四式弾ー火の幕、鉄の雨ー
昭和二十年初夏。南洋のとある島嶼要塞では、朝から湿った風が吹き抜けていた。
この島はすでに最前線に近く、連日のように米軍の艦載機が飛来し、物資集積所や対空砲陣地を叩いていた。島を守る第十八独立高射砲大隊は、疲弊しながらもなお防空に全力を尽くしていた。
その中に、ひとつの新兵器が配備されていた。
四式弾。
三式弾の後継として開発された対空霰弾である。従来のような焼夷弾子ではなく、鋼鉄製の金属弾子を内蔵し、信管によって空中爆発、爆心方向に弾子を一方向へ集中して射出する「指向性爆散」という新機構を備えていた。
さらに改良された点として、砲弾そのものが軽量化され、従来の戦艦主砲だけでなく、十二糎高角砲や八糎高射砲などの中口径砲にも装填・発射可能となっていた。
高射砲陣地のひとつ、第三砲台に配置された小林中尉は、陣地内の弾薬箱のラベルに目をやりながら、部下に静かに言った。
「今日は風向きがいい。雲も高い……撃てるぞ」
彼の視線の先には、弾頭に黒く「四式」と書かれた砲弾が並んでいた。砲弾の鼻先には銀色の時限信管が取り付けられ、側面の細い刻印からは、小さな金属弾子が収められていることがわかる。
――これはただの焼夷弾ではない。これは、鉄の雨だ。
* * *
数時間後、敵襲の報が入った。
索敵機が高度五千メートルから編隊を確認。おそらくF6Fヘルキャット十数機。これにSB2CやTBFアヴェンジャーが続く形。攻撃目標は明らかに島南東の物資集積所だ。
「全砲門、四式弾装填!」
小林中尉の号令が飛び、砲手たちは素早く弾薬箱から砲弾を取り出し、高角砲へ装填していく。砲身がゆっくりと仰角を上げ、索敵班が計算した飛来時間と進路を基に照準が定められた。
そのときだった。
「敵機、高度四千、接近中!」
上空からエンジンの唸りが響く。対空陣地全体に緊張が走る。
「撃てッ!」
耳をつんざく砲声。第一波の四式弾が空へと打ち上げられた。弾道計算に基づき、敵機の進路上空百メートルで爆発するように信管が設定されている。
数秒後――。
空中で炸裂した弾体から、前方放射状に金属弾子が広がった。まるで扇を開いたように、鋼の雨が進行方向を覆う。その一部が編隊先頭のヘルキャットの主翼に命中、空中でスパークを起こしながら旋回不能に陥る。
「命中確認!」
兵の歓声とともに、次弾、さらに次弾が装填され、連射されていく。
四式弾は、焼夷ではない。ただの火の幕では終わらなかった。金属弾子は、敵機の風防を割り、エンジンを貫通し、命を奪う力を持っていた。
この戦闘で撃墜された敵機は七機。そのうち四機は四式弾による命中とされ、空中爆発の弾幕を避けようとして編隊が散開したことで、味方機関砲の標的にもなった。
戦闘後、司令部から伝令がやってきた。
「第三砲台の活躍、至急報告すべしとのことです」
小林中尉は、汗と硝煙にまみれた顔で空を仰ぎ、短く息を吐いた。
「……ようやく、火の花じゃなく、鉄の実が実ったな」
* * *
戦闘後に提出された高射砲部隊の報告書には、こう記されていた。
> 四式弾、対空用として有用。時限信管精度の改良余地はあるも、弾子の貫通力・効果範囲ともに良好。
> 三式弾に比し、焼夷効果は薄れるも、実戦における撃墜・損害率向上は顕著なり。
> 高射砲部隊への再配備を要望す。
また、別の報告書ではこうも記されていた。
> 対艦効果は限定的であり、徹甲弾や榴弾に比して装甲貫通力なし。
> だが、上陸直後の敵歩兵や軽装甲車両に対しては充分な破砕・制圧効果あり。
> 対地砲撃に用いた場合、敵陣地制圧に威力を発揮。
* * *
四式弾は、戦争の終盤にようやく完成した小さな奇跡だった。
それは、火の幕ではない。敵を怯ませるための演出ではない。
敵を穿つ、鋼の意思だった。