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#5 遭遇

 牢から一転、私には屋敷が与えられた。

 なんでも、廃嫡された男爵のお屋敷だったところだそうで、そこに私はアストラガリと共に住むこととなった。一号ダンジョンの奥の部屋とは、おさらばだ。

 引っ越し、といっても、持っているものは金づちと銀貨や銅貨、それ以外の服は皆、不要となったし、置かれていた魔道具はれいの魔道具商店の店主が勝手に持ち去っていた。料金はまだもらっていないが、ともかく、あの騒ぎでもそのお店、無事だったんことだけは分かった。

 そんなわけで、身分不相応なほどに広い屋敷に、三人の侍女と一人の執事に囲まれて暮らすこととなる。


「えっ、こんなに料理があるの?」

「アントニオ様より、精の付く料理をと言われまして、ご用意いたしました。ルピタ様」


 なんだか私、貧民から一気に貴族っぽい立場に変わって、戸惑いしかない。もちろん、出された料理はどれもおいしいが、なんというか、露店市の端にある安い料理の店のスープの味が、なぜか懐かしく感じる。

 にしても、多すぎるんだが。何とか頑張って食べようとするも、あまりに多すぎて食べきれない。食べ物を残すということは、元貧民だった私にはとても耐えられないが、この小さな胃袋に収まりそうにない。残さざるを得ないな。

 ああ、幸せなんだか、それとも不幸せなのか。はたから見れば幸せな暮らしを送っているように見えるだろうが、その分、常に侍女や執事に見張られているような生活で、息苦しい。


「あのーっ、ちょっと街まで出てもよろしいです?」

「でしたら、私がついてまいりましょう」

「いやあ、私一人で十分なんだけど」

「万一、ルピタ様に何かあっては大変です。お一人で行かせるわけには参りませんので」


 うう、ちょっと外に出るにも、監視のように侍女がついてくる。ちなみにここにいる三人の侍女は、並みの侍女ではない。

 メイド服のすぐ裏側には、小刀を装備している。王族の警備を担う武装メイドを育成しているらしく、その中でも選りすぐりの者が三人、私のそばにいる。無論、執事もただものではないとのことだ。

 ということで、三日ほどは屋敷の中で暮らしていたのだが、その間にも王子たちがやってくる。


「やあ、ルピタ嬢。今日は一段と美しい。で、そろそろ我が方につく気になったかな?」

「こ、こうしてみるとお前も、なかなか美人であるな。何なら、側室として迎えてやっても良いのだぞ」


 第一王子と第三王子が、代わる代わる毎日やってきては誘いを受ける。その度に私は、やんわりと結論を先延ばししている。

 どうにも、引っかかる。

 それは、未だに第二王子が姿を現さないことだ。もしかすると、王位継承争いをしているのはあの二人の王子だけで、第二王子であるエゼキエル様というお方には、その気がないのかもしれない。

 が、エゼキエル様はあの大黒竜が王都に降り立った際、自らで飛び込んでいったと聞く。私がアストラガリで戦った時には、すでに大黒竜の片足は切り落とされていた。それはエゼキエル様の魔道具で切り裂いたのだと聞いた。

 それほどの武闘派である第二王子が、どうして王位継承争いには無関心なのか。あるいは、アストラガリに頼ることを良しとしていないのかもしれない。侍女から聞いた話ではその第二王子は、戦でも最前線に立って戦い、兵士たちを鼓舞していると聞く。

 が、一方で残忍なお方だと聞いた。敵兵に対する攻撃は、苛烈を極めるという。上級魔道具の長槍を用い、それを一振りするだけで百人もの部隊をなぎ倒すとされている。このため、「百人斬りの槍王」との二つ名で呼ばれ恐れられているらしい。

 うーん、話を聞けば聞くほど、第二王子とだけは会いたくないなぁ。所詮私など、金づちを使って隠し部屋を見つけ出せるという特技しかない。第二王子とは、真逆の存在だ。

 しかし、さすがに三日も屋敷に籠っていると、気が滅入ってくる。そこで私は侍女を一人伴い、街に出ることにした。


「街に出て、どこへ行かれるので?」

「いやあ、ちょっと魔道具商の店主と話があってね」

「その程度のことであれば、侍女に出向かせればよろしいのではありませんか?」

「そういうのは、直接話した方が早いんだよ」


 屋敷をいただき、しかもお金も相当もらった。今さら魔道具店に行く必要性もあまりないのだが、一応は、魔道具代のお金は受け取っておかないと気が済まない。と言っても、今や屋敷もあり、食べる物にも困らない。あらゆるものを侍女や執事が用意してくれるおかげで、自ら出向いてお金を使う場面がないのだが、そうは言っても、苦労して手に入れた魔道具の代金を受け取らないままというのはどうにも納得できない。

 そんなわけで、私は魔道具店にたどり着く。

 が、そこには先客がいた。

 しかも、金髪に白い服、精巧な刺しゅうの帯。明らかにそれは、あの王子たちと同じ姿だった。


「お前のところに、新しい上級魔道具が大量に手に入ったと聞いたが、本当か?」


 ところがである、そのお方が店主に尋ねているのは、魔道具のことだった。


「ええ、ありますよ。ちょうどその奥の棚に並べているところです」


 あーっ、ちょっと待って。あれ、私が取ってきたやつだ。もうちゃっかり、店頭に並べて売ってやがる。私はずかずかと店内に入り、店主の前に立つ。

 そんな私を見て、店主は狼狽する。


「これはこれは……ええと、どちらのお嬢様で?」


 あ、そうか、今はドレス姿だから、どこかの貴族の令嬢に間違われている。だからはっきりと、分かるように言ってやった。


「どちらもへちまもないわよ。あれ、私が取ってきた魔道具でしょ!?」

「えっ、そんなはずは……あれ、ちょっと待てよ、ほんとだ、あの時の小娘だ」


 店主も、私の顔だけは覚えていたらしい。だから私はこう言った。


「ちょっとわけあって、翌日にはいなかったの。だけどこうしてあそこに魔道具が並んでるってことは、私が見つけて集めた魔道具を全部、回収したってことでしょ!」

「そ、それはそうだが、しかしだなぁ、我々が第一階層の奥の部屋に言ったら見つけたものであるから、我々の見つけたものであるのは……」

「なんてこというのよ! 一号ダンジョンで上級魔道具を見つけたって、私が話さなきゃ絶対に知らない情報じゃない! それを勝手にかすめ取っておいて、ただで売ろうっていうわけ!?」

「い、いや、そういうわけでは……」

「ちゃんと支払うって約束で、私は隠し部屋の情報も教えたんでしょう! 踏み倒そうとしたって、そうはいかないわよ!」


 そのやり取りを聞いていた、あの白い服の王子らしき人物が、私の脇に立つ。


「おい、お前。まさかその姿で、発掘人を?」


 なんと、私に向かって尋ねてきた。私は答える。


「一号ダンジョンの中には、誰も見つけていない隠し部屋があるんです。そこで私、金づちを頼りに岩壁を叩き、空洞を見つけてはそこを叩き割って、隠し部屋の中にある魔道具を探し出していたんですよ」

「なるほどな。一号ダンジョンの中はもう取り尽くされたと思っていたが、隠し部屋なるものからこのような魔道具が取れるのだな」

「で、私が命がけで第十階層にあった隠し部屋から見つけ出した魔道具を、ここの店主がみんな奪い取って儲けようとしてたんです。だから私、今、抗議してるところなんですよ」

「ほう、それは興味深いな」


 抗議してるって話が、興味深いだと? そんなわけあるか。ところがその男は、さらにこう続ける。


「では聞くが、その隠し部屋とやらの探し方とは、どのようなものだ?」

「ええと、それは……」

「秘密にしたいようなことなのか」

「いえ、そうではありません。なんていうかその、岩壁を叩くと、何となく空洞のある場所だけ音が変わるんです。それを頼りに隠し部屋を探し出して、魔道具を集めていたんです」

「ふーん、およそ貴族令嬢のやることではないな。お前、何者だ」


 あ、そうか。今はどう見ても貴族の令嬢姿だからな。私がつい先日までただの貧民で、そのダンジョンの第一階層で暮らしていたなどと知るはずもないか。


「私は、ルピタ・ピエール。発掘人をしている者です。そして……」

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「アストラガリを掘り出し、それを唯一操る者です」


 それを聞いたその王子らしき人物は、私の右腕をつかむ。


「おいお前、あの人型の巨人、あれを動かせる者だと、そう言っているのか!?」


 私をにらみつけるその顔は、まさに第一王子と第三王子以上に威圧感のある顔だ。間違いない、この方は冷徹で有名な、あの第二王子だ。

 が、あの二人の王子と比べて、大きく異なるところがある。二人の王子は金髪に青目。ところがこの王子は、右目は黄色で、左目は青色。虹彩異色症(ヘテロクロミア)というやつだ。

 その目で睨まれると、とたんに恐怖に襲われる。そういえばこのお方、百人もの兵士を一刀両断する残虐な王子だった。

 そんな王子が、私の腕をとり、その左右の異なる色の瞳でにらみつけてくる。


「は、はい、だって大黒竜が現れて中央広場で暴れていたので、このままでは行商人たちが死んでしまうと思い、必死で……」


 私は必死で、正直に思うところを述べた。あんな化け物を相手に、私の居場所である露店市をつぶされてなるものかと思い、戦ったのは本当の話だ。すると男は、私の手を放す。


「ああ、そういうことか。てっきりあの巨人魔道具を売りつけに来た、卑しいやつだと思っていたが、そういう動機があったのか」


 なんだか分からないが、私の行動を理解はされたらしい。とはいえ、背中は汗びっしょりだ。猛獣にでも睨まれたかのようなあの恐怖感は、他の王子の比ではない。


「と、ところで、あなた様は第二王子でいらっしゃいますよね」


 そんな私は、確認のために一応、尋ねてみた。するとまたあの左右の異なる色の眼で、私をにらみつけてきた。


「いかにも、俺は第二王子のエゼキエル・デ・カスティージャだ」


 ああ、やっぱり。予想通りだった。それを聞いた私の侍女はひざまずき、こう詫びる。


「申し訳ありません。ルピタ様は今は例の巨人、アストラガリの使い手として貴族街にてかくまっております。これはお二人の王子からの命によるものでありまして、数々の御無礼、どうかご容赦ください」


 あー、この侍女に悪いことしたな。確か、エテスファリアという名だったかな。こんな場所で気を使わせてしまって、申し訳ない


「ちょ、ちょっと、私が悪いだけなんだから、あなたはいちいち謝らなくてもいいのよ」


 確かに相手は王子だけれども、私のために罪を被ろうとするその態度はどうしても許容できない。だから私はその侍女、エテスファリアの手を握る。


「いえ、ルピタ様。主人(あるじ)の失態は、下僕(しもべ)の不徳となすところのもの」

「そんなのおかしいよ。だって私がここに来たのだって、私のわがままのようなものじゃない」


 その一部始終を聞いていたエゼキエル様は、私に向かってこう告げる。


「勘違いするな、俺はお前が無礼を働いたなどとは、これっぽっちも思ってもいない。ただ、俺はあの魔道具を、その隠し部屋から掘り出したという事実に興味を持った。すでに国内の四つのダンジョンの内、二つはすべて探索され尽くし、もう魔道具が見つからないと思い込んでいた。そのうちの一つの一号ダンジョンから、新たな上級魔道具が見つかったと聞いた。それを見つける術を、お前はもっているのだな?」

「は、はい、エゼキエル様」

「にしてもだ、この魔道具など、実に素晴らしい出来だ。様々な魔道具を見てきたが、これほど精巧な文様の彫られた魔道具は見たことがない」

「は、はぁ」

「それを見つけたというのは、実に興味深い話だ。その巨人像魔道具のことといい、どうやって見つけたのだ?」

「ちょ、ちょっとその前に、店主と離させてもらってもよろしいですか?」

「なぜだ」

「ここの店主は、私の魔道具を買い取ると約束し、そのまま私のかつての住処から勝手に持ち出しておきながら、その代金を払わないと言ってるんです」

「なるほど……それはいかんな」

「そ、そんな、エゼキエル様」


 第二王子を味方に引き入れることに成功した。つまり、店主は追い込まれたというわけだ。

 が、その第二王子はと言えば、魔道具の一つを取り出す。


「こいつを、一千万ラエルで買い取ろう」

「えっ、一千万ラエル!?」

「ただし、ここの魔道具一式の代金を五百万ラエルでこの者から買い取れ。それが、条件だ」

「は、はい、承知いたしました!」


 それは、一本の剣だ。やや短めの剣ながら、上級魔道具の一つでもある。


「槍だけではどうにも戦いづらい場面があった。さらに接近し、魔力を叩きつける。それにふさわしい剣と見た。一千万の価値は、十分にある」


 他の二人の王子とは、まったく真逆の存在だ。あの二人は私の操るアストラガリにのみ関心を抱き、一方でこの王子、エゼキエル様は自らの力の身を信じている。


「ところで、ルピタと言ったな」

「は、はい!」

「その発掘人の技、活かす気はないか?」

「えっ?」

「お前は隠し部屋を見つけられるのであろう? さらに強い魔道具を、俺は欲している。アントニオ兄さんとも、ニコラスとも違う。俺は俺自身が、強くなりたい」


 残虐で冷徹、そういう印象の話ばかりを聞かされていたが、実際に会ってみるとまるで違う。なんというか、熱意すら感じる。そんな王子に、私はこう答える。


「はい! 隠し部屋、見つけて御覧に入れます!」

「そうか。では頼む」

「あの、私の住処は……」

「知っている。すでに知らせは来ていた。が、私は王位継承などに興味はない。ただ自らの力を高め、このカスティージャ王国を守り抜くこと、ただそれだけのために動いている」


 少し、胸がジーンとなった。なんだろう、このお方は。他の二人とはまるで違う。本当に同じ兄弟なのか?

 ともかく私は、この第二王子のエゼキエル様と共に、二号ダンジョンへと潜る約束を果たすこととなる。あ、ついでに魔道具代金として五百万ラエルを、店主から受け取ったのは言うまでもない。

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