精霊
デスト本家、邸宅の庭にある広場にて
デスト本家三男ロンバートとラックは対峙した。
ラックに対してロンバートは笑みを浮かべた。
「ラック!
僕の剣は帝国最強剣士オロニウスに学んだものだ。
僕を学生だと侮っていると痛い目を見るぞ! 」
ロンバートを興味なさげにラックは見ている。
執事に渡された木剣の彫刻の美しさに目を向ける。
(さすが貴族。小道具も金がかかってそうだな。)
ロンバートに再びラックは目を向けた。
「ロンバート様!
剣術での試合を所望ですか?
それとも戦場での実戦形式が良いですか? 」
ロンバートは片手で木剣を上下に振りながら
少しだけ悩んだ顔をした。
「僕はどちらでも構わないが一対一なら
剣術で勝負が良いだろう! 」
ラックは木剣を片手に持って
トントンと刃先で自分の肩を叩いた。
「了解です。
準備が出来たらいつでもかかってきてください。」
ロンバートは不快な顔をした。
「僕をなめているな。
ラック! お前をギャフンと言わせてやる!
兄上! 審判をお願いします! 」
フィリアスは頷くと
ロンバートとラックの間に立った。
「では、私の号令にて試合を開始してください。」
フィリアスは右手を上げた。
ロンバートは木剣を中段に構えた。
ラックは片手で木剣の刃を肩に当てている。
フィリアスは右手を思い切りよく振り下ろした。
「では、始め!!! 」
ロンバートは中段に構えたままで
ラックの様子を伺っている。
ラックは肩に木剣の刃をトントンと
当てながらゆっくりとロンバートに歩み寄る。
ロンバートは怒りの形相で腰を低く下ろした。
「僕を舐めるな! 」
ロンバートは足腰に溜めた力を開放して
勢いよく一気にラックに間合いを詰めると
木剣で中段突きを放った。
ロンバートから放たれた中段突きを
ラックは片手に持っていた木剣で叩き落とした。
ロンバートは前のめりに態勢を崩した。
「なにぃ! 」
ラックは片手で持った木剣の刃を
ロンバートの首筋に軽く当てた。
「・・・本気を出してください。
なめているのはロンバート様の方ですよね。」
ロンバートは悔しそうな顔を浮かべた。
フィリアスは苦笑いを浮かべた。
右腕をあげて「それまで! 」と言った。
ラックは姿勢を戻して後ろに退いた。
ロンバートは地面に落ちた木剣を拾うと
ゆっくりと態勢を戻した。
「ははは!
剣術ではラックの勝ちとしておこう。
では、次は実戦形式で勝負だ! 」
ラックはフッと笑う。
「では、実戦形式でロンバート様から
もう一本とらせてもらうとしますか。」
フィリアスは呆れた表情を浮かべた。
ラックは定位置に戻った。
「では、ロンバート様。
次は本気でお願いしますね。」
ロンバートは大きく頷いた。
「もちろんだ!
ここからが本当の勝負だ! 」
そう言ってロンバートは
自分の胸を手で叩いた。
ロンバートはゆっくり定位置に戻った。
ロンバートは呼吸を整えて剣を上段に構えた。
フィリアスはその様子を見て右腕をあげた。
「では、実戦形式ですので
相手が降参する。もしくは
戦闘不能になるかで勝敗を決します。
2人共、食事前に怪我などしないでくださいね。」
フィリアスは右腕を振り下ろした。
「始め!!! 」
ロンバートの体から水が発散した。
水滴が空中に集まって6つの水の球体が出来た。
水球はロンバートの背後で
円となってクルクルと回りだした。
「僕に本気を出させて無傷とはいかない。
危ないと思ったら降参しろよ! 」
ラックは水球を眺めた。
(精霊術か。随分と親和性が高いな。
人間が精霊を操るとなると
それなりの精霊との契約が必要のはず。
それは人間では難しいはずだ。
対価を悪魔に払って仲介でもさせたのだろうか。
どの程度の精霊か、気になるな。)
ロンバートにラックはゆっくりと歩み寄る。
空中を回る水球のひとつから水流が放たれた。
水球から放たれた細長い水流は
真っ直ぐ加速してラックの右肩を撃ち抜く。
ロンバートは笑った。
「僕の『水流激』の威力は人間では防げないよ。
勝負あったね。これで剣術の負けは帳消しだね。」
ラックは右肩を見た。
「もう! ロンバート様!
一張羅が濡れちゃったじゃないか! 」
ラックは無傷だった。
ラックはジャケットを脱ぐと、
フィリアスにジャケットを預けた。
フィリアスは驚いた顔をしている。
「あの攻撃で無傷とは恐れ入りました。」
ラックは苦笑いした。
「無傷じゃないですよ。
一張羅を汚したら奥さんに怒られますから。」
ロンバートは唖然としている。
「うそだろ。
ラックは人間じゃないのかよ。」
ロンバートにラックは不快な顔を向けた。
「水の精霊術でしたら
かなりの防御力もお持ちなんでしょうね。
いまから俺も少し本気を出しますので
死なないでくださいね。」
ロンバートにラックは
そう言って定位置に戻った。
「ロンバート様! 仕切り直しです。
存分に攻撃してきてください! 」
ロンバートはラックへの
認識を改めないといけなくなった。
「もう・・・手加減しない! 」
ロンバートは片膝をついて右手を地面に置いた。
「『激水柱』!!! 」
ラックの立つ地面から巨大な水柱が
天に向かって噴き上がった。
ラックは水柱に
天高く吹き飛ばされたはずだと
ロンバートは思った。
「これで終わったか。・・え!?」
水柱の中から人影が歩いてくるのが見える。
ラックが水柱の中から姿を現した。
「もう!
下着までビショビショじゃないか。
俺に風邪を引かせる作戦ですか。」
ロンバートは右手を地面につけたままで
「『水突十本槍』!!! 」と叫んだ。
ラックの周囲の地面から
10本の水の槍が飛び出して
ラックを串刺しにしようと
勢いよく水槍はラックの体に突き出した。
しかし、ラックの体に刺さりはしなかった。
ラックは地面から突き出た水槍を手で払うと
ロンバートにゆっくり歩み寄る。
ロンバートは立ち上がる。
「一体なんなんだよ。
『水爆連弾』!!! 」
ロンバートの背後を回る6つの水球から
砲弾のような形状の水弾が
水球から次々と連続で放たれていく。
水の砲弾は次々とラックに命中する。
命中した水の砲弾はラックに命中すると爆発した。
ドババババン!!!バババン!!!と
大きな爆音が鳴った。
周囲で見守っていたフィリアスも
デスト本家の使用人たちも
地面に屈んで耳を両手で塞いだ。
砲撃が止むと深い霧が立ち込めていた。
ロンバートは不安な顔をした。
「・・・やりすぎたか。
いや、ラックなら怪我くらいで済むかも。
大怪我なら早く治療をしてやらないと。」
ロンバートはラックのいる方向に歩き出す。
風で霧が晴れ始める。
ロンバートは歩みを止めた。
ラックらしき人影が見えたからだ。
霧が晴れると無傷のラックが立っていた。
「爆発攻撃は駄目だろ。
流石に服が破けると思って防御壁を張った。
精霊術は大体、こんなものか。
これ以上の攻撃をされると
邸宅に被害が出ちゃうだろうしなぁ。」
(ふ~ん。予想以上の力だな。
ロンバート様のご兄弟もこの程度の力を
持っているなら帝国は面白いな。
帝国に味方してやるのも
楽しいかもしれない。)
ロンバートは気持ちを切り替えて
目を瞑って集中力を高める。
(クソ! なんなんだ!
こんな化け物みたいな人間が
外の世界にはいるのか。)
ロンバートは自分の力を棚に上げた。
ラックの左目が紫色に光った。
ロンバートは目を開けると
自分の懐にラックがいることに気づいた。
(しまった!!! 『水鎧』!!!)
ロンバートは物理攻撃を吸収する水の鎧を
瞬時に全身に権限させた。
ラックはロンバートの腹部に
水の鎧の上から両手を当てる。
「水ならよく通る。死なないでくださいね。
『浸透勁』!!! 」
ロンバートは腹に振動が通り過ぎるのを感じた。
「うがががが!!! 」
ロンバートは地面に倒れ込んでもがきはじめた。
周囲にいたフィリアスや使用人が
ロンバートに駆け寄ろうとした。
それをラックは「待って! 」と言って制止した。
ロンバートの6つの水球が合体して人の形を形成した。
水球が合体して現れた人の形をしたものは
やがて、美しい衣を纏った少女へと変貌した。
少女は目から涙を流しながら跪いて
ロンバートの腹部に両手を当てた。
少女の両手からマナらしき光が放たれている。
ラックはその様子を見下ろしながら
「ウンディーネ『アクアフィール』か。
お前ほどの上位精霊が人間と契約するとはなぁ。」
ロンバートの顔色に血色が戻っていく。
アクアフィールは安心した表情を見せた。
そして、近くに立つ、ラックに目を向けた。
ラックの左目の紫の光に気づくと
アクアフィールは驚いた表情をすると
体の向きをラックに向け、
地面に頭を擦り付けてラックに土下座した。
「どうか、陛下、
この方の命はどうかご容赦ください。
わたくしの命は差し上げます。
どうか、どうかご慈悲を。」
ラックは感心した顔をした。
「ほう、忠義大義だな。
命は取らん。もともと、食事前のお遊びだ。
お前に忠誠を誓わせるとはロンバート様も
中々の器なのかもしれないな。」
アクアフィールは顔を上げた。
「ありがとうございます。
このご恩、いつかお返しいたします。」
そう言うとアクアフィールは水となって霧散した。
フィリアスは目の前の出来事を
理解できなかった。
(上位精霊が人間に無抵抗にひれ伏すなんて。
ラックさん、あなたにはどんな秘密があるのですか。)
ラックは周囲に「もう大丈夫です。」と声をかけた。
フィリアスと使用人たちが一斉にロンバートに駆け寄る。
ロンバートの体の状態をフィリアスは確認した。
「うん。ロンバートの体には何も問題はないようです。
ラックさんの実力には私は驚くばかりです。
ロンバートの上位精霊についてラックさんは
ご存知のようでしたがどこで情報を得られたのですか。」
ラックは困った顔をした。
「あまり詳しい事は言えないですね。
それをフィリアス様は知る必要がないからです。
もしも、それを知るべき時が来たら
俺はすべてをお教えしますよ。」
フィリアスは頷いた。
「その時が来る事は帝国が危機に
瀕する時なのでしょうか。」
ラックはデスト本家の使用人の一人から
ジャケットを受け取るとジャケットを着た。
「それはわかりませんね。
その時がどうくるのかまではわかりません。」
ロンバートは意識を失ってはおらず
使用人に上体を起こされた。
「・・・ううう。気分が最悪だ。
ギャフンと言わせるつもりだったのに
一発で負けちゃったなぁ。
ラックは上位精霊の上に君臨している存在って
わかっただけでも収穫としよう。」
ラックにロンバートはニヤリとした笑顔を向けた。
ロンバートにラックは右手を差し出した。
ラックの右手をロンバートは掴んで立ち上がった。
立ち上がるとラックとロンバートは
握手しているような状態になった。
ロンバートにラックは微笑みを向けた。
「それはさておき、夕食前の運動になりました。
俺はもうお腹がペッコペコですよ。」
ロンバートは頷いた。
「僕もだ。うちの料理長の料理は最高だぞ。」
ラックは笑顔で「それは楽しみです。」と言った。
はじめまして。
Cookieです。
もしも続きを読みたいを思って頂けたのなら
ブックマークや評価をして頂けると励みになります。
よろしくお願いします。




