている。その見張りの立つ場所の前の平地に、私はアストラガリを着地させる。
驚く見張りの顔を眺めつつ、私は腹の扉を開いた。
「着きました、エゼキエル様」
「よし、直ちに向かうぞ」
見張り兵が、こちらを見て驚愕している。それはそうだろう。突然、見たこともない化け物のようなものが空から降りてきたかと思うと、中から白い王族の服を着た人物が下りてきたからな。
「あ、あの、どちら様でございましょうか……?」
「第二王子、エゼキエルだ。これより魔道具探しのため、ここに立ち入りたい。構わないな」
「は、はい、構いません」
「では、このアストラガリ、巨人像の見張りを頼む」
「しょ、承知しました、エゼキエル様」
あまり人の出入りのないこの場所で、いきなり王子が現れて潜ると言い始めた。挙句の果てに、この得体の知れない巨人像を見張れと命じられる。一介の見張り兵が狼狽するのも当然だ。
泡を食った見張り兵をよそに、私を引き連れてダンジョンの中に入る。そのまま、ずんずんと奥の階層へと進んだ。
第三階層にたどり着いたところで、私は足を止める。そして、壁に耳を当てる。
それを見たエゼキエル様が、不思議そうな顔、そしてその色違いの両目で私を見る。
「なにか、見つけたか?」
空洞を見つけるコツは、金づちで岩壁を叩くだけではない。上手く言えないが、岩壁にも特徴があり、さらに空洞近くに来るとその足音も変わる。
今は二人分の足音があるから、余計にその音の違いに気づきやすい。なぜだか分からないが、私にはそういう「耳」がある。
「この辺りが、怪しいです」
そういいながら、私は手に持った金づちをつかい、岩壁をコンコンと叩く。
何カ所か場所を変えながら、隠し部屋のある空洞らしき場所を特定していく。
「もうちょっと上を叩いてみれば……」
どうやらこの辺りだと当たりをつけたところで、私は手を伸ばす。が、叩きたい場所に届かない。うーん、あとちょっとなのに。そういえば、いつもは足場台を持ち歩いていたな。すっかり忘れてた。
が、そんな私を見て、エゼキエル様が両手でひょいと私を担ぎ上げる。
「これで届くか?」
そう告げる王子だが、その手はちょうど私の胸の辺りに触れて……いかんいかん、いやらしいことを考えている場合ではない。無心にならなくては。
そして私は、岩を叩いてみる。
コンコンというより、キンキンという音に近い音が鳴った。間違いない、この裏には空洞がある。
「エゼキエル様、ここに隠し部屋があります。今から岩を砕いて……」
「そうか。ならば、こいつの出番だな」
そういいながら、エゼキエル様は腰に携えた、あの上級魔道具の剣を構える。
私は素人だが、この王子が相当な剣術を極めていることはよくわかる。だけど、いくら魔道具でも相手は岩だ。そんなものが、魔導の剣で斬ることができるのか?
と思う間もなく、剣をふるうエゼキエル様。一瞬、黄色い魔力が剣先からほとばしる。斜めに振り上げたその剣を、今度は斜めに振り下ろす。最後に下側を横一線に斬る。そして、エゼキエル様は足でその岩を蹴飛ばす。
三角に斬られた岩が、ゴトンと音を立てて倒れる。その先には、まさに大きな空洞があった。私はその三角の岩に飛び乗り、ランタンを向ける。
「ありますよ、魔道具が」
思ったよりも大きな部屋だ。魔道具がいくつか並んでいる。エゼキエル様も中に入ると、それを一つ一つ、見定めている。
「……たくさんあるが、思ったよりも質のいいものではないな。良くて中級、中には下級魔道具もある」
多くが魔導銃のようだが、中には県や槍もあった。ほこりをかぶって入るものの、魔道具に刻まれている特有の文様は見ることができる。
その文様の複雑さや全体の形で善し悪しが決まるのだが、正直、私自身、鑑定はあまり得意ではない。が、確かにエゼキエル様の言う通り、あまり質の良さそうなものは見当たらないのは分かる。
「しかし、量はすさまじいな。隠し部屋とは、いつもこれくらいの規模なのか?」
「いえ、一号ダンジョンでもこれほど大きな隠し部屋はほとんどありません。やはり、手つかずの二号ダンジョンだからこそだと思います」
「そうか。ともかく、これを皆、運び出さねばならんな。戻ったら、あの魔道具店の店主に頼んで運び出してもらおう」
「ええと、そうなると私の取り分が……」
「五百万だ」
「はい?」
「空洞を見つけたら、中身の有無にかかわらず一つ当たり五百万ラエルを渡そう。私が隠し部屋の魔道具をすべて買い取ることとする。それならばよかろう」
うん、願ってもない話だ。部屋を見つけるだけで五百万。そんなとてつもない金額をもらえるならば、いくらでも探してやる。
「さて、一つだけでは物足りんな。もう二つほど探してから戻るとするか」
えっ、まだ探すの? 一瞬私はそう思ったが、エゼキエル様が私をその鋭い色違いの瞳で見ると、こう告げる。
「なんだ、たった一つだけで満足するのか?」
「い、いえ、頑張ります」
「よし、頼む」
まるでオオカミに睨まれたウサギのようだ。とても逆らえない。あと二つ、そんなに簡単に見つかるかなぁ。
が、意外に簡単に見つかった。さすがに手つかずのダンジョンだ。すぐそばに、二つ目が見つかる。
今度は少し小さい隠し部屋だった。が、上級の魔道具が一つ見つかる。その他は中級の魔道具だった。さらにもう一つ、隠し部屋を見つけた。そこも広い部屋ではなかったが、中級魔道具がたくさん見つかり、それはそれで発見だった。
「さて、帰るか」
本当に三つの隠し部屋を見つけてしまった。いつもなら、一つ見つけるのが精一杯だった。そういえば、見つけた隠し部屋の壁を金づちで崩し、中に入って魔道具を持ち出す。それをせっせと繰り返していたから、一つ見つけるとしばらくそこにかかりきりになる。
が、エゼキエル様の魔力のおかげで壁は簡単に切り崩せるし、魔道具も人手もすべて別だ。私はただ、空洞さえ探せばいい。
それが唯一の、私の得意技だからな。
「今日だけで、七十もの魔道具が手に入った。そのうち、上級が一つ、中級が二十五個。魔導銃や剣だけでなく、魔導砲もいくつかある。これだけ魔道具が手に入れば、この間の大黒竜でやられた魔道具をいくつか取り戻すことができた。思わぬ収穫だ、礼を言う」
アストラガリに乗りこんだ途端、私はあの残酷で冷徹な王子と言われたエゼキエル様から、なんと礼を言われる。
なんだろうな、胸の奥が熱くなる。これまで発掘人として、感謝等されたことはなかった。ただ、魔道具店との間で駆け引きしながら、自身の見つけた魔道具を少しでも高く買い取ってもらおうと必死に交渉する日々だった。
それが報われた、瞬間だった。
「そ、それじゃあ、帰ります!」
まあ、ここで思わずのぼせ上ったのが不味かったんだろう。アストラガリについ、こう命じてしまう。
「アストラガリ、大急ぎで王都に帰ってちょうだい」
『了解しました。リミッター解除、最大戦速で帰還します』
元々の速度でも、ほとんど一瞬ともいえる速度だった。
が、それ以上の衝撃が、私とエゼキエル様を襲う。急加速に急減速で、私とエゼキエル様はアストラガリの狭い部屋の中で振り回される。
で、気づけばエゼキエル様は私の上にのしかかっていた。
「あ、あの、すみません。調子に乗り過ぎてしまいました」
黄色と青の二つの瞳が、私を鋭くにらみつける。
「まったく、お前というやつは……」
そう言うと、なんとエゼキエル様は私を抱きしめた。
えっ、こんなところで何を? 男の人に抱きしめられること自体、初めてだったから、私の心臓は高鳴る。
が、エゼキエル様は私を抱きかかえたまま、立ち上がる。そして、座席の上に座らせる。
「ともかく、今日は二つの収穫があった」
「えっ、二つ、ですか?」
「一つは、お前が隠し部屋を探し出せる特異な耳を持っていること。そして、このアストラガリというやつが戦場に直行するには極めて有利だということだ」
「は、はぁ、そうですね、確かに」
馬車なら三刻はかかるという距離を、ほんの一瞬で移動できた。
ならば、戦が起こる国境沿いまでも、短時間で行き来ができる。そんな可能性に、エゼキエル様は気づいてしまった。
「うむ、王位は要らんが、このアストラガリは欲しいな。それだけではない、お前自身も必要だ」
「えっ、私自身?」
「魔道具を見つけ出すあの能力、得難い力だ。それどころか、このアストラガリを唯一操ることができる。どうだ、俺の下で働かないか?」
他の王子にも、まったく同じ誘いを受けている。が、このお方だけは少し違う。
なんといっても、私自身の価値をも見出してくださった。アストラガリという強大な力を持つ魔道具ではなく、私自身にも、だ。それを聞いてしまったら、私はこう答えるしかない。
「おい、返事はどうした!」
「はい、ぜひ働かせてください!」
やや強引なお方だが、こうして私は、第二王子の下で働く決心をした。