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#16 鎮圧

 私は今、王宮の前にアストラガリと共に立っている。正面には、大勢の貴族、というか、魔導師が立っている。


「そこをどけ、平民が!」

「貧民風情で、なぜ貴族に逆らうか!」


 まったく、私に対してぐさぐさと刺さる言葉を投げかけてきやがる。胸なしの貧民娘、第二王子にとりつく寄生虫など、言いたい放題だ。

 だが、私は動かない。だいたい、逆らってるのはそっちじゃないか。王宮に魔導砲を向けて放っているのがその証拠だ。だがその程度の砲では、このアストラガリを貫くどころか、傷一つつけられない。

 脇を走り抜けようとする者もいるが、私は聖剣ティソーナを取り出してその剣先を地面に突き刺し、彼らの行く手を阻む。

 しかし、第三王子の姿は見えない。最後まで、表に出てこないつもりだろうか。

 だが、ここで時間稼ぎをしている間に、エゼキエル様が動いてくださってるはずだ。


◇◇◇


「な、なんでアストラガリが行く手を……動くのが早すぎではないか?」

「分かりません、ですが、殿下の行動が読まれていたのではありませんか?」

「やはりエゼキエル兄さんは、油断ならなかったな」


 植込みの間からそれを苦々しく見るのは、第三王子のニコラスだ。王宮に向かおうにも、すでに衛兵や魔導師らがぐるりと王宮を囲んでおり、さらに王宮へと続く大通りはアストラガリが立ちはだかり、魔導砲の侵入を拒んでいる。

 くそっ、だからアストラガリの乗り手を暗殺しようとしたのに、しくじってしまった。それが今になって仇となって現れた。そうニコラスは考える。

 それにしても、夜中に奇襲を仕掛けたはずなのに、どうして動きがこうも読まれているんだ? まるで最初からこちらが打って出ることを予測していたみたいじゃないか。ともかく、発起してしまった以上、後には引けない。ニコラスは数人の部下と共に、王宮の周囲を見渡しつつ、抜け道がないか探す。


「そうだ、確か王宮の西に、緊急用の抜け道があったはずだ。王宮で有事の際に、そこから抜け出せることになっている。そこから逆に侵入し、父上を捉えることができれば……」


 そういって、部下たちを引き連れて王宮の西側へと向かう。

 が、その抜け道の前に、立ちはだかる者がいる。


「やはり、お前があらわれたか」


 そう、そこに立つのは第二王子のエゼキエルだ。その姿を見て、ニコラスは悟る。


「やっぱりエゼキエル兄さんなんだな、我々の動きを読んでいたのは」

「当たり前だ。お前が余計なことさえ言わなければ、おそらくは俺もお前の野望に気付き、ここまで用意周到に動けなかった。だが、あるきっかけでお前の屋敷の周りで魔導銃や魔導砲、剣や槍が集められているのを見て、そろそろ動くだろうと踏んでいた」

「余計な事だと?」

「忘れたのか。お前、ルピタを暗殺しようとしただろう」

「何のことかな、エゼキエル兄さん」

「今、ここに至ってとぼけるつもりか?」

「王位簒奪を図ったというのならば、現に今、それを見られているから言い訳などしようがない。が、暗殺未遂事件の犯人にまでされて、さらに名を貶められるのは不愉快極まりないな」

「ほう、ならばどうしてお前はあの時、刺客が四人だと知っていた?」


 そう、あの暗殺事件の翌日、真っ先にエゼキエル邸にやってきて、おまけに刺客の数が「四人」だといったのは、ニコラス本人だった。


「刺客の数を知る者は、俺と刺客を調べた部下、そしてルピタとその執事、侍女らだけだ。それ以外には、一切漏らしていない。だが、そんな人数を誰が言うでもなくお前は言い当てた。つまりそれは、お前が刺客を送った張本人だから、ということではないのか」

「うっ……」


 そう、あの言葉を聞いた瞬間、エゼキエルにはニコラスがルピタ暗殺の主犯であると分かってしまったのだ。

 だが、むしろ王位継承のためにその力を手に入れようと、ルピタを味方に引き込もうとしていたはず、それがどうして、逆の暗殺という手段に打って出たのか?

 実に単純なことだ、反乱を起こすとなれば、アストラガリの存在はむしろ邪魔になる。だから、アストラガリを破壊するか、それを唯一動かせるルピタを暗殺するしかなかった。後者がもっとも楽だったため、暗殺に動いた。


「どう考えても、お前の目的は王位簒奪にしかつながらない。それゆえに俺はひそかにお前の動きを追っていた。そろそろ動く頃だろうと思っていたが、まさか今夜になるとはな」

「……さすがは、国王陛下がエゼキエル兄さんを王位につかせたがるわけだ。ここまで頭が回るとはね」

「では改めて聞くが、なぜこのような企みを始めたか」

「決まっている、このままではあのお人よしで無能な第一王子のアントニオ兄さんに王位が譲られる。そうなる前に、私がそれを奪うためだ」

「言いたいことは分からないでもないが、お前だって人のことは言えないだろう。現に反乱を起こすという判断は、とても賢明だとはいえないな」

「なぜだ!」

「そんなことをすれば、周囲の民にまで被害が及ぶ。なぜ王族同士の争いに、民を巻き込むのか」

「エゼキエル兄さんはいつもそうだ。たかが平民を、まるで人として扱おうとする。やつらは我らの駒に過ぎないんだぞ」

「そういう考えは、隣の国を見てから言った方がいい。いや、お前にはもう、それを見る機会もないか」

「民による政治か。下らん、あんなもの、いずれ崩壊するに決まっている」

「だが、それこそお前のような無能者が王位につけば、カスティージャ王国は確実に崩壊する」

「なんだと、私が無能だと言いたいのか、兄さん」

「隣国で何が起きているのか、戦いの悲惨さとはどういうものなのか、そんなことも知らず、ただのうのうと贅沢三昧に暮らすお前に、この国の政治や軍事が勤まると思うか」

「それを言い出したら、アントニオ兄さんだって……いや、そんなことよりもだ、いっそエゼキエル兄さんこそ、私の側につかないかい?」

「……そのつもりはないから、俺はお前に歯向かっているのだが」

「何を言っているんだい、兄さん。僕は知っているんだよ、あの社交界で兄さんが、陛下を殺そうと……」


 何かを述べようとした第三王子の頭を、エゼキエルは手に持った魔道具で撃ち抜く。小型のごく普通の魔道具だが、人一人を倒すには十分すぎる魔導銃だ。それを見た周囲のニコラスの部下は震え上がる。


「……さて、これよりお前たちには、私の傘下に入ってもらう。その上で、ニコラス第三王子が反乱の首謀者であり、私に襲い掛かろうとしたことを証言するんだ。お前たちはただ、ニコラスに従わされた。そう俺が陛下に進言すれば、お前たちは助かるぞ」


 二色の瞳で睨まれたその元・ニコラスの部下たちは、逆らうわけにもいかない。ただその場にて、うなずく他なかった。


「ではこれより俺と共に、王宮の大通りに向かう。ニコラスの屍と共に」


 そう言ってエゼキエルは、部下たちに首が飛ばされて胴体だけとなったニコラス王子の身体を運ばせ、王宮へと向かう


◇◇◇


「お前らも降伏せよ。この通り、お前たちの(あるじ)は、つい先ほど反乱の罪で処された」


 魔導砲が並ぶこの大通りのその奥から、エゼキエル様が現れてこう告げられた。その背後には、何人もの衛兵がいる。

 そして、彼らのうち三人が抱えていたのは、首のないニコラス様の身体だった。


「に、ニコラス様……」

「王族しか知らない王宮の抜け道より、王宮内に侵入しようとしたところを見つけ、阻止した。その俺に抵抗しようとするので、やむまく射殺した。おとなしく捕まればよかったものを、俺に歯向かってきたからこうなるんだ。お前たちも、賢明な判断をするんだな」


 うわぁ、ついさっきまで、私の胸をまさぐっていたお方とは思えないほどの冷徹ぶりだ。鋭い眼光を前に、ここに並ぶ上級貴族と、そして騎士たちはあっさりと降伏した。


「役目は放たしたようだな、ルピタ」


 地上に降りた私に、そうねぎらいの言葉をかけるエゼキエル様だが、どことなく疲れた様子だ。

 それはそうだろう。単身でニコラス様と対峙され、あのお方を殺してしまったのだから。

 にしても、ニコラス様も敵わない相手だと知っているのだから、素直に捕まった方がよかったのに、どうしてエゼキエル様に逆らって撃ち殺される道を選んでしまったのだろう。もっとも、捕まっていたら、それはそれで断頭台に送られる運命が待っている。どうせ殺されるなら一か八か、逆らう道を歩んだ方が賢明だと判断したのかもしれない。


 しばらくして、国王陛下が現れた。頭部を失った我が子を眺めつつも、周りの兵士や貴族らが、ニコラス様に加担したことを告げた。ニコラス様の遺体を運んできた衛兵たちはエゼキエル様の部下とされたためお咎めなしとなったが、それ以外の貴族や騎士たちはその場で捕らえられ、連れていかれた。


「なんということだ。ニコラスよ、お前に王位など継ぐ力はなかったと諦めて、せめて別の道を模索すればよかったものの……」


 いくら反乱の首謀者とはいえ、血のつながった息子である。国王陛下の悲しみは深く、そして複雑だ。だが、反逆者としてニコラス様は王族の墓には納められず、重罪者としての墓場に送り込まれることとなった。

 なんとも、後味の悪い結末だ。


「疲れたのではないか?」


 まもなく夜も空けようという時間になって、再びベッドに戻って来た。私はエゼキエル様にそう言葉をかけられる。


「いえ、ただ座って、時折アストラガリを動かしていただけですから」


 もっとも、貴族たちから罵詈雑言の嵐を受けていたことは敢えて話さなかった。それを言おうものなら、この方は彼らを自らの手で処罰すると言い出しかねない。あれは、なかったことにしておこう。

 で、私を抱きしめて、また抱き枕にする。

 が、さすがに疲れていたのか、それ以上のことはなく、そのまま寝てしまった。私も、さすがに徹夜状態で疲れてしまい、エゼキエル様の腕の中で寝てしまった。


「で、そのまま昼まで、お眠りあそばされていたのでございますか?」


 妙に鋭い目つきで私に言い放つのは、侍女のエテスファリアだった。うう、私はこの夜、頑張ってアストラガリで反乱を抑え込んでいたんだよ。起きる時間が遅くなるのは、仕方ないことでしょうが。

 にしても、どうして怒っているのやら。私が、エゼキエル様の腕の中で抱き枕にされていたこと? でもそんなことなら、もう何日も続いているし、今さらどうこう言われる筋合いはない。何に怒ってるんだろうか?

 幸いだったのは、ニコラス様以外に死者が出なかったことだ。私の操るアストラガリの聖剣ティソーナが発する熱でやけどを負ったものは多少、出たものの、あれだけ周到に準備され、多くの魔道具が投入された反乱にしては、わずかな被害で終わった。


「やれやれ、そんなに王位が欲しかったのなら、私に相談すればよかったのに」


 などというのは、若干お人よし気味な第一王子のアントニオ様だ。


「私情で王位を決めてはなりませんよ、アントニオ兄さん」

「いや、死にたいと思えるほど王位が欲しいなら、譲っても何にも問題ないよ。どちらがなったって、たいして変わらないのだから。そんなことを事前に知っていたら、私の方から乗り込んで説得しただろうに」

「どちらにせよ、陛下を狙おうとなさったのです。大罪人の汚名はもう、晴らせませんよ」

「うう、ニコラス……」


 こうしてみれば、確かに第一王子が王位を継いでも不安しかないな。ニコラス様以上に不安かもしれない。情に流されやすいというか、それ自体は悪くないことなのだけれど、為政者としてはその素質はどうだろうか?

 それにしても、エゼキエル様はよく反乱を予想できたものだ。

 その根拠が、私の暗殺未遂の翌朝にニコラス様が「刺客が四人いた」と言ってしまったことだけだという。それだけでニコラス様の反逆を見抜き、その動きを調べさせて、反乱を未然に防いだ。

 しかし、もしもエゼキエル様が隣国のリオス共和国のような民の国を望まれているのであれば、この反乱を成功させたうえで、アストラガリでそのニコラス様を叩き潰した方がよかったのではないか?

 いや、それでは反乱の際に、多数の民の犠牲が出る。間違いなく魔道具の撃ち合いとなって、兵士たちが死んでいた。そのことが許せなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、やっぱり後味の悪い結末だった。ちょうど今の、エテスファリアの顔色のように。

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