第5話 自分を変えなきゃ
更衣室は体育館とは別の廊下に設置されている。
ドアを開けようとドアノブに触れると、中から話し声が聞こえた。
「球技大会やっと半分くらい終わったー」
「もう疲れたよねーだるいわー」
そんな女子生徒の声が聞こえた。どうやら更衣室の中に生徒が数人ほどいるらしい。
できれば今は誰とも顔を合わせたくない。
今自分がこの更衣室に入ったところで中にいる生徒と親しいわけではないのだから。
誰もいない時を狙ってこっそり水筒を持ち出したかったので中の数人の生徒がが出てくるまで更衣室の外で待つことにした。
「さっきさあ、バレーでミスってた子いたよね。久美子にぶつかった人」
「あー、うちらのチームの子でしょ?清野さんとかいったっけ?」
その声は先ほどのバレーボールで同じチームに所属した野富の声だった。
(私のこと……)
盗み聞きをするつもりはなかったが自分の話題を出されているということにこのまま今入ることはできず、自分のことをどう言われているのか晶子は思わずそのまま聞き耳を立てた。
「あの子動きとか鈍いよね。入学式の時の自己紹介じゃ中学でバスケ部入ってたとか言ってたけど、今日の功績考えたらたいした活躍もなかったんじゃないの?って思える」
「だよね。バスケしてたっていうなら、あんなミスしないっしょ」
その発言に、晶子は自分の陰口言われていることに気が付いた。
本人のいない場所で、思うがままに陰口を叩く、思春期の女子にありがちな発想だ。
晶子はその発言にそんなことはない!と言いたくてたまらなかった。
晶子はちゃんと中学校のバスケ部では真面目に鍛錬をこなし、試合も功績を残していた。
しかし今回の球技大会は希望していたバスケではなく得意分野ではないバレーボールに配属されたことにより本領が発揮できなかったのだ。
しかしここで更衣室の中に入ってもし否定の意を唱えれば話を聞いていたかと思われてしまう、とぐっとこらえた。
すると次に聞こえたのは同じチームの野富の声だ。
「たいしておもしろい話もできないくせに、練習の時とかいちいち話しかけてきたりしてうざいって思ってた」
同じチームとして仲良くしようと思っていた野富の口からそんな台詞が出たことに晶子はなんともいえない衝撃を受けた。
自分としてはなんとか仲良くできないかと話しかけることに必死だったがそれは空回りでチームメイトにはそう思われていたのだ。
これを機会に話せるきっかけができるのではと思っていたのに実際はそんな風にずっと思われていたということにショックを受ける。
「ていうか、中学でバスケ部とか運動部入ってた割にはあの子太ってるよね」
「だよねー。前から思ってたけどデブだね」
さらにクラスメイトからはそんな耳を疑うような台詞が出てきた。
体型のことについて言われる。それは晶子にとって子供の頃から気にしていた触れてはいけない嘲笑だ。
中学時代はその為に練習が激しい運動部であるバスケ部に入って自身を引き締めた。
せっかく引き締まった体も高校入学までにまた戻ってしまい気にしていたことである。
よりによって男子がいない女子高に来てまでもそんなことを言われるとは、と晶子はそれを聞いた時悲しみでいっぱいになった。
女子高にくれば体型のことで悪口は言われないと思っていたので晶子にとっては想定外のことだった。
「あの子、お昼ごはん食べてる時もいつも一人じゃん?友達いないのかな」
「ひょっとしてそのうち誰かが話しかけてきてくれるって思っていつも待ってるんじゃないの?」
さらにクラスメイト達はそう言った。
いつも一人で過ごしている晶子のことをそう思っていたのだ。
それは直接そうとは思ってはいなかった。いや、あまりにもそんな出来事が起きないのでもう絶対ないことだ、と自分に言い聞かせていたのかもしれない。
誰かが話しかけてくれる。薄々晶子の心の中で少し期待を抱いていたことだった。
「もうちょっとうちらの仲間になりたいとか思ってるならさー今日みたく足引っ張んないでよって思うよねー。あんな子と仲良くしたいわけないじゃん、雰囲気や体型からしてうちらと合わないし。もし外で一緒に歩いてたらあんな子と友達って思われるだけでうちらのイメージ下がるよ」
それは野富の声だった。
同じチームメイトだった野富は晶子のことをそんな風に思っていたのだ。
最初から仲良くなれるはずなんてなかった。
仲間になりたいなら、それは晶子のことを見下した発言である。野富は晶子のことを自分よりさげすんで見ていたのだ。
「あの子、中等部にはいなかったから外部受験組だよね?あんな子がなんでこの華のある女子高に来たんだって感じ。イメージ釣り合わせたいならまずは痩せてから来いって感じ。同じ学校のうちらのイメージまで下がるじゃん」
「だよねー、わかるわー。一緒にチーム組む羽目になったこっちのことも考えてほしいわ」
野富の声はどこか毒が入っていた。
一連のことを話し終えると、クラスメイト達は「次の種目何―?」と違う話題に移った。
自分のことの悪口を聞いたようで晶子はもう悲しみのあまりその場所に居られなかった。
晶子は足を動かしその場から離れた廊下を歩いた。
捻挫で負傷したこともあり歩く足に力が入らない。今はむしろ捻挫よりも精神的な気持ちの辛さで身体に力が入らなかった。
クラスメイトによる噂話を聞いた後、もう晶子にとっては水筒のことなどどうでもよくなり、更衣室の前から立ち去った。
晶子の心にはなんとも言えないショックな感情が渦巻いていた。
体育館にも戻れず、更衣室にも入れず、教室に行く気にもなれず晶子はふらふらとトイレの個室に入った。ここなら一人きりになれるからだ。
「野富さん達にあんな風に思われていたなんて」
個室の中で便器に座りながら晶子は静かに泣いていた。
球技大会はこれを機会に仲良くなれるのでは、と思っていたが逆に今日の出来事や今までのことも含め嫌われていたことを知る。
晶子は別にクラスでいつも一人だからといって誰かに話しかけてほしい、とそんなことを直接期待していたわけではない。
しかし心の中ではどこか本当はそう思っていたのかそのクラスメイト達の声はまるで鈍器で殴られたかのような衝撃だった。クラスメイトにはそんな風に思われていたのだ。
個室の中で一通り泣き終えると、個室から出て、洗面台で鏡を見た。
「この体型がダメなんだ……」
晶子は鏡に映った自分の体をじっと見た。
半そで体操服から出てくる太い腕、胴回り、ふっくらした顔つき。あの陰口を聞いてから途端に自分の体がとてもみっともなく見えて仕方がない。
「デブだよね」その言葉が頭の中で何度も響き渡る。
たった一度言われただけでも、まるで前からずっと言われてたかのような錯覚をする。
指で皮膚をつまむと、この脂肪こそが悪いとしか思えなかった。
晶子は自分のふくよかな体型を呪いたい気持ちだった。
「痩せていればよかった、太っているからダメなんだ」
この学校は女子高であり、女子が多いということは可憐な美少女の花園だ。
ということは常に女子高の生徒としてスタイルのいい女子であらねばならない。みんな太っているやつは相手にしたくない。その考えが今は晶子を支配していた。
仲間に入れて欲しければ痩せろ。こんな体型だからこそ誰も相手にしてくれない、ただ陰口の通り思われるのだ。
「やっぱり痩せないと。痩せて綺麗になって友達を作らなきゃ!」
ダイエットをして痩せて綺麗になろう、そして変身するのだ。
洗面台の鏡を見て晶子はそう強く決心した。