第4話 姉妹の危機
ユリウスが転移する少し前、アリサとイリヤが商業区の外れにを訪れていた。
そして二人はこっそりと、街を抜け出して森の近くに向かっていた。
森の近くに着くと、二人はかけっこや花遊びなどをして遊び始める。
それから少しして、何かの気配に気づき、アリサがイリヤの前に出た。
「イリヤ、お姉ちゃんの後ろにいてね」
「うん」
茂みがガサガサと動く。
枝などの動く場所から、敵の大きさをアリサが推測していた。
その推測からかなり大きいと踏み、やばいと思いながら少しずつ、後ずさる。
「ゆっくりね」
「う、うん」
イリヤが震える手でアリサの服を掴む。
気配だけでイリヤが恐怖しているのが、アリサに伝わてくる。
「大丈夫だから」
優しく話しかける。
アリサが剣の柄に、手をかける。
イリヤは姉を信頼して、服を握る力が緩めた。
少しして、茂みから悠々と顔を出したのはグリズリーベアだった。
見た目は、クマとイノシシを合わせたような感じで、体格がクマで、口からイノシシのような牙が生えている。
長く生きる程、強力な個体となり、彼女らの前にいるのは災害級の一歩手前の奴らだ。
「……あと二体くらいいる、かな」
気配で大体の戦力を見積もる。
正直厳しい、と言うのがアリサの感想だ。
イリヤを庇いながら戦うのすら、十分なハンデなのに、そこにもう二体いるとなるとかなり不利。
高位の魔法を使えば、何とかなるけど……魔力がたりない。
殲滅系の魔法は使えるが、魔力がない自分が歯痒く感じる。
イリヤに後ろへ下がれと、手を振って合図を出す。
これくらい離れてくれれば……
イリヤが離れたのを確認すると、剣を抜いて、グリズリーボアへと立ち向かう。
「逃げて!」
それを言い残し、戦闘が始まる。
ユリウスとは違い、力押しの戦い方ではない。
敵の攻撃を見切り、丁寧にそれを捌いていく。
一発でも直撃すれば、ほぼ即死。
それを理解してるからこそ、相手の手数を縛る為に、魔法を織り交ぜながら戦う。
「残りの二体が来るまで、もう少し時間がかかるはず。なら、イリヤが逃げ切るまでの時間を――」
予測よりも早く、もう一体のグリズリーボアが現れた。
悠長にしていられない状況になり、アリサは焦燥感を覚える。
焦ればボロが出る。
だが、早くしないと、と本能が叫ぶ。
遠隔から魔法を使い、少しでも敵のヘイトを自分に向けさせようと立ち回る。
全力で逃げるイリヤだが、まだ幼い子供だ。
走る速度も歳相応。
残りの一体が、背を向けて逃げるイリヤに向かって走っていく。
距離などすぐに詰めれる。
イリヤが興味本意で後ろを向いて、グリズリーボアとの距離を確認してしまった。
目と鼻の先まで来ていることに恐怖し戦慄し、そして焦る。
その時、運悪くも躓いてしまい、バランスを崩して転んでしまう。
立ち上がろうとした時、影が被さるのがわかり、振り返った。
地面に座り込んだまま、ガクガクと震えて恐怖で動けず、股間の部分から温かいものが広がっていき、水溜りを作る。
お尻の方からは、柔らかい感触が広がる。
「い、いや!来ないで!!」
泣きながら、振り上げられる腕を見る。
必死に近くの石を投げたが、効果がない。
抵抗は無駄だと悟り、体から力が抜ける。
死の恐怖に、感情がぐちゃぐちゃになっていた。
そして顔も、涙でぐちゃぐちゃになっている。
「間に合えぇぇええー!!!」
アリサが魔力保護の許容量を超える、強引な身体強化を行う。
尋常ではない速度で移動する。
骨に亀裂が入り、筋肉が裂ける。
速度に体が耐えれず、あばら骨などが軋む。
ギリギリのタイミングで、イリヤとグリズリーボアの間に割り込んだ。
攻撃をする余裕はない。
そのまま振り下ろされたグリズリーボアの腕。
左目を付近から入り、目を抉りながら、右脇腹を抜ける。
大量の鮮血を撒き散らして、吐血するアリサ。
「お、おねーちゃん……」
イリヤは目を見開き、愕然としていた。
あまりの光景に言葉が出ない。
何も出来なかった自分が、悔しくて堪らなく思う。
「ま、魔力、解放――!」
残りの魔力を全て放出する。
魔力が解き放たれ、暴走状態となった。
それを制御し、本来の力の一部を行使する。
額には紋章が発現し、体が炎に包まれ、傷がゆっくり再生されていく。
紋章は、ユリウスの物を鏡写しにした場所にあり、形も同様だ。
「――炎剣」
剣に炎がまとわりついていく。
そして軽く跳躍して、グリズリーベアの首を跳ね飛ばす。
その反動で体が動かなくなり、宙空で魔法を使ってもう一体を迎撃。
「――フレイム・ランス」
炎の槍が獄炎の槍へと変質していき、それを放つ。
一撃でグリズリーボアの胴を穿ち、絶命させる程の威力だった。
あとは、お願い。
お兄ちゃん!
ユリウスが転移してきていたのを、アリサは攻撃の段階で気がついていた。
だからこそ、無理な攻撃で敵を討ったのだ。
アリサの心の声に呼応するように、ユリウスが瞬間移動の如き速度でグリズリーボアに接近し、力任せに真っ二つに両断した。
無論、ユリウス自身も無事では済まない。
今の体の限界を超えた動作に耐えきれず、骨が砕けたり、筋肉が裂けたりなど、もはや重症の状態だ。
アリサは、炎により骨や筋肉が多少再生され、袈裟斬りにされた傷も、出血量が転んで擦りむいた程度まで減っていた。
魔力を使い果たしたことで、、紋章が消えて炎の再生も止まる。
そしてユリウスも最低限動ける程度までは、闇によって修復されたが、ボロボロである事に違いはない。
見た目以上に中身が……。
「アリサ!無事か!?」
フラフラとした足取りで、倒れ込むアリサに近づくユリウス。
ユリウスの接近に気付いたアリサが、腕を持ち上げて親指を立てる。
それを見て、ユリウスが安堵の息を吐く。
そしてユリウスも親指を立てた。
「歩けるか?」
「ちょっとキツイかな。あはは……。無茶しすぎちゃった」
アリサが誤魔化すように可愛く笑った。
「ったく、ほら肩を貸してやる。俺もフラフラついてるから、期待はするなよ」
「ありがとう~」
アリサがユリウスの肩に腕を回して、イリヤの所へ向かう。
「無事か?」
「……う、うん」
泣きながら頷く。
未だ恐怖が残るイリヤが、震える足に力を込めるが、腰が抜けて立てない。
何も出来なかったことに、申し訳なさそうに俯く。
そんなイリヤに、アリサが頭を撫でて、優しく笑いかける。
「大丈夫。お姉ちゃんも、お兄ちゃんも無事だから。それに初戦闘がグリズリーボアならしかないよ」
励ますように言う。
それに同意する様に、ユリウスが頷いていた。
「お兄ちゃん、私はいいからイリヤを」
「わかった」
二つ返事で返し、イリヤに背を向けて屈んだ。
「ほら、おぶってやるから」
「でも……」
「こういう時は、甘えとけばいいんだよ。その方が俺も嬉しいしな」
「……ありがとう」
イリヤが小さく呟く。
そしてイリヤをおぶると、アリサに肩を貸した。
少し歩きだしたところで、イリヤの寝息がユリウスの耳元で聞こえた。
安心して緊張の糸が切れたのか、すぐにイリヤが眠ってしまったようだ。
「ふむ、これで帰るのは骨が折れそうだ」
苦笑いをして歩き出すと、アリサが腰のポーチから一本の小瓶を取り出し、ユリウスに差し出した。
「これ使って」
「いいのか? ⅯP……マナポーションって、地味に高いけど」
「お兄ちゃんに転移魔法を使ってもらった方が、変に目立たなくて済むから」
「それなら遠慮なく」
受け取ったマナポーションを一気に飲み干し、魔法を発動させた。
「――レティム」
視界が白く染まる。
そして次の瞬間には、屋敷が視界に映り込む。
「やっぱり便利だよねー。転移魔法って」
「だな」
談笑をしながら、玄関へ向かう。
両手が塞がっているユリウスに変わり、アリサが玄関の扉を開く。
二人を出迎えたのは、フェニアとサラだった。
「おかえりなさいま……せ……」
ボロボロの二人を見て、フェニアとサラが目を丸くして驚く。
なにせ、アリサに限っては傷こそ多少ふさがっているが、服には大量の血と、大きく裂けた部分がある。
むしろ、驚かないほうが無理というもの。
ユリウスも返り血を浴び、熟したトマトみたいになっている。
「おい!何があった!!?」
サラが咄嗟に状況を確認する。
元冒険者だけあって、サラの方が落ち着いているように見える。
フェニアがあたふたとしているからだ。
「報告よりも手当をしたい。それに――」
言葉を切って、ユリウスが背負っているイリヤを見せた。
それで大体を察し、サラがその場を仕切る。
「フェニア、医療箱を持って来い。ポーションも忘れるなよ!」
「は、はい!!」
いつもあまり仲がよく無いように見える二人だが、こういう時の連携はしっかりしている。
迅速かつ丁寧な対応だ。
「風呂の準備は、今さっきできたところだ。タイミングが良かったな。ほれ、イリヤはオレが」
土などで汚れているイリヤに、サラはまったく抵抗を覚えずに、お姫様抱っこで抱える。
「ありがとう。アリサの傷口を洗いたいから、俺たちも一緒に行く」
「あいよ」
そう言って一行が浴場へ向かう。
その道中で、イリヤが目を覚ました。
「ここは?」
「屋敷だ。安心しろ」
サラが優しい口調で言った。
少しでも、刺激を少なくして落ち着かせるために。
「お、おねーちゃん、ごめんなさい。わたしが、振り向いたりしなければ……。魔法もちゃんと使えるようになってれば……」
今にも泣きだしそうな顔をしながら、イリヤが謝る。
だけど、アリサはそんなこと何も気にしていなかった。
むしろ、無事でよかった、と思うほどだ。
「イリヤに怪我がなくて、よかったよ。お姉ちゃんは、気にしてないよ。大事な妹を守れたんだから、これは名誉の負傷ってやつだよ!」
満面の笑みで言った。
その光景にユリウスも、口角を少しあげて、微笑ましく思っていた。
アリサの思いを察して、ユリウスが少しだけサラの方に寄る。
すると、アリサが手を伸ばして、ゆっくりとイリヤを撫でた。
優しい表情をしながら。
「う……うぇぇえええん!! ……」
イリヤが貯めこんだ涙を出すように泣き出した。
安堵と安心感から。
その光景を見ていたサラが、ホントにこいつら子供か? と疑う視線を送る。
なんせ、かなりの負傷をしているのに、まるでそんな痛み慣れていると言わんばかりにしていれば、流石に疑いたくもなる。
三人で、イリヤを励ましているうちに浴場に到着した。
全員服を着たまま脱衣所を後にし、浴室へ向かう。
「サラ、イリヤを任せてもいいか? 俺はアリサを」
「それは構わねーが、ユリウスお前、手当できるのか?」
「当たり前だろ。これくらいの傷なら余裕だ」
「なら任せる」
そう言ってサラが、イリヤの服を脱がしていく。
上を脱がし、下も容赦なく脱がそうとした。
「ねえサラ、み、見ないで」
イリヤが恥ずかしそうに、スカートを押さえて脱ぐのを拒む。
「オレは、お前のおしめを変えたことだってあるんだ。今更だろ」
そう言って無理矢理脱がしていく。
イリヤの顔は、真っ赤に染まっていた。
そんな光景に苦笑いを浮かべ、ユリウスもアリサの服を脱がしていった。
「今更だが、一人で脱げるか?」
「うん! ……んん。ううん。痛くて無理!!」
反射的に反応したのを、咳払いで誤魔化すと。悪戯っぽい笑みを浮かべるアリサ。
あはは、と苦笑い気味な表情をユリウスが浮かべる。
「これまた派手にやられたな」
深々と抉られた傷口を見ながら言う。
治りかけていると言っても、完全ではない。
「もうばっさりだったよ」
アリサが冗談交じりに笑った。
見てわかるような感想に、二人で笑ってしまう。
そんな二人を見て、サラが少し不気味に感じていた。
談笑しながらユリウスも、服の上を脱いだ後、シャワーで手を洗う。
そして空間収納から、医療箱を取り出して、消毒液を手にかけた。
「さて、始めるぞ」
「お願い」
シャワーでアリサの傷口を洗う。
傷口にしみたのか、少しだけアリサが眉を動かした。
嫌がる素振りは見せないが、嘘っぽく痛がる振りはする。
「ね、ねぇ。やっぱそれも?」
「当たり前だろ」
ピンセットで持っている脱脂綿に、消毒液を染み込ませて傷口を消毒する。
「んんん! 結構しみる」
「我慢だぞ~」
そして回復ポーションを傷口にかけ、ユリウスが傷口を乾かす為に、残った搾りかすの様な魔力を使って、風の魔法を行使する。
風力は、微風だった。
良い感じに乾いたら、薬草で作った塗り薬を塗る。
「サラ、この針の先端を火であぶってくれ」
「あいよ。――ファイア」
サラが生活魔法を使うと、指先に火が現れた。
火力もほとんどなく、熱消毒にはちょうどいい。
「じゃあ、縫うか」
「やっぱ?」
「当たり前だろ。傷は残らないようにするから安心しろ」
針に糸を通し、慣れた手つきで傷口を縫っていく。
みるみるうちに、傷口が塞がる。
そして仕上げに、包帯を巻く。
嫌という程やっているせいで、この作業も慣れたもんである。
包帯を巻き終えると、ついでに細かい傷も手当てする。
回復魔法を使わないのは、致命傷ではないからってのもあるが、一番は自然回復の方が肉体の耐久力が少しだけだが、上昇するからだ。
それにユリウスが使うと、殺してしまうからってのもある。
「こんなもんかな」
「終わった~」
何故かユリウスではなく、アリサが一息吐く。
それと同じくして、浴室の扉が勢いよく開いた。
「医療箱持ってきました!!」
入ってきたのは、息を切らしたフェニアだった。
サラ、ユリウスそしてアリサの三人が、なんとも言えない顔をする。
それを見て、フェニアが首を傾げた。
視線を動かし、手当が終わっているアリサの所で止まる。
「え!? もう……終わってる……」
「ごめんフェニア。ちょうど、俺が医療箱持ってたんだ」
嘘ではない。
空間収納に入っているのだから。
「よかった~。早く治療できたんですね。でも、あるならあると仰ってください、ユリウス様」
「悪い悪い」
ユリウスが雑に謝ると、どこか納得していないフェニア。
拗ねた表情をしているが、安堵しているのが目つきでわかる。
「フェニア、包帯とかをもらっていいか? 今、使っちゃったから補充しときたい」
「わかりました」
ユリウスが自分の医療箱をフェニア預けた。
そして包帯などの受け渡しが済むと、フェニアの目を盗んで空間収納にしまう。
一仕事を終え、ユリウスが大きく息を吐いた。
「お兄ちゃんも一緒にお風呂入ろ。汚れちゃってるから」
「そうだな。ついでだ、お前の髪も洗ってやる」
「やったー」
ユリウスがフェニアに視線を送る。
彼の言いたいことを察し、防水の魔法をアリサの包帯が巻いてある場所に使った。
髪を洗い終えると兄妹で、お湯に浸かる。
ただし、アリサは包帯などがある為、腰までだったが。
「むー、私も入りたーい」
頬を膨らませ、アリサが不服そうにしている。
そんなアリサを見て、可愛いな~、とユリウスが思っていた。
「その傷で入るのは、流石にまずいだろ」
「治ったら、絶対になが風呂する!!」
「のぼせるなよ」
二人は微笑を浮かべ笑いあっていた。
まるで何事もなかったかのように。
それに引き換え、イリヤは俯いていた。
溜息を溢し、何も出来なかった自分を悔いている。
そんなイリヤを見て、アリサが頭を撫でた。
「イーリーヤー、そんなに落ち込まない。失敗は誰にでもあるんだから」
「そうそう。俺なんか数えきれないくらい、やらかしてるからな」
ユリウスが胸を張って言った。
便乗して一緒に入っているサラが、それは反省しろ、と言いたげな視線をユリウスに向けていた。
「ごめんなさい……」
「こういう時は、謝るんじゃなくて、ありがとうって言うんだよ」
「……ありがとう」
「うんうん。その方が私も嬉しいよ」
アリサがにっこりと可愛く笑う。
それからしばらくして、ユリウス達が風呂を出た。
ユリウスとアリサ、そしてイリヤの三人は、母クレアに今回の事を事細かに報告した。
面倒な事になりそうな部分は、当然省いて。
イリヤは、そんな二人の報告の仕方を見て、悪い方に学んでしまう。
「報告ありがとう。三人とも無事でよかった。フェニアに重症だって言われた時は、心臓が止まる思いだったんだのよ」
「あはは。……ごめんなさい」
何か言おうとしたが、怒られそうな雰囲気を察して、アリサは素直に謝ることにした。
「まったく、ほんとに無茶はやめてよ。心臓がいくらあっても足りないんだから。特にユリウスとアリサは」
クレアが眉間を抑えて嘆息した。
それを見て当人たちが、苦笑いを浮かべていた。
反省しているわけではない。
「今回は、運よく逃げきれてよかったな、二人とも」
「うん!」
アリサが元気よく返した。
必死で戦闘したことを誤魔化す。
傷を負ったのは、イリヤを庇って逃げ遅れたから、と言う筋書きみたいだ。
『お兄ちゃん、グリズリーボアを倒しちゃってるけど、どう報告する?』
『大丈夫だ。こういう時は、いい方向に勝手に解釈してくれるはずだ。なんせ、俺らはあまり強くないと思われてるしな』
『そうだね』
二人が視線を軽く交差させる。
声には出さないが、大まかに会話が成立していた。
「それじゃあ、夕食にしましょ。三人ともお腹減ってるでしょ?」
「賛成!」
「左に同じく」
イリヤもコクコク、とユリウスの隣で頷いている。
この場を切り抜けたことに感動している二人。
話が戻ってボロが出ないうちに、ここから早く離れたいと言う気持ちでいっぱいだ。
イリヤは、二人の顔を覗き込み、彼らがなんて思っているのか察ししてしまい、小さく笑った。
今回はイリヤにとっても他人事じゃないため、巻き添えを食らわないように、沈黙選択していた。
そしてユリウス達が無事だったことがわかり、その日の夕食はどんちゃん騒ぎとなった。
時は過ぎ、夜が更け、月明かりが地上を覆う時間、一人の少女がユリウスの部屋を訪れた。
ユリウスは、ベランダから月を眺め、遠い日の事を思い出していた。
それは、前世の妹が殺され、試作段階の転生魔法を行使した日の記憶。
転生魔法自体、前世の妹が開発した物。
ユリウスが知っていたのは、その制作を手伝っていたからだ。
ユリウスは後ろを振り返り、真剣な眼差しで左目が蒼く、右目が緋いオッドアイの少女に問う。
「アリサ、お前は゛アリサ・アルバート゛なのか?」
「私は私だよ。変なことを聞くねお兄ちゃん」
「質問を変えよう。お前は、七賢者が一人、煉獄の魔女カース=マグナなのか?」