#14 共和国
「はぁ~」
思わず、変な声が出た。共和国って、国王陛下ではなく民が選んだ人が納める国だから、もっと未発達な街をイメージしていた。
が、実際には、とんでもない発達ぶりだ。
どうして、こんなに高い建物が並んでるの? なにここ、どうしてこんなに人も多いの?
私は今、首相官邸と呼ばれる場所の前に、アストラガリと共にいる。エゼキエル様が、この国を治める首相という方に会いに行っているからだ。
その間私は、このとてつもなく発達した街並みに、驚きを隠せない。
「どうだ? 俺も初めて見た時は、驚いたものさ」
と、エゼキエル様がそうおっしゃる。
「あの、どうしてエゼキエル様はこのリオス共和国に来ることになったんですか?」
「隣国だからね。建国二十周年の式典があった時、偵察を兼ねて、カスティージャ王国代表としてこの首都サン・マルタンを訪れることになった。そこで目にしたのが、この光景さ」
表通りはとてもきれいだ。裏までは分からないが、我が王都なら貴族の屋敷が並んでいるところを、高い建物が立ち並ぶ。
そこにいるのは、およそ平民とも貴族とも見分けがつかない人たちだ。
「この国の特徴は、『民主主義』というやつだ」
「み、民主主義?」
「民を主とする思想のことだ。当然だが、この国にも身分や貧富の差はある。が、少なくとも貧民が大金持ちになったり、その逆もありうる。機会平等というやつだ」
「は、はぁ」
「要するにだ、この世界を作りし創造主は、人の上下など元々決めていなかった。だから、王族や貴族が能力の有無にかかわらず人の上に立って為政者となるのは本来、不自然なのではと考えた者がこの国に現れ、その結果、革命が起こって、ここリオスは民が治める国となった」
なんともぶっ飛んだ発想だ。でもまあ、言われてみれば生まれた時の状態で身分さが決まり、その人の能力がどうこうでそれが覆ることはない。平民でもまれに武術や魔力に優れた者が出るが、せいぜい騎士か準男爵どまりだ。その身分は子に継承されず、一代限りで終わってしまう。
それに対して、ここでは生まれと将来の姿との間には機会の格差はない。力ある者が人々を治め、それを民が直接選ぶ。そういう仕組みだと、私はエゼキエル様より得々と聞かされた。
「それに比べて、我がカスティージャ王国はどうだ。次の王位を継承する者のなんと能力の低いことか。どちらが王位についてもいずれ、カスティージャ王国はかすめ取られる。そうなることは火を見るより明らかだ」
と、自国の政治体制に不満を持っていることはよくわかった。とはいえ、生まれた時から領主や国王がいて、その人たちに従うのが当然だと思い続けてきた私にとって、この国の制度や町並みには驚きしかない。
「有能な者を押しとどめる慣習も法もないから、建築の才のある者はこのように立派な建物を建て、料理の才のある者は美味いものを提供し、そして政治の才のある者はそれらを効率よく導く。まあ、まれに才のない口だけの者を選ぶこともあるが、そういう輩はいずれ排除される。だから国王処刑後の二十年ほどは混乱が続いたが、ようやく安定し始めた」
どうやらエゼキエル様はこのリオス共和国という国に夢中なようだ。個人的に、首相にまで会いに行くほどだからな。それに私にとっても、魅力のある話だ。私の父も有能な鍛冶屋ではあったが、だからといってそれ以上の何かにはなれなかった。もしリオス共和国に生まれていたならば、どうなっていたか。
「国王や公王などの君主が善政をしいている間は問題ない。が、これが愚王となれば、民に多大な損害を与える。民自身がそれを選んだのであれば自業自得だが、民の望まない形で無能な長が国を治めれば、それは民にとって不幸でしかない」
およそ王子らしからぬ言葉を連ねるエゼキエル様だが、不思議と私はその言葉に何か惹かれるものを感じる。
「そ、そうなんですね。確かに、もしも私がリオス共和国に生まれていたなら、もしかしたら……あ、申し訳ありません。変なことを言いました」
「いや、構わない。そう期待させてくれるだけの国だ、ということだ。どうだ、お前も興味が出てきただろう」
良い面だけを見せられて語られても、正直戸惑う。だが、私の両親が流行りの病にかかった時は、平民だという理由で治療を拒否された。その一点だけでも、もしかしたらこの共和国のような国であったなら……などと思ってしまう。
「まさかとは思いますが、エゼキエル様がカスティージャ王国を、リオス共和国のように変えたいと願っておられるのですか? それは、国王陛下に対する反逆ともとられかねませんよ」
「そんなこと、俺がするわけないだろう。考えてもみろ、俺はいずれ魔力崩壊によって身を亡ぼす運命が決まっている。そんな時間的ゆとりのない者が、政治体制をひっくりかえすようなことをたくらめるわけがない」
そういえば、ヘテロクロミアの者はいずれ、魔力を暴走させて身を亡ぼすのだと言われている。過去に実際、そういう者がいたらしい。それゆえに、エゼキエル様はこれほどの能力と見識を持ちながら、王位継承争いさえ関わろうとなさらない。
このお方が国王ならば、民の多くが救われるかもしれないというのに……
街には、不思議な食べ物屋が見られた。カスティージャ王国ならば、果物や串焼きなどが見られるが、ここは多彩な食べ物が多い。どういうわけか、果物を不可思議な真っ白な円形のものの上に並べた奇妙なものも売られている。
「あれが、気になるか」
私がそれをじーっと見つめていたので、エゼキエル様がすたすたとその店に足を運ぶ。
「いらっしゃいませ」
「そのフルーツケーキを一つ、それから、紅茶を二杯、頼む」
「はい、合わせて七百ニューロとなります」
聞いたことのない貨幣だが、それをエゼキエル様は淡々と支払う。どうやら、この国には何度も来ているからだろうか、そういうものも持ち合わせているようだ。
で、私の前には紅茶と、そしてそのフルーツケーキと称する、小さく丸い、真っ白な柔らかな漆喰のようなもので塗られた円形の塊の上に、カットされたイチゴや桃などが並べられたものを置かれる。
「娘ならば、誰でも虜にすると言われる食べ物だそうだ。今回の戦いの勝利の祝いでもある。お前にやろう」
そういえば私、二万もの軍勢の大半を吹き飛ばしてしまったんだった。それを勝利だと言われても、なんだか物悲しいものがある。が、おかげでこの優れた街は守り抜かれた。そして、このケーキとやらをつくる職人も、失われずに済んだ。私はその土台の白い部分をフォークで切り取り、イチゴと共に突き刺して口に運ぶ。
口の中には、初めて食べる感覚に襲われる。甘味が、とてつもなく強い。桃も甘いが、それをはるかに上回る甘さだ。全身が、しびれるような感触に襲われる。
「どうだ、民が治める国の味は」
別に国を丸ごと味わっているわけではない。が、このような食文化を生み出した源流がその民主主義とやらが原因だとするならば、それはまさしくこの国の「味」だ。
「未だかつて、口にしたことのない味です」
「で、あろうな。才のある者が存分に力を発揮できる国であれば、この通り、我が王国では作り上げることの敵わないものを作り出すことができる」
「ですが、才のない者は、どうなるのです?」
「この国にも、貧民という者は存在する。この大通りから外れた街のはずれに、貧民窟と言われる場所がいくつもある。機会は平等ではあるが、才があるか否かは別の話だ。上手く自身の才を活かせなかった者、あるいは才そのものがない者は、貧民として暮らすしかない」
「それでは、王国と変わらないのではありませんか?」
「いや、カスティージャ王国では、貧民は才があろうがなかろうが貧民のままだ。現にお前は、アストラガリを掘り出さなければただの貧民として一生を終えていたはずだ。隠し部屋を見つけ出し、秘蔵の魔道具を見つけ出す優れた能力をもちながら、だ。それと比べれば、ここは合理的な街だと思わんか」
なんだか、いつもより熱いな、エゼキエル様の口調。これほどまでに熱弁をふるうエゼキエル様はあまり見たことがない。
どちらかというと、冷徹な印象が定着し、周りに対して冷めた目で見ている、そんな感じのお方だとばかり思っていた。が、それはどちらかというと、王国の内情を見ての態度だったのかもしれない。
そんな感じで、ケーキという甘い菓子と紅茶という、贅沢極まりないものをいただいた。が、この道行く人々も、私と同じものを食べている。
この未知を行く者が、比較的裕福な者たちばかりだというのは分かる。が、彼らは決して貴族ではない。生まれ持った金持ちの場合も多いというが、必ずしもそうばかりではなく、貧民から成りあがった者も混じっているというから驚きだ。
少なくとも私は、この共和国という国の「光」の部分を散々見せつけられた。
が、帰り道、アストラガリに乗り込んだエゼキエル様は、こう私に諭す。
「あれがあの共和国という国のすべてだと、あれだけを見て素晴らしい国だとは思わない方がいい」
あれ? 昼間と真逆のことを話しているような気がする。が、エゼキエル様は続ける。
「当然だが、街の裏手には貧民だっているし、莫大な財産を稼いだ後にそれらすべてを失い、命を落とした者だっている」
「そうなのですか?」
「が、そういう者は王国にもいる。ただ、王国と共和国との大きな違いは、機会が平等に与えられているか否かという部分だ。この差は、あまりにも大きい」
「そうなんですかね。結局、貧民がいるのならば、あまり変わりがないような気がしますが」
「それを民自身の力でそうなってしまったのならば自業自得と言えるが、王族や貴族の無能さによってなされたものであれば、民はただの被害者だ。この差は、小さいと思うか?」
今日のエゼキエル様の言葉は、いちいち刺さるなぁ。しかし、一つだけはっきりしたことがある。
エゼキエル様はあきらかに、リオス共和国の国の在り方を肯定している。
そして、どちらかといえばカスティージャ王国の体制を否定的に見ている。
およそ両立するはずのないこの両者のはざまにいて、さらに王位を継承できないというジレンマを抱えている、そんなエゼキエル様の姿が垣間見える。
だが、たとえ寿命が一年程度だったとしても、私はエゼキエル様こそが王位に立つべきではないかと感じる。その上で、自身の好ましい国の姿を実現されればいいのではないか。
私は、そう感じてならない。
「おやすみなさいませ、ルピタ様」
「おやすみ、エテスファリア」
王都に戻り、寝室まで共に付き添ってくれた侍女と別れる。布団の中で私は、昼間のことを思い出す。
確かに、あの街の光景だけを見れば、あの華やかさに目を奪われて民主主義のすばらしさに惹かれてしまう。
が、同時にその危うさもなぜか、私は感じてしまう。実際に見たわけではないが、闇の部分も多々あるのだろう。実際、エゼキエル様もそのようなことを帰り際におっしゃっていた。
に、してもだ。この国にも、私のように貧民から成り上がった者がいることは事実だ。
とはいえ、思えばそれは幸運のおかげだった。アストラガリに出会わなければ、私はおそらくここにはいない。確かに、隠し部屋を見つけられる耳の持ち主であったからこその幸運には違いないのだが、どうもそれだけではない。
現に、アストラガリを操れるのは私だけだ。
そういえばどうして、アストラガリは私にしか扱えないのだろうか? その謎だけは、未だに判明していない。
いや、謎と言えば、あのワイン毒を仕込んだ犯人も未だに分かっていない。誰があんなものを……
と、そう思っていた、矢先だった。
いきなり、私の寝室の窓の扉が、蹴破られる。
と、そこに真っ黒な姿をした人物が、私の上から覆いかぶさるように襲い掛かってくる。そして、枕元に何かを突き刺した。
それは短刀だった。私の頭をねらったのは、間違いない。が、どうやら暗闇のおかげで外したようだ。
が、その黒づくめの人物はそれを再び、振り上げてきた。
絶体絶命の状態に、私は追い込まれる。