第11話 刻印の議
ユリウスとアリサは、珍しく早起きをしていた。
朝食を済ませると、一通りの装備を揃えていつも通り、森へ向かおうと玄関に向かっている時、母クレアに呼び止められた。
「二人とも、ちょっといいかしら?」
「? どうしたの?」
「この後、少し時間は空いてる?」
「空いてるよ~。久しぶりに早く起きたから、はや稽古しに行くとこだったから」
アリサの返事に、クレアが「よかった」と呟く。
「何か手伝いでもあるのか?」
「いいえ、違うわ。二人には、まだ紋章がないでしょ。だから、私もちょうど手が空いてるから、教会に授かりに行こうかなって思ってね」
教会という単語を聞き、ユリウスは鳥肌が立つのを感じた。
今まで神と敵対していた関係上、あまり行きたくない場所ランキング上位に入るからだ。
「……なるほど。なら、善は急げだ。早く行こうぜ」
「こっちも準備があるから、二人で先に行ってても構わないわよ」
「じゃあ、先に教会に言ってるね~」
アリサがクレアの返事を待たずに、ユリウスの手を引いて飛び出していく。
「相変わらずの元気ね。さて、準備を済ませちゃいましょうか」
二人を見届けたクレアが、自室へと戻って行った。
ユリウスとアリサが大通りに出ると、早速領民たちから声を掛けられた。
二人とも、挨拶だけ返して聖堂に向かう。
「お待ちしておりました。ユリウス様、アリサ様、ささこちらへ」
聖堂に着くと中年の神父が快く迎えてくれた。
声が少し枯れているのが、特徴的な人物だった。
「母さんは、少し遅れてくるって」
「そうですか。なら、お茶をお出しするのでゆっくりしていてください」
神父が二人に微笑を向ける。
案内された小部屋で、二人にお茶とちょっとしたお菓子が振舞われた。
「早く来て正解だったね~」
嬉しそうにアリサがお菓子を頬張る。
「落ち着いて食えよ」
ユリウスが自分の分のお菓子を譲る。
そして二人で雑談をしながら数分。
クレアが聖堂に到着し、二人は礼拝堂へ移動して合流した。
「カトリック神父、今日はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。……それでは、誰から行いますか?」
クレアからユリウスとアリサに視線を移す。
二人は、お互いチラリと視線を交差させて頷く。
「じゃあ、俺から!!」
「では、こちらへ」
神父に案内され、教壇の上に置かれた箱の前に立つ。
(興味深い魔道具だな。見た感じ普通の魔道具だが……さてさて、鬼が出るか蛇が出るか楽しみだな。まあ、大方どうなるかは、予想できるがな)
心の中で苦笑する。
「こちらの神具に、お手をお入れてください。神々があなたを祝福してくれます」
(そんな祝福はご免被る)
「はは、では失礼して」
ユリウスがあっさりと、神具の中に通例通りに右手を入れる。
「そのまま一、二分お待ちください」
言われた通り、ユリウスは手を抜かずに待機していた。
(ただ待ってるのは面白みがない。この短時間で、できる範囲の分析をさせてもらうか)
暇つぶしと言わんばかりに、数秘術と一部の解析系の魔法を隠蔽しながら使う。
魔力の流れ、魔道具の構成物質。
それらを読み解き、施された付与まで辿り着く直前で、刻印が終わってしまい、残念そうにしているユリウス。
無論、表情には出していない。
「では、お手を抜いてみてください」
神父の指示に従い、ゆっくりと手を抜いた。
魔道具から伝わる魔力の流れで、どうなっているのかは、もう既に分かっていた。
それでも、ユリウスは視線を落とし右手の甲を確認した。
「やっぱりか。いや、予想通りだな」
小さな声で言う。
そして後ろを振り返り、クレアに右手の甲を見せる。
ユリウスの手の甲には、何もなかった。
それを見た瞬間、クレアが今にも泣きだしそうなくらいに顔を歪め、必死に悟られないよう平静を保つ。
『予想通り、魔力の流れを統制して、新しい超能力を付与する仕組みみたいだ。恐らく霊石結晶獣に関連する異能を作る魔道具だと思う。付与された魔法までは、解析できなかった』
『わかったよ。じゃあ、解析できた分のデータを送って。それ以外を分析するから』
『了解だ』
ユリウスとアリサが通信魔法でやり取りしていた。
そしてアリサに解析が完了した分のデータを、脳に直接魔法で送り込む。
『なるほどなるほど。やっぱ予想通りの仕組みだね。……さーて、どんな魔法が刻まれてるんだろ! 今から楽しみ』
『俺の分まで頼むぞ』
『了解!!』
そして二人が入れ替わるように、通路ですれ違う。
「頑張れよ!」
「行ってくる!」
アリサが教壇の前に立つ。
「どうぞ、お手を神具の中に」
「こう?」
「はい、そうです。後は、気を楽にしていれば大丈夫ですよ」
カトリック神父が優しい声音で言った。
刻印の魔法が発動したと同時に、アリサもユリウス同様に解析の魔法や数秘術を隠蔽しながら使う。
(あー、その魔法が刻まれてるんだ。確かにこの時代だと再現は難しいけど、んーーやっぱそんなもんか)
アリサが落胆の溜息を吐いてしまった。
やばっ! と思い、背筋を伸ばす。
それを見て神父はアリサが緊張しているんだと、勝手に勘違いしてくれた。
「お手を抜いてください」
時間が来て、神父が指示を出す。
アリサが指示通りに右手を抜く。
そしてクレアに見えるよう、右手の甲を見せる。
「え!? う、嘘……そ、そんなことが……」
まさか二人とも刻印されない事態を、想定していなかったのか、もし想定していてもやはり耐えられるものではなかった。
クレアが顔を手で覆う。
何回やっても結果は変わらなかった。
(二人にスキルはない。だから、嫌な予感はあった。でも、もしかしたらという期待もあった。……こんな事なら刻印の儀をやるんじゃなかった!!)
クレアは酷く後悔した。
人生でも一、二を争う程に。
自分の子供が無印者で、スキルもない。
世界を探しても、この二人だけであろうと言うレベルの、ほぼゼロに近い確率を引いてしまった。
自分が二人に何も与えられなかったことを、申し訳なく思い罪悪感がのしかかる。
「ママ、泣かないで。紋章が無くてもやれることはあるから」
「そうそう。霊石結晶獣を倒せなくても、他の魔物を倒して人を助けることならできるからさ」
二人に励まされ、何とか平常心が戻り始める。
それから少しして、クレアが落ち着いた頃に、三人は聖堂を後にした。
屋敷までの道中、会話はなく沈黙が支配していた。
屋敷に着いて程なくして、クレアと別れたユリウス達はいつもの森へと歩いて行った。
そしていつもの溜まり場に向かう道中で、刻印の神具について話し合っていた。
「――って、感じの付与がされてたよ」
「ってことは、超能力を付与する効果だけ、未知の魔法ってことか」
「ん、そうなるね。お兄ちゃんに共有した魔法陣を見ればわかるけど、そこそこ精密だけどわざと穴を作って感じがするから、人絡みじゃない可能性があるよ」
「そうだな。この部分に何故か原初のルーンが使われてるってのを見ると、一昔前の連中ってわけでもなさそうだ。記された歴史が正しければな」
二人は分析した魔法の魔法陣を構築して、それを見ながら未知の魔法を解読していた。
魔法陣の作りは、一目見ただけでこの時代、そしてここ二○○年以内のものではないのがわかる。
魔法陣の精密さと、わざと作られたであろう欠陥箇所。
この二つがあると言うことは、後世に伝える気がないことが窺えるからだ。
「この魔法だと、超能力を付与できるけど、やっぱ超能力じみた異能とか無理そうだね」
「ああ。どれだけ改良しても、せいぜい低級の魔眼を無理矢理使えるようにするくらいが関の山だな」
「じゃあ、この魔法が主としてるのは、対霊石結晶獣に関する能力付与って感じだね」
「刻印にしてるのも、効果を永続的に持続させる付与魔法がないからだろうな」
「もしくは、解読されてもその存在をないと思い込ませるためだろうね」
二人はかつての時代を生きていたからこそ、神の存在を知っている。
そして旧人類は神と敵対していた。
その時の価値観がまだ向け切っておらず、二人は神にいまだ不信感を持っている。
何せ、意図的に戦争を終わらせず、旧人類を絶滅させようとしていた神がいたからだ。
故に、神がどの時点で人に干渉したのかがわからない以上、オーパーツの様な技術が関わることには、必ず神の干渉という可能性を残さざるを得なかった。
それが例え友好的な為に、与えられたものであっても。
「刻印は憧れたけど、仕方ないよね。私たちは、体内魔力を自在に制御できるから、刻印が機能しないのも当たり前だよね……」
「まあ、意識的に精密な制御をできる奴は、俺らの時代にもあまりなかったけどな~。特に俺らレベルの奴は、俺ら込みで七人しかいないしな」
「仮に機能したとしても、こんな魔法じゃあ、私たちの魔力統制なんて出来ないよね~」
「だろうな。俺らは魔力融合反応と分離反応を使って、超膨大な魔力を生成してるからな。しかも常時魔力暴走状態にして、さらに魔力量を増幅させてるしな」
「言うなれば、爆縮による超圧縮と膨張を繰り返してる様な状態だからね~。魔力統制が出来る方が不思議だよ」
「ま、それも体が自壊してる原因なんだろうけどな」
二人で盛り上がっていると、目的地が見えてきた。
そして目的地に到着すると、先に来ていたイリヤとギルが二人を迎え入れるのだった。
いつも読んで下さり有難うございます。
『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
更新は毎週木曜日もしくは土曜日の予定です。




