第5話 アリサの正体
ユリウスが真剣な眼差しで、左目が蒼く、右目が緋いオッドアイの少女に問う。
「アリサ、お前は゛アリサ・アルバート゛なのか?」
「私は私だよ。変なことを聞くねお兄ちゃん」
「質問を変えよう。お前は、七賢者が一人、煉獄の魔女カース=マグナなのか?」
その問いに対し、満足そうな笑みを浮かべるアリサ。
まるで、やっと気づいてくれた、というような笑みだった。
「そうだよ。お兄ちゃんにとっては、久しぶりになるのかな? ……だから、久しぶりだねお兄ちゃん」
アリサが魔力を解放する。
蒼い瞳が緋く染まり、髪色も前世のそれに戻っていく。
そして額には、魔道を極め、超越者になった証である紋章が浮かび上がる。
だが、それも三秒程で元のアリサに戻ってしまう。
魔力解放は、文字通り魔力を解放して、消費し続けることで膨大な力へと変換する技能。
故に、持続時間も魔力量に依存する。
ユリウスが常時紋章を発現させているのは、魔力量がギリギリ紋章を発現させられるほど、残っているからだ。
しかし、それによって過剰魔力体質となり、魔力の全てが使えない状態になってしまっている。
過剰魔力体質では、使用可能魔力の上限があり、それに達してしまうと、魔力切れと同じ症状を起こし、使用可能魔力が回復するまで魔法が使えなくなる。
これは魔力回路の成長により改善が可能だが、ユリウスの場合、魔力総量が多すぎて苦労している。
「……ああ。久しぶりだなアリサ。千年以上ぶりだ」
ユリウスの目に涙が溜まる。
自分ですら、枯れていた思っていたものが、残っていたことに驚きつつも、嬉しさがそれを上回る。
どれほど、この時を待ったのかわからない。
戦争で時間感覚が狂い、感情を失い。
転生魔法の成功を祈る余裕もない。
気づけば自分も転生していた。
ユリウスにとってこの転生が、妹のいる時代に繋がっているのかさえわからない。
だた、自分の妹が幸せに生きることを望む以外にないと思っていた。
今、目の前にある奇跡に、夢だと思う自分もいた。
だが、夢ではないからこそ、必然的にユリウスの目から涙が零れる。
それに釣られて、アリサも涙を流す。
もう二度と会えないかもしれないと思っていた最愛の兄が、今、目の前にいて、やっと自分の事をアリサ・L・アルバートではなく、前世の妹アリサ・アルバートとして認識してくれた。
その嬉しさに耐えられなかった。
二人がゆっくりと歩み寄り、抱き合う。
まるで、赤子が泣くように号泣していた。
部屋には予め、防音の魔法をかけている。
だから、遠慮なく気が済むまで泣き続けた。
何分経ったかわからない頃、二人は泣き止んで落ち着きを取り戻す。
そして二人でベランダから、星空を眺めていた。
「……話したいことが山ほどあるのに、いざこうやっていると、何を話せばいいかわからなくなるな」
「いいよ、別に。時間はたくさんあるんだから。あの戦争の時とは違う」
流れる流星。
煌めく星々。
まるでそれは、二人の再会を祝福しているかの様な美しさがあった。
ユリウスが天を見上げ、今まで一番疑問に思っていたことを口にする。
「なぁ、アリサ、誰に殺されたんだ? ずっと気になってたんだ。俺らは、紋章の力で生半可な攻撃じゃあ、死なないだろ。七賢者を除けば、それこそ古龍とか神でもない限りは、殺せないはずだ……。それにどうやって殺されたんだ? あの時、お前は体が両断された状態だったんだ。そんな芸当が出来る新人類は、少なくともあの頃にはいなかったはず……」
「……うーん……どこから話そうかな?」
星空を眺めながら、アリサは一考する。
語るには長そうで短い、そんな話を考えるように。
少しして、アリサが口を開く。
「あの時、私を殺したのは聖剣を持ってる新人類。名前はたしか……レイヴと呼ばれてた気がする。本気を出す必要もないくらい弱かったのを、はっきり覚えてるよ」
「確かに、その頃のアイツはそこまで強くなかった。じゃあ何故?」
「詳しいことは、わからない。でもはっきり言えるのは、あの時、確かにレイヴの首を跳ねて殺したこと。だけど、私は斬られた。油断したところを両断されたのかな、多分。そしてただ斬られただけなのに、私は体を再生出来なくなってた……」
その言葉からは、後悔に似たものが混じっていた。
そしてかなり悔しかったのか、少し声のトーンが落ちていた。
「聖剣の権能か……」
「多分ね」
それを聞き、ユリウスの中で色々と辻褄が合っていく。
聖剣に関する考察も、幾つか確証へと変わっていった。
「やっぱ悔しいな。あんなやられ方は、一番したくなかったかも……」
「……。誰でもそんな死に方は、やるせないさ」
今のユリウスには、励ませる様な言葉が見つからなかった。
ただ、それっぽいことを言ってやるしかない。
アリサは、それをわかっていた。
長い付き合いなのだ。
大抵のことは、互いに言葉にしなくてもわかってしまう。
それからしばらくの間、静寂がその場を支配した。
気持ちの良い夜風を浴び、二人は静かに星を見る。
「昔と星の位置が違うね。無くなってる星もあるよ」
「だろうな。お前が死んでから数千と一万年が経ってるんだからさ」
「そんな先の未来なんだ、ここ」
あの戦争の時と変わらない新人類側の街並み。
ベランダからそれを眺め、どこか実感が沸かないアリサ。
「私が死んでからの事、教えてよ」
「長くなるぞ」
「大丈夫。時間は無限にあるんだから」
「じゃあ、今日は俺が死んだ理由を話そうか」
そう言うと、最高神との決戦前に勇者レイヴが、自分の元に現れたこと。
勇者から未来を託されたこと。
そして、最高神との決戦。
その全てを語った。
詳細はまた今度、と言って詳しいことは省いていた。
だが、それだけでもかなりの時間が経っている。
先ほどまであった月が隠れ始めて、朝日が顔を覗かせているのだから。
「そんなことがあったんだね。でも、だからこそ、この時代が平和になっているんだね。戦争の痕跡がないくらいに」
「そうだな。街並みが変わってないことには、疑問を持つが、それ以外は至って平和だな」
かつての新人類側の街並みと変わらない風景に、ユリウスとアリサは疑問を持ちつつも、今は結論を出すのをやめる。
もし、神が関わっていても現状勝ち目がない。
そして、それが原因で終わりが見えない戦争が、再び起きる可能性もあったからだ。
確信がないうちは、神に敵対はせずにのんびり好き勝手に生きていこうと、決意する二人。
仮に証拠が出てきたとしても、人類に害がなければ見逃す。
これが二人の意見だった。
とは言え、戦闘狂であるユリウスが、どこまでそれを抑えられるか、だが……。
「さて、寝るか」
「絶対、昼過ぎに起きるやつだよ~」
「あはは。否定できないな」
ユリウスが苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、起きてる?」
「そうだね! たまには、オールもしたいし」
「女の子が言うセリフじゃないな」
小さく笑うユリウス。
そして、少ししてから本題を切り出す。
「なあ、アリサ。俺は、準備が整い次第、一年ほど旅に出ようと思っている」
「奇遇だね。私も同じこと考えてたよ。目的は、この器を前世の体に置換することでしょ?」
「ああ。この体は、もうあまり長くない。俺の変質した魔力に耐えきれず、自壊するのも時間の問題になりつつある。まさか、こんなに短い期間で、限界を迎え始めるとは流石に予想していなかった。これでも結構、力を削いだんだけどな」
嘆息を吐き、ユリウスが体内を血液の様に循環している魔力の一部を、右腕へ流れないよう一時的にせき止めると、ボロボロと右腕が崩壊し自壊していく。
それを見て、アリサが目を丸くした。
「お兄ちゃんの器に、紋章が発現してまだ二か月も経ってないのに!?」
器の限界を迎え始めているユリウスに、アリサが困惑と驚いきの声を上げる。
そしてアリサもユリウスと同じように、右腕への魔力を一時的にせき止めると、右腕が炎に包まれて炭化が進んで行き灰になる。
「私は、生まれてすぐ紋章の力を一秒だけど、発現できた。それでも、限界を迎えるのに数年かかってるんだよ」
「俺は、この器で意識が覚醒してから、まだ一ヶ月と少ししか経ってない」
「じゃあ、器に耐性はあったけど、意識の覚醒で許容値を一気に超えたって事かな?」
「もしくは、残った力を検証するために、色々実験したせいで、器の耐用年数が縮んだ可能性が高いな」
二人は、朝食までの時間にあーでもない、こーでもない、と議論を交わす。
だが、結論を導く前に、朝食の時間が近づいてきたことで、考察を終える。
「とりあえず、ポーションとかを買い込んで、旅の準備を徐々に始めていくか」
「うん、それでいいよ。出発は、収穫祭の片づけが終わってからにしよう」
「それは構わないが、どうしてそのタイミングなんだ?」
「お兄ちゃんは、意識が覚醒したのが最近だって言ってたでしょ。なら、お祭りとかは戦争のせいで、長い間、楽しめてないと思ったからだよ。私も、久しぶりにお兄ちゃんと遊びたいもん! もちろん、イリヤも一緒に!」
「そうだな。久しぶり、思う存分楽しむか!」
収穫祭という楽しみが出来て、二人とも早くやってこないかと、思っていた。
それから少しすると扉がノックされ、フェニアが入ってきた。
どうやら、ユリウスを起こしに来たようだ。
だが、もう既に起きているユリウスを見て、珍しいものを見たような目をしていた。
「……おはようございますユリウス様、アリサ様」
「おはよう」
「おはよう~フェニア」
二人が返事を返す。
「お二人が早起きをするのは、珍しいですね」
いつも起こさなければ、昼近くまで寝てることがある二人。
朝が苦手な二人が起きているのは、十分珍事であった。
(そりゃあ、寝てないからな。起きてて当たり前だ)
ユリウスが心の中で苦笑いをしていた。
「フェニア~、もうすぐご飯?」
「はい。直ぐに準備が終わると思いますよ。お着替えも、お持ちしてますよ」
「ありがとう~」
フェニアが置いた自分の着替えを持つと、ユリウスの前に持って来た。
「お兄ちゃん、着替えさせて~」
「自分で出来るだろ」
「着替えさせて欲しいの!」
「……はぁ、まったく……ほら両手挙げて」
溜息を吐きつつも、可愛い妹の頼みを断るユリウスではない。
我がままをその受け入れる。
それをフェニアが、微笑ましいものを見るように見守っていた。
「これでバッチリだな」
アリサがくるりと回る。
すると、スカートがひらりと舞った。
「うん! ありがとう」
「ついでだから髪もとかしてやる。ほれほれ」
ユリウスがクシを片手に、目の前にある椅子に座るよう促す。
指示に従い、素直にアリサが椅子に座った。
「フェニア、先行っててくれ。俺達もすぐ向かうから」
「かしこまりました」
フェニアが去ってから、少しして二人も食事に向かうのだった。
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