#1 発掘
私の名は、ルピタ・ピラール。十九歳。両親は流行り病で亡くなり、今はいない。住んでいた家は借家だったため、両親がいなくなると追い出された。だから私は一人、とあるダンジョンの中で暮らしつつ、発掘人をしている。
この世界には、魔力を持つ者がいる。魔導師と呼ばれるその血筋は貴族に受け継がれ、さらに強大な魔力を持つ者は王族として君臨する。それが、このカスティージャ王国の「常識」だ。
その魔力を引き出す武器や道具は、かつて「魔石」と呼ばれる希少な鉱石を用い、杖の先などに取り付たものだった。火、水、風、土の四属性の魔力を持つ者たちはそれらを操り、他国との戦や、森に現れる魔物らを騎士たちと共に討伐していた。
が、王国のある学術士が、ただの洞窟と思われる場所から、精巧で奇妙な形の道具を見つけ出す。それには魔石が埋め込まれていて、その力を最大限に引き出す「魔道具」であった。属性に関わらず圧倒的な力を引き出すこの道具の発見で、我が王国は大いに勢力を広げる。以降、魔道具の掘り出せる洞窟を「ダンジョン」と呼び、その中から掘り出される魔道具をかき集めて国力を増大させていくこととなる。
なお、王国の学術士らによれば、それが何万年も前に失われた古代文明の技によってつくられたものだと、そう結論付けている。
で、「発掘人」とは、その失われた文明の魔道具を掘り出し、それで生計を立てる者のことを指す。
もっとも、ダンジョンというところは決して安全な場所ではない。魔物が頻繁に現れ、入る者を拒絶しようとする。が、私の暮らすダンジョンは、一号ダンジョンと呼ばれる、もっとも古く、安全なところだ。
女一人で、凶悪な魔物の出る場所には行けない。が、我がカスティージャ王国には四つのダンジョンがあって、そのうちのこの一号ダンジョンはすでに掘り尽くされつつあり、そのためか魔物の出現頻度も少ない。
が、まだ隠された魔道具が眠っており、それを探し出しては商人に買い取ってもらい、お金を得ている。
そして今日も私は、魔道具探しのために一号ダンジョンの奥へと進む。
枯れたダンジョンとはいえ、二階層目からは魔物が出てくる。といっても、現れるのはスライムか単身ゴブリン程度だ。棒先に括り付けたナイフでひと突きすれば、あっという間に倒せる相手だから、私でもどうにか対処できる。
そのまま私は、すでに掘り尽くされたとされるこの一号ダンジョンの中を一人、奥へと進む。時折、私は岩壁を金づちで叩く。
もしも空洞があれば、音の違いで分かる。その空洞からは大量の魔道具が見つかることがある。その秘密を知っているのは、この王国でも私だけだ。
父は鍛冶職人だった。その父と母がともに亡くなり、暮らす場所を追われた私は、父が残した鍛冶職人用の金づちをもって、ここ一号ダンジョンへとやってきた。
そこで私は一号ダンジョン内の一階層目にある、いくつかに分岐された道の行き止まりを住処としている。この枯れたダンジョンの一階層目は魔物も現れず、私のようなものが暮らすにはちょうどいい場所だ。が、それだけでは生活を支える術がない。
そこで父の形見である金づちで壁を叩いて、魔石が取れないかと探っているうちに、ほんの少し音が違う場所を見つける。
そこで、その場所を金づちで叩き壊すと、中から多くの魔道具が納められた空洞が出てきた。そこで私は、この「隠し部屋」の存在に気付く。
そこで私は一号ダンジョンの壁を叩いて回り、隠し部屋を探し出す。そこから出てくる魔道具を得ては、それを王都トレドニアに持ち込んでは魔道具商に売りつける。
「七千ラエルだな」
で、今日掘り出した三つの魔道具をとある商人のところへ持ち込んだところ、こう値付けされた。
「ちょっと安過ぎじゃない? 他のところでは、一万で買い取ってくれるよ」
「じゃあ、よそへ行くんだな。お前みたいな貧民相手に、そんな高値で買い取ってくれる魔道具商がいれば、の話だが」
「じゃあ、そうさせてもらうわ」
私は魔道具を持ち去ろうとする。するとその店主は青ざめた顔でこう答える。
「わ、分かった、一万で買い取ってやる」
「一万二千」
「なんだと?」
「今、魔道具が足りないんでしょう? 次も魔道具を見つけてきたら、持ち込んであげる。その条件でなら、どう?」
「くそっ、分かったよ。一万二千出す。それでどうだ」
そう言われて、私はにこりと笑みを浮かべる。
「毎度ありぃ!」
こうして、私はどうにか生計を立てていた。それにしても最近は、魔道具の値が上が っている。おかげで私も少し、豊かな生活ができている。
その理由だが、隣国のインディアス王国との戦が激しさを増している、そういう話もあったが、実態はどうやら違うらしい。原因は国外ではなく、国内だ。
そう、三人の王子が、王位継承権を巡り、自身の力を誇示するため魔道具を集めて見せつけようと画策しているからだと聞く。
どうやら、国王陛下の容体が、あまり芳しくないらしい。となれば、近いうちに三人の王子の誰かが次期国王となる。この王国は長兄継承ではなく、あくまでも力があると認められた者が王位につくという伝統であるため、三人の王子はまさにそのために力をつけようとしている。
そのためには、味方となる貴族を増やす必要がある。多くの魔道具を抱えていた方が、貴族を篭絡するには都合がいい。戦闘国家でもある我がカスティージャ王国ならではの思想だ。それゆえに王子たちが魔道具を買い集めているため、今は魔道具が飛ぶように売れているらしい。
もっとも、どの王子が王になろうが、平民の私の知ったことではない。結局、私たち魔力を持たない民はいいように使われるだけだ。民の暮らしを豊かにしようと考える王族、貴族など存在しない。そんなお方がいたなら、私は今、こんな暮らしをしていない。
ともかく、王位継承争いを利用して、稼げるだけ稼ぐ。千載一遇のこの機会に、私は魔道具探しに専念する。今日はもっと奥まで進んでみよう。そう考えて、つい調子に乗った私は、一番奥の十階層目までやって来た。
「はぁ……はぁ……」
が、これが間違いだった。いくら枯れたダンジョンと言えど、一号ダンジョンの最下層とされる十階層目には、とんでもない化け物が残っていた。
オーガと呼ばれる、人型で頭に一本の角を生やした大型の魔物だ。私の棒先のナイフごときで敵う相手ではない。そのオーガに出くわして私は必死に逃げるが、その巨体は足も速い。あっという間に追いつかれ、私は壁際まで追い詰められた。
そんな私を目掛けて、オーガが殴りつけてくる。どうにかギリギリのところをかわす。すると、オーガの殴ったその先に、拳ほどの穴が開いた。
どうやら、たまたまそこに隠し部屋があったのだ。私は急いでその穴の中に飛び込む。オーガは穴の中に手を伸ばし、私を捕まえようとする。それを巧みに避け、隠し部屋の奥へと向かう。
「しつこいなぁ、早くどこかに去ってくれないかな」
オーガは穴から手を入れては探り、その穴を広げようとガンガンと殴りつけている。が、幸いにも穴は広がらず、巨体のオーガは中に入ることができない。こんな小娘一人、見逃してくれてもいいのに、あのオーガはなかなか諦めようとしない。
困ったな。オーガを倒す力はないし、このままじゃ外に出られない。早く諦めてくれることを願うばかりだが、その様子がない。
仕方なく私は、この隠し部屋を探索する。めぼしい魔道具がないかと探していると、目の前にとんでもないものが姿を現す。
一瞬、鎧を着たオーガかと見間違えた。が、それは人型をした、巨大な像だった。ほこりをかぶってはいるものの、黄金色に輝くその巨像は、岩盤の上に座り込むように置かれていた。
「はぁ~、これ、もしかして魔道具なのかな?」
よく見れば、中に手を突っ込んでくる諦めの悪いあのオーガよりも、ずっと大きな身体だ。その腹の部分がぽっかりと開いており、中には大きなひじ掛けの付いた椅子のようなものが見える。
私はランタンを近づけて、その中を見る。薄汚れてはいるが、なんというか、ごちゃごちゃとした椅子だ。辺りには妙な突起物や、棒状のものが並んでいる。
「なんだろう、この魔道具。見たことがない。でもこれ、売ったら高く売れそうだなぁ」
とはいえ、こんな大きなものを私一人が持ち出せるわけもない。それどころか、今はオーガに狙われていてそれどころではない。
仕方なく、ランタンを下に置いてその椅子に座る。座り心地は悪くない。ひじ掛けのようなところに手を置き、私は座り込む。ここで、オーガが諦めるのをひたすら待つしかないな。
そう思った矢先のことだ。突然、目の前が閉じられる。私はこの巨人像の腹の中に閉じ込められてしまった。
「ちょ、ちょっと何!? 何が起きたの!?」
慌てる私に、どこからともなく声が聞こえてくる。
『生体情報を保存、認証完了、ロック解除』
どこから、誰が話しかけてくるの? そんな怯える私の目の前が、急に明るくなる。
『システム起動、パイロットのバイタル正常。これより、パイロットにマニュアル転送を行います』
何を言っているのかさっぱり分からないまま、私は周囲を見渡す。
閉じ込められているはずなのに、周囲が見える。ぐるりと回りの壁に、外の様子が映し出されている。
しかしここは真っ暗な隠し部屋の中のはず。にもかかわらず、薄暗くもはっきりと、その周囲の様子を映し出している。オーガの手が伸びている様子がよく見える。
が、その次の瞬間、全身に電流のようなものが流れる。あまりの痛みに、声が出ない。しかし同時に、私の頭の中に何かが入ってくるような感触を覚える。
本当に一瞬だった。何が起きたのか。しかし、不思議と私はこの周囲に見えるものが何かを、理解できている。
私は、床に置いたランタンの火を消す。そして、こう叫ぶ。
「アストラガリ、始動!」
そう、この巨人像の名は「アストラガリ」と呼ぶ。どうしてそんなことが分かるのか、私自身分からない。が、そう叫びながら、私は「レバー」を握りしめてそれを引く。すると、この巨体はゆっくりと立ち上がる。
あれ、どうして私、この棒状の突起物を「レバー」だと知ってるんだろう。アストラガリだのレバーだの、おまけにこまごまと並ぶ「スイッチ」類のどれがどのような役割なのかも、まるで最初から知っていたかのように理解できる。
しかし、それ以上に驚きなのは、なぜか私はそれらを手慣れた手つきで操作して、この巨体を動かせているということだ。さっきのしびれによって、何か見知らぬ知識が埋め込まれた。そんな気がする。
だがこれは、思ってもいない幸運だ。この巨体ならば、あのオーガ相手に負ける気がしない。
「よし、あの邪魔なオーガを倒すよ」
私はそう呟くと、この巨像、いや、アストラガリが答える。
『武器を選択。敵は一体のみです。聖剣ティソーナを使用しますか?』
「そうしよう。その、ティソーナってのを出して」
『了解、聖剣ティソーナ、装備します』
そういうと、アストラガリは腰に手を動かす。そして、何やら短い棒を握りしめる。
あれ、今確か「聖剣」って言ったよね? これが聖剣? いくらなんでも短すぎやしないか。
と思ったら、青白い光の筋が伸びる。真っ青な柱のような光の「剣」が、目の前に現れた。にしても、剣と呼ぶにはやや丸すぎる。まるで棒のようなものだ。
が、ともかくその剣で、私はオーガの右腕に斬りかかる。すると、まるでナイフに刺されたスライムのように、あっさりと右腕が切断される。いきなり腕を斬られたオーガは腕を引っ込めて、大声を上げて叫ぶ。
なんて力だ。あのオーガの硬い腕を、いともあっさりと斬ってしまったぞ。それよりもこれ、魔道具のはずなのに、どうして魔力のない私に動かせてしまうのか? まあいいや、そういうことは後で考えよう。今は、生き延びることが先決だ。
「このまま、壁を突き破って出る!」
そう言って私は、聖剣ティソーナを岩壁に押し当てる。がりがりと削られる岩壁が剥がれ落ちて、オーガに右腕がその欠片で埋まってしまう。
そして目の前には、右腕を失っって立ち尽くすオーガの姿が現れた。
自身よりも巨大な人型の魔道具を目にして、さすがのオーガも身の危険を悟ったのか、走って逃げ始める。が、私がレバーを倒してその後を追う。追いついたオーガのその背中からばっさりと、聖剣ティソーナを振り下ろした。
魔物でも狂暴な部類で、三人の魔導師が遠隔攻撃用の魔道具を使ってどうにか倒せるほどの強敵が、いともあっさりと真っ二つに切り落とされてしまった。オーガの青い血が、そこら中に飛び散る。
「な……なんて力なの。というか、このアストラガリって、何者?」
私は気づいてしまった。魔力がなくとも動かせて、オーガほどの魔物を一撃で葬ることができる、最強の魔道具を掘り当ててしまったのだと。
そしてこの魔道具との出会いが、私のこの先の運命を大きく変えていくこととなる。