第1話 魔王転生する
一人の少年がベッドの上でグッスリと眠っていた。
窓が少し開いており、朝の心地よい風が部屋に吹き込んでくる。
カーテンが優しく揺れる。
小鳥達も元気よく鳴いている。
天気は晴天で、お出かけ日和だ。
少年の目が開く。
知らない天井を見上げ、零れるように一言呟いた。
「成功したみたいだな」
脱力した体に力を込めて起き上がり、ベッドのふちに座る。
「ここはどこだ?」
周囲を見渡す。
最初に目に止まったのは、机とクローゼットだった。
豪華な装飾が施されていることから、貴族もしくはそれに類するものだと、魔王が一考する。
「体は……子供か」
自分の体を見て、ポツリと言葉が漏れた。
「さて、やるか」
そう言うと、魔王は紋章の力を抑え込む。
力が弱まるごとに、魔王の瞳に感情の色が戻っていく。
それと同じくして、紋章の形も禍々しく変質した物から本来の形へと戻っていった。
「ふぅ。こんなもんかな。ま、力を失ってるから、こんな事しなくても勝手に戻るんだけど……」
紋章の状態を確認しようと、魔王が空間収納の魔法を使って手鏡を取り出し、額を見た。
額の端に魔王の紋章がある。
だが、力を失った為か、少し薄くなっていた。
「近いうちに色々やらないとな」
頭の中で大雑把に計画を立てる。
自分の世界に入っていると、部屋の扉がノックされ、現実に引き戻された。
そして扉の方を向く。
「鍵なら開いてるぞ」
少ししてから扉がゆっくりと開く。
「おはよう。ユリウス」
「おはよう」
挨拶と共に入って来たのは、ユリウスの母クレア=L=アルバートだ。
「朝食の準備が出来たから、早く食堂に来てね。みんな待ってるわ」
「わかった。支度してすぐ向かう」
伝えることを伝え終えると、クレアが食堂へと去っていく。
その背を見送り、魔王ことユリウスは扉を閉める。
「この地位の人間が、わざわざ起こしに来るなんて、珍しいな」
ポツリと誰に言うわけでもなく、独り言を呟く。
部屋を物色するように観察しながら、着替えを行い、支度を済ませる。
「なんか、メイドとか居そうなのに来ないな」
予想とは違う展開に、苦笑いを浮かべた。
着替えを済ませ、部屋を後にし、階段をおりて食堂に向かう。
食堂に入ると、母と二人の妹が座ってユリウスを待っていた。
テーブルには、料理が並べられている最中だ。
「お兄ちゃん、おはよう!」
「おはよう、二人とも」
挨拶を交わし、ユリウスは所定の位置に座る。
料理が並び終える間に、器の記憶を覗く。
この器がどのような人生を歩んでいたのかを、じっくりと観察する。
(……爵位は英爵、か。聞いたことないな。特別なものか?)
疑問を解消するため、さらに潜る。
記憶の深い所まで意識を向けた。
(なるほど。……竜殺しの英雄となって得た爵位だから、英爵なのか。ふむふむ、他のパーティーメンバーは旅に出ている、と。……って事は実質、四人でこの領地を運営してるってことになるな)
料理を並べ終えると、使用人が去って行く。
並べられた料理を食べながら、まだ記憶を覗き見している。
まず必要な性格や呼び名、そして家族構成などだ。
生活で必要なものを重点的に、閲覧していく。
性格などはどうしようもないが、それでも多少の演技は必要だろう。
「お兄ちゃん、誕生日おめでとう!」
最初に誕生日を祝ったのは、双子の妹であるアリサ・L・アルバートだ。
そして、もう一人の妹であるイリヤ・L・アルバートも、無邪気な笑みを浮かべながら、兄を祝った。
「ありがとな、二人とも」
もし手の届く範囲にいたら、無意識に頭を撫でていただろう。
(まさか、前世から続き今世でも妹を持つことになるとはな)
その思いは、亡き前世の妹を思い出させ、戻ったばかりの感情に刺激を与える。
ユリウス自身、それが何の感情なのか思い出せず、理解出来ていない……。
「ユリウス、朝食を食べ終えて落ち着いたら、執務室に来て」
「わかった」
そして朝食を終え、十分程経過してから、執務室へと向かうユリウス。
何故呼び出されたのか、心当たりがないユリウスは、内心戸惑いながら、廊下を歩いている。
ちなみにアリサが隣にいた。
「今日は、ついにスキル鑑定の日だね! 応援してるよ!」
「応援されても、俺は何もしないんだけどな」
「雰囲気が大事なんだよ!」
無邪気な笑顔で語る。
それはユリウスにとって、眩し過ぎるものだった。
「お兄ちゃんなら、エクストラスキルの一つや二つ持ってるよ!」
「当たり前だろ! アリサのお兄ちゃんなんだからな!」
子供の褒め言葉に、全力で乗るユリウス。
精神年齢は、子供のままで止まっていた。
男なんて所詮そんなものである。
(スキル、か。この時代だと、ランクなんて物もあるのか。Sランクが最高で、その上がEXだったか? 確か規格外とか、超越とかそんな意味合いだな、この時代の言葉だと)
そして器の記憶を覗くことで、この時代のスキルとユリウスの知っているスキルの認識が異なっていることに気がついた。
その違いとは、才能を可視化したものがこの時代の物で、サイコキネシスや身体能力超強化といった超能力に該当する物を、古の旧人類であるユリウス達は総じて超能力と認識していた。
この時代のスキルには、大まかに分けて二種類存在することも、記憶を覗くことでわかった。
それは、先天的なものと後天的なものだ。
先天的なものは、元々のスキルランクが高いことが多く、その中でもEXランクや規格外のものを保有する可能性が高い。
ちなみに、ランクはEからSまであり、それらにあてはまらない規格外のものをEXと表す。
そして後天的なものは、剣術や鍛冶といった技能系スキルのことだ。
だが、その習得速度は自身のスキルの有無により変わってくる。
スキルによっては成長ができないものや、一部の物のみ習得できないなどあるが、これは例外中の例外である。
EからSまでは努力しだいでランクを上げれるが、EXにはそれだけでは上げることができない。
だが、ユリウス達の言う超能力には、後天的なものはまれであり、かなり強力なものでなければランクすら与えられない。
こういった違いがあり、この時代でのスキル鑑定は興味こそあるが、あまり当てにはしていない。
そして存在していた時代の違いについて考えていると、嫌な予感を覚えた。
それは直ぐに当たることになるのだった。
執務室へと到着すると、扉をノックした。
すると中から、「入ってきて」とクレアの声が聞こえ、二人が執務室へと入っていく。
「あら、アリサまで一緒なのね」
「私も一緒に、スキル鑑定してほしい!」
「そうね~」
少し考え込むクレア。
「別にいいんじゃねーか。ユリウスの場合、本人の希望で時期をずらしたんだ。アリサなら年齢的にも問題はないと思うぜ。それにスキル鑑定に回数制限は、ないんだしさ」
隣にいたサラ・ウィテカーという女性の使用人が助言をした。
彼女はクレア達が英雄と呼ばれるようになる前に、よくパーティーを組みサポートしてくれていた。
そしてクレア達が英雄と呼ばれ、屋敷を与えられたときに、彼女を秘書兼使用人として雇ったのだ。
今の彼女はメイザース家とアルバート家の専属としてここにいる。
「そうね。じゃあ、一緒にやっちゃいますか」
「おー!」
アリサがやる気満々に応える。
それを見て、ついユリウスが妹の頭を撫でてしまう。
「それじゃあサラ、お願い」
「任せろ」
そうしてスキル鑑定が始まった。
サラの説明曰く、スキル鑑定の内容を紙に複写するようなのだが、それには半日ほどかかると言うので、ユリウスはアリサと共に街に出かけたのだった。
鑑定終了から数時間後。
そろそろ時間だと思い、ユリウス達二人が屋敷へと帰った。
その足で執務室へと向かう。
二人でスキルの事について、楽しげな会話を弾ませる道中。
そして執務室に着き、中へ入ると深刻そうな顔をした母クレアと、使用人サラがいの一番に二人の視界に入った。
こめかみに皺が寄っている。
それに気が付き、かなり深刻なのだろうと予想するユリウス。
「とりあえず座って」
促されるままに、ソファーに座る二人。
「もしかしなくても、かなり深刻な問題があったのか?」
「え、ええ……」
口を開こうとするが、直ぐに閉じる。
喉まで言葉が来ているが、出そうとしても出ない。
そんな状態の様だ。
その様子を見るに、かなり不味いのだろう、と二人は察してしまう。
アリサとユリウスは固唾を飲み、最初の一言を待つ。
しばらくの間、静寂がその場を支配した。
少ししてサラが、クレアの肩にそっと手を置く。
サラの顔を見上げたクレアに、彼女が力強く頷いた。
それで覚悟が決まり、やっと本題に入る。
「……鑑定の結果、二人にはスキルがない事がわかったわ」
その言葉に二人の反応は違った。
アリサは、驚いてはいるものの、予想通り! という様な表情だった。
そしてユリウスは、ポーカーフェイスを貫く。
驚いていることを悟られないように。
妹より驚いたら、俺のプライドが! みたいな謎のプライドからだ。
(予想はしてたが、まさか、て、的中するとは……。やはり古い理を宿してるからか? それとも俺のパッシブがレジストしたか、だな)
何はともあれ、想定の中でも面倒い方に転がり何とも言えない気持ちのユリウス。
「一つ聞きたいんだけど、スキルがないってことは、俺……いや、俺たちは貴族では無くなるってことか?」
確認するような口調。
アリサもかなり真剣な顔をしている。
それもそのはず、この先の人生に影響する可能性があるのだから。
「……ええ、そうなるわね。特に私たちの爵位は特別なものだから。普通の貴族ならやりようはあったのだけど……」
「そうか」
その声からは、何も感じられない。
落ち込んでいるような感情さえ、こもっていない。
とても乾いた声。
アリサも別段、落ち込んだりはしていない様子。
ありのままを受け止める。
「ま、領地を継ぐ可能性が完全に無くなって、清々した。冒険者になって、世界を回る方が性に合いそうだしな」
「私も同じ。元々領地を継ぐ可能性はなかったけど」
肩を竦め苦笑いを浮かべるアリサ。
ユリウスも憑き物が落ちた様に、晴れ晴れとしていた。
だが、クレアはそれを励ましだと受け取った。
二人にとっては、励ましではなく本心からの声だったが……。
「ありがとう。そう言って貰えて、少し気が楽になったわ」
力なくクレアが笑う。
普段あまり見ないクレアの姿を見て、バツが悪そうにしながらサラが後頭部を掻く。
「それで一つ頼みがある」
「どうしたの?」
ユリウスの言葉に真剣な眼差しになるクレア。
このタイミングでの頼み事だ。
親としては、叶えてあげたいのだろう。
「俺を王立ルミナス学園へ推薦してくれ。冒険者になるに当たって、あそこの図書館で情報を集めたい。ここの書斎よりも詳しい情報がありそうだからな」
「わ、私もそうして欲しい! お兄ちゃんと一緒に旅をしたい」
咄嗟に声を出したせいか、少し身を乗り出していた。
クレアは目を閉じ、考えを巡らせる。
「オレは良いと思うぜ。本人がやりたいなら、やらせてみたらどうだ。その後で、将来を考えても遅くねーだろ」
男勝りの口調で、サラが二人の意見に賛同した。
それは、二人の為を思ってのことであったのだろう。
(ここまでメイドに合わない口調をしてる人は、長く生きたが初めて見た気がする。……いや、忘れてるだけか? まあ、どちらにせよ萌え要素が皆無なメイドは、久しぶりだな)
ユリウスは、心の中で苦笑する。
サラも自身がメイド服を着るのは似合わないのを知ってか、基本は普段着、もしくは装備を外した冒険者の服を着ている事が多い。
メイド長とは、よく言い争っていたりする。
「わかったわ。入学するのはいつにするつもりなの」
「今すぐにでもと言いたいが――」
ユリウスは、アリサへ視線を送る。
「私たち、まだ入学出来る年齢じゃない」
悔しそうに言う。
主に胸をチラ見して。
「ふふ、わかったわ。入学の時期はこっちで考えておく。……その様子だと二人一緒の方がいいかしら?」
アリサが、首がもげるのではないか、と言う勢いで頷く。
その姿にユリウスとサラが苦笑いを浮かべていた。
そうして今日はお開きとなり、クレアが重いため息を吐き、執務机に戻っていくのだった。
『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。