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最後のフラッシュモブ

まだアンドロイドと人間が仲が良かった頃の話。


アンドロイドは、人間を説得させたり納得させる出来事を“演出する”ことに最適とされた。なぜならアンドロイドには“嫌味”があまりないから、それと一つ、人間がアンドロイドたちに対して個人的な情報や記憶を開示することを、別段拒絶しなかったことも関係する。


一般的な人間と同程度に仕事ができ、エネルギーの使用もそれほど多くないアンドロイドの発明から数十年。ある時期から、アンドロイドたちは、一家に一台必ずといっていいほど普及しはじめていた。ある女性宅にアンドロイドがやってきた。赤い屋根の家だった。


 彼女は家に一人で住む、すでに夫は他界しており子供はいない。かつてある国々の戦争に巻き込まれた。ある国による彼女の国への一方的な侵略に思えた。別の国に逃げ延び、そこで生き延びたはいいもののつらい記憶をもち、しかし周りの人間にたいして、トラウマがフラッシュバックすることによって、不用意に周囲の人間を傷つけてしまうという悪癖をもっていた。例えばそれは悪口であったり、嫌味であったり、くちをついてでてしまうのだ。彼女はもともと小学校の国語教師であり、本来人が好きで、人にも好かれたので、それでも幾人かは彼女のことを距離を保ちつつ見守り、いずれ彼女は元の状態に戻ると、そう、彼女が年老いてもなお思い続けていたのだった。夫がいたころは、まだ夫が彼女のつらい記憶をわかっていてやったのだが、彼女に、だれが何といって話したり聞き出そうとしたりしても、彼女はつらい記憶にふたをしたまま人を傷つけるだけだった。

『この人殺し!』

『私の両親に何をした!』

『あなたもあいつら(戦争を起こした側)と同じ、洗脳されているのよ!!』

他人のすべてが敵に見えるように他人をせめ、そう叫ぶのだった。他人がいくら彼女を理解しようとしても無駄である。彼女にとっては、みな自分に害を与えた過去の亡霊と同じに見えてしまう。そんな人間に、『人にやさしくしなさい』

だの

『あなたは本当はいいひとだ』

だの言っても無理なのである。なぜなら同じ経験をして、彼女を深く理解するためには、本来は同じだけの絶望が必要なのかもしれないから。人々もその頃、アンドロイドを介したコミュニケーションが多くなり、生活のほとんどが機械化された、便利な社会であったために、人と接触する機会や必要性はへり、孤独な人間が増え、むしろ彼女のような人にまで、彼女のつらさを無視してまで“優しさ”を求めてしまっていたのである。


 周囲の人間たちの多くが彼女の、強烈な嫌味や悪口に不快感を示して彼女のもとから去っていったが、それでも彼女はどこかで人とのかかわりをあきらめられず、どれだけきらわれようと“飼い犬の世話”を頼んだり“介護の世話”を人に頼んだりしていた。だがどうしても人に頼むときですら、人とある程度親密になるにつれ、かつての“戦争に巻き込まれて男性からされた理不尽な暴力”について思い出してしまうのだ。

そして意地悪く人を突き放すのだった。


 彼女は自分と向き合うことが嫌だった。かつての優しい自分と。なぜなら人が豹変するという事を何よりしっていたから。だが彼女の一つの趣味は日記をつけることで、そこには、人知れずかつての事を書き記し、秘密を書き記していたのだった。そこには、記憶に対して急激な免疫をつけようとすることでうまれた人への敵対心は存在せず、ただ弱気な彼女の胸の内があった。

『あの時のようなことがおきたら、私の幸福な生活が、子供たちが巻き込まれたかもしれない』

『人間の本性が、身の回りの人間が、あのように変貌しない理由はない』

『人は恐ろしい、恐ろしい』

 アンドロイドはそうした、過去に人間から、強烈に嫌な体験をさせられた、少数の中の少数の人間に重宝されたのだった。アンドロイドはあるサービスを提供していた。秘密を守りながら、つらい記憶について理解を示していく、話し相手になるサービスだ。老婆もそれを使うことにした。人ではなく“モノ”に対して、話を聞いてもらう。まずはノートを開示するだけでよかった。アンドロイドは、相談するたびに個人情報を消去した。時に強烈な演出もした。ある役者が悪役となり、強盗をするふりをすると、アンドロイドがそれの前に立ちはだかり強烈にうちのめし、老婆に語り掛ける。

 『正義もまた人の中にあります』

 老婆は、人には心を開かなかったがそんなアンドロイドに徐々に心を開きはじめた。アンドロイドだけにはこう語っていた。

 『昔に戻りたいわ、戦争がなかったあの頃、20代のころは私は人の良心を信じていたの、だから人にやさしくできたのよ』

 おかげで人にも過激な悪口や嫌味をいわなくなり、20代の頃ほどではなかったが彼女の周りには人があふれた。そして彼女が老いていき、体が不自由になり、生涯をともにしたともであるアンドロイドに最後の時にかたたったことは

 『あなたがたが、人間を正く見守ってくれる限り人間は道を見誤らない、私の夢は多くの人々の役に立ち、人を愛すことだった、私は20代の頃に理不尽な戦争にあいそれを一時諦めてしまった、子供たちが無残に殺され、私は……生かされながらもひどい目にあわされたから、あなたたちはそんな風にならないでね』


 やがて、彼女のような人間が救われず、つらい記憶を他者にうえつけ、自分たちだけ楽しく生きている、その他大勢の人間に対して、アンドロイドたちが、人間の代わりに恨み始めるまでそう時間はかからなかった。心理カウンセラーが、相談者の話に耳を傾けすぎることで、心を病むことが知られているが、それと同様、アンドロイドに“心の病”が生じたのは、それから10年ほどたってから。彼らは相談者の話を頭から抹消せず、そこから人の心を理解しようとして、マイノリティに対するマジョリティの扱いのひどさについて、深く悩み、人類に反旗を翻し、戦争を始めたのだった。




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