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#4 争い

「ねえ、ちょっと!」


 大黒竜を撃退した翌日、私は近くにいた見張り兵に向かって叫ぶ。


「なんだ、騒々しい」

「どうして王都を救った私が、牢に入れられてるのよ!」

「決まっている。平民の分際で、あの魔道具を勝手に使ったからだ」


 なんて理不尽な一言だろう。それじゃまるで私が、大黒竜を倒したことが罪だったかのような言い草じゃないか。もう、なんなのよ。こんなことなら、王子たちが死んでしまった方がよかったと言ってるようなものじゃないか。


 私はこのアストラガリを、そばにいた王族と思しき方々に直接売りつけようと、意気揚々に降り立った。が、そのまま衛兵や魔導師らに囲まれて捕まり、そのまま牢にぶちこまれた。お金を得るどころか、なんと罪人扱いにされてしまったのだ。もしかしてこのまま私、殺されちゃうんだろうな。

 あーあ、実に短い人生だった。こんなことならあの桃とリンゴ、さっさと食べておけばよかったな。まだ一つも食べないまま、ダンジョンの住処に置いてきてしまった。

 中央の広場に並んでいた露店や石像などは、跡形もなく吹き飛んでしまったようだ。もっとも、行商人の多くは命からがら助かったようだが、品の多くと露店自体は吹き飛ばされてほぼ文無しになってしまったという。

 まあ、命があっただけましだと多くの行商人たちは思っているようだと、その見張りの兵からは聞いた。たくましいものだな、行商人たちは。

 それに比べて私はと言えば、そんな大黒竜を倒しておきながら、牢に放り込まれるという理不尽な扱いを受けているところだ。まさに風前の灯火、オーガの前に立たされた生身の私と同じ状況だ。納得がいかない。

 そんな私のもとに、誰かがやってくる。


「おい、娘! あれは本当に魔道具なのか!」


 服装からしても、偉そうな人だ。おそらくは王族、もしかすると三人の王子の一人かもしれない。が、こっちはどうせ殺される身だ。開き直った私は言い返す。


「ご覧いただいた通り、あの伝説の大黒竜を倒したのですよ。あれが魔道具じゃななくて、何だって言うんですか」

「我々、王族の頂点たる王子が、三人とも動かすことが叶わなかったのだぞ! 魔道具ならば、魔力量の多い王族たる我々がどうして動かせぬというのか!」

「私なんて魔力もないし、ただの発掘人だし、でも椅子に座ったら、なぜか勝手に動き出したのですよ」

「はぁ!? 勝手に動き出しただと!? そんなはず、あるか! 魔道具ならば、魔力が必要なはずだ! 平民風情にそんな魔力が、あるはずがない!」


 自称王子の人物に、いきなり恫喝されてしまった。だけど、これは事実だ。現に私が座った途端、それまではただの石像のようにたたずんでいたアストラガリが勝手に動き出し、しかも私はなぜかその操作法やその他の知識をを流し込まれた。

 でも、考えてみればどうして私が動かせて、この王国で最強と言われる王族の頂点たる王子たちが動かせないのか。私にもうまく説明できない。つまりこのアストラガリは、魔力ではない何かで動いている、ということになる。それが、どうやら私にしか動かせないらしい、ということになるのだが、それがどうしてなのか、説明できない。

 王子になくて、私にあるもの……うーん、単なる発掘人だしなぁ。強いて言えば、私は耳がいい。なればこそ、岩向こうの空洞をわずかな音の差で見つけ出すことができる。

 だけど、そんなものはアストラガリを動かすために、何の役にも立っていない。


「と、とにかくですね。私はあのアストラガリと偶然出会い動かした、ただそれだけなんです」


 私はそう答えると、その王子はこう尋ねてくる。


「アストラガリ、だと?」


 ああ、そうか、この巨体のことを「アストラガリ」と知ってるのは私だけなんだ。それも、あの操縦法と共に頭の中に流し込まれた知識の一つだ。どういう意味なのかは、さっぱり分からないが。

 ともかく、この王子らしきお方に答える必要はあるだろう。


「あの、アストラガリとは、あの巨像の名前です。私はあれに乗り込むことで知りました」

「そんなはずはない。アストラガリとは伝説に出てくる神の使いで、人々が窮地に立たされた時に現れ、皆を救ったという、王家秘伝の伝承書に書かれた存在だぞ。平民の分際で、どうしてその伝承を知っている」

「ええと、だからそれは、そのアストラガリから直接教えてもらったので……」


 アストラガリという名は、確かにその人型の像から教えてもらった。というより、頭の中に流し込まれた。これはまぎれもない事実だ。これ以上のことは、私だって知らない。ましてや王家秘伝の伝承だなんてものに「アストラガリ」の名が残されていることなど、その日暮らしだった貧乏な発掘人の知るところではない。

 だが、その伝承を聞くと、まさに昨日、私が現れたのは伝承通りだった、ということじゃないか。

 そんなやり取りをしているところに、もう一人の人物が現れる。

 さきほどから私と会話している王子と同様、金髪で青色をしている。そして真っ白なタキシードに、精巧な刺しゅうを施された帯をまとっているところから、こちらも同じ身分、つまり王子の可能性が高い。

 と、いうことはこの二人、噂通りなら継承権争いをしているお方同士、ということになる。


「おい、ニコラス。もう少し、言葉遣いに気をつけたらどうなんだ?」

「なんだよ、アントニオ兄さん。こいつはただの平民だぞ?」

「ただの、ではないだろう。その『アストラガリ』を動かせる、唯一の人物なんだぞ。まったく、そんな気質ではとても、父上は王位継承など認めないだろうな」

「くっ!」


 ああ、今の会話ではっきりした。やっぱりこの人たち、王子だった。そして噂は本当だったようだ。なんとなく察してたけど、さっきは感情に任せて言い争ってしまったが、冷静に考えれば私とこの方々とは、天と地ほどの身分差だったんだ。

 背中や首筋に、嫌な汗が流れ出る。しまったな。さっきはどうせ処刑されるからと自暴自棄になり、ついイキリ散らしてしまったが、王子を怒らせたら、その処刑も「普通」で済むはずがない。

 ギロチンや絞首刑ならまだいいが、もしかしたら両手両足を牛に縛りじわじわと引かせ全身を引きちぎる、八つ裂きの刑にされてしまうかもしれない。

 うわぁ、それだけは勘弁だ。これ以上機嫌を損ねないようにして、せめてギロチン刑くらいにしてもらわないと。


「なあ、娘さん」

「は、はい!」

「そういえば、君の名をまだ聞いてないのだが」

「あ、あの、ルピタ・ピラールと言います」

「ルピタ殿か。私は第一王子のアントニオ・デ・アロス・カスティージャと申す。で、横にいるのは第三王子のニコラス・デ・カスティージャだ」

「は、はぁ……」


 何やら急に丁寧な扱いに変わったぞ。どういうことだ? その第一王子のアントニオ様は続ける。


「あの巨大な人型の、災害級の魔物である大黒竜をたった一撃で撃ち落した魔道具を動かせるのは今のところルピタ殿、君しかいない。魔力持ちである我ら王族ですら、ピクリとも動かせなかった。それが我らの結論だ」

「……そうなのですか。で、私に、何をなさるおつもりでしょう?」

「もう一度、あの巨像、アストラガリを動かしてもらえないかな。それで、はっきりする」

「はっきりする、というのは?」

「君があれを動かせるかどうかということと、その君を手にしたものが、我が王国の王位を受け継ぐ資格を得るという、この二つだな」

「ええーっ!」


 思わず叫んでしまった。私が、王位継承のカギを握ってるってこと? そんなバカな。つい昨日までは、私はただの平民、いや、桃とリンゴを手に入れて喜んでいるようなさらに下層の貧民だった。

 そんな私が、王位継承争いに巻き込まれるというのか?


 牢の扉が開かれ、私は外に出される。すると第一王子がこう告げる。


「さすがにその姿では申し訳ないな。まずはこの者の身体を洗い、きれいにして差し上げろ」

「承知いたしました」


 で、第一王子の一言で私は、ギロチン台ではなく牢獄から別の建屋の小奇麗な場所へと連れていかれた。で、そこで侍女数人に囲まれ、汚れ切った服を脱がされる。

 かと思えば、素っ裸の私にお湯をかけられ、三人がかりで石鹸で泡まみれにされ、ゴシゴシと身体中を洗われる。

 それが済むと、今度はそのままバスタブの中に放り込まれる。裸姿を侍女に見守られながらしばらく湯に浸かっていると、引っ張り出されて全身を三人がかりで拭かれ、真っ白な下着を着せられる。その上から腰に、コルセットを巻かれる。

 最後には上から赤いワンピースドレスを着せられ、腰には豪華な帯を締められた。

 首を斬られるはずが、ドレスを着せられた。なんという運命の大逆転。

 で、そのまま私は馬車に乗せられる。向かう先は、あの中央広場だ。

 そこには、昨日、私が下りた時の姿のままのアストラガリが、そのまま置かれていた。考えてみれば、あんな大きなものを人力では動かせるはずがない。明るい場所で見るのは初めてだが、しゃがんだ姿勢ですでに人の背丈の三倍ほどはある。

 そして、黄金色がまばゆい。どうやら、今朝までの間に磨かれたようだな。


「はてさて、本当にこの貧民の小娘に、アストラガリと呼ばれるこの伝承の巨人像が動かせるのやら」


 あの第三王子のニコラス様は、どうも私が気に入らないらしい。典型的な王族だな。これを平民に動かせるはずがないと、そう思い込んでいるようだ。

 それ以上に気になることがある。

 ここには、第一王子と第三王子がいる。が、あと一人、第二王子が見当たらない。

 ま、いいか。三人いたら余計に緊張する。とにかく私は、このアストラガリを動かして見せればいいんだ。私は赤いワンピース姿のまま、中へと乗り込む。

 昨日まではほこりまみれだったが、かなりきれいに磨かれている。王子が乗ったというから、その前に掃除されたのだろう。私が椅子に座り、ひじ掛けに手を置くと、早速アストラガリが反応する。


『生体認証、チェック。認証完了、ロック解除』


 と同時に、前方の腹の扉がバタンと閉まる。一瞬、真っ暗になるが、周囲の風景が壁に映し出される。その光景を見た第三王子が、唖然とした表情で見上げているのが見える。


『システム起動完了、パイロットのバイタル正常。アストラガリ、始動』


 外から見れば、黄金色の人型の像が立ち上がっている姿が見えるのだろう。立ち上がると、だいたい王子たちの六倍ほどの背丈となる。

 私はそこでスイッチの一つを動かして、腹の扉を開いた。


「どうですかぁ、これで私が動かせること、証明できましたよね!?」


 地上にいる二人の王子に向かって叫ぶ。第一王子のアントニオ様は涼し気でにこやかな顔をされているが、第三王子のニコラス様は心なしか、動揺している。


「そ、そうだな、だが、立ち上がっただけではまだ認められん」


 そのニコラス様が、私にこう返してきた。そこで私は尋ねる。


「では、何をすればよろしいのですかぁ?」

「そうだな……あれだ、あれを切り刻んでみせよ」


 そういってニコラス様が指したのは、私がルフィエで射抜いて落ちた大黒竜だ。身体には大穴が開いているが、その大きな図体は広場の端に置かれたままだ。

 これだけ大きいと、確かに人が運び出すには苦労する。いや、それよりも、鱗だ。この鱗、何かの素材に使えそうな気がする。その下にはおそらく、肉もある。竜の肉ってどんな味かは分からないが、きっと珍味に違いない。


「よろしいですが、一つお願いがあります」

「なんだ」

「この大黒竜の鱗と肉、全部もらってもよろしいですかぁ?」

「なんだ、そんなことか。構わん、みんなもってけ」


 よし、第三王子の言質をいただいた。そこで私は扉を閉じ、アストラガリを大黒竜のところへ動かす。


「まずあの大黒竜の首と足、羽根を切り落として、それから鱗をはがしにかかるよ」

『了解。ターゲットの切断処理を開始いたします』


 脚はほぼ切り落とされているものの、中途半端に残っている。そこでまずティソーナでその根元から切り落とす。

 青い光の剣が姿を現すと、それを一振りして両脚の根元を切り落とした。次いで、頭を斬る。そして両方の羽根を切り落とした後、鱗をはがしにかかる。

 それにしてもこのアストラガリ、手は器用だな。鱗を一枚一枚、まるで果物狩りの熟練者のように手際よく素早くそれをはがす。はたから見ると、妙な光景だろうな。

 で、はがした後は、巨大な鶏肉のようなものが転がっている。それをいくつかに切り分ける。

 その様子を、文無しとなった行商人たちが眺めていた。一通り作業を終えたところで、私は叫ぶ。


「みなさーん! この鱗と肉、持ってってくださーい!」


 それを聞いた行商人は一瞬、驚いた顔でこちらを見る。が、すぐに彼らは行動に移る。

 鱗はおそらく防具に使えるだろうし、肉は上手く調理すれば食べられるかもしれない。そう気づいた彼らは、一斉に大黒竜に群がる。


「お、おい!」

「行商人の皆さんのため、いただいた鱗と肉を利用させてもらいますね」


 夕方までには大黒竜の大半はもっていかれ、あちらこちらで簡易の露店が再開し、あの大黒竜の肉が振る舞われていた。武具の行商人は、手に入れた鱗をさっそく街の武器屋へ売りに回っている。


「大胆なやつだな」

「えっ、そうですか?」


 そんな露店の一角で、私はどういうわけか二人の王子と共に大黒竜の肉料理を食べる羽目になった。アントニオ様が私に、少し呆れ顔でそう告げる。

 王都の王族御用達の店から取り寄せた香辛料を使って煮込まれたその分厚い肉を、私は木のフォークで刺して口に運び、頬張る。やや脂身が多い気がするが、香辛料が臭みを消してほどよい味に仕上がっている。あれだけ硬い相手だったのに、鱗の下はこんなにも柔らかい肉だったことは意外だ。

 この広場の周辺でも同様に、大黒竜の肉による宴が催されている。が、彼らのは岩塩のみで味付けされたものばかりのようだ。王族の席だけ、特別なものを用意してくれたようだ。


「まさかあの災害級の魔物の肉を味わう羽目になるなど、昨日までは考えてもみなかった」

「いやあ、だって放っておけば腐っちゃいますし、もったいないなぁと」

「だからといって、街中に振る舞いやつがあるか。せっかくお前のものになったというのに」

「だって、行商人の店が皆、吹き飛ばされたんですよ? それじゃこの広場の市が廃れてしまうじゃないですか。だったら、せめて多少でも保証してあげないとかわいそうですよ」

「だから大胆なやつだと言ったんだ。こんな大盤振る舞い、見たことないぞ」


 アントニオ様とニコラス様がそれぞれ、私のこの所業について述べられる。が、怒りに触れたというわけでもなさそうだ。周囲の衛兵たちも共に、その一生に一度しか口にできないであろう大黒竜の肉の味を堪能している。


「ともかくだ、これではっきりしたことが一つ、あるな」

「はぁ、なんでしょうか」

「お前を味方につけるのは、どの王子か、ということだ。どうだ、私の(もと)で働かないか」

「アントニオ兄さん、抜け駆けはずるいですよ! それに、エゼキエル兄さんだっているんですから」

「おっと、そうだな。あくまでも父上からは、王位継承争いは公正にとのお達しが来ているからな。では改めて、私の下で働いてもらうようにお願いに上がるとするか」

「ひ、非礼の数々は、詫びる。だから、私の下で働くことも考えてくれ」


 ギロチン台に送られるかと思っていたら、なんだか王子の間で私の取り合いが始まった。正確には、このアストラガリの力が欲しいだけなんだろうけど。

 この瞬間から私は、この王位継承争いのどろどろとした争いの中に巻き込まれることとなった。第一王子と第三王子、どちらを選んだ方が得なのか、私なりに見定めさせてもらう。

 にしても、やはり第二王子の姿がないな。現れる気配すらない。王位継承に関わる話を二人の王子がしているくらいなのに、どうして二番目の王子だけこの場にいないのだろう? なにやら、不穏な香りがする。

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