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#10 社交界

「戦勝を祝って、明日、社交界が開かれることになった。お前も準備しておけ」


 インディアス王国の王宮に突っ込んでから一週間後。あの日からは何事もない毎日……どころではなく、二号ダンジョンへと毎日通わされ、ようやく十階層目までたどり着き、それから二日ほどは静かな日々を過ごしていたが、突然、エゼキエル様が屋敷に現れて、酷なことをさらっと告げて帰っていった。


「……どうしよう」


 私は、そばにいた戦闘侍女のエテスファリアに尋ねる。


「ルピタ様は、準男爵相当でありますから、普通のドレス姿で十分でしょう」

「えっ、そうなの?」

「……と思いましたが、考えてみればこの社交界がエゼキエル様とルピタ様の戦勝を祝って行われるものですから、ただのドレスで行かれるのは失礼でしょうね」

「ええーっ、そ、それじゃあ、どうすればいいの!?」

「知りません。私はそもそも、貴族や王族の作法というものをほとんど知らないのですから」


 うん、使えない侍女だ。頼った私が悪かった。仕方がない、他の侍女に聞いてみるか。


「そうですね、そういう場合にうってつけのドレスがあります」


 ということで、ちょうど洗濯物を干している侍女のマリベルに頼ってみた。姿が地味だからあまり期待していなかったが、思わぬ答えが返ってきた。


「えっ、それって、どんなドレス!?」

「ドレスそのものは、あの赤いワンピースでいいです。が、その周りにつけるもので着飾るのですよ」

「き、着飾る?」

「はい、戦勝した貴族は右胸に、勝利の象徴を意味する花であるグラジオラス風のリボンをつけるのですよ」


 はぁ、聞いたことのない花の名前が出てきた。なんだその、グラジオラスとは。


「ええと、そのグラジオなんとかという花って、どんな花なの?」

「薄い紅色や緑、黄色、紫色の様々な色の花が、連なって咲く、そういう植物です」


 と、この侍女は言うのだが、さっぱり分からない。そんな私の顔を見て、黄色と緑色のリボンに、短い棒を持ってきた。

 その棒に、緑色のリボンを巻き付ける。その上から小さな花のような形に変えたリボンを、次々と連ねていく。なんて手が器用な侍女なんだろう。

 そして、ちょうどドレス姿の私の胸に、それをうまく取り付ける。


「そのつつましい胸に、艶やかに開く花模様が、まさに勝利を祝うにふさわしいお姿ですわ」


 なんかひと言、余計な言葉が混じっていたような気がするのだが、まあいいや。ともかく、姿格好はどうにかなった。

 次なる問題は、作法だ。これは三人目の侍女であるバレンフィアが詳しかった。


「国王陛下や王族の前に出た際は、スカートのすそを持ち、両腕でそれを吊り上げるようにして深々と頭を下げてですね、『本日はお日柄もよろしく、かような日にお招きいただきいただいたこと、恐悦至極にございます』と申し上げるのです」


 ほぉ、さすがは王族付きの侍女だ。三人三様、それぞれ得意な分野があって助かる。

 で、迎えた社交界の日は、あいにくの雨だった。そんな中を馬車に乗り、エゼキエル様と共に向かう。


「なるほど、その絶壁なる胸を、戦勝の花飾りで上手くごまかしたか」


 火の玉ストレートな感想を、エゼキエル様からいただく。やはりこのお方は、私に容赦も遠慮もない。

 しかし、雨がますます降って来た。王宮に着く頃には、土砂降りだ。おかげで衛兵に布で覆われて、ようやく王宮内に入ることができた。


「そういえば、エゼキエル様」

「なんだ」

「陛下はご病気だと噂で聞いてるのですが、出席されるのですか?」

「何を言っている。父上ならピンピンしているぞ」


 あれ? 確か国王陛下の容態が芳しくなく、それで三人の王子が玉座を争っていると聞いたのだが、あれは嘘だということなんだろうか。

 であれば、どうして王位継承争いが今、起きているのか。

 ともかくだ、私はただひたすら、この王族や貴族だらけのこの場を乗り切らなければならない。陛下が元気だとなれば、なおさら大変だ。


「国王陛下、ご来場ーっ!」


 大広間に、その国王陛下がご入場された。私は準男爵という下級貴族だから末席に……とはならず、なんと三人の王子らと同じ場所にいる。


「おや、ルピタ殿。まだエゼキエルと一緒なのかね?」

「こんな人使いの荒いエゼキエル兄さんよりも、私の下に来れば楽な生活ができるよ」


 相変わらず、第一王子のアントニオ様と、第三王子のニコラス様が私を誘惑し続ける。

 が、第二王子はそんな二人を、一蹴する。


「その俺の人使いの荒さとやらが、此度の勝利をもたらしたのだ。さもなければ我が王国は再び、アズール平原を失いシエナ峠を越えれば、辺境都市シウダッドすら失っていたかもしれない。そんな危機が迫る中、我が兄と弟は何をしておられたのです?」


 ド正論をぶちかまされて、黙り込む二人。まあ確かに、この二人のどちらかに私がついていれば、あのアストラガリは単なる力の象徴としてしか使われなかったことだろう。そして今ごろは、敵軍がアズール平原を越えて、辺境都市で戦が始まっている頃かもしれない。

 戦場を知り、その悲惨さを身に染みて理解している第二王子だからこそ、アストラガリを使って敵国の王宮に飛び込み、王族や貴族らに恐怖を植え付けることができた。たったそれだけのことだが、これは大変な抑止力となる。


「だ、だけど兄さんは、インディアス王国の王を殺さなかったのだろう?」


 しかしだ、そんなエゼキエル様に、弟のニコラス様がこう言ってのける。


「それの、何が問題だ」

「もしも私だったら、まず国王を殺すだろう。でなければインディアス王国は力を失わず、再び我が国を攻め入ろうとするだけじゃないか。どうして国王を、そして王族や貴族らを殺さずに帰ってきたのです。まさか、インディアス王国と通じているのではありませんか?」


 なかなかニコラス様も、鋭いところを突くな。言われてみれば、あの場で国王だけでも殺しておけばインディアス王国内に混乱をもたらすことができたはずだ。どうしてあの時、私に敢えて国王を殺させず、皆を生かしたまま帰還したのか。


「浅はかだな」


 だが、エゼキエル様は弟のニコラス様に一言、こう答える。


「今の話の、どこが浅はかなんですか!」

「俺はインディアス王国のど真ん中に出向き国王のいる王宮に突入し、いつでもお前たちを倒せると宣言した。そして、国王や貴族らは活かしておいた。そのことの方が、はるかに有益だ」

「敵国の王を殺さず、そのまま生かした。これのどこが有益だとおっしゃるのです」

「我が国に仇なす国は、インディアス王国だけではない。インディアス王国と同盟を結ぶイベリア公国、エスペランサ王国、そしてエテルナ王国もいる。インディアス王国の王族、貴族らが受けたあの恥辱は、あっという間にその同盟国へ伝わるだろう。さらに国王は、生き恥をさらされた、という話と共に」

「そ、それは確かにそうだけど……」

「と、いうことはだ、その三か国にも同じ恐怖を与えることとなる。国王を殺して王国を混乱させてしまえば、残りの三か国はかえって結託し、むしろその周辺国すらも我々の敵に回る可能性がある。ならば、いつでも王宮に直接出向き、恥辱を与えることができる力があると喧伝してもらう方が、我が国にとってははるかに有益だ。戦わずして、勝つ。最高の戦略だと思わないのか?」


 うーん、こと戦に関しては、第二王子の方が五枚も六枚も上手だ。ヘテロクロミアのこの王子は、その色違いの眼光で弟を屈した。当然、その上の兄であるアントニオ様すらも言い返せない。


「まさに、その通りであるな」


 が、それに同意するお方がいらっしゃる。そう、国王陛下だ。普段は自分の兄上に対してでさえぶっきらぼうな態度のこの第二王子が、陛下の前では礼儀を正す。


「これは父上、お恥ずかしいところをお見せいたしました」

「いや、そなたの言になんら間違いはない。インディアス王国の王宮に乗り込んでくれたおかげで当面の間、西方の国々が我が国に攻め入ることはないだろうな」

「恐れ多きことにございます」

「ところで、あの伝承にあったアストラガリを動かしたという者は、そこにいるドレス姿の娘か?」


 と、突然、私に陛下の目が向けられる。慌てて私は、侍女から聞いた礼儀作法とやらで応える。


「お、お初にお目にかかります、国王陛下。本日はお日柄もよろしく、かような日にお招きいただいたこと、恐悦至極にございます」


 スカートの裾をつまみながら、私はあの侍女の言う通りに挨拶する。が、陛下はやや怪訝な表情だ。

 あれ、私、何か、やらかした?


「はて? 今日は大雨で、とても日柄が良いとは言い難いがな」


 し、しまったーっ! 言われてみれば、その通りだ。何だって今日に限って、こんな大雨なのだろう。全然お日柄よろしくないじゃないか。

 周りの貴族、王族らからもクスクスと笑いが漏れる。耳がいいから、陰口も聞こえてくる。とんでもないことをやらかしてしまったと悟るが、後の祭りだ。背中には、汗がだらだらと流れ出る。

 が、そんな私の背後から現れた人物が、焦る私のすぐ後ろより深々と頭を下げつつ、こう告げる。


「陛下、私はルピタ様が執事、カルニセルにございます」

「おお、カルニセルか、久しいな」

「はい、お久しゅうございます、陛下。ところで陛下、ルピタ様の今の発言でございますが、本日は実に我が国にとっては、実に縁起の良い日柄にございます」

「ほう、なぜじゃ?」

「今より五十年前のこと、インディアス王国がアズール平原を越え、まさにシエナ峠に差し掛かった時、突然の大雨が襲ったのであります」

「うむ、あの時はインディアス王国軍五千に対し、我が軍はわずか一千の兵で当たり、勝利したという『シエナの奇跡』と呼ばれる戦いであったな」

「その勝利をもたらしたのが、まさに大雨でございました。此度もインディアス王国の一万もの兵を追い返し、その王宮にまで攻め入った。それを祝う日が、まさしくその奇跡をもたらした日の天気と同じ大雨ということで、ルピタ様はかように申し上げた次第でございます」

「おお、なるほど、まさに勝利を祝うにふさわしい日柄であるな」


 な、ナイスフォロー、執事! なんという賢い執事なんだろうか。周りの王族、貴族らも笑いを止め、拍手を始めた。

 そして、皆にワインの入ったグラスが振る舞われる。大きな樽が持ち込まれ、そこから注がれるワインを、国王陛下や王族、貴族らが手に取る。

 うわあ、高そうなワインだ。そりゃあ社交界だからな。相当いいワインなのは間違いないだろう。思わず私は、そのワインのグラスに鼻を近づけ、香しい匂いを堪能する。

 街中の、それも行商人たちがもたらす露店でのワインは、こんなに豊かな香りなどしない。あちらのものはアルコールの安っぽい香りと、酸っぱ味の強い香りで鼻が曲がりそうになる。

 それに比べるとこのワインは、なんていい香りなんだろう……私は耳がいいのと同時に、鼻もそれなりに効く。その鼻で、この芳醇なワインの香りを堪能していた。

 が、その直後、違和感を覚える。

 そう、香しい香りの奥に、わずかに臭う危険な香りをかぎ分けた。

 私は、叫ぶ。


「ダメです、このワイン、飲んではいけません!」


 これからまさに乾杯というところで、私は思わず叫んでしまった。無論、陛下をはじめ、周りの貴族らの冷たい視線を浴びることになる。


「何を言い出したかと思えば、たかが一介の勝利をおさめた程度で、陛下が振る舞われたワインにケチをつけるなど、大胆な娘であるな!」


 ある貴族がそういいながら、一口それを口にする。そして笑いながらこう答える。


「これはレオンハルト産の王国歴二百三十五年物でございますな。ここ数年で一番の出来とされるワインを前に、この娘は何という……」


 そう言いかけた時、その貴族は急に眼がうつろになる。グラスを落とし、そのまま口から泡を吹いて倒れた。


「きゃあっ!」


 恐れていたことが、起きてしまった。その貴族はすぐに衛兵らによって運び出される。無論、皆はワインを口にすることなく、それをそばのテーブルに置く。

 念のため、他の方々のワインの香りも確認してみる。やはり、どれも同じ香りがする。それを見たエゼキエル様が、私に尋ねる。


「おい、このワインに、何があるというのだ」

「はい、この香り、雄黄(ゆうおう)の香りがするのです」

「なんだ、その雄黄とは」

「その粉塵を口に入れてしまうと、たちまちに呼吸が止まり、死に至るほどの猛毒です。その鉱物の香りが、ほんの少しですがこのワインからしたのです」

「なるほど、だから飲むのをやめよと」

「おそらくですが、樽の中に雄黄が入っているはずです。ぜひ、お改めを」


 そこで衛兵らが樽を起こし、ふたを開けて中を改める。そこにあったのは、鮮やかな黄色の石が一つ。

 それは直ちに布にくるまれて、外へと持ち出された。それを見た陛下が、エゼキエル様と私にこう告げる。


「危なかったな。まさか、あの樽の中にそんなものが仕込まれていたとは」

「はっ、油断しておりました」

「いや、そなたが悪いわけではない。むしろその娘のおかげで、この場にいた多くの者が助かったわけだ」


 と、私に陛下は目を向ける。この国で、もっとも偉いお方。ついひと月前まで、ダンジョンの中で細々と貧民暮らしをしていた私が今、この王国最高位のお方から感謝の言葉を受けることになるとは。


「いや、さすがはエゼキエルが目をかけた娘だけのことはあるな。ありがとう」

「い、いえ、たまたまでございます、陛下」


 そう、たまたまだ。父は鍛冶屋で、鉄鉱石を仕入れてはそれを高炉で溶かし、鉄を打つ。が、まれにその石の中に、小さく鮮やかな黄色の石が混じることがある。

 それを私が初めて見た時、父に怒られたことをよく覚えている。


◇◇◇


「おい、ルピタ! それに触れてはいかん!」


 あまりに鮮やかな黄色のその石に思わず手を伸ばしかけた時、父に怒られた。そして、その石が猛毒の雄黄であると教えられたのだ。

 その時にかいだ臭いと、たまたま似ていた。その臭いによって私の脳裏に、あの時の父の言葉が響いたのだ。


「これは雄黄といって、人の息を止めてしまう猛毒なのだ。誤って触れ、その手で何かを口にしようものなら、たちまちにして死んでしまうぞ」

「えっ、毒!?」

「ヒ素という猛毒が混じっている。とにかくだ、それに触れちゃならねえ」


◇◇◇


 あれほど怖い顔の父を、後にも先にも見たことがなかった。だからこそ、その記憶がこびりついていた。

 あの時の、雄黄のかすかな臭いと共に。

 と、私がその昔の記憶を呼び起こしている時に、エゼキエル様が私を両手で担ぎ上げる。


「ご覧ください、陛下。この者はかように小さく、そしておよそ娘とは思えぬほどの貧相な身体つきでございます」


 随分とストレートで酷い紹介だなぁ。が、エゼキエル様は続ける。


「しかし、この者は類稀なる耳によってダンジョン内にある隠し部屋を見つけ出し、伝承の魔道具を掘り当てた。それどころか、その使い手として選ばれた。我が国に勝利をもたらしただけでなく、陛下のお命すらも救い出したのでございます」

「そして、それを見出してこの場に連れてきたのは、まさにそなたの眼力の成果である、というのだな」


 これにはさすがに、他の王子らも反論する。


「いえ、陛下。先にこの者を見出したのは私でございます」

「いや、私は先に捕え……じゃない、かくまったのですよ」


 アントニオ様もニコラス様も、エゼキエル様よりも先に目をかけていたとアピールし始める。が、エゼキエル様がこう反論する。


「アントニオ兄さんも、そしてニコラスも、見ていたのはその娘ではなく、アストラガリの力だけであろう。ルピタは、あくまでもその付随する娘くらいにしか考えていなかった。それゆえに、この娘を使いこなせなかったのではありませんか?」


 うーん、手厳しい物言いだなぁ。にしても、早く降ろしてほしいなぁ。いつまで陛下の前で、まるで捕まえてきたウサギのように見せびらかすのだろう。

 で、ようやく降ろされた私は、周りからの視線を浴びせかけられていることに気付く。

 そりゃあ当然、注目されるよね。ワインの一件で叫んじゃったし、その前は挨拶を間違えて執事にフォローされるし、さらに下級貴族どころか貧民だった私が、エゼキエル様のおそばに控えているし、目立たない方がどうかしている。


「エゼキエルよ、やはり余は、そなたこそ次期国王にふさわしいと考えている。考え直す気はないか?」

「いえ、ありません、陛下。私の運命を、御存知でしょう」


 運命? ああ、そういえばヘテロクロミアの者は、強大な魔力の持ち主であるため、いずれその魔力で身を亡ぼすと言われていると聞いた。それゆえに、王位継承を拒んでいるのか。

 だからこそ、第一王子と第三王子が王位継承を争うため、力を蓄えているところなのか。実に単純な構図だった。陛下がお元気なうちに、自らを後継者として認めさせようと必死なんだ。

 にしても、だ。

 そんな二人の王子も含めて、毒殺しようと企んだ者がいる。一体、だれなのか?

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