#17 復興
立て続けに、王都で大変なことが続いた。
はじめは、大黒竜が襲ってきたこと。そして今回の反乱。ほとんど被害はないとはいうものの、一部で戦闘が発生し建物が壊された場所があり、また私のアストラガリが王宮に続く大通りを一部、破壊した。
ただでさえ、大黒竜の爪痕がまだ残る中、今度は反乱である。特に後者は物的被害というより、王国統治への不安感を増す結果となった。
人心が、乱れ始めている。
それを確かめるべく、私はエゼキエル様と共に王都の街に出た。
「厄介だな」
そうぼやくのは、エゼキエル様だ。
「何がですか?」
「分かるだろう。第三王子が反乱を起こしたんだぞ。そのことが、どれほど民を動揺させているか」
そういえば、このお方は普通の王族や貴族と違う。なぜか、民のことをよく御存知である。
「どうして、エゼキエル様は民のことをそこまで御存知なのですか?」
私もだんだんと遠慮がなくなってきた。普通、第二王子に向かってこんなことを聞く者はいないだろう。
が、これまで共に戦い、魔道具を探し、寝泊まりまでした間柄か、いつの間にか私はエゼキエル様に心許すようになったし、壁も感じなくなってきていた。
「俺が第一、第三王子と母親違いだという話はしたな」
「はい」
「それに加え、ヘテロクロミアということで、身体を鍛えなくてはならないと言われ、他の王子とは違う場所で育てられたという話もしたな」
「それもうかがってます」
「それが、この王都の端の平民街の真ん中だったんだ」
ああ、なるほど、この人、平民街で育ったんだ。そういえば幼いころに母親を亡くしているし、物心ついたころには王子というより、武術や体術を鍛えられた王族という扱いだったのだろう。
「平民街の端に、王国一の騎士と言われたお方がいた。名を、セレビアノ・アラビスと言った。その師匠がめちゃくちゃに厳しい男で、王族だろうが平民だろうが、構わず公平に鍛えると言い、本当にそれをやってのけたお方だった」
「はぁ、それはまた、すごいお方だったんですね」
「平民出身ながら、凄腕の剣士であり、また指揮官でもあった。先代がまだご存命の時にともに遠征し、数々の武勲を打ち立てたという方だ」
「と、いうことは、もしかしてとても厳しい修行を?」
「厳しいなんてものじゃない、今でも、殺してやりたいと思うほどの凄惨な稽古をつけてきた」
うーん、いつになく殺気が出てるなぁ。よほどそのお方の稽古が厳しすぎたようだ。が、すでにそのお方は少し前に亡くなっているとのことだった。
「で、俺はその時から平民と同じ扱いで武術や体術を習わせられ、徹底的に鍛え上げられた。一方で王子として必要な知識も詰め込まれ、幼少期から寝る間もないほどの日々が続いた」
ああ、それが今のこの性格を生み出したのか。その大変さが、何となく目に浮かぶ。言われてみれば、私も幼いころにどこかの武術教練所を覗いたが、とても私などには耐えられないと感じた覚えがある。あれ以上のものを、エゼキエル様は受けてきたのだろう。
「そんなわけだから、俺は元々が平民と同じところ、同じ目線で生活をしていた。厳しい日々の中ではあったが、ご近所の人たちに世話になり、また同時に貴族の理不尽さも目にしてきた。俺を王子とも知らずに無礼を働いた者もいたほどだ。そいつの顔と名前をしっかりと覚えていたから、後日、その家を取り潰してやったがな」
うわぁ、やっぱり怖いなぁ、この人。しかし同時に、どうしてリオス共和国に共感を抱いているのかもわかった。
「はるか昔の先祖が魔力を用いて武勲を立てたから、今は王族や貴族という特別な階級を得たのであって、それを忘れて自らが特別だと勘違いしている連中が多過ぎる。俺が平民と同じ場所にいた時は大威張りだったやつらが、俺が第二王子と分かるや手のひらを返すように平伏してくる。まったく、反吐が出るな」
二重の生活を経ているからこそ、王族、貴族が支配する今のこの王国に嫌気がさしているのだろうな。
ならば、弟のニコラス様の反乱に加担して、それを大きく変える道もあったんじゃないのか?
「あの、恐れながらお聞きしますが、ニコラス様の反乱に乗じて国を変える、という手もあったのではありませんか?」
「その方法ではまず、民に被害が出るという懸念があるといったじゃないか。いや、それ以前に俺は、魔力暴走を起こして身を亡ぼすという運命から逃れられない。そんな者が、この国の上につくわけにもいくまい。俺を王にしようと誘われても、乗らなかったな、そんな話には」
といって、相変わらず国の上位につくことを拒む。国王陛下もおっしゃっていたが、どう見てもエゼキエル様こそがこの国の頂点にふさわしいお方だと思うんだけどなぁ。
などと思っていると、中央広場にたどり着く。ここは大黒竜によって徹底的に破壊された場所だ。が、中央の女神像は修復されて、水場も戻り、なによりも露店が復活していた。
「エゼキエル様!」
「なんだ、急に」
「露店へ行きましょう!」
ちょうど、中央広場の石畳の修復が行われている現場のそばを通る。
「おーい、もうちょい右だ。そこそこ、そこにおろしてくれぇ」
職人が、次々と街の復興に努めている。その様子が手に取るようにわかる。何よりも、露店が復活したというのが何ともたくましい限りだ。
「おう、巨人の嬢ちゃんじゃねえか。それに、エゼキエル様も」
とある露店に顔を出すと、いきなりそこの店主にそう告げられる。
「えっ、巨人の嬢ちゃんって、何!?」
「あんた、二号ダンジョンや三号ダンジョンで、次々とお宝を見つけては、俺たち行商人にそれらを堕としてくれたじゃねえか。おかげで、みんな生活の糧を得て助かったんだぜ」
「あ、ああ、そりゃどうも」
本日の発見、私が行商人たちから「巨人の嬢ちゃん」という二つ名でよばれていること。なんだそれ、かっこ悪い名前だ。第一、私自身はむしろ小さい。
「てことで、串焼きを一本づつ驕りだ。第二王子さんもだよ」
もらうつもりなんてなかったのに、どうやら私は知らないうちに行商人たちに感謝されていたらしいな。私はただ、隠し部屋を掘り当てただけだ。その後の労働や魔道具の運び出しに伴う賃金などは、私というより魔道具店の店主が払っている。感謝されるようなこと、したのかなぁ。
「それにしても、行商人の方は以前通りですねぇ。以前の活気が戻って来たみたいです」
「まあ、そうだな。あれだけの災害級の魔物が出たというのに、これだけ短期間で復興できたというのも、たくましい限りだ」
私と同じことを思っている。見れば見るほど、変な王子だ。少なくとも、あの第三王子とは大違いだな。
ベンチに座り、エゼキエル様と共にその串焼きをいただく。ふと私は、エゼキエル様の顔を見る。
この方、やはり王子というだけあって、実にいい顔立ちをしている。それに比べると、私なんて胸もないし、身体も小さい。今はワンピース姿だから女だと分かるが、発掘人の着るズボン姿になった途端、男と見分けがつかない。
そういえば、アストラガリに乗るようになってから、髪を伸ばすようになった。少し長い髪になっては来たものの、貴族令嬢と比べたら、ほうきと毛叩きほどの差がある。
そんな私だが、つい先日、とうとうエゼキエル様に危うく大人にさせられるところだった。うーん、そういえばさっき、露店の店主も「巨人の嬢ちゃん」と呼んでくれた。少なくとも、女に見られるようになってきた、ということか。
だから何だという話だが、私も少し、自信を持ててきたな。でも、今夜あたりもこの王子にまた抱き枕にされるだろうけど、その後はどうなっちゃうんだろう?
まさか、襲われるのかなぁ。
まあ、そん時はそん時か。別に減るもんじゃないし、今は串焼きを味わおう。
それからしばらく王子と共に、王都の街を歩く。平民街へと入るが、そこは大黒竜や反乱の被害は及んでいない。
が、深刻な事態が起きていた。
「だ、だれか、あの貴族様を止めてください!」
なんでも、台車を引いた平民が、馬車の行く手を邪魔したと、平民街を通り抜けている最中だったとある伯爵がその無礼な平民を斬ると言って騒いでいるとのことだ。
「お、お許しください! わざと、わざとやったわけではないんです!」
「おのれ平民風情が、わしの馬車の行く手を阻んでおいて、左様なことを申すか!」
そして、魔道具の剣を取り出し、まさにその平民を斬ろうとしているところだった。
「待てっ!」
と、そこでエゼキエル様が叫ぶ。
「誰か、わしを呼ぶ者は……え、エゼキエル様!?」
こんな場所に、いきなり第二王子の登場である。伯爵が驚くのは無理もない。
「お前、何ゆえ不用意に、民を殺そうとしているのか?」
「恐れながら、こやつは私めの馬車の行く手を阻んだのでございます」
「行く手を、阻んだだと?」
「その通りでございます、エゼキエル様。平民の分際で、我が伯爵家の馬車を止めたのでございますよ。これは万死に値する行為であると」
それを聞いたエゼキエル様が、怒りをあらわにしないはずがない。
「なんだ、その程度のことで民を殺そうと、そう申すのか」
「えっ? いえ、それは当然のことかと……」
「ならば、その馬車がなくなってしまえば、何ら問題がないということになるな」
いつもの冷徹な声で叫ばれると、腰に会った上級魔道具の剣を取り、それを頭上に掲げた。そして、それを馬車に向けて振り下ろす。
貴族のあの着飾られた馬車が、わずかひと振りでバラバラに吹き飛んだ。まさに怒りの一撃、御者は地面に叩きつけられ、二頭いた馬は驚き走り出し、逃げ出す。バラバラになった馬車は路上にて、ただの木片となって散らばった。
「邪魔される馬車はなくなった。これで、民を斬る必要もなくなったであろう」
「あ、あわわわっ」
「それにしても、たかが馬車一つ止められただけで平民街でこのような騒ぎを起こすとは、なんという狭量な貴族か。お前のようなものがいるから、この国は発展しない。むしろ害悪なのは、お前の方だと気づかいないのか?」
「お、お許しを」
「今すぐ立ち去れ、目障りだ。それとも今ここで、俺に首を斬られたいのか?」
それを聞いたその伯爵は、地面に倒れた御者と連れの執事らしき男と共に、その場を走り去っていった。
で、後に残ったのはただの木くずと化した馬車である。
「騒がせてすまない。この馬車の破片を片付けてもらえると助かるのだが」
そうエゼキエル様が言うと、すぐさま数人の男がやってきて、道の上に散らばった木片をかき集める。
「それからお前、ケガはないか」
「は、はい」
「あのような貴族に屈することはない。これまで通り、自らの役目に励め」
「あ、ありがとうございます、第二王子殿下」
エゼキエル様がそう告げると、再び街は元通りに動き始めた。
「それにしても、なんという輩だ。まだあのようなものが残っていたとは信じられない。それほどまでに、貴族とは偉い存在なのか。まったく、やはりこの王国も大きく変えなくてはならないのではないか……」
などとブツブツとつぶやき始める。が、私がそっと声をかける。
「あ、あの、エゼキエル様。ここは目立ちすぎます。もう少し先へ進みませんか?」
といって、その場を去る。が、道行く人がこちらに向けて、手を振ってくれる。私はそれに応えて、手を振り返した。
私にもわかる、貴族の理不尽さは。特に今のは極端な方だが、馬車が通るたびに道を開けさせられるのはしょっちゅうだった。それどころか、罵声を浴びせかけられることも珍しくない。
それを、第二王子が現れて成敗してくださったのだ。あれほど胸のすく出来事もないだろう。やはりエゼキエル様は民の味方であろうとしている。
もっとも、それが特異な環境で育てられたという結果であることを、ついさっき私も知ったばかりであるのだが。
さて、その夜のことだ。夕食を食べ終えて、日が暮れる。また寝室に呼び出されて、今度こそは初めての夜を迎えてしまう者と覚悟していたその時、私はまったく別の場所に呼び出される。
中庭に一人、エゼキエル様が立っている。空には、星々が光り輝いている。月はまだ、出ていない。
そんな夜空の下、ただ空を眺めるエゼキエル様が突っ立っている。
「あの、エゼキエル様、何故このような場所に呼び出されたのでございましょう」
別に寝室でも構わないのに、なぜかわざわざこんな場所に呼び出すエゼキエル様の心情が読めない。もっとも、このお方の心情など、読めたためしはないのだが。
そんなエゼキエル様が、こう答える。
「いや、いろいろと考えたのだが、どうやらここでお前に、本当のことを告げるべきだと思ってな」
意味深なことを言い出したエゼキエル様だが、私はこの場にて、衝撃的な事実を知ることとなる。