#15 未遂
振り上げた短剣が、私の顔面を狙う。
殺られる! その瞬間、黒づくめの男の身体が横に吹き飛ぶ。
「ルピタ様、ケガはありませんか!?」
現れたのは、エテスファリアだ。武装メイドの彼女は、窓の扉を破る音を聞きつけて駆けつけてきた。
が、驚いたことに、相手は一人ではない。
さらに窓から三人、入ってくる。
「私につかまって!」
エテスファリアが叫ぶと、私はこの侍女にしがみつく。私を抱えたまま、部屋を出る。当然、四人の不審者は追ってくる。
相手は四人だ、いくら強いエテスファリアでも、一人では勝てない。暗い廊下で短剣をさばきながら、四人の攻撃をかわし続ける侍女、しかしさすがに訓練された侍女とはいえ、一人で私をかばいながらの四人の刺客を相手にするのは無理だ。
と思ったら、助太刀が来た。
「エテスファリア、待たせたな」
まず現れたのは、執事のカルニセルだ。あのお方もなかなかのやり手だ。普段持ち歩いている杖から、刀身が現れる。いつも持ち歩いているあの杖、あれは仕掛け刀だったのか。
その剣で応戦する執事だが、相手はどう考えても暗殺のプロだ。しかも、四人。廊下の狭さを活かしてどうにか応戦しているという状態だ。
「私たちも参戦しますわ」
と、そこにあと二人の侍女が現れた。マリベル、バレンフィアが、背後からその四人を背後から襲う。マリベルは長剣、バレンフィアはハンマーをもっての参戦だ。そのハンマーで刺客に襲い掛かる。マリベルの剣が刺客の退路を防ぎ、そこに振り下ろしたハンマーが床をたたき割るが、その反動で返して刺客を狙う。それを避ける刺客だが、その方向にハンマーの向きを変えて襲う。って、バレンフィアってこんなに力持ちだったの?
さすがに強烈な四人の護衛に前後を囲まれたとあって、四人の刺客は一気に劣勢になる。窓扉を一人が蹴破り、そのまま屋敷の外に飛び出す。
「逃がすか、不届き者!」
その窓から、執事と侍女三人が飛び出す。が、その刺客の前にさらに一人、別人が現れる。
その姿を見て、私は驚く。
「まさかルピタを襲うとはな。その罪、贖ってもらう!」
そう、エゼキエル様だ。四人の刺客の前に現れ、上級魔道具を持ち、怒りの表情で現れる。
エゼキエル様が持っているその魔道具は、剣ではない。傘のような形の魔道具、それはすなわち、防御魔導を発することができるものだ。
そんな攻撃向きでない魔道具なんて持ち出して、どうするつもりだろうか? と思いきや、その四人をその魔道具が発する結界で閉じ込めてしまう。
「さあ、誰に命じられたのか、話してもらおうか」
鬼の形相で、あの二色の眼を輝かせながら迫るエゼキエル様は、我が執事と三人の侍女が震え上がるほどだ。
もちろん、私も恐怖を感じる。が、その恐怖に多少慣れているからか、この執事や侍女らほとではない。
当然、怒りを向けられた四人の刺客はさらなる脅威だろう。身体を硬直させ、逃げられない結界の中で、冷徹で残虐な第二王子の与える恐怖が、限界に達する。
そして、その四人は結界の中で、バタバタと倒れる。
次の瞬間、結界が消えた。
「しまった、こいつら、毒をあおったな」
どうやらこの追い詰められた四人は、自ら毒を飲み込み死んでしまった。すでに瞳孔が開いており、時すでに遅しだった。
だが、明らかに狙われたのは私だった。だから、エゼキエル様がこう言い出す。
「ここは危ない、俺の屋敷に行くぞ」
えっ、今から、エゼキエル様の屋敷へ? だが、さすがに王子の屋敷を襲う者はいないだろう。なにせ、夜通し衛兵が見張っているような屋敷だ。あの四人組のような連中は入れない。
で、エゼキエル様は部下に四人を調べるよう言い残し、私と執事、侍女を伴い屋敷へと向かう。私はといえば、バレンフィアに両手で抱きかかえられたまま進む。こうして歩いている間に、刺客に襲われる恐れがある以上、こうならざるを得ないという。うーん、本当にそうなのかな。単にバレンフィアが私を抱きかかえてみたいという欲求が……まあ、いいか、そんなこと。
などと考えていると、エゼキエル様の屋敷に到着する。衛兵たちが敬礼し、エゼキエル様と我々を出迎える。一人の衛兵に、何かを話しかけている。おそらくは、警戒を厳にせよと命じているのだろう。あんなことがあったばかりだから、当然の措置だ。
で、そのまま私は、エゼキエル様の寝室に通される。
「あのぉ」
「なんだ」
「なぜ、私はエゼキエル様の寝室に?」
「ここが一番安全だ」
とだけ答え、私を抱えてベッドの上に寝かせる。
あれ、また男女二人きりになっちゃったじゃん。これってもしかして……と思うような展開は起きない。
胸の辺りを抱きかかえられたまま、この第二王子は私を、あのシウダッドの街の時のように抱き枕代わりにして眠ってしまう。
うう、また抱き枕にされてしまった。にしても、抱かれてる方は気が気じゃない。自分の屋敷で寝ようとしたら四人組に襲われるし、その後は抱き枕にされるし、散々だ。
などという間に、翌朝を迎える。
「おお、エゼキエル兄さん、昨日はルピタ殿が襲われたんだって?」
朝一に駆けつけてきたのは、第三王子のニコラス様だ。やけに耳が早いな。
「そうだ、誰から聞いた」
「使いが来たんだ。この貴族屋敷街の中で事件があり、ルピタ殿が殺されそうになったと」
「そうか」
なんだかそっけないな。どうもこのエゼキエル様というお方、心が読めない。が、それから遅れて第一王子のアントニオ様も現れる。
「おい、ルピタ殿が襲われたというのは本当か!?」
「はい、その通りです、アントニオ兄さん。執事と侍女らがどうにか防ぎ、俺が参戦して結界魔導で閉じ込めたところ、自害しました」
「と、いうことは、それを命じた者は……」
「未だ分からずですよ、アントニオ兄さん」
先ほどのニコラス様とは違い、仔細を話すエゼキエル様。兄と弟という立場の違いから来た態度の差か。
「しっかし、なんだって四人もの刺客を送り込んだのかなぁ。ルピタ殿は、そこまで狙われなきゃならない人物だったのか?」
「四人……か。そうだな、あの屋敷には訓練を受けた執事と侍女三人がいるから、それに対抗すべく四人集めた、と考えるのが妥当だ。つまり」
「つまり、なんなんだよ」
「あの屋敷の内部事情を知った者の犯行、ということになる」
言われてみれば、一人を襲うのに四人というのも妙な話だ。私を守っている護衛と対抗することを念頭に置いていたとしか思えない。
「と、いうことで、しばらくの間は俺の屋敷でルピタを預かる。アストラガリも動かした方がいいだろうな」
「それは構いませんが、どこに置けばよろしいですか?」
「いい場所がある」
そう言いながら、エゼキエル様は屋敷の中を進む。後を追う私が見たものは、大きな蔵だ。
「この蔵ならば、アストラガリを納めることが可能だろう」
「はい、それはそうですが……どうして、こんなに大きな蔵が?」
「昔、ここの屋敷に住んでいたとある王子が大変な収集家で、それを納めるために建てた蔵だ。俺には選りすぐった上級魔道具しか集める気はないから、こんな大きな蔵は要らない。おかげで使わずじまいだったが、まさかこれが役に立つ時が来るとはな」
へぇ、何を集めたらこんな馬鹿でかい蔵が必要になるんだろう。まあいいや、詮索するのも面倒だ。せっかくこんな立派な蔵があるんだし、使わせてもらおう。
といっても、ほんのちょっとアストラガリの身長に足りない。ややかがみながら入らないと収まらない。そこはまあ、気を配る必要があるのが難点かな。
ということで、貴族の末端の屋敷から、いきなり王族家の最上位ともいえる王子の家に引っ越してしまった。身の安全のためとはいえ、元貧民だった私が、こんな場所に来てよかったのだろうか?
ところで、ふと気づいたことだが、どうやらエゼキエル様は私に、妙に馴れ馴れしくなってきている。
第一王子と第三王子と会う時は、緊張が走る。が、第二王子からはそういうものを感じない。いつも冷徹な視線を向けてくるが、慣れなのか、別に何とも思わなくなった。
あちらも私を女扱いしないし、私もだんだんと相手が王子であることを忘れ、時々言いたいことを言っている気がする。しかし、エゼキエル様がそれに激怒することもない。
気づいたら、アストラガリに共に乗っているうちにエゼキエル様のいろいろな顔を知ってしまったからな。それが大きいのかもしれない。エゼキエル様も、私との会話を半ば楽しんでいる。いやむしろ、私をいじることに喜びを感じているようだな。
「どうだ? 最近はいいものを食べるようになって少しふっくらとしてきたが、相変わらず胸には行きわたらないようだな」
いきなりこれだ。夕食時の会話だが、一緒のお屋敷に住むことになってからというもの、ますますこうした言動を投げかけられる。
「成長期に、いいものが食べられなかったんですよ。だから、身体も小さいですよね」
「そうか? 仮にいいものを食べていたとしても、身体はともかく胸はそのままではなかったのか?」
「そ、そうかもしれませんが、これはこれで発掘人としては便利だったんですよ」
「ほう、そうなのか?」
「女だとわかれば、男の発掘人から狙われます。それに身体が小さい方が、小さな穴さえ開ければ隠し部屋に入れたので、これはこれで便利だったのですよ」
「そうだな、おかげで持ち上げる時も軽くていい」
万事、この調子だ。本当に私への遠慮の欠片もない。何が言いたいんだ、この王子は。
「ところで、お前を狙った主犯だが、だいたい目途がついている」
が、そんなたわいもない会話から、いきなり殺伐とした話題へと移行する。
「えっ、犯人が分かったのですか?」
「おそらくだがな。まさかあちらからそれを匂わせるとは思わなかったが……まあいい、ともかく、いずれ尻尾を出すだろう」
「あの、それはいつ頃になるのでしょうか?」
「分からん。が、数日以内にそれは起こる」
などと言いながら、ワインを口にし肉を食らうエゼキエル様。そういえば部下にあの四人の刺客を調べさせていたから、そこから何かをつかんだのだろう。だが今、「あちらからそれを匂わせる」と言ったぞ。何かあったのか?
まあいいか。ともかく、ここにいる間は私の身は安泰だ。いざとなれば、アストラガリに乗り込み……いや、数人相手にアストラガリはちょっと大げさだな。この間の四人組程度なら、おそらく右手の一撃で叩きのめすことが可能だろう。後に残る真っ赤な塊を、直視する勇気はないが。
うう、おかげでこのワインが何だか別のものに見えてきたぞ。肉の方も、このとても上質なお肉も、まるであの刺客の……いかんいかん、ここは思考を変えよう。
そう、上質なワインに、上質なお肉だ、それがやがて血となり肉となり、胸に行きわたって……だめだな、今度はエゼキエル様のあの下品ないじりに、引っ張られてしまった。
で、その日もまたエゼキエル様の抱き枕にされつつ、寝ることになる。エゼキエル様の腕の中で、私はふと考える。
そういえばどうして、私が狙われたのだろう? インディアス王国からの刺客か? いや、そんな遠くからきた刺客とは思えない。だいたい、私がアストラガリを操っていると知る者はそれほどいない。
だとすると、内部の者の犯行ということになる。そうなると、かなり絞り込める。だが、狙いが分からない。
犯人は、誰なんだ? その目的は?
と、私の頭はぐるぐると思考を巡らせているというのに、この王子の手は私の胸の上を巡らせている。なんだこの王子、散々私に胸がないと言いたい放題と言っていたのに、なんだこの手は。案外、私の胸が気に入っているんじゃないのか?
が、特にそれ以上発展することもなく、私もいつのまにか寝てしまい、翌朝を迎える。
「明日あたりに、動きがありそうだ」
まるで予言者のように、エゼキエル様がそう言い出す。
「始まるって、何がですか?」
「お前を殺そうとしたやつが、追い込まれて自暴自棄になる、その日が明日になりそうだと言っている」
何か、裏で動いているな。まあ、私にとっては、私自身の暗殺未遂事件の方が問題ではあるのだが、その前のワイン毒の事件の方がはるかに大きな事件だった。あっちは、どうなったのか? あれは下手をしたら王族貴族がたくさん死んだかもしれないんだぞ。いいのか、そっちは放置してても。
で、その日は悶々と過ごすことになる。
その、夜のことだ。
「そろそろ寝るぞ」
相変わらずぶっきらぼうだなぁ。だが、私も抱き枕にされることに慣れてきた。何の警戒もなく、エゼキエル様の横に座って横になる。背後から、エゼキエル様の両手が回される。
「そろそろ、いい感じになってきたな」
その手が、私の身体つきを確かめるようにあちこち触れてくる。挙句に、いつもは抱きしめたまま黙って寝るエゼキエル様が、意味深なことを言い出した。
「あ、あの、何がいい感じなんですか?」
「お前自身がだ。最初の頃と比べて、とてもふくよかになってきたぞ」
えっ、まさか、毎日私を抱き枕にしていたのは、私の身体の成長ぶりを確認していたのか?
最初に触られたのは、確か三号ダンジョンの帰りにシウダッドの街に同じ部屋で泊まった時だ。それ以前、アストラガリ乗りだと知られて屋敷に移ってからはいろいろなものを食べさせられてきて、私自身、身体つきも良くなってきたなと思っていたところだ。
が、いつも以上にエゼキエル様が私の身体をまさぐってくる。
えっ、まさか私、女として見られているの?
正直、ちょっと複雑だ。本来ならばうれしい話なのだろうが、まさかこのまま、私をより大人へと引き上げてくれる、そういう事態につながっていくのではないか。
背中から汗が出てきた。背骨の辺りにツーッと汗粒が流れ落ちるのを感じる。いや、それ以上にエゼキエル様の指が私の胸のふくらみの、頂点にある場所へと動いていく。
ああ、もう覚悟するしかない。そう思った、その瞬間だ。
「エゼキエル様!」
寝室の扉をどんどんと叩く音と共に、衛兵の叫び声が聞こえてくる。
「何事か!」
「いよいよ、動きました!」
「なんだと? もう今夜のうちに動き出したのか。わかった、すぐ行く」
私は、ぽかんとしている。このまま男女の夜を……と思っていたら、いきなり緊急を要する事態が発生したようだ。
「ルピタ、アストラガリに乗り込め、そのまま、王宮へ向かう」
「えっ、王宮!?」
「そうだ、相手は間違いなく王宮へ向かう。大量の魔道具で攻め落とすつもりだ。だから、アストラガリで王宮前に立ち、その攻撃を防げ」
「それは構いませんが、一つだけ教えてください」
「なんだ」
「誰なんですか、その犯人とは!?」
すると、エゼキエル様の口から信じられない人物の名が出てきた。
「第三王子、ニコラスだ」