第20話 何も起きない日常
ユリウスが倉庫でアーティファクトを構成していた素材を見ていた。
それを眺めながら、考え事をしていた。
神鉄……か。
これを使えば、もっといい武器が作れそうだな。
「はぁぁ」
ユリウスが溜め息を吐く。
とっつぁんが居れば、この少量でも俺が作るよりもいいヤツを拝めるのに……。
かつて、魔剣などを作っていた名工にして、ユリウスとアリサのお得意先。
そんな人物が居ないことを悔やみながら、ユリウスはどんな武器に加工しようかと思考を巡らせる。
俺ができる範囲だと、魔法と機械とかを使ったものになるから、鍛冶師より劣るんだよな~。
となると、やっぱシンプルに剣とかで性能を誤魔化すしかない……か?
様々なアイデアがでるが、やはり自分の技量でできる範囲に絞ると悩むものがある。
考え込んでいると、背後からアリサに声を掛けられる。
「お兄ちゃん、ここに居たんだ」
「……これの使い道を考えてた」
「そんな事だと思ったよ。……」
そこまで言うと、本題を切り出そうかアリサは迷う。
だが、うだうだしてても仕方ないと割り切って、本題を口にする。
「……このアーティファクト本来の効果を、教えなくてよかったの?」
「流石に躊躇うから、お前も言わなかったんだろ」
「うん。神の一部分を一時的だとは言え、世界に顕現させるなんて、口が裂けても言えないよ」
「アーティファクトが壊れてたからよかったものの、本来の姿だったら何が起こるか、わかったもんじゃない」
アーティファクトがその力を解放した後の光景を思い浮かべ、困ったような顔をするユリウス。
「それにこの時代の神がどんな奴なのかも知らないから、下手に刺激はしたくない」
「旧人類が喧嘩を売っただけで、種を絶滅させようとするくらいだもんね」
「それもそうだが、力を失ってる以上、神と戦っても勝算がない」
「そう考えると、言わなくて正解だったかもね」
二人がコソコソと話しているのを、たまたま通りかかったティアが聞いてしまっていた。
ティアは、出るに出れなくなり成り行きで話を全て聞いてしまった。
「その話、本当なの?」
「「ティア!!?」」
二人が同じタイミングで同じのような反応をして驚く。
「……」
目を泳がし、どうするか考える二人。
だが、聞かれたなら仕方ないと思い、ユリウスが話始める。
「本当だ。今回のこれは神を顕現させる装置の部品だ」
「何故それを私たちに黙っていたの? 私は言ったはずよ。この組織に命を捧げるって――」
ティアが少し怒っていた。
こいつが怒るのも無理はない。
仮に解散するつもりで作ってたとしても、こいつは人喰みを救いたいと思ってるんだから。
「これを知ってる人間を増やしたくなかった。お前たちのことは信用してる。でも、ちょっとした話の時につい口走ることはよくある事だ」
「もし、それでアーティファクトの使い道が知られたら不味いことになっちゃう……」
それを聞くとティアも、二人の言い分に納得してしまう。
現状の組織の戦力を考えても、神に勝てるだけの要素が無いことくらい、彼女にも簡単にわかった。
「ごめんなさい。その……」
「気にするな。黙ってた俺らも悪い」
「この事を共有するかは、ティアに任せるね」
「ええ。少し考えてみるわ」
それから少しの間、気まずい空気が場を支配した。
それに耐えかねたユリウスが、話題を変えようとする。
「そう言えば、ティアはなんで倉庫に?」
「前を通りかかったら、二人の会話が聞こえて……その……」
「あー、なるほど。ま、気にするな。俺たちも言うか迷ってたから丁度良かった」
ユリウスの言葉に、ティアが胸をなでおろす。
そしてこの話はここまで、と言うようにユリウスが別の事を話し始めた。
「ところで、こいつの使い道だけど、何がいいと思う?」
ユリウスが二人に問う。
「これは一体何なの? わたしは見たことないわ。こんな綺麗な石」
「これはね~神鉄っていうもので、神鉱石を加工したものだよ」
アリサが神鉄をコンコンと指先でつつきながら言った。
「神器の材料として使われてるって言えば想像しやすいか?」
「ええ、確かにそれなら……。これを合金にして武器を作るのはどうかしら?」
ユリウスの例えを聞き、ティアがふと思ったことを口にした。
「それもいい考えだと思うよ。でも、この量だとちょっと頑丈な武器程度で、神鉄の恩恵が受けられないの。金属の比率が余りにも偏りすぎてね」
ティアが短い間、思考を巡らせる。
いい案がないかと考えている時、自身がはめている指輪に目が止まる。
「指輪なんてどう? 宝石の様に神鉄をはめれば、効果があるんじゃない?」
「武器に固執しすぎて見落としてた。確かにそれなら付与次第でいい物が作れるかもしれねー」
ユリウスが頷きながら、神鉄をチラリと見た。
「流石ティアだ。助かった、ありがとう」
「お役に立てたみたいでよかった」
ティアが嬉しそうに微笑んだ。
少し頬を赤く染めながら。
「そうだった。次の襲撃地についてあなたたちに伝えようと思って探していたの」
「次が決まったんだね」
「ええ、アリスが古い文献が保管されてる教会を見つけたの。場所はアシアスよ」
「あそこって、たしか結構大きいな教会があるところだよね。確かにあの大きさならあってもおかしくないかもだけど……」
アリサがアシアスの教会を思い出すと、納得した。
それと同時に彼女の言い方には含みがあった。
「でかいだけあって、警備は結構厳重だぞ。どうする気だ?」
「そこは少数精鋭で行くつもりよ。潜入はわたしとルミア、そしてアリスの三人。脱出時に不測の事態が起こったことを考慮して、表にイータを配置するつもり。それ以外の星雲は、各自、街の中に潜伏して他の情報を集めつつ、いざという時のために備えてもらうわ。潜伏は任意だから、拠点に一人以上は残ってもらうことになってる」
「なら、俺らも行こう。ちょうど街に出て、魔物とかの情報と食材の買い出しをしたかったからな」
「それならエリナたちに任せればいいんじゃない?」
「気分転換も兼ねて妹と一緒に街に行きたかったんだ。研究も行き詰ったしな」
ユリウスがアリサの頭に手を置いて言った。
すると、アリサが嬉しそうにしながら、ユリウスに背中を預けた。
「わかったわ。星雲とは、別行動でいいのね?」
「それでいいよ~。それと転移については、気にしなくていいよ。私たちはこれを使うから」
アリサが空間収納から、白と紫が混じった神秘的な模様をした石を取り出した。
「それは?」
ティアが不思議そうに神秘的な石を見る。
「これは転地の永久石って言う石なの。使い捨ての転地の飛石と違って、制限なく使える逸品だよ!!」
「しかもかなりのレア物で、転移魔法がないこの時代なら国二つが買えるほどの価値がある」
「そ、そんなに!!?」
ティアが驚きの声を上げる。
それと同時にそんな石がこの世界にあったのかと、感嘆していた。
「ま、そんなわけで俺らの事は気にしなくて大丈夫だ」
「わかったわ。……作戦は、予定通りに実行する。それとアーティファクトの件は、タイミングを見計らって共有させてもらうわ」
「さっきも言ったけど、ティアの判断に任せるよ。じゃあ、私たちも準備があるから」
そこで三人は解散した。
そして明け方に星雲がアシアスに向かった。
それを見送ったユリウス達も準備を整えてアシアスに向かう。
転地の永久石をユリウスが頭上に勢いよく投げた。
すると、眩い閃光に二人が包まれる。
視界が開けるとそこはアイアスの近郊だった。
「久しぶりに使ったね」
「転移魔法で事足りてたからな、これまでは」
「さぁ、お兄ちゃん、デートとしゃれこもう」
「仰せのままに我が姫」
アリサが差し出した手を取り、二人は仲良く街に向かった。
そして無事に街へ入ると最初に目に入ったのは、宿屋や食堂などで賑わった光景だった。
二人は、その盛況さに心を躍らせながら、まずは朝食を取ることにした。
食堂を適当に選び、入店した。
二人は最初から当たりを引き、その店の料理を気に入った。
「お兄ちゃん! このスープさっぱりしながらも、口の中に広がるお肉の味がすごく美味しいよ!!」
「こっちのサンドイッチも、卵の風味と一緒に広がるハムの旨味がくせになりそうだ!」
「ねえねえ、一口ちょうだい! 私のもあげるからさ」
「仕方ないな~全く。ほら、あーん」
ユリウスがアリサにサンドイッチを食べさせた。
その美味しさに顔が緩むアリサ。
そしてアリサもユリウスにスープを食べさせた。
それを食べたユリウスも、その旨さに言葉を失っていた。
「そのスープも最高だな!」
「サンドイッチも私好みで気に入ったよ」
二人は追加で注文をして満足するまで食べてから店を後にした。
苦しそうに二人が腹ごなしに、商店街を見て回っている。
「く、苦しい……」
「うう……食べ過ぎた……。あれは、兵器……」
そんな時だったユリウスが武器屋の前で足を止めたのは。
ユリウスの視線の先には質素な杖があった。
「どうしたの?」
「この杖を見ると、ついあの頃を懐かしく思ってな」
「たしかに! あの時は私たちも駆け出しの冒険者だったよね」
「よく強い魔物に挑んで、挙句の果てに尻尾巻いて逃げてたよな~」
「あはは。今でもたまにやってるけどね」
「ハハハ……」
二人が苦笑いを浮かべ、互いに目を合わせると笑い合った。
懐かしい思い出に浸りながら、二人は歩みを進めて露店を見て回っていた。
そして美味しそうな串焼きを買ったりして、食べ歩きを始めた。
「このアシカトカゲの姿焼きって、どう見ても蛇だよね?」
串に刺さったアシカトカゲを見ながらアリサが言った。
アシカトカゲは、名前にトカゲとついているが手足が無く、見た目は蛇だ。
「多分、トカゲと書いて哲学と読む類のやつだろ」
「何それ! アハハ」
自信満々に言うユリウスが、おかしくてアリサが笑う。
そんな時だった。
二人が屋台で更なる食べ物を買おうと列に並んでいると、不意に背後からすれ違いざまに話かけられたのは。
フードを被った女性は、はっきり二人に聞こえるように言った。
「キヒヒ。見つけましたわ、アルス=マグナ。それに魔女も……」
二人が即座に振り返るが、そこには先の人物らしき者はいなかった。
たくさんの人が行き来している普通の光景が、広がるだけだ。
「お兄ちゃん! 今のって……」
「ああ……明らかに俺らを知る奴だ。この時代で俺らの二つ名を知ってるのは、星雲だけだ……」
「しかも、星雲には教えてない私の呼び名まで……。なんか嫌な予感がする」
アリサのその予感は近い未来に当たることになるとは、この頃の二人には知る由もなかった。
日が暮れ、月が空の主役になる頃にエクリオン・ソサエティが動き出す。
イータは、三人が教会の敷地に入るのを確認すると、教会の入り口と一部敷地が見通せる場所に陣取る。
作戦通り、少数精鋭で教会に乗り込んだ三人。
裏口の見張りは、ルミアとアリスが弓で仕留めていた。
そしてティアが指輪の力で作り出した液体金属を鍵穴に流し込み、液体金属を固形化して鍵を開ける。
ゆっくりと扉を開け、潜入を開始する。
その際に死体を中に入れ、施錠しなおす。
「人の気配は、なさそうね」
「かなり使われてない……から」
アリスが近くの小さな机を指でなぞり、指に着いた埃を見ながら言った。
三人は、警戒しながら進むが誰とも遭遇することなく図書室に着いた。
拍子抜けだと言いたそうな表情を浮かべながら、図書室に足を踏み入れる。
そして用意してあったランタンに火を灯す。
魔法で光源を確保しないのは、魔力の痕跡が残ることを警戒したからだ。
手分けをしながら、本棚を探る。
最初にお目当ての本を見つけたのは、ルミアだ。
近くの机に本とランタンを置く。
そして本を開き中身を確認する。
「そんな……。これは持ち帰る必要がありそう」
本に書かれた内容に顔をしかめる。
本を複写する為に、空間収納からユリウスからもらった一冊の白紙の本を取り出す。
これは写紙と呼ばれる本のページの上に乗せ、極々少量の魔力を流すだけでそのページが複製できる紙を何十枚も使って本とした物だ。
流石のユリウスもこの貴重な本の在庫は少なく、三人に二冊ずつしか渡せなかった。
そしてたまたまアリサが持っていた写紙を、三人に三枚ずつ渡していた。
それほど貴重な本を、ルミアが本の上に乗せて本の内容を全て複写した。
その後、本をあった場所に戻す。
写紙がなくなると普通の紙に魔力で内容を書き写す。
ただし、痕跡が残らないように精密な魔力操作で、だ。
三人は、三時間ほどかけて必要な情報を集め、教会を脱出する。
帰り道でも、誰にも会うことはなかった。
まるで、この教会の時間が三人を除いて止まっているかのように。
そんな異質さを感じながら、三人は暗闇に溶け込み、教会を後にする。
イータは三人の脱出した姿を確認して、闇に溶け込むようにその場を後にするのだった。
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