#18 暴露
「そういえば、ルピタを初めて見たのは、確か王都の中央広場、大黒竜を倒してドヤ顔をして現れた姿だったかな」
それほど前の話ではないのだが、今となっては随分と懐かしくも恥ずかしい思い出だ。そうだったな、私は大黒竜をアストラガリで倒し、この巨大魔道具を目前にいる貴族――実際には、三人の王子だったのだが――に売りつけようと、その場で売り込みをかけたんだったな。
「あの後は大変でしたよ。褒められるどころか、私はニコラス様の手の者によって、牢に放り込まれたんですから」
「そうであったな」
「そういえば、その時はエゼキエル様は、まるでアストラガリに無関心でしたね」
「いや、そんなことはない。とんでもない魔道具を手に入れたと、まずは俺があれに乗り込んだ。が、まったく動かなかった」
「膨大な魔力を持つとされる三人の王子が動かそうとしたものの、動く気配すらなかったと、そう後で聞きました」
「あの時はお前のことよりも、巨大魔道具に関心があったからな。今思えば、随分と失礼なことをした」
「いえ、構いません。失礼だったのはむしろ、第三王子の方でしたから」
「そうだったな。お前を牢に放り込んだのだからな」
昔話、と言えるほど昔ではないが、はじめて王子と会った時の話で盛り上がる。
「それからお前が発掘人だと知り、しかも隠し部屋の存在を知る者と聞いた時、俺はお前を連れて二号ダンジョンへと向かった。その理由は、分かってるよな」
「魔力暴走を少しでも抑えるために、上級の魔道具を手に入れて魔力を発散させるためだと言ってましたね。ですがそれ以外に、広大過ぎる王国を守るためでもあるとおっしゃってました」
「実際、インディアス王国から攻め込まれたからな。だからそのまま、やつらの王宮へと乗り込んだ。今となっては、無茶な事をしたものだと思う」
それから、三号ダンジョンでの話、シグダットの街で一緒のベッドに寝たこと、それからリオス共和国を救うために向かい、そこで二万ものカリブ王国軍を吹き飛ばしてしまったことなどを話した。
「……で、その後はリオス共和国へと向かった。民が治める国の発達ぶりを、目の当たりにしたと思う」
「はい、あそこでのケーキという食べ物が、とてもおいしかったです」
「なあ、お前はどうして我が国よりも小さいあのリオス共和国の方が、我が国以上に発展していると思う?」
と、昔話から急に話題を変えてきた。私はこう答える。
「エゼキエル様は以前、民に機会の平等が与えられ、その結果、力ある者が力を発揮することができたからだと、そうおっしゃってましたよね」
「そうだ。が、我が国では逆だ。無能な者が権威を振りかざし、懸命に働く民を斬り捨てようとしていた。あのようなものが常態化するこの国では、発達など到底かなわない」
「は、はぁ、おっしゃる通りです」
「だから、王族や貴族は消えてしまえばいい。俺は一時、そう考えた」
急になにやら、物騒な話をし始めたぞ。まさか、反乱を起こそうと考えているのではあるまいな。
が、そうではなかった、エゼキエル様が語るのは、あの「謎」のことだった。
「弟のニコラスが、王位を簒奪しようとした。だが俺はそれ以前に、王族や貴族をまとめて滅ぼそうと、そう企んだことがある」
「あの、それってまさか……」
「そうだ、あの毒ワイン事件のことだ。あれは、俺自身が仕掛けた事件だ」
私の中で、何かがつながった。そう、エゼキエル様に雄黄の毒のことを教えたのは私自身で、その雄黄がワインの樽の中にしこまれていた。
あんなことを考えつくのは、王族や貴族の中ではエゼキエル様くらいだとどこか感じていたが、まさにそれをやってのけたのはエゼキエル様本人だったのかと、今本人が暴露した。
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください。もしかして、あの場にいた、ワインを口につけようとしていた陛下を含む王族や貴族を、一網打尽になさろうと考えていたのですか!?」
「そうだ」
「ですが、なぜそのようなことを!?」
「簡単だ。王族や貴族街なくなれば、民が治めざるを得なくなる。その時はリオス共和国にでも書簡を送って、我が国を乗っ取ってもらうつもりでいた」
「あ、あの、あのワインって、私も飲もうとしていたのですよ。もしかした、私も殺す気だったのですか!?」
「いや、飲む前に止めるつもりだった。それに、あの雄黄という毒のことを教えた張本人が、引っかかるはずがないという確信もあるにはあった。もっとも、皆が飲む前にまさか、それを悟って叫んで止めるところまでは考えていなかったがな」
つまり私は、無意識のうちにエゼキエル様の計画を阻止していたことになる。つまり私は、エゼキエル様にとっては計画を妨げた存在、ということになる。
「ま、まさか、今ここで私を……」
「大丈夫だ、別にお前を殺そうなどと考えていない。それに、そのつもりだったら今までに、いくらでも機会があっただろう。それをしなかったのは、貴族や王族を抹殺せずに、やり方を変えようと考えたからだ」
「やり方を、変える?」
「そうだ、アントニオ兄さんにはすでに相談を始めている。王国のままで、民意を反映した政治体制に変えるというアイデアだ」
「えっ、王国のまま、民に政治を任せる? どういう考えなんですか」
「簡単だ、国王はいるが、政治の主体は民が選んだ首相や議員らによってなされるものとする。国王は、それを追認するというものだ。リオス共和国は国王を処刑して民の政治を始めたが、当初は大混乱だった。それはそうだ、政治などやったことのない者が、いきなり政治をやらされた、混乱して当然だろう。が、俺が今言った方法ならば、国王という存在があるから混乱が少ない。周りには我が王国を狙う国も多い、比較的混乱せずに、政治体制を変えられる方法ではないかと考えたんだ」
王族や貴族を抹殺しなくても成り立つ政治体制だから、わざわざ王族や貴族を抹殺する必要がなくなったと考えたのだという。
しかし、反対がなかったわけではない。
「その考え、アントニオ様はお認めになられたのですか?」
「兄上は大賛成だった。元々、兄上は王位を継承されたとしても、政治をやるつもりはほとんどなかった。どちらかというと、お飾りの国王でそれなりの贅沢ができるならそれでいいというお方だ。だから、議会民主制と呼ぶこの方式に移行することは、兄上にとってこの上ない提案だった」
「そうだったんですか、意外ですね」
「だが、反対だったのは弟のニコラスの方だった。王族がやすやすと平民に政治の実権を渡す者ではないと譲らなかった。挙句の果てに、自身が強引に王座を奪おうとまで考えた」
「ああ、それで反乱を起こされたんですね」
「ついでに言えば、ニコラスは俺が毒ワイン事件の主犯だということも知ったようだった。だから、あの場で撃ち殺した」
うーん、やっぱり怖いなぁ、弟の罪は明らかにしたくせに、ご自身の罪はひた隠しにするんだ。もっとも、これにはエゼキエル様自身に残された時間が少ないということが一番の要因だ。どうせ近々、命を失う羽目になる。ならば、罪やうやむやのままにしておいて、少しでも国のために尽くそうと考えた。
にしても、私から雄黄の話を聞いて、それで王族や貴族を抹殺しようと真っ先に考えるあたり、よほど特権階級が嫌いなんだなと感じた。まあ、あの程度の雄黄をワインに入れたところで、致死量にまで達していたかどうかは疑問ではあるが。
「唯一の反対者でもあるニコラスは斃れた。となれば、あとは国王陛下を説得し、譲位させるばかりだ。そうなれば後は議会を作り、この王国をより機会平等な国へと変貌させることができる。その後のことだが……」
「はい」
「……残り少ない人生ではあるが、俺と共に、歩んではくれないか?」
一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、それが求婚のことだとしばらくして分かる。
「ええーっ、だ、だって私、ド平民な娘ですよ!」
「私とこれだけ気兼ねなく話ができ、それでいて頼りになる娘は、お前くらいしかいない」
「ちょ、ちょっと待ってください。私はこの通り、男と見間違えられるほどの身体つきですし……」
「最近、触った感触ではかなり良くなってきているぞ」
「なななななんてことをおっしゃるんですか! もしかして、私を抱き枕にしていたのは、わざわざ私のことを確認する意図だったんですか?」
「当たり前だろう。最近はようやくいい具合になってきたと感じたところだ」
本当にこのお方は遠慮というものがないな。普通の女なら、かなりショックを受けるところだぞ。
「……で、私は何をすればよろしいのですか」
「とりあえず、世継ぎは欲しいな。できれば男だ。無論、アントニオ兄さんの子供が生まれればよいが、王家存続にはやはり第二王子の子供とはいえ、必要なことだと俺は……」
と、結婚してからの話をし始めた途端だった。急にエゼキエル様の様子がおかしくなる。
「あ、あの、どうされましたか、エゼキエル様。顔色が悪いですよ」
だが、その次の瞬間、急にエゼキエル様が光り始めた。私は、その衝撃で後ろに弾き飛ばされる。
「え、エゼキエル様! 何が、何が起きたのです!」
光の中でもがくエゼキエル様が、息も絶え絶えにこう叫んできた。
「ま、魔力暴走が、起きた! 直ちに、逃げろ!」
なんということだ、このタイミングで、ヘテロクロミアの者の持つ宿命であり、その者の命を奪うという「魔力暴走」が起きてしまった。
私はただ、唖然としてその様子を眺めるしかない。魔力など持たない私にとっては、なす術がない。
こうして何の前触れもなく始まった魔力暴走だが、黄金色に光り輝くエゼキエル様の身体からは、一筋の光が天に向かって伸び始めた。それが、雲をも貫き、さらに店へと向かって伸びる。
私、いやこの王都の者たちはその光の先に、とてつもないものを見ることとなる。