#2 黒竜
とりあえず、私はアストラガリと共に、一階層目にある住処へと戻る。こんなに大きな像が私の住処に収まるわけもなく、仕方なく入り口付近に座らせた。
にしても、どうして私が魔道具を動かせたのだろうか?
ところで、アストラガリおかれていた隠し部屋でも、たくさんの魔道具があった。大半は普通の魔道具だが、明らかにアストラガリ用のものも見つかる。腰には「聖剣ティソーナ」と呼ばれる、あの青白い炎のような光の聖剣が備わっているが、アストラガリが座っていた場所のすぐ脇に、古代語で「ゴールデ・ルフィエ」と呼ばれる金色の魔道具があった。アストラガリが握ると、ちょうど魔導師が使う遠隔攻撃用の魔導銃のように扱える。
というか、どうして私、古代語が読めるんだ? 今までも何度か古代語を見てきたが、あれが言葉だと認識したことがない。単なる模様だと思っていた。
なにやら、いろいろな知識を植え付けられたようだな。若干気味が悪いものの、おかげでアストラガリが動かせるんだ。良しとしよう。
さて、大量の魔道具に、アストラガリという巨大な魔道具を見つけることとなった。しかしこれ、どうやって売りにいこうか? さすがにアストラガリで歩いて持って行ったら、目立ち過ぎるよなぁ。王都が大騒ぎになってしまう。
しばらくの間は、見つけた小さな魔道具をこまめに売っては細々と暮らし、アストラガリはこの十階層目の隠し部屋探しのため、護身用に使おう。その後に、アストラガリを売ればいい。まだまだこの一号ダンジョンには、隠し部屋が残されている。アストラガリさえあれば、隠し部屋の壁を壊すのに便利だし、大型の魔物に襲われても安心だ。
「さてと、魔道具を売りに行ってくるかなぁ」
私一人では、一度にたくさん持っていくことはできない。だから今日は取りあえず三つだけ持って、王都トレドニアに向かう。
王都は、このダンジョンのある山のすぐ麓だ。半刻も歩けばたどり着ける。ずた袋の中に魔道具を入れて、みすぼらしい姿で王都へと向かう。魔道具を持っていることを悟られないためだ。
そうしないと、王都内にいる盗賊どもに取られてしまう。一度、魔道具をそのまま持ち歩いていたら奪われた経験があるからこそ、それと悟られないように持ち運ぶ必要がある。
さて、いつものように王都にたどり着いた。さて、今日はどの商人に売りつけようかな。でも前回のあの商人は、かなりいい値で買い取ってくれたし、そういえば次も魔道具を持ってくると約束したし、あの魔道具店からたどってみるか。
「またあんたか」
無愛想だが、前回は高値で買ってくれた主が私を見るなり、不機嫌そうにこちらを見る。
「そう言わずにさ、また魔道具を見つけたんだ」
「そうかいそうかい、で、今日は何を持ってきたんだ?」
そういう店主の前に、私は魔道具をおいて見せた。するとこの店主、目の色が変わる。
「こ、こいつは……」
この間と、明らかに反応が違うな。私は尋ねる。
「もしかして、いつもの魔道具と違うの?」
「おめえ、発掘人のくせに魔道具の価値も分からねえのかよ。こいつは一級品だぞ。この精巧さ、そして整ったこの形。もしも王族が使えば、敵の兵士二、三十人を一撃でやれるほどの代物だ」
「えっ、そんなにすごいな道具なの!?」
知らぬこととはいえ、随分と粗雑に運んできてしまったものだ。もう少し丁寧に扱うべきだったかな。
「嬢ちゃんよ、掛け値無しで買い取らせてもらう。三十万ラエルでどうだ」
「えっ、さ、三十万!?」
「ただし、条件がある。これをどこで見つけたか、それを教えてくれたらその金額で買わせてもらう」
ああ、そういう交換条件なんだ。仕方がない。私は店主に教える。
「一号ダンジョンの、十階層目だよ」
「一号ダンジョン? あそこはもう狩り尽くされたダンジョンだと聞いたが」
「内緒の話なんだけど、ダンジョンの壁の奥にはところどころ、空洞があってね、その隠し部屋から魔道具が見つかることがあるの。私はその空洞を探すことができる探索人なのよ」
「ああ、なるほど、それで女の探索人にしちゃあ、いいものを持ち込んできたってわけか」
「実は持ちきれなくて、まだたくさんの魔道具を持ってるの」
「な、なんだと!?」
「それを買い取ってくれるっていうんなら、譲ってやらないこともないわ。でも、私一人じゃ運びきれなくて」
「分かった。なら、人を出そう。そいつを全部、買い取らせてもらう」
どうやらとてつもなく良いものだったらしい。ということは、あの場で見つかった魔道具すべてが「一級品」という可能性もある。考えてみれば、アストラガリなんていう化け物みたいな魔道具が置いてあったくらいだ。そりゃあとんでもない魔道具が一緒に置かれていたっておかしくないな。
「そんじゃ、明日までに一号ダンジョンへ人をよこせばいいんだな」
「いっとくけど、私を襲ってただで奪い取ろうなんて思わないでよね」
「俺だって商人だ。そんなことはしない。が……」
「なによ」
「その空洞の秘密とやらは、別だがな」
ああ、そうか、空洞の存在を教えてしまった。ということはこの商人、探索人を沢山雇ってその隠し部屋探しをさせるつもりかもしれない。
が、隠し部屋のことは教えたが、隠し部屋の探し方までは教えていない。そうなると、闇雲に壁を叩いて探すしかないだろうな。実に効率が悪い上に、そう簡単には見つかるまい。
まあいいか。たった三つで三十万ラエルも手に入ったんだ。あの魔道具を全て売り払ったら、いったいいくらになるんだろう。それだけで、王都に居を構えることができるかもしれない。当面は、生活に困らないな。
いや、待てよ、あのアストラガリ、あれならいくらで買い取ってくれるんだろうか? ちょっと早めに売り払うのはもったいないけど、あれなら一生暮らせるくらいのお金が手に入るんじゃないだろうか。そう考えたら、あの商人に売ってしまってもいいかもしれない。
さて、今日は大金が手に入った。私は中央広場へと向かう。
そう、そこには行商人たちが露店を開いている、ちょっとした市場のようなところがある。
「嬢ちゃん、今日はいい果実が手に入ったんだ、買っていかないか!?」
私は貧民だ。だから、市場へ行っても声をかけてくれるものなどいない。が、ここは店を持たない行商人が集まる場所だから、相手が貧民だろうが売るのに必死だ。そこで私は桃とリンゴを買う。
「十ラエルだ、毎度あり!」
気のいい行商人だ。私は五ラエル銅貨二枚を行商人に渡す。そして桃とリンゴをそれぞれ二つづつ、手に入れる。
今日は気分がいい。いつもならこんないいもの、買うことはないからな。露店の端にあるボロい料理店で、何が入っているのかわからないスープを三ラエルで食べて、たまに衣服を買って帰るのが精一杯な暮らしが続いていた。
このところはもう少しましな料理店に行くようになり、住処で食べるための果実も買う余裕が出てきた。王位継承争いのおかげか。しかも今回は運がいい。
そう考えると、明日はもっと吹っ掛けてやんなきゃ。あのアストラガリだって、絶対に欲しがるに決まっている。となれば、並みの金額で売るわけにはいかない。
大金が手に入ったこともあって、私は少し上品な服も買った。それをずた袋に入れて、街を歩く。他にも、オーガに壊されたナイフの代わりの武器を探し、私が扱えそうな槍を一本、購入した。
という具合に買い物を一通り終えて、王都の城壁へと向かう。城門をくぐり、ちょうど橋を渡り終えようかというところで、背後から叫び声が聞こえた。
「けいこーく! 上空より、大黒竜が接近中ーっ! 皆、非難せよーっ!」
あちこちの見張り台から、一斉に叫び声が上がった。それを聞いた私は、空を見上げる。
目を疑った。それは、数百年に一度、現れるかどうかという災害級の魔物といわれた竜の姿だ。子供の頃、教会で語られた逸話で、聞いたことがある。それは真っ黒で、この中央広場にある自噴水池よりも大きい巨大な竜。ほぼ同じものが今から四百年前にも現われて、一つの王国が姿を消したと伝えられているほどの強大な化け物だ。
そんなとんでもない魔物が突如、この王都トレドニアに現れた。
「建物の中、蔵の奥へ逃げよっ!」
見張り兵たちが叫ぶ。が、城壁で囲われたこの王都を、軽々と飛び越していく。
そして、王都中央の広場に降り立つ。そこには露店が集まり、人々が行き交う場所だ。
「ぎゃあああっ!」
その広場の方から、叫び声がこだまし、聞こえてくる。あの黒い巨体の竜が、その場にいる人々を襲い始めたようだ。
私は恐怖から、慌ててその場から逃げる。が、ふと考える。
あの大黒竜が現れたとなれば、これは王都消滅を意味することも、承知している。
それじゃ私は、生きていけなくなるじゃないか。あの魔道具店も、この大黒竜にやられてしまえば、私は生計を得る術がなくなる。
それどころか、食糧も衣服も買えない。生き延びたところで、待っているのは飢餓だけだ。王国内の別の街へ行くという手もあるが、このままでは周辺の街をも大黒竜が襲うだろう。
いや、待てよ。それならばあの大黒竜を、やっつけてしまえばいいんじゃないか。
そうだ、今の私には、その力がある。
私は大急ぎで、一号ダンジョンの住処へと走った。