第6話 元魔王、妹に決闘を挑まれる
あれから、1年が経った。
まだ二人が領地に残っているのは、資金が足りず、旅支度が間に合わなかったからだ。
子供の小遣いでの旅支度は、かなり大変だった。
結局、出発は今年の収穫祭が終わってからになったのである。
そしてイリヤは、あれからすぐにユリウスとアリサがやっていた勉強を引き継ぐ形で一から始めていた。
剣と魔法も同時に。
ユリウス達も基本的には、森に籠って剣や魔法を使って、感戻しを行っている影響で、屋敷にはほとんどいない。
活動時間がかみ合わないのもある。
そのせいで疎遠となってしまった。
イリヤは次第に、グリズリーベアとの遭遇戦で見たユリウス達の戦闘は、夢だったんじゃないかと思い始めていた。
否、思ってしまっている。
学ぶことが多すぎて、他のことに気を回せなくなっているようだ。
朝食を済ますとユリウスとアリサの二人は、いつもの森に向かった。
森に入ると、いつもの場所へと歩みを進める。
その道中、二人が今日やることを話し合っていた。
「お兄ちゃん、今日何やる?」
「確かに、何も決めてなかったな」
「とりあえず、あれやってみるか。この体でも出来るか、実験も兼ねてさ」
「そうだね」
そんなことをやっていると、目的地に到着した。
すると、先客がいた。
「よう! ギル!」
「やっほー! ギル~」
「二人とも相変わらずだね」
二人を出迎えたのは、ユリウス達と同じ爵位を持つ、メイザース家の次男であり、二人の友達でもあるギルバート・S・メイザースだった。
「今日は、早いね。いつも昼前に来るのにさ」
「ははは! 早起きしたからな!! どうだ!」
ユリウスとアリサが胸を張る。
「明日は、隕石でも降ってくるのかな?」
「私たちのこと、どう思ってるの~まったくー」
アリサが不服そうに、頬を膨らめた。
その姿を見て、ギルが妹を見るような目をしていた。
「まったく、ユウに影響を受けすぎだよ」
「おーい、俺を何だと思ってやがる」
三人は、笑い合いながら楽しそうにしていた。
(こんなバカを言い合えるなんて、やっぱこの時代は平和だな)
ユリウスのその思いは、アリサもこの時代に転生してきて、すぐに思ったことだった。
「準備運動でアリサと模擬戦やるけど、ギルも参加するか?」
「やめとくよ。もう少し、型の練習してからにする。……あと、準備運動の意味を辞書で調べた方がいいよ」
何処か呆れた口調で、ギルが言った。
「そんじゃ、やるか!」
「うん!」
互いに空間収納から、模擬戦専用の木剣ではなく、丁度いい長さと耐久力がある枝を取り出す。
木剣だと、やり過ぎてしまうからだ。
それ以外にも、かつて二人に剣を教えた師が、枝を使って繊細な剣技を身に着けろ、と言ってやらされた訓練の名残でもあった。
木剣より枝の方が脆く、折れないように剣技を使わなければならないからだ。
ユリウスがコインを投げ、それが地面に落ちた瞬間、模擬戦が始まった。
ギルが巻き込まれないように、ちゃっかり二人から距離を取っていた。
木と木が、ぶつかり合う音が響く。
ユリウスの剣技は荒々しく、一撃必殺をモットーにしているだけあって、力に重点を置いていた。
彼とは違い、アリサの剣技は揺らめく炎のように、柔軟だけど、どこか力強い綺麗な剣技だ。
始まって少しすると、ユリウスが押され始めていた。
アリサの手数に剣が追い付かず、受け流しから攻撃へと繋げることが出来ない。
元々、アリサの方がユリウスよりも剣の才が高く、努力を積み上げてきたからだ。
「ひー! キッツ!!」
「まだこれからだよ!」
楽しそうに打ち合う。
もはやギルは、空気になっていた。
完全に劣勢になると、ユリウスが二本目の枝を抜き、二刀流のスタイルになる。
アリサの手数が多い攻撃を捌きながら、攻撃も両立させる為に、ユリウスが辿り着いたスタイル。
二刀流となったことで、戦局が拮抗した。
互いに決定打を入れられない。
その状況に痺れを切らし、ユリウスが仕掛けた。
あえて、戦闘のテンポ狂わせ、間合いも変える。
だが、それが仇となり、アリサに枝を弾かれ、咄嗟に残った枝で攻撃を仕掛けるが、彼女の方が一手早かった。
「ま、負けたー!! 悔しいんだが!」
悔しがってるユリウスを見ながら、二人の模擬戦を見ていたギルが、満足げな顔をしていた。
(流石だね。 いつも思うけど、この二人の戦いは参考になる。どんな戦いよりも。僕ももっと頑張らないと)
ギルが二人の元に近寄る。
「二人とも、もうちょっと周りに気を遣ってよ!」
二人が周りを見渡すと、巻き添えを喰らった可哀そうな木が、数本斬り倒されていた。
「うーん……何故、木が倒れてるんだ?」
「怪現象だね」
二人が同時に首を傾げた。
「準備運動の定義が覆りそうだよ。まったく」
その声からは、何処か呆れたような様子が伺える。
溜息を吐くギルを横目に、ユリウスとアリサが、水を飲んで一息吐く。
「二人とも、今日は何をやるつもりなの?」
「魔法を剣で斬れるか試す。そうだろ?」
ユリウスがアリサに視線を送る。
「うん!」
アリサが返事を返すと、少し歩いてユリウスと距離を取った。
「お兄ちゃんからやってー」
「わかった。……いつでもいいぞ」
ユリウスが枝を構えた。
その光景を見て、ギルが止めようとしていた。
「流石に魔法を斬るなんて無茶だ! 直撃すればただじゃ済まないよ!!」
「安心しろ。ぶった切れば問題ない」
「いやいや、魔法を斬るとか普通は無理だから」
どんなに説得しようとも、ユリウスの意思は変わらない。
そんな彼を見て、ギルが諦めた。
こうなったら止まらないのを、知っているからだ。
「はぁぁ。どうなっても知らないよ。僕はちゃんと止めたからね」
「まあ、見とけ」
ユリウスが自信満々に言った。
視線をアリサに向けると、その意図を察し、アリサが魔法を展開した。
「――フレイムボール」
魔法が発動し、アリサの前に火球が現れた。
それをユリウスに目掛けて放つ。
ユリウスは、枝を握り直して火球を迎撃した。
軌道を見切り、高速で振られた一撃によって、火球は縦に両断された。
そして斬られた火球は、ユリウスの後方へ飛んでいき、小爆発を起こして消滅する。
その光景を驚愕と呆れの混じった表情を浮かべながら、ギルが嘆息した。
「はへー。ホントに斬っちゃったよ。……って、何で斬れるの?」
「いやだって、なんか斬れそうだなーって感じれば、大体斬れるでしょ。なあ、アリサ」
「うんうん。お兄ちゃんの言う通りだよ!」
さも、斬れて当たり前という二人の態度に、言葉が見つからないギル。
「……いやいや、普通は斬れないから。どうすれば斬れるのか疑問しかないよ」
「多分、ギルなら近いうちに斬れるようになるよ~。多分ね」
「うーん。出来るようになるイメージがわかないな」
ギルがそんなことを言っているが、ユリウスとアリサの二人は、何故かわからないがそんな気がしていた。
「実験成功だね。私も試したいから、ギル魔法をお願い」
「そこは、俺に頼むところだろ」
「お兄ちゃんの魔法は、火力が高すぎるからダメー」
妹に断られ、ユリウスの精神にダメージが入った。
かなりのダメージだったのか両膝を地面についている。
その様子を見て、苦笑いを浮かべるギル。
「じゃあ、行くよ」
「いつでもいいよ~」
「――ファイアボール!」
ギルが火球を放つ。
アリサが枝を構えて迎撃し、魔法を斬ることに成功した。
一通りやり終えると、三人は素振りや筋トレといった基礎作りなどを行う。
気が付いた頃には、昼ちょい過ぎくらいの時間になっていた。
「二人とも、お弁当は持ってきたの?」
「いや、持ってきてないな。面倒だったから手ぶらだ」
「同じく~」
ユリウスの左腕に、抱き着きながらアリサが言った。
「なら、お昼を食べに戻らない? お腹が減ってると集中力が落ちちゃうよ」
「昼食いたいだけだろ。まあ、別にいいけど、俺も試したい事とかあるしさ」
「じゃあ、撤収~」
ユリウス達は屋敷に一旦戻ることとなった。
帰宅中に数体の魔物と遭遇し、とりあえず魔法を叩き込んで殺す。
死体は、完全に無視である。
そしてその後も魔物を何体か見かけたので、互いの両親に報告することにした。
屋敷に戻ると、ユリウスとアリサは母クレアに報告する為に、執務室に向かう。
扉をノックし、入室の許可が出ると二人が執務室へ入って行く。
「ママ、今大丈夫?」
アリサが言った。
「ええ、大丈夫よ。どうしたの?」
「実は……」
ユリウスが近くの森の街道寄りの場所で、魔物を見かけたことを報告した。
そして細かいことをアリサが補足する。
離れた場所から見たので、二人とも詳しい大きさはわかっていないが、目視で見た限り中型であることも付け加える。
「二人とも報告ありがとう。今から何人か警備を回して巡回してもらうよう手配するわ」
「さて、用は済んだし、昼を食べに言ってくる。母さん、仕事中にごめんなさい」
「あら、気にしなくて大丈夫よ。魔物の報告、助かったわ。怪我人が出る前に対処できると思う。また何かあったら、報告お願いね」
「任せて~」
アリサがユリウスの手を引きながら、扉の方へ向かう。
仲がいい二人を、クレアがやさしい微笑で送る。
(二人とも頼りになるわ。ホントに子供なのかしら?)
そんなことを思いながら、クスリと笑う。
そして机にある呼び出しベルを鳴らして使用人を呼ぶと、ユリウスの報告にあった辺りに警備を回し、警戒するよう伝言を頼む。
一通りの手配を済ますと、クレアは直ぐに書類の作成に取り掛かった。
執務室を後にしたユリウス達は、昼飯を食べ終えると一度ユリウスの部屋に戻った。
目的は試作中である、魔導銃。
この日の午後に、試験射撃を行う予定だったからだ。
そしてユリウスの部屋で魔導銃を回収して、屋敷の玄関へと歩みを進めていると、二人は妹のイリヤと鉢合わせる。
それは、結構久しぶりの邂逅であった。
イリヤは、ユリウスとアリサにスキルが無いことがわかってから、ユリウスがやっていたものと同じものを勉強することになったからだ。
どちらにせよ、ユリウスに教えるべき勉強はもう既に終わっていたため、イリヤへ移行する手筈になっていたものが早まっただけに過ぎなかったが……。
そしてアリサは、元々ユリウスの勉強に乱入して一緒にやっており、ユリウス同様にもうやるべき事が無くなっていた。
だが、イリヤは違う。
今の彼女にとっては、やるべき量が多すぎたのだ。
ユリウスとアリサが覚える速度で初めはやってしまったため、イリヤには負担が大きく、自由の時間がほとんど無くなってしまったのだ。
それから暫くして、ユリウスとアリサが異常だったことに、家庭教師たちが気がついた事で、やるべき量は減ったが、それでもかなりの負担であることには違いない。
さらに、そこへ実技が入る事で、余計に負担が増える。
二人と違い、イリヤには剣の才能があり、さらに魔法にもそれなりの才能があることがスキル鑑定により、発覚したからだ。
スキルがわかればやる量が増えるのも必然だ。
だが、最近では剣の授業はしていない。
なにせ教師たちの技を全て習得してしまったため、独学になってしまったいるからだ。
今は、魔法の授業と二人がやっていた事を行っている。
「お久しぶりです。お兄様、お姉様」
「久しぶり~イリヤ!」
「ああ、久しぶりだなイリヤ。最近どうだ?」
「お二人よりは、忙しいです」
「口調が昔と変わったんだね」
「ええ、時間が経てば変わるものですよ、お姉様。……では、失礼します」
一礼して、イリヤが去っていく。
「ずいぶん他人行儀になっちまったな」
「仕方ないよ。私たちにスキルが無かったから、その分の負担とかが、増えちゃってるんだから」
何故そうなったのか、理由はわかっているため、そこまで深く考えることはなかったが、それでも二人はすこし寂しく感じていた。
一方、アリサのほうは。
(お兄ちゃ……いやお兄様もお姉様も、なにもしなくて羨ましい。私は二人のように期待され、それに対して報いるのに大変だというのに。ああ、これならあのときの剣舞や魔法は見たくなかったな。あれに少しでも憧れてしまったことを後悔してしまうくらいなら。今考えれば、所詮今よりも小さかったからすごいと感じてしまったに違いないとわかるのに……)
昔、ユリウスとアリサの二人が見せた剣舞と魔法。
その憧れへの失望が、彼女の心を支配していた。
「なぜ、私よりも弱いのにそこまでがんばるの? お兄様にお姉様。もう現実を見てください」
それから一時間後。
午後の最初の授業が終わりを迎え始めた頃、イリヤは退屈で窓の外を眺めていた。
すると、屋敷を後にするユリウスとアリサの姿を捉え、それをただ呆然と見ていた。
「……ですから、この問題はこうなるのです。聞いていますか? お嬢様」
「ええ、聞いているわ」
退屈さを隠す様な声音で言う。
(ああ、退屈なの。そこは、昨日の夜に予習してとっくに理解してるのに)
イリヤは心の中で、小さく溜息を吐く。
授業が終わると二人の後をつける。
今日の分の範囲を昨夜のうちに終わらせ、この時の為にイリヤは自由な時間を作っていた。
(お兄様達は、いったどこまでいくのかな)
アリサが不思議そうに思いながら、気配を完全に消して尾行した。
その後、二人が森の広間に着くと、少し離れた場所にある茂みで覆われた木に体を少しだけ隠すと、何をするのか眺めていた。
すると、一瞬ユリウスがこちらを向いたことに驚いたが、流石にまぐれだとイリヤは思う。
(スキルを所持している者の気配遮断が、看破されるわけがない)
それがこの時代の、認識だからだ。
例に漏れず、イリヤもそう思っている。
ユリウス達が屋敷を後にしたあと、いつもの場所へと向って歩いていた。
そして、いつもの練習場所としている所に着くと、ちょうどギルと同じタイミングでの到着となる。
「タイミングバッチリだな」
「そうだね。ユウ達の方が、少し遅れてくると思ってたよ」
「ギールー、私たちを何だと思ってるの?」
アリサが不服そうにしながら、ギルの顔を覗くように見る。
「だって二人とも、結構時間にルーズじゃん」
「褒めるなよ」
「褒めても何も出ないよ~」
「二人とも、褒めてないから。まったく」
困り果てた顔のギルを見て、ユリウスとアリサが笑う。
「そろそろ、始めようか」
「賛成~」
ギルの言葉に二人が頷く。
基本の型の確認から始めた。
各々、戦闘スタイルが違うため、統一感がない。
だが、様になっている。
型を一通りやり終えると、素振りを始めた。
普通にやっていたが、ユリウスとアリサが競い始め、その光景にギルがジト目を向ける。
いつも通りの光景だ。
「ふー、いい汗かいた」
「う、腕が……」
余裕そうにしているユリウスも、アリサの様に腕が震えていた。
「二人とも、もう少しペースを考えて……って、言っても聞かないか」
その声には、半ば諦めが混じっていた。
そして三人が休憩を挟む。
「そろそろ、出てきたらどうだ? イリヤ。そこにいてもつまらないだろう」
ユリウスに声をかけられ、イリヤは目を丸くして驚く。
自分は完全に気配を消していたのに、なぜバレたのだと。
言われるがまま、驚愕しながらもイリヤが、茂みから出てきた。
ギルは何も気にしていなかった。
まるでユリウス達二人と同様に、最初からわかっていたかの様に。
「なぜ、分かったのです? お兄ちゃ……いえ、お兄様」
「なぜも何も、あそこまで気配がダダ漏れなら、嫌でも気づくぞ」
「気配を消すならもう少し、感情を抑えた方がいいよ。あと、呼吸の仕方でも気配の強弱があるから、そこを気をつけるのが課題だね〜」
まるで、最初から気付いていたかの様な口調の二人に、イリヤが反論をするかのように話す。
「ありえない! だって、気配遮断を私ができる限界までやってたのに」
「俺たちがスキルなしだから、わからないと思ったのか。ははは」
「だって、さっきまで気がついて……いやもしかしてなの」
「そのもしかしてだよ。尾行してたのを、あえてきずいてないフリをしていただけなの。お兄ちゃんと一緒に」
ありえないことが目の前で起き、イリヤの思考が少しの間、停止した。
本来、スキルがあるなし関係なく、剣術系スキルの気配遮断は暗殺向けスキルや魔法、武術系スキルが同等以上でもない限りそうそう看破できないのが通説だ。
もちろん例外は存在する、だが何のスキルも持たない者は、気づくことは不可能だ。
イリヤはその通説を事実だと分かっていた。
屋敷を抜け出す際、この気配遮断を使ったから検証済みなのである。
流石に両親にはバレると、アリサも分かっていたが運よく合わずに済んだためここにいるのだ。
(この驚きぶりは、予想外だな)
(仕方ないよ。何故かこの時代だと、スキルが絶対的な物だと思われてるんだもん)
(理がどこかの時点で、書き換えられたのか……)
(たぶん私たちの先祖がやった、神への叛逆が起きないようにする為の対策だと思う)
(スキルだけが、能力だと思い込ませるため、か。なるほど。それなら合点がいくな)
(しかも、スキルの枠にはめておけば、理外の力に触れる人数を減らせるしね)
二人が目を合わせて、声を出さずに会話していた。
長い年月を共に過ごしたことで、大抵の事は言葉にしなくてもわかるようになっていた。
(ありえない!? なんでスキルが無い二人が、私の存在に気がついてたの。でも、これではっきりするなの)
スキルが無い二人が、自分の事に気がついたことに対して、もしかしたらという可能性が、イリヤの脳裏に浮かんだが、それはないと頭を横に振る。
そして、それを確かめるべく、イリヤが二人に告げる。
「お兄様にお姉様、私と決闘してください!なの」
いつも読んで下さり有難うございます。
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