#20 王位
「これより、エゼキエル・デ・カスティージャ様への王位禅譲の儀を執り行う!」
ついに、来るべき時が来た。そう、エゼキエル様が、とうとう国王陛下となられる。
なお、今回の王位継承は、禅譲という形をとる。すなわち、前陛下がまだ亡くならないうちに、王位を継承者に直接、譲り渡すというのだ。
「新陛下、ばんざーい!」
「「ばんざーい!」」
神官より被せられた王冠を頭上に乗せたエゼキエル様が、周囲の貴族や群衆らによって祝福の万歳を一身に受けられる。
「うう、ようやく、エゼキエル様が陛下となられたのですね」
そう涙ぐむ私の後ろで、侍女のエテスファリアがこうささやく。
「同時に、ルピタ様も王妃になられたのですよ。他人事ではありません」
それを聞いた私は、思わずギクッと背中から衝撃を覚えた。そうだった、私、王妃になっちゃったんだ。
禅譲された前陛下は、上王としての地位を得る。が、これは政治に直接関与する立場ではなく、つまるところ隠居の身となることを示す。
要するにだ、上王様は国王でいることに疲れを感じていたようだ。だから、さっさと隠居したい。そう考えていたらしい。
それで、王位を早く譲ると言い出し、その結果として王位継承争いが起きてしまったようだ。
あの魔力暴走の事件から、わずか三か月。魔力暴走を食い止める方法が見つかったエゼキエル様は、そんな国王陛下に王位継承の意思を示す。
それを聞いて驚いたのは、本来なら王位を得るはずの第一王子であるアントニオ様だ。弟が大罪人となり、挙句に王座まで取られてしまったこのお方は、どういうわけか大喜びだ。
「いやあ、私はエゼキエルこそが王位にふさわしいと思ってたんだよ。ニコラスなんかに譲ったら、それこそ大変だと思っていたからね。ああ、最初からそうと決まっていれば、弟のニコラスは死ぬこともなく……」
喜んでいるのか、悲しんでいるのか、分からないお方だ。まあとにかく、このお方はむしろエゼキエル様の王位継承を望まれていた。
というのも、国王がもつ権力の大きさと責任に、自身の神経がもたないと感じていたからだ。
一方でエゼキエル様はこの三か月のうちに、すでに王国の改革を見据えて動いていた。そう、この国を「民による、民のための政治」に変えるための施策を、だ。
すでに二つの議会が作られることが決定している。一つは、民が直接選んだ議員が集まる「下院」、そしてもう一つが、貴族らから選ばれた議員による「貴族院」の二つだ。
貴族院の存在が、民の政治を打ち消してしまうのではないかと思われて仕方がないのだが、そこは貴族を無視できないという事情がある。突然、一つの議会を作ってしまったら、貴族の反発や、場合によっては反乱を招く。そこで、貴族院という妥協案が産まれる。が、そこは貴族の力ばかりが及ばないよう、工夫がなされている。
それは、両院での決定が異なる場合、国王陛下であるエゼキエル様が裁定するという形をとることである。
隣の国の民主制とは大きく異なる仕組みだが、これは一方で、政治にまだ疎い平民たちが政治に慣れ親しむまでの移行のための手段であると、エゼキエル様は考えている。その一方で、国王自身が政策を決めることはなく、あくまでも貴族、臣民の代表である議会が決めた決定を選ぶという権限にとどめている。
しかし、エゼキエル様というお方は意地が悪い。その貴族院の議長として、アントニオ様を当てた。王位を受け取らなかったからといって、兄上を娯楽三昧の生活に溺れさせるつもりはないらしい。それだけではない。
退位して隠居するはずの上王様には、インディアス王国の国境からほど近い辺境都市シウダッドに移り住んでいただき、そこで守備隊の指揮を執っていただくようお願いしたのだという。もちろん、いざという時にはアストラガリが乗り込むという条件付きで。
使えるものは使う。やはり、エゼキエル様は冷徹なお方だ。
とまあ、そんな具合でこの国は、国王在位のまま議会民主制へ緩やかに移行するという、隣国のリオス共和国とは全く違う道をたどろうとしていた。
「もしお前がアストラガリを見つけなければ、こんなことにはならなかっただろうな」
そして戴冠式の晩、私はいつものようにベッドの上でエゼキエル様に抱かれながら、そう告げられた。
「すいません、あんなもの見つけてしまって、悪かったですね」
「いや、悪いことばかりではないぞ。そのおかげでお前のこの薄い胸の成長を、楽しむこともできた」
冗談で返したつもりが、さらにその上を行くいじられかたをされて、陛下となられたこのお方は私の衣服の中へ手を突っ込んで、私の胸の辺りをまさぐってきた。
「あの、エゼキエル様……じゃない、陛下は私のこの薄っぺらい胸が、単にお気に召しただけではありませんか?」
「よく分かってるじゃないか。俺は最初から、この絶壁が好みだったんだ」
なーんだ、百人斬りの冷徹な王子と言われながら、一方で性癖のゆがんだ変態だったのか。いや、そんなことはもう三か月前に分かっていたのだが。にしても、国王陛下になったばかりのお方とは思えないほどの下品な会話だ。祝いの日に、なんてことを言い出すんだろう、このお方は。
「さて、今夜も堪能させてもらおうか、お前の絶壁を」
「いくら探っても、私の胸に隠し部屋はありませんよ」
「そうなのか? ならばそれをより確かめるため、今夜もあの時のように一晩中、探らせてもらおうではないか。念入りに、な」
まったく、このお方は魔力暴走の解決策が見つかった途端、自分の欲求に対し真っすぐになられた。王位を継ぐこと、議会を作ること、そして私に手を出すこと。そして貧民だった私を王妃にすること。遠慮も何も、あったものではない。
それにしても、私のような貧相な身体の方が好みなお方が王子にいたとは……嘆かわしいというか、喜ばしいというか、私にとってはなんとも複雑な気分だ。
そんな私とエゼキエル様のベッドの横には、以前、シウダッドの街の料理屋にて、魔道具によって撮られた「写真」と呼ばれるものが置かれている。あの時はいきなり取られたから、間抜け面のままだな。首には、あの時いただいたネックレスが映っている。そのネックレスは、今も使っている。
あれくらいからだろうか、エゼキエル様が私を少しづつ、特別な扱いをしてくださったのは。いや、それ以前から特別ではあったが、それはあくまでも発掘人とアストラガリ操縦者という二つの特技があってこそだった。が、人としての扱いが変わってきたのは、このころからだった気がする。
ところで、あの魔力暴走の直後、この王都トレドニアは再び被害を受けた。それはそうだ。王都の空を覆うほどの竜を吹き飛ばしたのだ、その強烈な爆風が、王都内のあちこちに被害をもたらす。見張り台のような高い建物はその風であらかた吹き飛ばされ、平民街の脆い家ほど屋根が吹き飛ぶなどの被害が出ていた。が、あれだけの爆風を浴びながらも、幸いにも死者は数人程度で済んだという。
私もこの三か月間、エゼキエル様の相手ばかりをしていたわけではない。アストラガリを使って建物修復の手伝いをしたり、遠くから石材を運んできたりと、案外それはそれで活躍していた。
その間にも、カスティージャ王国を狙う国はあった。王都トレドニアが被害を受けたと聞いた周辺諸国の一部が、我が国の領土に侵攻してきたのだ。その度に私はアストラガリを飛ばしては追い払い、さらにその国の王宮の前に立って威嚇射撃を加え、警告をする。おかげで、我が国を攻める国はなくなった。
その一方で、私は魔道具探しも行う。三号ダンジョンも掘り尽くし、四号ダンジョンにまで手を出している。ここはジャイアントオーガがうじゃうじゃいて、時々大黒竜まで現れる最難関のダンジョンではあるが、アストラガリを前に、彼らはなすすべもない。ついでに、大黒竜の肉は行商人たちがあちこちに売りさばくこととなる。たくましい商魂だ。
で、この四号ダンジョンは、他の三つのダンジョンと比べて上級の魔道具ばかりが見つかるのはいいのだが、アストラガリ並みの大きな発見はなかった。こうして四つのダンジョンはほぼ攻略してしまったが、別のダンジョンらしき場所が見つかり、今、発掘調査が行われている。
にしても案外、忙しい三か月だったな。
それにしても、ダンジョンとはいったい何なのだろうか? 依然として残る謎である。数万年前の失われた文明の遺産だと、学術士たちはそう言うのだが、よくよく考えれば変な話だ。
というのも、アストラガリは、まるでエゼキエル様の登場を見越していたかのようにも感じられる。少なくともあのゴールデ・キャノンは、エゼキエル様の魔力暴走を食い止めるために作り出された仕掛けとしか思えない。今回の一件では、そうとしか思えなかった。
しかしなぜ、数万年前のその文明の人たちは、それほどの技を持ちながら消えてしまったのか。そして、それらを後世に残そうとばかりにわざわざダンジョンを作り、しかも隠し部屋などという厄介なものまで作ったのか。
私たちを、いや、むしろ私を、試したのか?
私にとってダンジョンとは、不思議というより、不可解である。
それ以上に一つ、謎が残る。
どうして私が、アストラガリ唯一の乗り手に選ばれたのか?
この疑問は以前、解消されていない。だから私は思い切って、アストラガリ自身に尋ねてみた。
「アストラガリ、尋ねたいことがある」
『質問を受け付けます。どうぞ』
「どうして私は、アストラガリの唯一の乗り手になったの? 私には魔力もないし、まさか古代人の血筋が残された人物だとか、そういうものでもなさそうだし、その理由がさっぱり分からないの。だから、教えてほしい」
この謎の問いに対して、実に明解に、そして拍子抜けするような回答を、アストラガリは返してきた。
『それは、あなたがこのアストラガリの生態センサーに触れた最初の方で、それゆえに初回登録された人物だからです』
(完)




